「本当の価格(True Price)」を考える:サプライチェーン透明化の重要性 ブックマークが追加されました
私たちが日々購入する製品には、目に見えない「社会的費用」が隠されています。環境破壊や労働搾取など、経済活動の裏側で発生するこれらのコストは、持続可能な社会の実現を阻む要因となっています。本記事では、社会的費用の概念やその影響、そして市場での販売価格に社会的費用を加えた「本当の価格(True Price)」について、その負担のあるべき姿を考えます。
普段あまり意識することはありませんが、私たちが手にするほとんどの製品には「社会的費用」が隠れています。社会的費用とは、経済活動の結果として社会が被る損失のことを指します。例えば、工場周辺で発生する大気汚染や騒音といった公害、または原料調達先の途上国での児童労働や強制労働による健康被害や貧困などが挙げられます。これらの損失を防ぐための対策が企業によって講じられない場合、社会的費用は地域住民など別の主体が「外部費用」として負担することになります。これらの負担は地域の環境破壊や人権侵害に直接的な影響を及ぼすだけではなく、社会的格差をさらに拡大させ、やがては世界全体にも悪影響を及ぼします。こうした「見えないコスト」を地域住民や労働者に負担させるのではなく、企業や製品の利用者である消費者が認識し、負担のあり方を見直すことが持続可能な社会を構築する上で重要な課題となるのです。
オランダの社会的企業であるTrue Price社は、特定の製品について、市場での販売価格に社会的費用を加えた「本当の価格(True Price)」を算出しています。この価格は、サプライチェーン全体で発生する環境や社会への影響を防止・回復するために必要な費用を示したものです。このように隠された費用を可視化することは、課題解決に向けた行動を促進する根拠となります。実際にその差額分は、社会や環境への負の影響を改善するための対策(樹木の保護、途上国の人々の生活条件の改善等)に使用されます。
例えば、コロンビア産のコーヒー豆の場合、1杯あたり5.2円(環境コスト2.2円、社会コスト3.0円※1)の追加費用が必要とされています。この差額は、二酸化炭素排出量削減や途上国の生活改善などに使われるべき費用を算出した金額です。
オランダの大手スーパーマーケット※2や、フードサービス会社※3では、パイロットプロジェクトとしてTrue Priceを導入し、消費者が通常価格とTrue Priceのどちらかを選択できます。このような取り組みは、消費者に選択肢を提供すると同時に、本来あるべき価格を伝える手段として注目されています。
社会的費用の負担はどのようにあるべきでしょうか?原料生産地での環境破壊や労働搾取を見て見ぬふりをする企業活動が持続可能でないことは明らかです。しかしそこにはエシカルな製品を作っても価格が高くなって売れないから企業が出さない、手頃なエシカル商品がないから消費者が買わない、という構造が存在します。この悪循環を断ち切ることが、負担のあり方を見直す上の論点となります。
デロイト トーマツでは2024年11月に、日本の社職員を対象に、社会的費用を追加した「本当の価格(True Price)」に関する認知度や選択意向を調査しました。その結果、選択意向では7割以上(72%)が「True Priceを選ぶ」と回答しました(28%は「選ばない」と回答)。また環境的、社会的価値に配慮した商品を購入した経験がある人も7割以上(77%)という結果になっています。社内調査結果ではあるものの、「価格が高くなるなら買わない」という考え方だけではない、エシカルな製品・サステナブルな仕組みに則った購入に関心のある層が一定数存在していることを示しています。
その上で、True Priceが上乗せされた商品を購入する条件についての調査では、「支援につながることが証明されている」を選択した人が最も多く、トレーサビリティの重要性が見て取れます。続いて「品質が良いこと」も購入意欲を高める条件として重視されています(図参照)。「本当の価格」での商品の購入を促すためには、企業のサステナビリティへの取り組みに対する透明性が重要であり、自身の購買行動が、課題の解決に少しでもつながっていることを認識できることが求められています。
農林水産省は「適正な価格形成に関する協議会」を立ち上げ、2023年以降、継続的に会議が開催され、合理的な費用を考慮した価格形成の在り方について議論が進められました※4。とくにコストの把握と見える化については、サプライチェーン全体での取組が必要であり、消費者の行動変容促進においても重要であるという議論がなされました。
