Posted: 02 Nov. 2023 5 min. read

Clean Techの注目領域と社会実装促進に関する手法の紹介

第1回:次年度政府予算への総評

日本の取巻く脱炭素技術の環境の変化

2020年10月の「2050年カーボンニュートラル宣言」の流れを受け、重点14分野における開発支援を行うグリーンイノベーション(GI)基金が創設され、またグリーントランスフォメーション(GX)関連法が先の通常国会で成立するなど、カーボンニュートラル実現に向けた新たな技術の開発や社会実装の動きが活発化している。また、欧州ではウクライナ情勢なども踏まえ、脱炭素化と安全保障(エネルギー自給)を一体で推進する動きが強まっており、米国においても景気浮揚や対中国戦略の一環として、「超党派インフレ法」や「インフレ法」における脱炭素技術への導入補助や投資促進が強化されている。

一方で、太陽電池や風力発電といった再エネ技術については、国内の主要メーカーの撤退が相次ぎ、EVの生産・普及に関しても欧米や中国の後塵を拝するなど、世界の最先端を走ってきたはずの技術を産業競争力の強化につなげることができておらず、このままでは脱炭素化と経済成長の同時実現という目標が共倒れしかねない状況となっている。本連載においては、こうした流れの中で日本がフォーカスすべき脱炭素技術や、その効果的なR&D及び社会実装の方法論について特集を行う。初回となる本稿においては、まず政府全体の次年度予算の概況や重点テーマについて読み解いた上で、日本に適した技術開発の方向性について議論する。


 

GX推進法の成立を踏まえた新技術のR&Dへの支援が加速

日本では今年度より「GX経済移行債」の発行が開始され、次年度(令和6)の予算編成においては、蓄電池・半導体のサプライチェーン強化や自動車の電動化などに対して、GX対策推進費として1.1兆円を超える巨額予算が要求されている。これに加え、従来からのエネルギー対策特別会計についても約8,500億円の予算が要求されており、これは現行予算と比べて約17%の増額となっている(今後の査定プロセスにおいて一定の減額や取下げは見込まれる)。この内訳をみると、既に実用化された機器・設備に対する導入支援が大幅に強化されており、特にEV等の次世代自動車やZEH・ZEB等の建築物脱炭素化に対して、それぞれ1,000億円以上計上されている。また、カーボンニュートラル実現に向けて必要となる水素やCCUSといった新たな技術のR&Dに対しても、総額1,500億円を超える予算が確保されている。

こうした政府予算の配分については、基本的に7月に策定されたGX推進戦略において対策強化が謳われた分野が支援対象となっている。特に、日本においても欧米と同様に、ウクライナ情勢や国内の社会課題への対応といった、脱炭素以外の効果も期待されるテーマが目玉として打ち出されている。例えば、海外からの化石燃料の輸入を削減するための再エネ導入の最大化や、国内において深刻化する人手不足への対応、そしてデカップリングや産業競争力向上に向けたサプライチェーンの再構築といったテーマに関して、次年度予算において特に注目すべき事業を以下に紹介する。


 

注目すべき取組み①: 再エネ適地の開拓に向けたアプリケーション開発

再エネの普及拡大はカーボンニュートラルの実現に向けて必要不可欠であるが、既にゴルフ場跡地などの未開発の適地は急速に減少しつつあり、適地拡大に向けた新たな技術の投入が期待されている。前述のGI基金の中では中長期目線でのR&Dロードマップが策定され、洋上風力の風車部品や浮体構造の低コスト化、次世代太陽電池の量産技術の開発事業が立ち上がったところである。加えて、令和6年度予算の概算要求においては、建材一体型太陽電池の開発やモデル導入の支援など、アプリケ-ション開発の取組みが強化されている。

国内では最も普及が進んでいる太陽光発電については、経済産業省が旗振り役となって、軽量であり既存の倉庫屋根などに設置しやすいペロブスカイトと呼ばれる太陽電池の開発が進められる予定であり、2020年代後半の製品投入が期待される。また、住宅建材などと一体化させることで、壁面設置も可能となる建材一体型太陽電池の実証に対して、環境省では新たに予算計上を行っている。さらに、既存の太陽電池の設置場所の開拓に向けた動きも活発化しており、例えば国土交通省では、車両基地などの鉄道アセットを活用した発電設備の導入促進を進めることとなっている。その他にも、日本の地理に適した再エネ資源として脚光を浴びている浮体式洋上風力や地熱発電の導入促進に向けた予算が増額されていることに加え、天候や時間帯に発電量が左右されてしまうという再エネの欠点を補うための需要制御(DR)や蓄電池に関しても、新規予算が割り当てられている。


 

注目すべき取組み②:人手不足への対応としての省人化対応

日本全体では少子高齢化の影響が深刻化しているが、来年度予定されている働き方改革法の自動車運転業務への適用に伴い、人手不足がさらに加速することが予定されている。外国人労働者の活用なども検討されているものの、言語の壁などもあり、電動化と相性がよいとされている自動運転や半自動運転技術の普及が望まれている。例えば、国土交通省では東名高速道路において、来年度にも自動運転トラックの走行実証に着手する予算を計上しており、当面は高速道路や廃線跡地などに限られるとみられるものの、トラック・バスについては自動運転の実用化も近づきつつあると考えられる。

