Posted: 21 Jun. 2024 15 min. read

スポーツが持つ「巻き込む力」でインパクトのある脱炭素化を

Jリーグ・環境省と語るGX

41都道府県、60のクラブが所属するJリーグ。各クラブは、多くのファン・サポーターを巻き込み、地域に根付いた活動を日々行っている。このポテンシャルを脱炭素社会の実現に向けて、どのように生かすべきなのだろうか。Jリーグの辻井 隆行 氏、環境省の楠本 浩史 氏、デロイト トーマツ コンサルティングの丹羽 弘善、竹井 昭人が語り合った。

 

Jリーグ、環境省、企業

環境問題は例外なき課題
 

竹井 おそらくすべての人が、環境に良いことはやったほうがいいと漠然と考えていると思うのですが、改めて、皆さんそれぞれの立場から、脱炭素社会に向けた取り組みの意義について教えていただけますでしょうか。

 

辻井 視点のスコープによって見え方が変わってくると思っています。Jリーグと直接関係のある視点では、夏の厳しい暑さや線状降水帯の多発、台風の激甚化など、フットボールを続ける環境そのものが危うくなっている点です。事実、データでも2018年を境に、試合の中止や延期が5倍近くになっているのです。Jリーグでは野々村チェアマンが成長戦略の一つとして、「60クラブが、それぞれの地域で輝く」ことを掲げています。しかし、今、大げさに言えば、その土台である健全な自然環境を保つこと自体が危ぶまれる状況になっています。そういう観点から、地域課題解決の取り組みとして環境問題、とくに気候変動の問題に向き合うことは合理的です。

もう少し大きな視点で見ると、公益社団法人であるJリーグは、社会を構成する一員として、未来に対する責任を持っているという点です。

その意味でも、数十年先までを視野に入れた中長期的な視点で取り組むべき課題だと認識しています。
 

公益社団法人 日本プロサッカーリーグ
執行役員(サステナビリティ担当)
辻井 隆行 氏

1968年生まれ。早稲田大学大学院社会学科学研究科(地球社会論)修士課程修了。2009年から2019年までパタゴニア日本支社長。その後、ソーシャルビジネスコンサルタントとして活動する。現在はJリーグで執行役員として、サステナビリティ領域を担当。

 

楠本 Jリーグと同様、地方との関係を大事にしている環境省の立場から言うと、豊かな自然はその地域の基盤です。川がゴミだらけで汚れていたり、外来種が増えてしまったりして地域の基盤が崩れてしまうと、豊かな生活ができなくなってしまいます。ただ、日本で環境への取り組みというと、「我慢してやるもの」というイメージを持たれがちです。そうではなくて生活の質を上げるために楽しみながらやるものだというメッセージをもっと訴えていきたいと思っています。そうでなければ継続していかないと思うのです。

 

環境省
Jリーグ連携チーム・関東地方環境事務所地域脱炭素創生室
楠本 浩史 氏

1982年生まれ。神戸市出身。上智大学卒。2006年環境省入省。2021年より省内副業制度を活かし、Jリーグ連携チームにおいて活動。現在は地域脱炭素を通じて地域課題等解決に取り組む業務に従事。

 

丹羽 企業側の目線で見ると、やはり2015年に採択されたパリ協定以降、政府が脱炭素目標を掲げ、規制を強化した影響は大きいでしょう。その一方で、マルチステークホルダーに対して価値を還元していかなければならないという、本質に目を向ける企業も少しずつですが増えてきています。

先進企業だけが取り組むステージはもう終わっていて、もう半数ほどの企業が自分事として捉え始めているのではないでしょうか。ただ、この取り組みを、地域に還元しようという企業はまだ一握りの印象ですね。

 

 

自然な行動変容にはシステムを変えるべき
 

竹井 Jリーグとしては、どのような方針でサステナビリティに取り組んでいますか?

