Posted: 28 May 2024 12 min. read

日産自動車が描くこれからのサービスビジネスを支えるプラットフォーム

「クルマ」中心から「ヒト」中心へ

クルマを製造・販売するビジネスに加え、サービス提供のビジネスへの拡大へ。顧客への提供価値の広がりに応えるべく、日産自動車は「ヒト」を中心とするプラットフォームの構築を進めている。その取り組みを構想から実装・運用まで支えているベンダーの一つがデロイト トーマツだ。日産が描く「これからのプラットフォーム戦略」について、同社の平川静氏とデロイト トーマツ コンサルティングの根岸、安村、荒木に聞いた。

「ヒト」中心のID管理で顧客の利便性を高める

 

──世界の自動車会社は、Connected(コネクテッド)・Autonomous(自動運転)・Shared(シェアリング)・Electric(電動化)の頭文字を取った「CASE」という概念の下、従来のクルマを製造・販売するだけのビジネスから、サービス提供を含めたより幅広いビジネスへの転換を競い合っています。日産自動車は、どのように取り組んでおられますか。

 

平川 当社は、量産EV(電気自動車)をいち早く世に送り出した自動車メーカーとして、技術面では電動化と知能化(自動運転)を軸とする研究・開発を進めています。

製品ポートフォリオをICE(内燃機関)車中心からEV中心へとシフトさせる一方、サービスについても、時代のニーズを先取りしながらプラスアルファの価値を提供していくことを優先的な戦略として掲げています。

ご存じのように、自動車会社がクルマに関連して提供するサービスは、時代とともに充実してきました。修理やメンテナンスといったアフターサービス、自動車ローン・リースなどの販売金融、レンタカーなどがその代表例です。

 

根岸 電動化や知能化が進んだことで、サービスの種類はさらに広がりを見せていますね。

 

平川 おっしゃる通りです。日産自動車は、2010年に量産EV「初代日産リーフ」を発売していますが、そのときからコネクテッドに関する技術も蓄積してきました。

当初は、走行情報やバッテリー情報などを収集・蓄積し、主に社内における研究・開発やサービス向上に利用していたのですが、昨今では収集・蓄積したデータを利用して、お客様に様々な新しいサービスを提供するフェーズに入っています。

今後、さらに膨大なデータが集まり、生成AIなどの先端技術によってデータ利活用の幅が広がれば、サービスの種類もどんどん増えていくでしょう。

 

日産自動車
ビジネスシステムソリューション本部 本部長
兼 マーケティング&セールス・モビリティサービスシステム部 部長
平川 静 氏

2007年、日産自動車に中途入社。 本部長を務めるビジネスシステムソリューション本部は、経営企画や商品企画、設計開発、生産・サプライチェーン、販売・マーケティング、アフターセールス、コネクテッドカーサービスなど、日産のほぼすべてのビジネス領域において企業活動を支える情報システムの開発・導入・運用を担っている。

 

 

──そうした将来的なサービスの広がりに備え、日産自動車は、顧客がオンラインでサービスを購入でき、顧客の嗜好に合わせたサブスクリプションサービスへの加入を可能にするプラットフォームを構築中だとうかがっています。デロイト トーマツは、構想から設計、開発、実装までをトータルに支援しておられるそうですが、そもそも、どのような経緯でプラットフォームを構築することになったのでしょうか。

 

平川 最初に実現したいと思ったのは、サービスごとに異なるお客様のIDを一元化することでした。従来、お客様が修理・メンテナンスや、販売金融、レンタカー、コネクテッドサービス、充電サービスなどを利用する際には、それぞれ所有する・利用する車両ごと・サービスごとに契約を結び、ユーザー登録をしていただいていました。

これでは、お客様がサービスを利用する際に「どのIDで申し込めばいいのか?」と迷ってしまいますし、我々にとっても、「どのお客様が、どのサービスを利用されているのか?」ということを全体的に把握できません。結果として多大なビジネスチャンスの喪失につながっていたわけです。

お客様の利便性を高め、当社がお客様に提供するLTV(顧客生涯価値)を最大化するためにも、すべてのサービスが「1つのお客様ID」で利用できる仕組みが必要だと考えました。

その延長線上で、IDだけでなく、お客様情報や、サービスへのご加入状況、請求情報などをすべて一元化し、今後新たに提供していくであろう新しいサービスを管理・運営するプラットフォーム構想が動き出したのです。

 