来年度の政府予算として計上されているものではないものの、労働力不足は自動車運転業務に限ったものではなく、再エネ導入や電化シフトと省人化を組合せた技術へのニーズは今後急速に高まっていくものと考えられる。例えば、バイオマスの効率的な収集・運搬に向けた機械化・自動化や、内航コンテナ船の電化と半自動航行化の一体推進、再エネを用いたエネルギー自給型の植物工場など、脱炭素と人手不足解消を同時実現できる技術への投資が活発化するものとみられる。


 

注目すべき取組み③:サプライチェーンの構築に向けた設備投資

日本においては半導体産業の復活に向けた大規模工場の新設などの投資が活発化しているが、こうした動きを後押しするために異例とも言える補助金が概算要求に含まれるなど、カーボンニュートラルを実現するために必要な部材のサプライチェーン構築に向けた動きが顕著化している。半導体は電子機器の制御に用いられるICチップと、電力変換に必要なパワーエレクトロニクスに大別されるが、特に後者は自動車や給湯器といった化石燃料に頼ってきた製品の電化には必要不可欠なものであり、効率的な予算配分によって脱炭素と経済成長の両立につなげていくことが期待される。

また、蓄電池に対する生産設備への補助金も新たに創設される見込みとなっており、前述のGX対策推進費として約5,000億円が予算要求されているが、これは発電量が気象条件に依存する変動性再エネの調整弁やEVの動力源として、脱炭素化に向けた最も重要な部材の一つであるとされるためと考えられる。日本においては従来からの総合電機メーカーによる能力増強だけでなく、スタートアップによる大規模工場の新設などの動きもあり、他の東アジア諸国の後塵を拝する結果となった太陽電池の二の舞とならぬよう、政府として徹底的な支援を行う姿勢が垣間見える。


 

我が国の競争力強化に向けた戦略のあるべき姿

太陽電池や半導体、EVなどの脱炭素技術については、技術開発や市場黎明期には我が国がリードしていたものの、近年では巨額の量産投資を行ってきた中国などの周辺国や、新興EVメーカーなどのユニコーン企業にシェアを奪われるパターンが常態化している。これは、リスク回避志向が強いため大胆な量産投資を行えなかったことや、多角経営により投資が分散してしまうこと、市場創出に向けた国の支援策が不十分であったこと、そして国内においてサプライチェーンを完結させようとする傾向が強く低コスト化が進まないことなどが主な要因であると考えられる。

前述までの次年度の政府予算においては、多種多様な技術の実用化を支援する、従来からの総花的なアプローチが依然として強く残っている。一方で、我が国の人口やGDP、特許件数などの世界シェアは長期低下傾向にあることから、今後はある程度特定分野への支援に選択と集中を進めていくべきである。一見するとR&D支援が十分に拡充されるように見受けられるが、次世代太陽電池からアンモニア・水素まで、現時点で考えられるほぼ全ての脱炭素技術に資金が分散されており、個別分野ごとにみると中国などの巨額のR&D投資に対抗できるかは疑問である。

日本が選択と集中を行うべき分野の特定は容易ではないが、例えば我が国の市場規模や投資余力に着目すると、低コスト化が最大の訴求力となる量産技術よりも、アプリケーションに応じて一定のカスタマイズが求められるものの方が、日本人技術者の高い設計能力・製品開発力を活かせると考えられる。現に、均一の製品を大量に生産するCPUやメモリなどのIC半導体は我が国のシェアは壊滅的であるが、一方で用途に応じた多品種生産を行うパワー半導体は引続き優位な状態を保っている。こうした我が国の特色を活かしていくためには、産業用ヒートポンプや建材一体型太陽電池、業務用モビリティーといった「すり合わせ」や「カスタマイズ」を必要とされる分野の技術力向上や、前述の労働力不足に対応するための省人化技術の開発に対して、集中的な支援を実施していくべきである。こうした特に有望と考えられる技術における日本企業のとるべき戦略について、次回記事にて解説する。

 

執筆者

【主筆】森 啓文/Keibun Mori
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 サステナビリティーユニット ディレクター

ワシントン大学公共政策大学院において、環境税等のグリーン税制の影響分析やエネルギー需要のシミュレーションについて研究。諸外国における地球温暖化対策施策に精通するとともに、中央省庁における事業企画・立案や中長期ビジョンの検討、技術開発動向の調査、新技術の実用化支援などに従事。

 

西尾 昌悟/Shogo Nishio
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 サステナビリティーユニット マネジャー

大学院時代には、ナノテクノロジー関連の研究に従事。入社後は、中央省庁向けのデータ分析や中長期視点での重点分野検討、技術開発・実証事業の立案支援・管理業務、EBPMに基づく事業立案スキームの構築支援等に関わっている。また、国家プロジェクトのデータベース化を通した技術動向調査を得意としており、特に大学院時代のバックグラウンドを活かし、次世代半導体等の開発動向に精通。

 

杉山 貴志/Takashi Sugiyama
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 サステナビリティーユニット マネジャー

大手電機メーカーを経て現職。2010年からは弁理士としての資格も有する。前職では大手電機メーカーの知財部門に所属し、知財戦略策定、他社特許侵害調査、M&A後の再エネ分野での知財活動立上げを実施。入社後は、国プロのフォローアップ調査や知財マッチングをはじめとする新技術の実用化支援等に従事。環境×知財の領域に強みを有する。

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