 

辻井 サステナビリティ部ができて、ちょうど1年ほどになります。以前からも、ゴミ削減イベントを実施したり、スタジアムまで徒歩での来場を推奨したりといった、それ自体としては意義深いことをやってきました。一方で、国全体のCO₂排出量を考えると、純粋な削減効果自体は非常に限定的だと言わざるを得ません。

だからこそ、せっかくファン・サポーターの方々が意識を変えて、行動に移してくださる、その思いや熱意をシステム変容につなげていく責任が、プラットフォーマーとしてのリーグにはあるのだと考えています。

スタジアムに徒歩で来ていただければ健康にも良いですし、できる方にはそうしていただけたらと思います。でも、いろいろなご事情で歩いて来られない方もいらっしゃる。そのために、例えば、CO₂を出さないバスが運行されるようになれば、より多くの方々が意識せずに環境負荷を減らすことができる。そうやって、ファン・サポーターの方々の意識や行動変容という「意思表示」をシステムの変容につなげていきたいですね。

そういう意味では、地域の困りごとを聞いて、それに対応するというマーケットインの発想に加えて、「こうすればもっと地域が良くなりますよ」というようなプロダクトアウトの発想も併せ持つことが大切だと感じています。

 

楠本 選択肢を示すことが大切ですよね。徒歩で来られる人は徒歩でもいいし、バスという選択肢があればそれを選ぶことができます。地域の環境の負荷の少ない選択肢を複数選べるようになれば、人々の行動変容につながりやすくなると思います。こうした選択肢をどう増やしていくか。Jリーグが地域のハブとなり、企業や自治体の連携を進めることで、プロダクトアウト的な取り組みができるかもしれません。

 

丹羽 大企業が地方になかなか進出できない大きな理由は、その市場規模の問題です。大企業の新規投資の額としては、約10億円の規模になりますが、それを回収できるだけの利益が見込めないと、その事業が採択されることはまずありません。一つの地域では難しいので、地域を連携させた「プラットフォーム型ビジネス」にしないと、なかなか大企業は参入できないと思いますね。

 

デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員
丹羽 弘善

気候変動、および中央官庁業務に従事。商社との排出権取引に関するジョイントベンチャーの立ち上げ、取締役を経て現職。システム工学・金融工学を専門とし、気候変動および社会アジェンダの政策と経営戦略を基軸とした解決を目指し官民双方へのソリューションを提示している。

 

竹井 そうした中で、環境省としては、自治体に対してどのようなサポートをしていくのでしょうか。

 

楠本 地方環境事務所の人員も充実してきており、かなり細かくケアできる体制になってきています。ただ、やはりそこに住む方々自身が、自分の地域の環境問題や脱炭素の取り組みをどうしていきたいかが起点になるので、そこを我々がサポートしていきながら、最初の歯車をうまく回して、その後、自立・分散型社会を目指すというのが理想ですね。

ここで課題となるのは、お金というよりも、後継者不足も含めた「人」の場合が多いです。自治体も人手不足が慢性化していて、どうしても目の前の問題につきっきりになってしまいます。

 

辻井 地域でそうした取り組みが動くかどうかは、キーパーソンの存在がカギを握りますよね。すべての人に、意識変容や行動変容を求めてしまうのは、よくありがちな落とし穴だなと思います。ですが、キーパーソンが周りを巻き込んで、もし2割の人が共に動いてくれたら、残りの人も賛同しやすくなるはずです。

 

丹羽 私もそこが重要だと思っています。新しい物事に関心の高い層を取り込んで、地産地消の商品やCO₂削減につながる商品を買うことが「かっこいい」というような雰囲気を醸成する取り組みを私たちはやらなければならないのでしょうね。


 

インパクトのある脱炭素化には新たな企業評価基準の創造がカギ
 

竹井 よりインパクトのある脱炭素化を図るには、個人もさることながら企業の行動変容が不可欠ですよね。

 

デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員
竹井 昭人

リテール&サービス業をはじめ、スポーツ、食品、製造、銀行など幅広い業種・業態のクライアントに対してデジタル、データ活用案件を推進。2016年より国内外のモータースポーツに関するデータ活用コンサルティングに従事。現場帯同し、テクニカルパートナーとして競技を支援する。