根岸 日産自動車からの相談を受け、デロイト トーマツがプラットフォームづくりをお手伝いすることになったのですが、まず平川さんが描かれていた理想像に感銘を受けました。

「『クルマ』を中心とするものではなく、『ヒト』(お客様)を中心とし、サービスビジネスを支えるプラットフォームをつくりたい」という理想を明確に打ち出されたのです。

「それを実現するには、どのような要件を実現すれば良いのか?また、どのようなアーキテクチャーで組み上げたらいいのか?」という基本構想の段階から、平川さんをはじめとする日産自動車の皆様とじっくり討議を重ね、その後も基本設計、詳細設計、開発と、すべてのフェーズで支援をさせていただいております。

 

デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員
根岸 弘光

大手システムインテグレーター、複数のコンサルティング会社を経て現職。デジタル時代のEnterprise Architecture設計に強みを持つ。また、グローバルサプライチェーン改革、グローバル営業改革、ERP導入等のオペレーション変革、システム構造改革の経験を多数持つ。

 

──つまり、上流のコンサルティングから下流の開発まで、トータルにサポートしておられるわけですね。

 

安村 はい。コンサルタントが設計/開発フェーズにおいてもプロジェクトをリードし、ビジネスの課題とシステムの課題双方が解消されることを意識しながらデリバリーをさせていただいています。

 

日産自動車が描く「プラットフォーム」のコンセプト

「ヒト」を中心とした「プラットフォーム」のコンセプト。修理・メンテナンス、販売金融、レンタカーなどのサービスを、顧客の好みに合わせてサブスクリプションで加入することができる。

 

上流から下流までトータルに支援できる点を評価

 

──日産自動車は、なぜプラットフォーム構築のパートナーとしてデロイト トーマツを選んだのでしょうか。

 

平川 実はこのプロジェクトの前に、別のプラットフォームの移行プロジェクトでデロイト トーマツに支援を依頼しました。そのアーキテクチャー設計の実績を評価しサービスを支えるプラットフォームの構築についてもサポートをお願いすることにしたのです。

 

──別のプラットフォームとは、どのようなものですか?

 

荒木 先ほど、平川さんからコネクテッドのお話がありましたが、日産自動車には、販売したクルマから送られてくるデータを集約・分析するプラットフォームがあります。

そのプラットフォームのクラウド基盤を移行するプロジェクトが始動するということで、アーキテクチャーづくりから、設計、開発、実装までを支援させていただきました。

 

平川 コネクテッドカーそのものの増加や、収集可能なデータの種類と量の増大とともに、プラットフォームに求められる処理速度や処理量も格段に高まっています。パフォーマンスとキャパシティの観点での拡張性と柔軟性を鑑みるとクラウドの採用は前提となると考えています。

デロイト トーマツに依頼をしたところ、世界中の様々な自動車メーカーの事例を踏まえつつ、適切なサービスを選定するにあたり、処理速度、レイテンシ(通信の遅延時間)、コスト効率、堅牢性などを比較検討した上で、最適なアーキテクチャーを提案してくれました。

今だから正直に話しますが、デロイト トーマツのコンサルティングとしての評価の高さは認識していたものの、プラットフォームのアーキテクチャーまでしっかり描いてもらえるとは思っていませんでした。

しかも、上流だけでなく、下流に至るまでトータルにサポートしてもらえる点などを評価して、プラットフォームの構想を相談することにしました。

 

──その後、プロジェクトはどのように進み、デロイト トーマツはどのような支援を行ったのでしょうか?

 

根岸 2021年7月から、構想策定が始まりました。

まずは、平川さんをはじめとする日産自動車の皆様が「やりたいこと」を言語化していただき、それを整理しながら構想案を練り上げました。

 

平川 「やりたいこと」の一つが、サブスクリプションサービスへの対応でした。プロジェクトが立ち上がった時点で、すでに自動車関連サービスのサブスク化はかなり一般化しており、IDやお客様の各種データを一元化するのなら、将来リリースするサブスクサービスも「パズル&ピース」で追加的に取り込んで統合できるアーキテクチャーであることが不可欠だと考えました。

また、コネクテッドがクルマの常識となった今日では、スマートフォンのOSやアプリが通信でアップデートされるように、クルマを司るシステムもOTA(Over the Air、通信)で更新できるようになりつつあります。そうした変化にも柔軟に対応できるようなアーキテクチャーを希望しました。

 

安村 どうすれば日産自動車の「やりたいこと」ができるのかを検討し、他の業界で導入されている複数のプラットフォームの事例を紹介しました。国内外の大手IT企業などの事例です。