企業としては、社会的費用を明確に認識した上で、社会的費用の内部化の度合いを検討し、持続可能な製品やサービスを提供していくことが求められます。また課題解決や改善への取り組みを見える化し、消費者がその価値を理解しやすい形で情報を発信すべきでしょう。一方、消費者は、自身の購買行動が社会や環境に与える影響を意識し、可能な範囲でエシカルな商品やサービスを選ぶことが必要でしょう。小さな選択の積み重ねが、企業の行動を変え、社会全体の持続可能性を高める力となるのです。
企業が社会的費用を明確にし、消費者に選択肢を提供することで、持続可能な未来への一歩を踏み出すことができます。私たち一人ひとりが「本当の価格」を知り、選ぶことで、社会全体の変化を後押しできるのです。企業と消費者がそれぞれの役割を果たしていくことで、より良い未来を築くことができるはずです。
図:本当の価格(True Price)の商品の購入条件
※1 コーヒー1杯(150ml)に必要な焙煎後の豆重量を10gと仮定。ミディアムローストの場合の焙煎後の重量変化を17%と仮定し、1杯に必要な焙煎前の豆重量を11.7gとする。これにコロンビアにおけるTrue Priceの444円/kgを乗じ、5.2円/杯の外部コストを算定
※2 オランダの大手スーパーマーケットチェーンでは、2023年にTrue Priceに関するパイロット実験を実施した。この実験では、コーヒー、牛乳、オーツミルクを対象として、顧客が真の価格で支払うかどうかを選択できる仕組みが導入された。顧客の中にはTrue Priceで支払う意思を示す人々もおり、このパイロット実験の結果を肯定的に評価している。この実験を踏まえ、さらに多くの一次データの収集・活用を通してバリューチェーンの改善の可能性について洞察を深めるとともに、他の製品も対象とした次フェーズの検討を進めている。
※3 オランダ最大のケータリングおよびフードサービス会社においては2022年、True Priceの設定が同社のサステナビリティに関する取組にどのような付加価値をもたらすことができるかを検証することを目的に、オランダ全土の13のレストランで3か月間のパイロットプロジェクトを実施した。パイロットプロジェクトでは、ゆで卵、クロワッサン、スキムミルクの3つの人気商品に焦点を当てた。この取り組みの成功に基づき、2024年に新たなTrue Priceプロジェクトを立ち上げることを決定し、より多くの場所、製品、原料を含むように拡大し、事業におけるTrue Priceのより包括的な設定を目指している。
※4 合理的な費用を考慮した価格形成に向けては、①コストの把握・見える化、②コストを考慮した取引の実施、③消費者の購買力の確保、の3点が必須とされている。①のコストの把握・見える化についてはサプライチェーン全体での取組が必要とされており、前述のとおり消費者の行動変容促進にあたっても重要な点である。他方で、協議会の中では「個社のコストデータは企業秘密。収集・提供⽅法について検討が必要」という意見も上がっている。これに対し、関係者の協議によるコスト指標づくりを推進しつつ、持続的な⾷料供給に必要な合理的なコストを考慮する仕組みを新たに法制化するとしており、令和7年中の法案国会提出を目標としている。
小野 美和 / Miwa Ono
デロイト トーマツ コンサルティング スペシャリストリード。企業のサステナビリティ戦略策定支援、人権デューデリジェンス実行支援、サプライチェーントレーサビリティシステム構築支援、途上国政府の人権に関するガイドライン策定と導入支援等に従事。サステナビリティ分野の寄稿、講演多数。
岩田 紗奈 / Sana Iwata
デロイト トーマツ コンサルティング シニアコンサルタント。Social Impact活動に関与し、「サプライチェーンにおける児童労働の撤廃」に関するプロジェクトに関与し、調査業務や各種エミネンス等の活動を推進。
愛川 駿 / Shun Aikawa
デロイト トーマツ コンサルティング コンサルタント。サステナビリティユニットに所属し、地域脱炭素化や生物多様性の主流化に関する調査・検討業務等に従事。また、生物多様性については、「自然資本・生物多様性の真の価値とは。“ネイチャーポジティブ”市場とビジネス」というブログの執筆に一部関与。
島村 紀穂 / Noriho Shimamura
デロイト トーマツ コンサルティング コンサルタント。サステナビリティユニットに所属し、環境・人権関連の官民連携協議会立ち上げや運営業務、実証モデル構築事業・市場分析業務等に従事。また、NGOにてアフリカにおける脱炭素関連事業としてバイオ燃料の製造事業立ち上げに従事。