Posted: 29 Sep. 2021 3 min. read

第1回:目的は企業価値の向上

シリーズ:コーポレートガバナンス・コード改訂の要点

本稿は日経産業新聞に2021年8月25日~9月8日まで掲載された寄稿を一部改訂したものです。

企業不祥事が発覚すると「ガバナンス不全」といった報道をよく目にする。しかし、不祥事防止により企業価値の毀損を防ぐことはガバナンスの目的の一側面にすぎない。本来の目的は企業価値の向上であると考える。

金融庁と東京証券取引所が2021年6月、3年ぶりに改訂した上場企業に求める「コーポレートガバナンス・コード」も政府の成長戦略の一環で策定されたもので、その目的は企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にある。この点は今回の改訂においても不変だ。

企業価値向上に向けて企業はビジョン・戦略を策定し、それを実現するために最適なガバナンス体制を構築する。ビジョンは各社で異なるのだから、ガバナンス体制も各社の考え方に基づいて構築・変化させていくものである。よって、コードは詳細なルールを定めず、抽象的で大づかみな原則論にとどめ、各企業に解釈を委ねている。

また、すべての原則への準拠を求めず、準拠しない場合に理由の説明を求める「コンプライ・オア・エクスプレイン」という形式を採用している。つまり、法律のように企業意思に関係なく順守しなければならないものではない。企業価値を向上させるための企業の意思がコードの原則と合致していれば準拠、そうでなければ準拠しない理由を説明するだけである。

ではコードが導入され6年が経過したが、その目的である企業価値は向上しただろうか。社外取締役の増加など形式は大きく変化した。しかし、成果に表れているかというと、様々な意見があるだろうがまだ途上段階にある。

その一因として、企業・投資家双方に「どの原則も準拠することが望ましい」といった風潮があると推察する。法律のように企業の意思に関係なく順守しなければならないものと捉えているということである。結果、経営者の経営手腕を縛っていないだろうか。

前回2018年の改訂では、経営陣幹部の選解任基準、指名・報酬などを審議する諮問委員会の設置など経営者人事に関する項目が改訂された。これらは一見すると経営者の手腕を縛るようにみえるが、趣旨は全く逆だ。企業価値を高めるために、経営者が適切なリスクテイクを伴う意思決定をできるよう促進し、経営手腕を振るえる環境を整備したものである。

今回の改訂は新型コロナウイルス禍で経営環境が大きく変化し、戦略の前提となる将来見通しの不確実性が高まる中で行われた。経営陣が戦略実現のためにあえてテイクしたリスクを適切に監督することで経済価値と社会価値が向上するという考え方のもと、事業ポートフォリオや全社リスク管理、サステナビリティーに関する項目が改訂された。

ある欧州企業のアニュアルリポートでは「ガバナンスは戦略実現にどう貢献しているか」について自らの考え方を説明している。この視点で、改訂項目の関連性を意識し対応を検討することが、企業価値の向上という目的を実現するために不可欠と考える。

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山内 達夫/Tatsuo Yamauchi

山内 達夫/Tatsuo Yamauchi

有限責任監査法人トーマツ パートナー

有限責任監査法人トーマツに入社後、監査業務や株式公開支援業務に従事したのち、(社)日本証券業協会、(株)ジャスダック証券取引所上場審査部(現 日本取引所自主規制法人)に出向し、新興市場の上場審査業務に関与。 また、2012年より経済産業省経済産業政策局にて産業競争力強化法や、コーポレートガバナンス施策、組織再編税制・連結納税の改正業務に関与。 現在、取締役会・監査役会などコーポレートガバナンス、グループガバナンス、リスクマネジメント体制構築、経営戦略・事業等のリスクなど非財務情報を活用した経営管理体制構築などのコンサルティング業務に従事。 主な共著書として、『コーポレートガバナンスのすべて』(日本実業出版社)、『産業競争力強化法逐条解説』(経済産業調査会)他がある。