また、日本だけでなく、米国など海外のデロイトとのネットワークを通じて、世界の自動車メーカーがどのようなプラットフォームを構築しているのかについてもリサーチを重ねました。

これらのリサーチ結果をもとに議論を重ね日産自動車に最も適したプラットフォームのあり方を徹底追求し、アーキテクチャーを描いたのです。

 

デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員
安村 俊徳

IT戦略策定、システム化構想、Enterprise Architectureの策定など豊富な経験を有し、特にシステム導入/運用を含めITのフルライフサイクルの視点に強みを持つ。また、システム導入時のプロジェクト品質および非機能要求の観点でのシステム品質などQuality Engineeringを得意とする。

 

平川 出来上がったアーキテクチャーには、かなり満足しています。選定してもらったクラウドサービスも、現時点での技術レベルやサービスの実績を考慮すると最も優れたものであり、理にかなった提案だと思います。

何より、当社の強い要望である、新しいサービスのデータが「1つのID」に統合されるアーキテクチャーが出来上がったことは、デロイト トーマツに頼んで良かったと感じるポイントの一つです。

日産自動車は今後、新しいサービスをどんどん追加していく予定ですが、すでに当社のIDをお持ちのお客様は、ご希望のサービスをオンライン上でトッピングするように、簡単にご契約・ご利用できるようになります。

 

デジタルネイティブ人材の育成支援にも期待

 

──プロジェクトは現在、構想から設計段階を経て、開発フェーズに入っているそうですね。これまでの作業でご苦労された点、工夫された点は何でしょうか。

 

平川 新しいサービスを「パズル&ピース」で追加するというのは、言うは易しで、そう簡単にできるものでありません。これに対応するプラットフォームを構築するには、綿密なアーキテクチャー設計やシステム間・レイヤー間での様々な調整が必要なので、デロイト トーマツの皆さんにはかなり苦労をおかけしていると思います。

 

安村 工夫した点としては、スピード感を持って一貫性のある開発を行うため、デロイト トーマツならではのグローバルな開発体制をフル活用しています。オフショアからニアショアまで、最も早く対応できる場所や、必要なスキルセットを持つ人材がそろっている場所を使い分けながら、開発を進めています。また、プラットフォームを構成する多様な他社ソリューションに関するスキルセットの充足や、協業させていただく他ベンダー様との連携の観点でも価値を提供できるように意識しています。

 

荒木 提供するサービスやプラットフォームを構成するクラウドも日々変化していきます。こうした変化に対応し、最適なプラットフォームを維持するには、アーキテクチャーに関する知見を基にビジネス担当者や運用担当者の声をプラットフォームに反映するサイクルを構築することが重要になります。

デロイト トーマツはプラットフォームの構築において、上流のコンサルティングだけでなく、下流の開発から実装、運用まで支援できるケーパビリティを持っていますが、そうした力が存分に発揮できているのではないかと思います。

 

デロイト トーマツ コンサルティング
シニアマネジャー
荒木 翔太

日系SIerを経て現職。構想策定から導入、運用まで多数のプロジェクトに従事。クラウドサービスを活用したデータ処理やデータ分析のプラットフォーム構築、APIやコンテナの活用に強みを持つ。

 

グローバルへの展開と顧客接点のデジタル化も見据える

 

──いろいろ苦労や工夫を重ねながら開発を進めておられるのですね。出来上がったプラットフォームは、グローバルで活用される予定ですか?

 

平川 このプラットフォーム構想はグローバルで共有しており、日本と同じアーキテクチャーでアメリカ・カナダ・メキシコ向けの開発も進んでおります。また、日本で開発しているものは日本国内から提供開始していきますが、その後、各国の法規制や商習慣の違いなどを慎重に考慮しながら、ビジネスの展開と合わせ東南アジア、南米、中東など、グローバルに展開していくことを検討しています。

 

根岸 デロイト トーマツはITだけでなく、グローバルな法務やビジネスに関する知見も豊富に持っておりますので、ぜひ、お手伝いをさせていただきたいですね。

 

安村 開発においても、先ほど申し上げたデロイト トーマツのグローバルな開発体制がお役に立つと思います。例えば、日産自動車はインドに大規模なITソリューションの開発拠点を持っておられますが、デロイト トーマツのインド開発拠点がタッグを組めば、プラットフォームの現地化を一気に進めることも可能となるはずです。

 