 

辻井 2023年3月期から、企業には有価証券報告書でサステナビリティ情報を開示することが義務化されました。CO₂の削減量が企業価値を左右するという中で、自社のサプライチェーン内でCO₂を削減するだけでは、これまで排出していたものをゼロにしているにすぎません。

それだけではなく、企業が地域のJリーグのクラブやファン・サポーターと組んで、脱炭素に貢献しましたとなれば、企業価値向上につながるプラスの話になると思います。

丹羽さんにお聞きしたいのですが、例えば、ある地域のクラブが地元の大手企業と組んで、脱炭素を加速させたとします。その取り組みが企業価値として評価される仕組みというのは作れるものなのでしょうか。

 

丹羽 Jリーグが自らのサポーターを通じて削減したCO₂について、Jリーグに協賛している企業がその削減量の一部を協賛金の割合に従い、CO₂の削減貢献量としてカウントできるなどは非常に良いと思います。また地域への産業効果も定量化・見える化できればそれらを企業価値に貢献量としてカウントできる可能性もあると思います。  将来的には、こうしたものが企業全体の非財務価値として評価され、株価に反映していくような仕組みが考えられると思います。こうした定量化は、ぜひ進めていくべきですね。

 

辻井 中央集権的なビジネスから、環境省が推奨する「地域循環共生圏」単位のビジネススキームを、どうやって一緒に作っていけるかが、社会が変わるきっかけになるのだと思います。そうなれば、Jリーグの各クラブにも必ずプラスに働くはずなのです。

そのためには政府と企業と市民が、六面立体パズルを少しずつ回しながらそろえていくというような作業が必要になってくるでしょう。大きな変化を描きながらも、すべてのステークホルダーの意見を聞きながら丁寧に進めていくというようなイメージですね。

 

楠本 今、辻井さんにおっしゃっていただいた地域循環共生圏は、環境問題だけではなく、少子高齢化やジェンダーの問題など地域を良くしていこうという取り組みです。ただ、やはり皆さん最初にプラットフォームを作るのに苦労されています。

実は、Jリーグのとあるクラブと地域循環共生圏の事業に取り組んだことがあるのですが、クラブの持つ、人を巻き込む力の強さに驚きました。自治体が主導すると、どこか強制感が出てしまうのですが、Jリーグのクラブが音頭を取ってくれると、そのクラブが好きな人が集まってくれるんですね。サッカー好きに限らず、地域にチームが存在していること自体に価値を見いだしている人がいます。この価値は、お金を払って手に入れられる類のものではないですね。

 

丹羽 やはり地域で事業を動かすには、その地域にコミットした人材が必要です。そうした方とともに、我々のようなコンサルや企業が、地域の課題解決策や先進事例を提供するという2軸が不可欠だと思いました。

 

辻井 Jリーグのクラブは、地域企業やステークホルダーとの距離がすごく近いんです。ほぼすべてのクラブが、自治体のスタジアムをお借りして試合をしていますし、地域企業がスポンサーになってくれています。また地域の学校にサッカーを教えに行ったり、地銀ともつながったりしている。こうしたエコシステムは、関係資本という意味でも、Jリーグが持つ大きなアセットの一つですよね。

Jリーグとしても、各クラブの事情を鑑みながら先行事例を作っていき、成功すればその根幹の考え方を横展開していくような取り組みをしていく計画です。去年の準備段階を経て、今年は実装フェーズに入っていく予定です。

 

竹井 読者の中には、こうしたエコシステムに参加したいと思うビジネスパーソンもいらっしゃるかもしれません。最後に、そうした方々に向けて、メッセージをお願いいたします。

 

楠本 私はサッカー経験がないのですが、サッカーがすごく好きで、省内の副業ルールを利用して、Jリーグ連携チームという活動をしています。好きでやる力は、すごく伸び代があると思うのです。

Jリーグはすでに全公式試合における電力由来のCO₂排出を実質ゼロにする、という先進的な取り組みを実践しています。組織をまたいでJリーグにアプローチするのは大変かもしれませんが、ぜひ企業のアイデアを持ち寄って、日本全体でできることを増やしていければと思っています。

