第1回:Femtech(フェムテック)|グローバルスタートアップ&エマージングテクノロジーの最新トレンド|Deloitte Japan ブックマークが追加されました
国内外約3,000社のベンチャー企業との間でネットワークを有するデロイトトーマツベンチャーサポートから、主に、米国シリコンバレーチームのメンバーが中心となり、様々なスタートアップやエマージングテクノロジーの最新潮流について定期的に発信します。
先般開催されたCES 2020において、ガラス張りの授乳室を展示ブース内に設けたWillowなどのFemtech(フェムテック)関連スタートアップが注目を集めたことをご存知だろうか。Femtechとは、Female(フィーメル)+Technology(テクノロジー)から作られた造語であり、主に女性の健康に関わる問題をテクノロジーを活用して解決しようとするソリューションやサービスを指して使われている。
Femtech領域は、2025年までに市場規模が5兆円ほどになると見られており(*1)、欧米やアジア等の企業や投資家から有望な成長領域として注目を集めている。Femtechが対象とするユーザーは「女性」全般であることからその潜在的な市場規模は大きく、かつテクノロジーとの親和性が高いミレニアルズやさらにその次の世代が、人口の中で一定のボリュームを占めてくることが市場拡大を後押しすると考えられている。(その他、市場拡大の要因については後ほど詳しく述べる)
Femtechのソリューション・サービスが対象とする主なテーマは、月経、妊娠/不妊治療、授乳や産後のケア、育児、更年期障害、乳がん等女性特有の疾病、性に関するウェルビーイング(Sex techとも呼ばれる)まで幅広い。それぞれのテーマの問題解決手段としてテクノロジーを活用するのが、Femtechである。モバイルアプリやウェアラブルデバイスを活用し、自身の体調を手軽にトラッキングできるものについては、日本でも20-30代女性を中心に既にサービスの利用が進んでいる。一方で、日本では未だ一般的でないが、家庭で手軽に疾患の早期発見が出来るようなデバイスや検査キット、専門家とのマッチングソリューション、遠隔診療やカウンセリング・コーチングのプラットフォーム提供等については、欧米を中心に多様なスタートアップが新しいソリューションを生み出している。
ここでは、一部のFemtechソリューション・サービスと、開発したスタートアップを紹介する。
2016年にサンフランシスコで創業したスタートアップで、2019年4月にシリーズAで1,150万ドルを調達したと発表し、資金調達総額は約1,500万ドルとなった。企業に勤める従業員が使う妊活プラットフォームを提供している。Carrotと企業が契約すると、その企業に勤める従業員やそのパートナーは、Carrotのアプリを通じて多様な妊活サービス(専門家による妊活のコンサルテーション、卵子凍結、体外受精など)を利用することができる。Carrotを通じて利用したサービスにかかった費用は、従業員の所属企業が福利厚生の一環として一定割合を負担する仕組みとなっている。従業員はCarrotのアプリを通じて簡単に企業への費用請求をすることができる。
カリフォルニア州マウンテンビューのスタートアップで、ブラジャーの中にセットできるウェアラブルタイプの搾乳機を開発・販売している。2019年12月にシリーズB追加出資を獲得し、資金調達総額は約9,000万ドルとなった。職場等での手軽な搾乳・母乳保管を可能にするほか、アプリを通じて搾乳時間や量をデジタル管理できる機能もあり、授乳の必要な母親をサポートしている。
2014年にカリフォルニア州オークランドで創業した、タンポン型の子宮系疾患検査キットを開発しているスタートアップ。ユーザーが2時間ほど装着したタンポンに吸着した血液を分析することで、通常は医療機関での専門家による内診でなければ発見しにくかった子宮系疾患を手軽に早期発見できるとしている。直近のシリーズA調達は2019年4月で、このラウンドにはハーバードメディカルスクールやスタンフォード大学のPhDを含む多様な出資者が参加した。これまでの資金調達総額は約1,100万ドル。
サンフランシスコベースのスタートアップで、2019年に行ったシリーズCの調達5,200万ドルを加えて、資金調達総額は約9,300万ドルとなった。避妊薬のオンラインオーダー・デリバリーサービスのほか、性感染症などの検査キットをオンラインで販売している。既に米国内で20万人以上にサービス提供しており、同社の月間の成長率は20%ほどと報じられている(*2)。
Femtech市場が拡大する背景には、Femtechを後押しする時代背景、ソリューション・サービスの需要側・供給側、両者を巻き込む多様な要素が絡み合っている。
一つ目の要素として、この数年で世界的にフェミニズムの機運が高まったことが挙げられる。“Me Too”や“Time's Up”のように、ソーシャルメディアを活用しながらジェンダー格差の是正やアンチ・セクハラを求めるムーブメントが一気に高まったことは記憶に新しい。これらの動きは、女性が女性であるが故に持つ悩みを(そのまま我慢するのではなく)解決しようというFemtechソリューションの誕生・普及を後押ししたと言えよう。
多くのFemtechソリューション・サービスがスマートフォンアプリ等を通じたオンラインでの利用を前提としており、デジタルデバイスが世界的に普及したことも、Femtech拡大の契機となったと言える。(Femtechが解決しようとする悩みは、これまでオープンに相談するのが憚られるタイプのものであったため、オンラインとの相性が極めて良い領域である。)
