Posted: 07 Nov. 2024 15 min. read

スポーツ現場における脳データ活用対談

サッカー元日本代表橋本氏・FC今治スポーツダイレクター小原氏と語る脳データの活用可能性

現代のスポーツにおいて、アスリートのフィジカルやコンディションなどのデータ数値化が進められているものの、スポーツIQやそのポテンシャルについては未だに可視化できていない世界です。

デロイト トーマツ コンサルティングではスポーツDXの一環として、スポーツ×脳データの検証に取り組んでおり、レーシング領域で実証されたスポーツと脳データの関連性を、他競技で検証すべく、今回はサッカーをテーマとして、サッカー元日本代表の橋本英郎氏とFC今治 スポーツダイレクターの小原章吾氏のアドバイザリーのもと、FC今治のMF選手に対して脳データの取得・検証を行いました。

スポーツの現場では、フィジカルやコンディションはデータを見て選手情報を判断することができるものの、いわゆるサッカーIQにおいては可視化ができないため属人的な基準をもとに選手起用やスカウティングが行われざるを得ないのではないでしょうか。

例えば、ハイパフォーマーやポジション別といった選手の「脳力」を可視化することで、サッカーIQのようなものが可視化できるのではないかという仮説のもと、サッカー元日本代表としても活躍し、「考える」サッカーを武器にしていた橋本英郎氏とFC今治の強化を統括するスポーツダイレクター小原章吾氏とFC今治のMF選手に対して脳データの取得・検証を行いました。

本記事では、結果から得られた示唆を題材として、検証結果についての感想や今後の脳データをスポーツへ活用するにあたっての展望など、橋本氏・小原氏・デロイト トーマツの三者で対談を行った内容をお伝えします。

<左から雪野皐月(デロイト トーマツ コンサルティング 対談者)、鶴羽愛里(デロイト トーマツ コンサルティング プロジェクトスタッフ)、小原章吾氏(FC今治 対談者)、橋本英郎氏(対談者)>

<対談参加者紹介>

橋本英郎

「知性のダイナモ」と呼ばれる考えるサッカーをプレースタイルに日本代表として活躍。FC今治に2019年から2021年まで所属し、2022年に引退。現在は大学サッカーのヘッドコーチや解説者の一面を持ちながら、実業家としても活躍している。

FC今治:Sports Director 小原 章吾

現役時代はディフェンダーとしてJ1J2を通じて活躍。FC今治では強化担当として現在所属している多くの選手をスカウトし、現在はスポーツダイレクターとしてチーム全体の強化統括を担っている。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社:雪野 皐月

レーシング領域ではデータサイエンティストとしてレース現場にて勝利に導くためのあらゆるデータを分析し、アスリートと伴走する形での支援を実施。また、脳データをテーマに検証を進めるエキスパートとして今回の検証をリードしている。

<結果要旨>

結果要旨
  1. 脳活動の抑制能力が優れている選手はサッカーIQが高い傾向が見られており、本能力は、アスリートに必要な普遍的な要素の一つであると考えられます。過去にデロイト トーマツが検証したレーシングドライバーを対象とした脳研究で得られた結果と同様の結果が得られています。

  2. サッカーはチームの中で様々なポジションが役割として存在し、ポジションによって求められる能力の違いがあります。脳波を見てもポジションの違いが結果として確認できました。ユース時など早い段階で複数ポジションを経験している人ほどサッカーIQが高くなる傾向があることがわかりました。

  3. 年齢とサッカーIQに明確な相関関係が見られませんでした。将来的には脳波を可視化することで早い段階からサッカーIQが高い選手を可視化し、選手評価やスカウティングなどで経験数とは別指標として、脳波を活用できる可能性があります。


<橋本氏・小原氏による分析結果の感想>

雪野:本日は対談の機会をいただきありがとうございます。今回はサッカー選手の「脳力」ともなるサッカーIQを可視化するために、①Web上で実施できる認知診断テストと、②直接脳波を計測する機械を装着した状態で受けるテスト、この2種類のテストを実施いただきました。お二人はプロとして活躍され、現在は選手の才能を活かす仕事をされているわけですが、ご自身の経験を踏まえてサッカーIQの要素はどのようなところにあるか、テスト結果を検証する前にぜひご意見をお伺いさせてください。

橋本:サッカーIQを試合中の認知・判断が速く・精度が高い選手のことと前提をおくと、私自身がそうでしたが、複数のポジションを経験することで様々な視点をもって試合に臨む土壌ができていたと感じています。複数ポジションを経験することで多角的に試合中の状況を判断できるようになり、各場面で求められる認知・判断の速度と精度が向上するのではないかと考えています。若いうちに複数ポジションを経験している選手ほどサッカーIQが高くなる傾向があるのではないでしょうか。

小原:ポジションの話では、私も同じようなことを考えています。同じポジションを極めることも素晴らしいことですが、様々な経験を経ることで基礎的なサッカーIQが向上するのではないでしょうか。一方でサッカーIQとして一括りで表現するのは難しく、ポジションごとに応じたサッカーIQが存在するのではないかとも考えています。それぞれのポジションに応じて必要なスキルも変わってくるので、必然的にポジション毎に脳の使い方が変わってくるとも考えられます。


<橋本氏の脳波計測の様子>



<FC今治選手の脳波計測の様子>

 

