Posted: 05 Jan. 2022 4 min. read

<新春特別寄稿>ローマクラブの警告「成長の限界」から50年、「宇宙船地球号」の未来について考える

シリーズ ”宇宙船地球号”の未来について考える

今年2022年は、1972年に国際的なシンクタンクであるローマクラブが「成長の限界」と題した報告書を発表して、「人口増加や環境汚染などの現在の傾向が続けば、100年以内に地球上の成長は限界に達する」という予測で全世界に衝撃を与えてから、ちょうど50年という大きな節目の年にあたる。こうした予測は、当時マサチューセッツ工科大学(MIT)で教鞭を執ったJ.フォレスター教授(Prof. Jay Forrester)を中心とするチームによって、システムダイナミクスと呼ばれるシミュレーション手法を用いて打ち立てられたものだ。

 

「成長の限界」が生み出された時代背景を見てみると、1963年には米国出身の思想家バックミンスター・フラー(Buckminster Fuller)が「宇宙船地球号」という概念を打ち出し、我々人類は同じ「宇宙船地球号」の乗組員、すなわち運命共同体であるという考え方を提唱し始めた。また、1960年代末には、昨年ノーベル物理学賞を受賞された真鍋淑郎博士が、いち早く大気循環と海洋循環を組み合わせた「大気海洋結合モデル」の原型を発表されている。このように、この頃すでに、地球はひとつながりの生命体であり、全てはエコロジカルな「循環」によって繋がっているという世界観が形成されていたのである。こうした半世紀前の先人たちが発した警告や指摘に改めて謙虚に耳を傾け、人類の共通の故郷である地球の未来に目を向けて、経済や社会を持続可能な形に変えていくために力を合わせていくことが、今ほど求められている時はない。

 

幸いなことに、デジタルテクノロジーの急速な発展により、人類は半世紀前とは比べものにならない精度とスケールで、地球規模で起きている問題を明らかにし、その解決に取り組むための能力を手に入れている。例えば、ハッブル宇宙望遠鏡によって、人類は宇宙の謎を次々と解明するとともに、宇宙から地球をとらえ返すホリスティックな視点を手に入れた。また、MITメディアラボの私の研究グループの卒業生、Dr. Leonardo Bonanni が開発したソースマップ(Sourcemap)というテクノロジーを用いれば、グローバル企業のサプライチェーンを透明化・可視化することで、サプライチェーン上で発生している違法森林伐採のような環境破壊や、児童労働などの人権侵害といったこれまで見えていなかったリスクを「見える化」することが可能になる。サプライチェーンに潜む様々な非効率、異常、不正などを、データを通じて顕在化させることで、現時点で発生している問題を突き止めるだけでなく、これから発生し得る問題を先取りして予測し、最適な対処方法を検討することもできるのだ。

 

こうしたテクノロジーのポテンシャルを開花させ、気候変動に代表される地球規模の課題の解決を加速させるためには、何が必要なのだろうか。このことを考えるには、2011年の東日本大震災からの学びを、もう一度想い起こすべきだ。当時、極限状況の中で、クライシス・マッピングを通じて被害の実態、物資の過不足、道路の状態、トラックの運行状況などがデータとして共有されることで、現場での自発的な行動や意思決定が促され、異業種やライバル企業間での連携が自然に進み、人々の間に通常であれば到底考えられないような協力の輪が生み出されていったことを、私自身鮮明に記憶している。日本全体に降りかかる大きな困難を共に乗り越えなければならないという大義に皆が共感した結果、クライシス・マッピングによって得られたデータが多くの人々を結び付け、それが被災された方々を助けるサプライチェーンへと発展し、共通の目的にむけた巨大なチームプレーへと駆り立てて行ったのである。

 

半世紀前に著された「成長の限界」の予測した地球規模のクライシスを、現実のものにしてはならない。そのために、今こそ人類は、テクノロジーの力によって得られる様々なデータを活かし、問題の因果連鎖構造分析し、コンピュータ・シミュレーション・モデルを構築することが、求められている。そして、遠く未来の地球や我々の子孫にも思いを馳せて人類共通の大義の旗を立て、様々な利害や立場の違いを超越した重層的な協力関係を構築し、GX(グリーントランスフォーメーション)の実現を通じて持続可能な未来を創造していくことが求められているのだ。

著者プロフィール

MIT Media Lab 副所長 石井 裕教授

マサチューセッツ工科大学教授、メディアラボ副所長。日本電信電話公社(現NTT)、NTTヒューマンインターフェース研究所を経て、1995年、MIT(マサチューセッツ工科大学)準教授に就任。1995年10月MITメディアラボにおいてタンジブルメディアグループを創設。Tangible Bits (タンジブル・ビッツ)の研究が評価され、2001年に MIT よりテニュア(終身在職権)を授与される。国際学会 ACM SIGCHI(コンピュータ・ヒューマン・インタラクション)における長年にわたる功績と研究の世界的な影響力が評価され、2006 年に CHIアカデミーを受賞、2019 年には、SIGCHI Lifetime Research Award(生涯研究賞)を受賞。

2021年11月、デロイト トーマツ グループ主催Webinar「サーキュラーエコノミーで脱炭素社会を実現」に登壇、本稿はその内容を踏まえて寄稿いただいたものである。

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