Posted: 16 Dec. 2024 5 min. read

量子コンピュータ開発動向及び基本構成の俯瞰

”動作原理と部素材”から紐解く量子コンピュータ シリーズ第1回

昨今、商用化に向けて量子コンピュータの開発が加速しているが、ハードウェア構造や動作原理は非常に複雑であり、広くかつ十分に理解されているとは言えない。本連載では、来るべき量子コンピュータ本格活用時代に備え、動作原理や部素材の観点から量子コンピュータの基本的な仕組みを解説する。

【量子コンピュータ開発動向と本連載の位置づけ】

昨今、量子コンピュータの商用化に向けた動きがグローバルで加速している。2024年11月の段階で、複数のハードウェア開発企業が、開発ロードマップ1-3ないし開発上の重要マイルストーン4を公開している。

どのような製品であれ、開発ロードマップを策定・開示するには、アプローチやゴール、人的・物的リソースの確保見込等が明確になっている必要があり、その意味では、各社の具体的なプランと自信が伺える状況となっている。但し、計算上のエラーに対処するための「誤り訂正機能」の実装等は、まさにこれからであり、まだ多くの時間を要するものと推察する。

このような状況において、改めて「量子コンピュータとは?」という素朴な疑問を持たれる方も多くいらっしゃるだろう。本連載では、「ハードウェア動作原理と部素材」の観点から量子コンピュータの仕組みを紐解いていき、最終的には「量子計算なるものが、どのような仕組みで実行されるのか」をお伝えできればと考えている。

量子コンピュータに関する一般的な解説では、「量子重ね合わせ」や「量子もつれ」等、量子の不思議な性質から入るケースが少なくないが、本連載では、これらについても、ハードウェア動作原理や部素材の観点から紐解いていくことで、少しでも物理的・具体的なイメージを持っていただける内容としたい。

「難解なハードウェアの仕組みを理解することが、量子コンピュータをより効果的に利用することに資するのではないか」との考えから、このような執筆スタンスとしたが、ハードウェア部素材供給を検討している企業にとっても有用な情報となろう。

早速、第1回として、量子コンピュータの基本構成や開発の現在地を俯瞰してみたい。

 

【量子コンピュータには複数の方式がある】

従来型のコンピュータと同様、量子コンピュータにおいても、計算実行の最小単位となる基本素子が必要であり、それを「量子ビット」と呼ぶ。5

量子ビットの具体的な作り方(実装方法)には、いくつかの方向性があり、それが、量子コンピュータ各方式の一般的な名称に反映されている。

例えば、量子ビット(の一部)として、超伝導素子を利用する仕組みは「超伝導方式」、バリウムイオン等のプラス電荷のイオンを利用する仕組みは「イオントラップ方式」という具合だ。同じ量子計算を実行する上で、複数種類のハードウェアを使うことができる、つまりユーザーにとって複数の選択肢があることが、量子コンピュータの大きな特徴である。

そして、「超伝導素子の物質として具体的に何が有用なのか」「イオン化する原子として、どれが精度よく捕捉(トラップ)できるのか」など、各方式独自の検討要素が数限りなくあり、結果として、作られる量子ビットの構造や基本特性等が、方式毎に大きく異なっている。

重要なのは、これらの違いが、各方式の利点や技術課題に大きく影響する点だ。量子の優位性を発揮できる汎用量子コンピュータの完成に向けて、ハードウェア開発企業は、選定した方式の利点を活かしつつ、時には利点とのトレードオフとなる技術課題の解決を鋭意進めている。

 

【量子ビットを変化させることで量子計算を実行する】

方式によって詳細は異なるものの、量子コンピュータのハードウェアは、大きく3つの領域に分けられる。

上図6では上から順に、「制御する主体、制御信号を中継する主体、及び制御される側=量子ビット」という構造を示している。図の右側にある自動車部品のアナロジーは、「部素材間の関係性や機能のイメージ」を掴むための参考情報として捉えていただければ幸いである。

量子計算実行時には、図の最下段にある「量子ビット」を、実行するアルゴリズムに即して変化させ、その変化した状態を“量子計算の結果”として読み出す。

超伝導方式であればマイクロ波を使って、イオントラップ方式であれば異なる波長を持つ複数のレーザーを使って、量子ビットを変化させる。

熱雑音をはじめ、ノイズに極めて弱い量子ビットを精緻に制御するためには、制御装置が生成する制御信号の精度はもちろん、それを伝えるための伝達系(神経系)も極めて重要であり、まさに「広範な技術の集大成」と言える。

 

【量子コンピュータ開発の現在地 ~ どの方式が有力なのか?】

量子コンピュータに関しては、意外かもしれないが、定置型だけでなくモバイル型の開発も進められている。但し大規模計算の実行が期待されている定置型としては、現状では下記の5つが主流である。

  1. 超伝導方式
  2. イオントラップ方式
  3. 中性原子方式
  4. 光方式
  5. シリコンスピン量子方式

「これら5つの方式のうち、どれが有力なのか」という問いに対して、どのような回答が考えられるだろうか?

国内外の有識者の方々から伺った見解や公開情報に基づいて判断する限り、2024年時点では、「どの方式が有力なのかは、(評価基準にもよるが)誰にもわからない。どの方式にも利点と課題がある中、ペースの違いはあれ、どの方式も着実に前に進んでいる」という内容が、無難ではあるが正解に近いと考えている。

よって、今後もモニタリングを継続せざるを得ない状況であるが、本連載では、「主にスタートアップ企業が主導しており比較的情報が少ない領域」を中心に、有用な情報を広く発信していきたいと考えている。具体的には「中性原子」「光量子」の2方式をフォローしていく想定で、特に日本国内の皆様にとって収集・整理しづらい情報を提供すべく、グローバルのハードウェア開発企業や技術動向を中心に取り上げていく予定である。

 

1 IBM:ibm.com/roadmaps/quantum/
2 IonQ:Investor Updates
3 QuEra:Quantum Error Correction | QuEra
4 Google:Roadmap  |  Google Quantum AI
5 シリコン量子ビット素子の研究動向(森 貴洋、樽茶 清悟)_pdf
6 RQC Photoライブラリー | RIKEN QUANTUM COMPUTING


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執筆者

扇 孝一郎/Ogi Koichiro
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
量子技術研究リード
ECMM(Energy & Chemicals, Mining & Metals)ユニット シニアマネジャー

外資系大手IT企業等を経て現職。長年のクライアント支援を通じて蓄積した化学品、半導体・電子部品などの業界知見を活かし、量子領域の案件を多数リード。量子技術の調査からスタートアップへの投資検討支援まで、広範なコンサルティングサービスを提供するとともに、国内量子産業の拡大や経済安全保障の観点から、量子サプライチェーンの構築にも取り組んでいる。