Posted: 18 Apr. 2024 3 min. read

インバウンド対応のメガトレンドと観光課題解決の糸口とは

持続可能な観光、地方誘客などオーバーツーリズムの解決のための施策を海外先進事例に学ぶ

日本政府観光局(JNTO)が4月17日に発表した2024年3月の訪日外客数はコロナ禍前の2019年7月に記録した単月過去最高の299万人の記録を塗り替え、初の300万人超えとなった。コロナ禍で停滞した政府の『観光先進国』に向けた取り組みだが、昨年、新たに『観光立国推進基本計画』が策定され弾みがつく。その中でも謳われる観光の質的向上を目指す「持続可能な観光」「消費額拡大」「地方誘客促進」の3点は一見すると日本の観光のメガトレンドのようにも映る。その背後にある課題とその解決の糸口は何か、海外の事例も交え、提言したい。

メガトレンドの背景に日本において昨今耳にすることが多いオーバーツーリズムが課題として挙げられる。例えば、京都では主要観光地へ向かうバスを多数のインバウンド客が利用し、大型手荷物を持ち込むことも相まって運送能力が限界に達している。このことでバスターミナルや車内が混雑し市民の公共交通機関での移動に支障を来たすなど問題となっている。また、私有地への無断立ち入りや様々なマナーの問題なども地域住民の生活や自然環境への影響も危惧されている。同様の問題は鎌倉、沖縄など有名観光地でも起こっており、インバウンドバブルと言われる北海道ニセコではこれらに加えて労働力不足など新たな問題が生まれている。

3つのメガトレンドのうち「持続可能な観光」について国連世界観光機関(UNWTO)は「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」と定義している。有名観光地で起きている課題はまさに持続可能ではない事態といえるだろう。日本において「持続可能な観光」を実現するには、もう一つのトレンドである「地方誘客促進」をともに実現することにより観光客を分散し、オーバーツーリズムの課題解決を進めるべきものと考える。

翻って2023年からインバウンド客の急回復が見られる日本に対して欧米では陸続きの土地柄の影響もあり、その前年2022年から堅調な回復が見られる。中でもスペインは日本と同様にこの10年の間に外国人入国者数を大幅に伸ばした国である。そこには、日本が抱える課題の解決の糸口が見える。

スペインのインバウンドの動向においてまず注目すべき点は、下図に見られる地域ごとの訪問内訳だ。日本の外国人入国者数が関東・近畿に偏っているのに対して、スペインでは各地域で非常にバランス良く外国人を受け入れていることがわかる。地域分散は特定地域のオーバーツーリズムの課題を解決するだけでなく、日本全体のインバウンドのキャパシティを増やすことにもつながり、『観光先進国』としてさらなるインバウンド増にもつながる。

データソース:UN Tourism「145 key tourism statistics」FRONTUR「Estadística de Movimientos Turísticos en Fronteras」、および出入国在留管理庁「出入国管理統計(2019年)」

 

それでは、スペインはどのような取り組みをして地域分散を進めているのだろうか。スペイン政府系組織であるSEGITTURは、官民連携や観光DX推進を目的とした「SMART TOURIST DESTINATION PROJECT」を実施している。プロジェクトにおいては「Smart Tourism System」により、各地方・各業界から得られた観光情報や旅客データを収集・分析するだけでなく、一般に公開し、各地が観光施策に係る意思決定に活用している。日本においても国土交通省が訪日外国人流動データ(FF-Data)を作成しデータ公開しているが、「Smart Tourism System」は流動に加えて消費行動までデータベース化しておりさらに有用性が高い。

スペインの空港事情についても特徴がある。主要空港は全てAena(Aeropuertos españoles y navegación aérea)社1社によって運営されている点だ。スケールメリットを生かして、各地域の季節ごとの魅力にあわせた路線・便数の変更を柔軟に対応しやすい環境にあるのも特徴だ。空港会社の一元化は容易ではないが、柔軟な対応を一体的に考える上では参考にすべき点と言えるだろう。これら国全体で戦略的に地方誘客を進められる仕組み、またフラットな情報に基づいて各観光地がそれぞれの戦術を考えられる仕組みがスペインの観光を支えている。

日本でも、コロナ禍以前から『観光先進国』に向けた各施策に取り組み、コロナ禍の収束と共に急増する観光需要に対応し、さらなる需要を開拓するため、再び各施策の実行を加速している。観光庁が主導する「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり事業」では、地方への観光客誘致に必要な課題と対策を、ウリ・ヤド・ヒト・コネ・アシの5つの観点から「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりアクションプラン」にまとめ、当該プランに基づき選ばれた11地域のモデル観光地に対して支援を行っている。

 

出典:観光庁ウェブサイト

 

さらに、観光庁は地方への訪日外国人の誘致を加速するため、主要な空港や港湾から観光地への公共交通機関の強化にも取り組んでいる。訪日外国人のニーズを重視し、多言語対応、無料Wi-Fi提供、トイレの洋式化、キャッシュレス決済導入等の施策を推進する目的で、公共交通事業者や旅客施設管理者等を対象にした支援を進めている。
 

出典:観光庁「令和6年度観光庁関係予算決定概要」

 

これらの国としての地方誘客に対する取り組みは既に多数実施されている点は評価が高い。しかし、依然として訪日外国人の訪問先は関東や関西といった大都市圏に集中している現状を踏まえ、自治体や関連事業者等のステークホルダーが能動的に動くためにはフラットな情報の連携と柔軟な航空政策が求められる。自らが有する豊富な自然や食事、文化等の魅力的な観光資源を熟知している、各地域の観光主体が自ら考え発信できるインフラ作りが進められることを期待する。

 

 

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パブリックセクターT&SJユニット
コンサルタント 古城鉄也、アナリスト 山岡葉月

 

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