Posted: 24 May 2021 3 min. read

地域発展を担う、デジタル人材育成と雇用機会提供の仕組みづくりを

日本ではデジタル人材の全般的な不足が大きな課題となっている。IMDが公表しているデジタル競争力ランキングにおいて、日本は総合で63カ国中26位、人材の分野では62位と低迷している。日本は90年代半ばからアメリカで始まった工業化社会であるSociety 3.0から情報化社会Society 4.0への急速な産業構造の転換に乗り遅れ、デジタル競争力の低さが今日の日本経済の低迷の原因の1つとなっている。日本経済の再生のためには、一部の先進トップ企業のデジタル対応力強化だけでなく日本全体の底上げが必要であり、そのためには企業単独の経営努力だけでは限界があり、今まさに国を挙げた日本のデジタル人材育成が急務だ。

 

中間的なデジタル人材が地域発展のカギを握る

デジタル社会が進むと、東京本社の支店・営業所や地域金融機関の雇用に支えられている地方の中核都市の経済の衰退が予想される。地域において新たな雇用につながるデジタル人材育成に関して、ADXO(エリア・デジタルトランスフォーメーション・オーガナイゼーション)という構想を提言したい。ADXOとは官民一体となって地域におけるデジタル人材を育成し、それぞれの地域で産業育成や雇用創出に結びつけるプラットフォームであり、筆者はこれが地域経済発展の解であると考える。


データサイエンティストやアーキテクトなど、高度で最先端の知識を有した人材は不可欠であるものの、このような人材は大学院・大学の高等教育を整備推進することで生み出すことができる。むしろADXOにおいて注力したいのは、企業内においてデジタルの一般的な適用を理解し、既存のソフトウェアやアプリを活用して自社のDXを実現していけるような中間層のデジタル人材である。我々はこのような人材を「デジタルビジネスプロデューサー」と呼んでいるが、この層を今後短期間で100万人規模育成し、中間的なデジタル人材として地域発展を幅広く担うようにすることが重要である。

人材育成と雇用機会の提供を両輪で実施

そのためには、入口としてデジタル人材の育成とあわせて、デジタル教育を受けた人材の出口となる雇用機会を提供する仕組みを設計・活用していく必要がある。入口のデジタル人材育成については、英国の政策が参考になる。コロナウイルスで雇用不安が広がる中で、英国政府は国民が新しい仕事に就くためのリカレント教育に対して3,500億円規模の公的資金を投入した。当然にその中にはデジタル人材育成のプログラムも用意されており、コロナ禍によってサービス業における失業リスクが高まる中、デジタル分野への雇用シフトを加速させようと、政府が先頭に立ち官民が連携してデジタル教育の共通プラットフォームをつくり、大胆に人材教育を進めている。

 

出口となる就労機会や雇用の創出についてはシンガポール政府の取り組みが先進的だ。シンガポールでは5~6年前から国主導でデジタル人材の育成を進めているが、その人材を雇用に結びつける仕組みが機能している。デジタル教育を受けた人材を雇用した企業に対して政府がインセンティブを出しており、さらに一定割合のデジタル人材が市場に還流する仕組みも備わっているのである。

 

日本においてはデジタル教育を受けた人材の出口戦略として、デジタル化が進んでいない地方の産業とを結び付けていくことがカギとなる。つまり、デジタル教育を受けた「デジタルビジネスプロデューサー」には、地方の産業特性を生かしつつDXを使って地域に新しいビジネスを創造していくことが期待される。地方の自治体や企業を巻き込み、新たな産業を生み出していくことで地域経済の活性化につなげるのである。これが進めば、地域ごとの強みを反映してモビリティ、エネルギー、ヘルスケア、教育といった中核的な地域産業が育っていくことになろう。また、このような地域の特色ある産業群が確立されていくと、その運営や成長を担うという観点からもデジタルビジネスプロデューサーに対する追加的な雇用機会が生まれるだろう。

 

