第3回 戦略上、重要なスキル明確に/コーポレートガバナンス・コード改訂の要点|D-nnovation Perspectives|Deloitte Japan ブックマークが追加されました
本稿は日経産業新聞に2021年8月25日~9月8日まで掲載された寄稿を一部改訂したものです。
2021年6月の株主総会の招集通知では、取締役選任の参考資料として各取締役の知識・経験・能力を一覧表にした「スキル・マトリックス」を開示する企業が増えた。同月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードの中でそうした情報の開示を要求していることが背景にある。
スキル・マトリックスを改訂コードが求める狙いは何か。
各取締役の略歴を一覧表示することで、取締役会メンバーの多様性を見やすくする効果もあるだろう。
しかし、真の目的はそこではない。改訂コードはスキル・マトリックスの開示にあたり、まず「経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定した上で、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性および規模に関する考え方を定め」ることを求めている。企業戦略を策定・実現する深い議論ができるようにするために取締役会にどんなスキルが必要かを特定し、その考え方を説明することが第一に期待されているのだ。
その上で、海外展開やマーケティング強化策の策定、財務や法務、社外視点に基づく指摘など経営戦略の実現に向けて取締役会で取締役が発揮すべき役割に対し、それに必要なスキルと各取締役が実際に持つスキルがひもづいているかを一覧化して明確にする。それが本当の狙いである。ゆえに「法的知見」に○をつけるだけではなく、「なぜ取締役会にとって『法的知見』が必要なのか」を経営戦略に照らして説明することが本来要請されていることと考える。
では、実際の開示はどのようになされているのだろうか。今年の招集通知に掲載されたスキル・マトリックスを独自に調査したところ、3つの特徴があった。1つ目は、各取締役の経歴を表形式にして「ビジュアル化」しただけで経営戦略に照らしてなぜそのスキルが必要なのかを説明していない企業で、過半数を占めた。
2つ目は、各取締役に期待するスキルを明確にしてメッセージを発信している例である。例えば、各取締役に○をつけるスキル項目の個数を3つまでに限定したり、特に期待されるスキルは「◎」、それ以外の有するスキルは「○」にしたりする工夫も見られた。
こうした表記の工夫には、対外的な説明という意味だけでなく、該当する取締役自身が、企業が期待する役割にひもづくスキルをより強く自覚し、意識的にそのスキルに基づき取締役会で発言する副次的な効果もあるだろう。
3つ目として、取締役会の役割にひもづけて、スキル項目を「意思決定スキル」と「監督スキル」など分類する例がある。これらは、いずれも各社が取締役の選任に関する説明責任を果たそうと工夫していることがうかがえる。
経営戦略に照らして取締役会が備えるべきスキルを特定することは、環境が変化し戦略が変われば必要なスキルの内容も変化することを意味する。今年初めてスキル・マトリックスを開示した企業も多いと思うが、今後新たな経営計画の策定や経営環境の変化に伴い戦略を変更した場合、それを抜本的に見直すことも考えられる。
経歴 有限責任監査法人トーマツ所属。新卒時から一貫して取締役会事務局を中心としたコーポレートガバナンス業務全般に従事。 大手製造業のPMI(買収後の統合作業)におけるガバナンス全般に係る新制度の構築および全国各拠点への説明会の実施、また、親子上場に係る機関投資家(アクティビスト)対応等を経験した後、外資系金融機関における現地法人化に伴う機関設計の移行、委員会(上位決議機関)の整理を含む社内の意思決定プロセスの体系的な整備および社内への周知徹底について主導的に牽引。 その後、持株会社における取締役会運営や、東証市場区分変更に係るコーポレートガバナンス・コード対応、また、他監査法人において銀行業開始に係る金融庁からの免許取得に向けた経営管理体制構築業務などを経て現職。 現在は、取締役会実効性評価/監査役会実効性評価、コーポレートガバナンス・コード対応等を中心としたコーポレートガバナンス全般に係る助言・支援業務に従事。 主な執筆 「取締役会実効性評価における実務上の視点─評価手法の選定から改善策の策定・実行まで─」商事法務2306号(共著、2022年) 「Chair of the Future-次世代の取締役会議長」CFO Program、デロイト トーマツ グループ 「第3回:戦略上、重要なスキル明確に(シリーズ:コーポレートガバナンス・コード改訂の要点)」日本経済産業新聞(2021年)