──ところで、お客様に一貫したサービスを提供するためには、アフターセールス部門やコンタクトセンターなどのタッチポイント(顧客接点)を一元化することも重要だと思います。日産自動車としては、どのような取り組みを考えておられますか。

 

平川 現在、サービスごとにバラバラになっているお客様の問い合わせ先を、コンタクトセンターとしてデジタルに一本化することなどを検討しています。生成AIなどの新技術も積極的に導入していきたいと考えているので、デロイト トーマツからの提案に期待したいですね。

 

根岸 「電話よりもチャットで問い合わせたい」「あらゆる問い合わせの窓口をデジタルに一本化してほしい」というデジタルネイティブなお客様は着実に増えています。

そうした時代の変化に対応するためには、サービスを提供する側もデジタルネイティブにならなければなりません。デロイト トーマツとしては今後、プラットフォームの整備だけでなく、そうしたマインドセットやスキルセットの変革までお手伝いできないかと考えています。他の業界における事例を紹介しながら、変革をサポートさせていただきます。

 

──最後に、日産自動車の今後のIT戦略についてお聞かせください。

 

平川 当社は、IT戦略を“攻め”と“守り”の両面で考えています。“守り”とは、老朽化したシステムの刷新や基幹システムの維持・更新、サイバーセキュリティやIT人材の確保など。“攻め”とは、AI等を活用した業務革新や、タッチポイントなどのCX(顧客体験)を変革し、新しい製品・サービスを次々と投入していくための仕組みづくりです。

どちらにしても、デジタルネイティブな素養を持った人材の育成が重要になってくるでしょう。「ヒト」(お客様)中心のサービスを実現するため、「ヒト」(社員)への投資も積極的に行っていきたいですね。

 

根岸 我々デロイト トーマツも平川さんと同じ考えで、「ヒト」(社員)への投資を最重要としています。その意味でも「未来の日産自動車を担う人材」と「未来のデロイト トーマツを担う人材」が、一緒になって成長していく姿を描いていければと思っております。

プロフェッショナル

根岸 弘光/Hiromitsu Negishi

根岸 弘光/Hiromitsu Negishi

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 Engineering AI&D Offering Leader

大手システムインテグレーター、複数のコンサルティング会社を経て現職。サブスクリプションビジネス全般や自動車メーカーを中心としたモビリティサービスプラットフォーム等のサービスビジネス実現の構想策定からプラットフォームの構築までEnd to Endでの支援に強みを持つ。また、デジタル時代のEnterprise Architecture設計や、グローバルサプライチェーン改革、グローバル営業改革、ERP導入等のオペレーション変革、システム構造改革の経験を多数持つ。 代表的なプロジェクト デジタル・プラットフォーム構築構想・企画・実行支援 自動車メーカーにおけるコネクティド基盤構築支援 家電メーカーにおけるIoTプラットフォーム構築支援 レガシーモダナイゼーション構想・企画支援 自動車部品メーカーにおける基幹システム刷新の構想・企画支援 サブスクリプションビジネス企画・設計・導入支援 通信メーカー、事務機器メーカーにおけるサブスクビジネス推進支援 エンタープライズ・アーキテクチャーデザイン支援 複数事業におけるEA設計とアーキテクチャー改革の計画策定支援 欧州販社システム構造改革 事務機器メーカーの欧州15販社の全システム機能の標準化・統合。MDM, ERP,CRM, SFA, Service Management, e-Commerce, 各種OAツール等の販社全機能のプロセス標準化、導入計画策定支援 グローバル営業改革/標準システム導入展開 事務機器メーカーのグローバル営業プロセス標準化・効率化の業務改革のグランドデザイン、業務設計、システム開発、グローバル展開、現場意識改革、現場定着化実施(スクラッチ開発) 関連するサービス・インダストリー ・サブスクリプションビジネスモデルへの変革支援 >> オンラインフォームよりお問い合わせ

安村 俊徳/Toshinori Yasumura

安村 俊徳/Toshinori Yasumura

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 Technology Center Leader

金融機関を中心にIT戦略策定、システム化構想、Enterprise Architectureの策定など豊富な経験を有し、特にシステム導入/運用を含めITのフルライフサイクルの視点に強みを持つ。 また、システム導入時のプロジェクト品質および非機能要求の観点でのシステム品質などQuality Engineeringを得意とする。 近年ではミッションクリティカルシステムのモダナイゼーション/マイグレーションやクラウドネイティブの開発案件など、幅広いテクノロジー案件をフルフェーズでリードしている。 >> オンラインフォームよりお問い合わせ