特に米国シリコンバレーにおいて、Uberなどの大手Tech 企業が女性従業員向けの福利厚生を充実させる中で、Femtechのサービスを活用し始めたことも市場に大きな影響を及ぼしている。現在シリコンバレーでは、優秀な人材の獲得競争が激化しており、特に若手~中堅の女性エンジニアは引く手数多の状況である。人材を確保したい企業側としては、給与以外にも福利厚生面で従業員に報いることが重要になってきている。福利厚生の中には卵子凍結や不妊治療、育児に関する金銭的サポートのみならず、Femtechサービスの紹介・利用促進や、専門家のカウンセリング支援などが含まれている。こうしたニーズを持つ企業向けに、従業員の妊活や育児サポートのソリューションをパッケージ化して提供するスタートアップ(妊活プラットフォーム提供のCarrot、妊活・出産・育児などをフルサポートするプラットフォーム提供のCleoなど)も登場している。
近年、Femtech関連のビジネスを積極的に支援しようとする女性投資家が出現してきたことも、重要な要素と言える。2017年に米国で初となる“Femtech Fund”が立ち上がり、その他にも女性をリーダーとする新興ファンドが、Femtechや女性向けのビジネスを主な投資対象としている。あるFemtechスタートアップの代表は、これまで男性投資家にはFemtechソリューションの価値を理解してもらうのが難しく、場合によっては「説明を聞くのが恥ずかしい」と門前払いを受けていたと語っていた。女性の投資家から共感を得て資金調達できるような環境が整ってきたことは、Femtechの供給側であるスタートアップにとって重要な変化と言えよう。
市場拡大のトレンドと、Femtechを取り巻く環境の変化を受けて、欧米の消費財業界やヘルスケア業界の大企業では、Femtech領域でのオープンイノベーションやスタートアップとの事業提携による新規事業開発の動きが見られる。例えばP&Gは、社外の技術やアイデアを活用した新商品開発に注力しており、先般のCES 2020においてもAlphabet傘下のVerilyと提携して開発した、オムツに付けるアクティビティセンサーを発表した。また、P&G Venturesという組織を作っており、そこでは主にP&Gが展開する既存プロダクトとは異なる領域について、スタートアップと連携した商品開発を行っている。オーガニック素材の生理用品ブランドを開発したThis is Lというスタートアップを買収したのも記憶に新しい。
日本でもここ数か月ほどでFemtechに関するトレンドやイベントについて報道される中、Femtechビジネスを立ち上げようとするスタートアップや、この領域に関心を持つ企業が出現し始めている。
Femtech領域でユーザーに支持されるソリューション・サービスとなるパターンとして、次の2通りが考えられる。
上で述べたように、女性が抱える健康上の悩みは年代やライフステージに応じて幅広い。さらに、例えば「妊活」という一つのカテゴリの中においても、専門家による初期カウンセリング、基礎体温やホルモンバランスの管理、卵子凍結、体外受精など多様な内容・手段がある中で、何を選択したいかという希望はユーザー毎に異なる。ユーザーが希望するものに必要なタイミングでアクセスできるかが大きな課題となっており、多様なソリューションにワンストップでアクセスできるプラットフォーム型サービスは、ユーザーから見て魅力的なものと捉えられる可能性が高い。
このような「統合型」サービスについては、女性従業員のリテンションを高めたい企業が、従業員向け福利厚生の一部として利用を検討する可能性があり、BtoBの事業機会との相性も良いと考えられる。既に紹介した米国のCarrotは、妊活ソリューションのプラットフォームを企業に提供するBtoBモデルを実践している。
幅広いソリューションを含むFemtech市場において、その中の特定テーマのみに照準を絞り、他社が容易に真似できないような専門性の高いソリューションを提供することで、ユーザーにとって唯一無二の選択肢となることも一つの方向性と言えよう。
欧米では、子宮系疾患の早期発見にフォーカスしたソリューション開発を行うNextGen Janeや、女性のプライバシーと環境に配慮し、トイレに流せる妊娠検査薬を開発したLiaのような特化型スタートアップが登場している。
ただし、このような「一転突破型」については、フォーカスするテーマの市場規模・成長性や、競合となり得るソリューションに対する差別化などについて、十分に検討を行う必要があるだろう。
Femtechは今後日本でもさらなる注目を集め、新たな事業機会を狙う企業やスタートアップが活動を強化していくものと見られている。女性の健康向上という根本的なニーズ自体は普遍的なものと言えるが、国や地域ごとに異なる医療規制や性別に関する慣習・文化的背景の違いなどが、Femtechの市場形成に一定の影響を及ぼしていくと考えられる。日本版Femtechマーケットがどのような変化・成長を遂げていくのか、引き続き注目していきたい。
*1:Frost & Sullivan(https://ww2.frost.com/frost-perspectives/femtechtime-digital-revolution-womens-health-market/)
*2:Tech Crunch (https://techcrunch.com/2019/08/15/birth-control-delivery-startup-nurx-approaches-300m-valuation/)
執筆担当:デロイト トーマツ ベンチャーサポート シリコンバレー事務所 前野
監修:デロイト トーマツ ベンチャーサポート シリコンバレー事務所
デロイト トーマツ ベンチャーサポートでは、日本のFemtechスタートアップと大企業の事業提携を目的としたピッチイベントを2020年2月13日に開催予定です。(http://morningpitch.com/theme/18363/)
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