 

丹羽 今日、お二人のお話を伺って、Jリーグというプラットフォームの持つ大きな可能性を理解することができました。ESG経営全体の企業評価基準として、Jリーグのような脱炭素を含めた社会課題に取り組む団体や企業に投資することが、企業の評価につながるような指標があるといいですよね。

我々は、社会的投資収益率(SROI)を用いた非財務指標の定量化のご支援を行っていますので、ご興味がある方はぜひご相談ください。

 

辻井 Jリーグは昨年、「気候アクションパートナー」というパートナーカテゴリーを作りました。2023年のJリーグの公式試合全1,220試合において、パートナー企業が所有するFIT非化石証書・グリーン電力証書を活用して、会場で使用する電力を再生可能エネルギーで賄い、電力由来のCO₂排出を実質ゼロにしました。しかし、これは日本全体の排出量から見れば微々たるものでしかありません。

Jリーグでは、年間のべ約1,100万人がスタジアムに来場し、全国各地で行われるホームタウン活動は年間約2万3,000回にも及びます。

こうしたファン・サポーターから「環境への取り組みはすごくいいことだ」という声が広がり、社会全体の価値観へと広がっていくきっかけになるポテンシャルがJリーグにはあると思っています。Jリーグだけで何かできるわけではありませんが、スポーツには大きな力があると信じています。

Jリーグ気候アクション

Jリーグ気候アクション」のウェブサイト。気候変動に対するアクションにおいて、Jリーグの持つポテンシャルを示し、地域の自治体や企業、ファン・サポーターとの連携強化を目指す。

スポーツビジネス

グループのハブとなり、スポーツを取り巻くあらゆるステークホルダーに対して最適なチームを国内外で組成し、スポーツビジネスマーケットの健全な創出・拡大に向けた活動を推進しています。

プロフェッショナル

丹羽 弘善/Hiroyoshi Niwa

丹羽 弘善/Hiroyoshi Niwa

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 Sustainability Unit Leader

サステナビリティ、企業戦略、及び中央官庁業務に従事。製造業向けコンサルティング、環境ベンチャー、商社との排出権取引に関するジョイントベンチャーの立ち上げ、取締役を経て現職。 システム工学・金融工学を専門とし、政策提言、排出量取引スキームの構築、経営戦略業務に高度な専門性を有す。気候変動・サーキュラーエコノミー・生物多様性等の社会アジェンダの政策と経営戦略を基軸とした解決を目指し官民双方へのソリューションを提示している。 主な著書として「グリーン・トランスフォーメーション戦略」(日経BP 2021年10月) 、「価値循環が日本を動かす 人口減少を乗り越える新成長戦略」(日経BP 2023年3月)、「価値循環の成長戦略 人口減少下に“個が輝く”日本の未来図」(日経BP 2024年4月)、「TNFD企業戦略 ― ネイチャーポジティブとリスク・機会」(中央経済社 2024年3月)など多数。 また官公庁の委員にも就任している。(環境省 「TCFDの手法を活用した気候変動適応(2022) 」タスクフォース委員、国交省「国土交通省 「気候関連情報開示における物理的リスク評価に関する懇談会(2023)」臨時委員 他) 記事 ・ 地球はこのままでは守れない──デロイト トーマツが考える「環境と経済の好循環」とは 関連するサービス・インダストリー ・ 政府・公共サービス ・ サステナビリティ &クライメート(気候変動) >> オンラインフォームよりお問い合わせ

竹井 昭人/Akito Takei

竹井 昭人/Akito Takei

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

リテール&サービス業をはじめ、スポーツ、食品、製造、銀行など幅広い業種・業態のクライアントに対してデジタル、データ活用案件を推進。 2016年より国内外のモータースポーツに関するデータ活用コンサルティングに従事。 国内、北米のスポーツチーム・アスリートとともに現場帯同し、テクニカルパートナーとして競技支援業務を実施。 >> オンラインフォームよりお問い合わせ