Posted: 01 Oct. 2021 3 min. read

第3回:戦略上、重要なスキル明確に

シリーズ:コーポレートガバナンス・コード改訂の要点

本稿は日経産業新聞に2021年8月25日~9月8日まで掲載された寄稿を一部改訂したものです。

2021年6月の株主総会の招集通知では、取締役選任の参考資料として各取締役の知識・経験・能力を一覧表にした「スキル・マトリックス」を開示する企業が増えた。同月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードの中でそうした情報の開示を要求していることが背景にある。

スキル・マトリックスを改訂コードが求める狙いは何か。
各取締役の略歴を一覧表示することで、取締役会メンバーの多様性を見やすくする効果もあるだろう。

しかし、真の目的はそこではない。改訂コードはスキル・マトリックスの開示にあたり、まず「経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定した上で、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性および規模に関する考え方を定め」ることを求めている。企業戦略を策定・実現する深い議論ができるようにするために取締役会にどんなスキルが必要かを特定し、その考え方を説明することが第一に期待されているのだ。

その上で、海外展開やマーケティング強化策の策定、財務や法務、社外視点に基づく指摘など経営戦略の実現に向けて取締役会で取締役が発揮すべき役割に対し、それに必要なスキルと各取締役が実際に持つスキルがひもづいているかを一覧化して明確にする。それが本当の狙いである。ゆえに「法的知見」に○をつけるだけではなく、「なぜ取締役会にとって『法的知見』が必要なのか」を経営戦略に照らして説明することが本来要請されていることと考える。

では、実際の開示はどのようになされているのだろうか。今年の招集通知に掲載されたスキル・マトリックスを独自に調査したところ、3つの特徴があった。1つ目は、各取締役の経歴を表形式にして「ビジュアル化」しただけで経営戦略に照らしてなぜそのスキルが必要なのかを説明していない企業で、過半数を占めた。

2つ目は、各取締役に期待するスキルを明確にしてメッセージを発信している例である。例えば、各取締役に○をつけるスキル項目の個数を3つまでに限定したり、特に期待されるスキルは「◎」、それ以外の有するスキルは「○」にしたりする工夫も見られた。

こうした表記の工夫には、対外的な説明という意味だけでなく、該当する取締役自身が、企業が期待する役割にひもづくスキルをより強く自覚し、意識的にそのスキルに基づき取締役会で発言する副次的な効果もあるだろう。

3つ目として、取締役会の役割にひもづけて、スキル項目を「意思決定スキル」と「監督スキル」など分類する例がある。これらは、いずれも各社が取締役の選任に関する説明責任を果たそうと工夫していることがうかがえる。

経営戦略に照らして取締役会が備えるべきスキルを特定することは、環境が変化し戦略が変われば必要なスキルの内容も変化することを意味する。今年初めてスキル・マトリックスを開示した企業も多いと思うが、今後新たな経営計画の策定や経営環境の変化に伴い戦略を変更した場合、それを抜本的に見直すことも考えられる。

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