ADXOはDXによる価値創造と地域経済の発展に向けた構想である。デジタルビジネスプロデューサーの育成と地域企業の雇用をマッチングできるような機能とデータを集約した総合的なプラットフォームとして確立していくことが重要である。これを官と民、国と地方が一体となってスピード感を持って構築していくことが望まれる。

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磯俣 克平/Kappei Isomata

磯俣 克平/Kappei Isomata

デロイト トーマツ グループ パートナー

1983年に等松青木監査法人(現 有限責任監査法人トーマツ:以下監査法人)入社。1991年から1995年まで、米国のDeloitte & Touche ヒューストン事務所に駐在し、帰国後1996年に監査法人のパートナーに就任。 2000年に資源・エネルギーグループを立ち上げ、リーダーとして、電力・ガス・石油会社や政府に対して監査やコンサルティングサービスを提供し、2006年から2011年までDeloitte Touche Tohmatsu Energy & Resources Groupの Asia Pacific Leaderを務めた。2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故後は、内閣官房「東京電力の経営財務調査委員会」による東京電力の財務DDを担当し、その後も資源エネルギー庁や原子力損害賠償廃炉等支援機構の顧問として、電力システム改革や原子力政策に関するアドバイスを行った。 2010年にトーマツベンチャーサポート株式会社(現 デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社)代表取締役に就任。2013年にデロイト トーマツ グループおよび監査法人執行役西日本エリア統括に就任。2015年にデロイト トーマツ グループ・監査法人のボードメンバーに就任。2017年に監査法人の執行役包括代表補佐に就任。2018年から2022年までデロイト トーマツ グループおよび監査法人のボードメンバーに再任され、2022年7月までボード副議長を務めた。

松江 英夫/Hideo Matsue

松江 英夫/Hideo Matsue

デロイト トーマツ グループ 執行役 CETL(Chief Executive Thought Leader)、デロイト トーマツ インスティテュート(DTI)代表

デロイト トーマツ合同会社 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー 中央大学ビジネススクール 客員教授 事業構想大学院大学 客員教授 経済同友会 幹事 国際戦略経営研究学会 常任理事 フジテレビ系列 報道番組「Live News α」コメンテーター(金曜日) 経済産業省 「成長志向型の資源自律経済デザイン研究会」 委員 経営戦略及び組織変革、経済政策が専門、産官学メディアにおいて多様な経験を有する。 (主な著書) 「「脱・自前」の日本成長戦略」(新潮社・新潮新書 2022年5月) 『両極化時代のデジタル経営—共著:ポストコロナを生き抜くビジネスの未来図』(ダイヤモンド社.2020年) 「自己変革の経営戦略」(ダイヤモンド社.2015年) 「ポストM&A成功戦略」(ダイヤモンド社.2008年) 「クロスボーダーM&A成功戦略」(ダイヤモンド社 2012年: 共著) など多数。 (職歴) 1995年4月 トーマツ コンサルティング株式会社(現デロイト トーマツ コンサルティング合同会社)入社 2004年4月 同社 業務執行社員(パートナー)就任 2018年6月 デロイト トーマツ グループ CSO 就任 2018年10月 デロイト トーマツ インスティテュート(DTI)代表 就任(現任) 2022年6月 デロイト トーマツ グループ CETL 就任(現任) 2012年4月 中央大学ビジネススクール客員教授就任(現任) 2015年4月 事業構想大学院大学客員教授就任(現任) 2021年1月 特定非営利活動法人アイ・エス・エル(ISL) ファカルティ就任(現任) 2018年10月 フジテレビ「Live News α」 コメンテーター(現任) (公歴) 2022年10月 経済産業省 「成長志向型の資源自律経済デザイン研究会」 委員就任(現任) 2020年12月 経済産業省 「スマートかつ強靱な地域経済社会の実現に向けた研究会」委員就任 2018年1月 経済産業省 「我が国企業による海外M&A研究会」委員就任 2019年5月 経済同友会幹事(現任) 2022年10月 国際経営戦略学会 常任理事(現任)