Posted: 25 Jul. 2022 3 min. read

日本の林業を持続可能な「経営」へ

【シリーズ】林業イノベーション(Vol.2)

森林には多様な価値がある。その森林の持つ潜在力を引き出す林業には多くの意義がある一方で、我が国の林業には課題も多い。その林業を変革し、さらにイノベートしていくためには、林業以外の動きとコラボレーションして成長機会を上手に取り込んでいくことが重要だ。その可能性の中には、まさにカーボンニュートラルやESG投資といった視点が含まれるだろう。そして、そこから日本として、さらには人と自然との関わりのあり様として、多くの示唆が得られると考える。この動きをうまく林業に取り込んでいくためには、我が国の林業業界をもう一歩、外に向けて開いていく必要がある。

当シリーズでは、我が国の林業業界を活性化することで、中長期的に日本の自然環境や生物多様性、これらを活用した地域産業を維持していくためのポイントを解説していく。

我が国林業にESG投資を引き込むために

本シリーズ「林業イノベーション」Vol.1では、世界の森林に流入するESG投資の状況や、その受け皿としてのTIMOやREIT、森林生態系サービスの価値を評価する新たな取り組みとしてのPES(Payment for Ecosystem Services)スキームについて述べた。日本の林業でも、こうしたESG投資を引き込む仕組みをつくり、林業業界の中長期的発展のために活用していくことが望まれる。しかし、「投資」を引き込むには、日本の林業業界は今の森林の現況、すなわち経営環境に適した仕組みへの変革とマインドシフトが必要な状況にあり、その準備に取り掛からなければならない。Vol.2では、日本の林業業界での経営環境の変化と、これから必要となる「投資」を受け入れる仕組み等の改革の必要性について解説する。

日本林業の経営環境の変化を俯瞰する

我が国は、これまでの百年でかつてない人口増加と経済成長を実現した。その過程で、戦後復興のために不足する木材を生産するという、主に経済目的で植栽された人工林を造林する政策がとられた。下図に示したように平成12(2000)年当時でも、まだ伐採適齢期に達した人工林は十分ではなく、林業経営を支える収益源としては十分とは言えない状況にあった。そのため、森林を健全な状況に維持管理するために国の補助金に依存せざるを得ない状況にあったと考える。

しかし、平成29(2017)年現在の人工林の林齢別面積を見ると、10齢級(46~50年生の林齢)以上の伐採適齢期にある人工林が過半を超えており、林業経営を支える収益源として高いポテンシャルを有するに至っている。国の政策支援を得て管理するフェーズから、林業経営として投資とその収益化を追求するフェーズへと経営環境が急変しているのである。この経営環境の変化を見据え、これからの林業における官と民の役割を見直すべき時期を迎えていることを改めて認識する必要がある。

なお、齢級とは林齢を5年単位でくくり、森林の年齢を表現した指標で、苗木を植栽した年を1年生とし1齢級は5年生以下、10齢級は46~50年生の林齢をいい、ここでは10齢級以上を伐採適齢期としている。

※ 2000年農林業センサス及び森林・林業統計要覧2021年よりデロイト トーマツ作成

 

日本の林業は「ビジネス」として自立して、持続可能な投資収益率の獲得を目指すべき

1970年代以降の木材価格低下により、近年は日本産木材価格も国際的な価格水準と同程度となっている。日本の森林・林業事業がESG投資を呼び込めるか否かは、補助金依存を脱し、「自立した林業・木材産業」として生産性とコスト競争力を向上させることで経済性を確保・維持できるか、いわば投資マネーを惹きつけるに十分な魅力ある産業へと脱皮し、更なるイノベーションで持続可能性を確保し社会にインパクトを与えることができるかどうかに懸かっていると言える。日本の林業にはそのポテンシャルは十分にある。

しかし、日本の林業事業には投資対象として評価するために不可欠な利回り、収益性やリスク等の指標が整ってはいない。それはバリューチェーンの多くの領域で補助金に依存してきた「公共事業」的側面が強かったからであり、健全な「ビジネス」として成熟する機会に欠けていたためでもあろう。「ビジネス」としての収益性を確保できている林業事業体はあるが、数として極めて限定的である。さらに多くの林業に関わる事業体は、株式会社のような外部の投資マネーを受け入れることを想定した形態では運営されておらず、「投資」を受け入れるという発想には立っていない。

まずは、フェーズの進化をパラダイムシフトと捉え、「補助金依存による林業」という「公共事業的運営」から脱却すること、そして木材販売代金から伐採に要したコストや、再造林・育林に係る林業事業としての累積運営コストを差し引いても、未来への再投資を担うに十分な利益を残すことができる、持続可能な「ビジネス」へと変革していくことが喫緊の課題であろう。

 

日本の林業の収益構造上の課題

とはいえ、植林から育林、そして収穫までに少なくとも30年以上を要する林業において安定的な経営を実現するのが難しいことも事実である。加えて、数次の相続を経て分割された小面積の森林でしか施業できないという、小規模事業によるデメリットも課題となっている。次回はこの収益構造上の課題について述べる。

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執筆者

鈴木 秀明/Hideaki Suzuki
有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部・パブリックセクター・ガバメント&パブリックサービシーズ

民間企業において会社保有山林のアセットマネジメント・林業業務全般に従事した後、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社勤務を経て現職。

林業分野以外でも道路・港湾等の物流分野におけるDX支援、地方創生分野におけるパブリックセクター向けコンサルティング業務、民間企業のサステナビリティビジョン検討支援といった業務に従事した経験を有する。

 

水沼 朋子/Tomoko Mizunuma
有限責任監査法人トーマツ

農林水産業ビジネス推進室に所属。地域農業振興計画、農業データプラットフォームの構築、環境配慮型農業等のコンサルティング業務に従事。また、途上国における農林業分野の調査・技術協力にも従事し、国内外の農林業開発に幅広い経験をもつ。

※所属などの情報は執筆当時のものです。

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北爪 雅彦/Masahiko Kitazume

北爪 雅彦/Masahiko Kitazume

デロイト トーマツ グループ パートナー/公認会計士

国内電機メーカーで衛星通信システムの開発に従事した後、有限責任監査法人トーマツに入社。M&Aアドバイザリー業務を多数手がけた経験から「MBO取引等に関するタスクフォース」(経済産業省)の委員等を歴任。大手企業のグループ内再編や持株会社化等の支援を通じコーポレート・ガバナンスと企業価値創造の関連性に着目、デロイトにおけるコーポレートガバナンス推進の日本拠点 Japan Center for Corporate Governance の運営を担うとともに、国内外の機関投資家や非業務執行取締役や監査役との対話も推進。 直近では、異分野と林業の連係を通じて、社会の要請に応えられる持続可能な林業を目指して、林業を取り巻く諸課題の解決支援も推進。その一環として、Japan Forest 2050を立ち上げ、日本林業の現状課題の改善に留まらず、将来ビジョン策定からの取組展開により、林業界の変革・発展を目指す。