―ポジションに関連する脳データの検証結果―

雪野:ありがとうございます。まさにお二人の予測されていた通り、ポジションという軸で選手の脳波を調べてみると、とても興味深い結果が見えてきました。まず、ポジションをFW、MF(MF内で中央の攻撃的MF・サイドの攻撃的MF・守備的MF)、DFに分けたときに、この中でジュニア・ユースの期間に複数ポジションを経験している選手ほど、認知・判断の検証項目の多くでハイスコアを記録しています。これはつまり、橋本さんのおっしゃる通り、複数ポジションを経験することで、サッカーの中で発生するシチュエーションに応じた状況の正しい・早い理解と判断能力が高くなると言い換えることもできます。

 

また、複数ポジションを経験している選手ほど、情報の認知・判断から実際に動き出すまでにかかる時間が短いという傾向も確認できました。頻繁にシチュエーションが変わるサッカーにおいて、複数ポジションを幼少期に経験している選手ほど、いち早く必要な状況に反応することができると考えることができます。

その中で認知・判断・実行までにかかる時間が同じ選手でも、認知に時間をかけている選手と判断に時間をかけている選手の分類も脳波を測定することで可視化することができました。

アクションを起こすまでにかかる時間が同じであっても、判断に時間をかけていることでよりクオリティの高いアクションへとつなげることができるかもしれません。選択の連続であるサッカーにおいて、いかに適切な選択を行うことができるか。フィジカルからは見られない「サッカーIQ」が高い選手を、脳波から特定できる可能性があります。

橋本:やはり複数ポジションを経験している選手ほど基礎的なサッカーIQというものが高くなるということですよね。脳波を可視化・数値化されることでサッカーIQという抽象的な表現に留まらず、ここまで説得力を持ったデータがだせることに驚きました。感覚的にはこういう結果は予測できていたのですが、改めて数字としてみると自分の経験が間違っていなかったことがわかって素直にうれしいですね。

小原:現場で選手をみていても、認知判断の脳力が高いなと感じていた選手と結果が一致しているところもあり、非常に興味深いデータです。やはりポジションによる能力の違いも出るはずなので、もっと詳細を知りたいです。

雪野:おっしゃる通り、認知・判断というサッカー以外でも普遍的に利用されるスキルにおいて、様々な経験を積んでいることはアドバンテージがあることがよくわかる結果となりました。ユーティリティプレーヤーが重宝されてくるようになった現在のサッカー界では、ユーティリティプレーヤーとなる選手の発見・育成にこういった情報は重宝されるのではないでしょうか。

一方で小原様のおっしゃっていたポジションに特化したサッカーIQがあることもわかりました。今回の検証では、サッカーのポジション毎に脳データを比較したところ、Offensive(FWやOMF)のポジションの選手ほど、行動速度、詳細に知覚する能力やレジリエンスが高いことが判明しています。

 

また、Offensiveの選手とCentral(CMFなど)の選手では集中力のスイッチングの方法で異なる特徴を持っています。Offensiveの選手は集中力の切り替えが得意な傾向があり、Central(CMFなど)に位置する選手は集中力が継続する傾向にあります。

ポジションごとに脳データに傾向が見られることから、その人の強みを活かせる適切なポジションや役割を設定することに脳データを活用することができると考えています。



小原:納得の結果ですね。Offensiveの選手はパワーの出しどころの判断が重要なため、攻撃と守備のスイッチの迅速な切り替えが必要な要素ともいえます。その結果が脳波に反映されていると思います。逆にCentralの選手は常に、360度、意識を配っておく必要があり、とくに継続して高いレベルの集中力が求められます。基礎的なサッカーIQはもちろんのこと、ポジションの適性を見るためにも脳波のデータは参考になるかもしれませんね。

橋本:Defensiveな選手に注目してみると、「予測力」が他のポジションよりも低いように見受けられます。今回は対象の母数が少なかったことも要因の一つかと思いますが、代表クラスの選手ではこの「予測力」は必須のスキルだと経験上感じています。対象を海外のトップクラスや日本代表、J1のチームに絞ってみると、「予測力」に関しては異なる結果が見える可能性がありますね。いずれにせよポジションごとに必要な「サッカーIQ」というものは、脳波を使って可視化できるということは大きな発見だと思います。

雪野:おっしゃる通り、もっと多くの方を対象に検証することで違った傾向が見えてくる可能性もあります。今回は異なるポジションにおける差分を注視しましたが、同じポジションの選手でも脳波のレーダーチャートにその選手の特徴が現れます。特徴をそのポジションに求められる「サッカーIQ」と照らし合わせることで、同じポジションの選手間でポテンシャルの違いを見るような方法もあると思います。ポジション毎の特性を可視化し、選手のポテンシャルを可視化することができる脳データは、属人化せざるを得なかった選手のポテンシャルの可視化に大きく寄与できる結果となったと感じています。

 

―スポーツにおけるハイパフォーマーと脳データの関係性―

雪野:ポジションにおいては複数経験がある選手のサッカーIQが高く、ポジションの適性も測る使い方がイメージできたと思います。では、具体的にどういった選手がパフォーマンスを発揮できているのか、現場視点で、認知判断(サッカーIQ)の能力が高いだろうと予想していた選手の結果をみると、他スポーツにも通じる興味深い結果がでました。

サッカー選手におけるハイパフォーマーとして、橋本氏や現在活躍している選手の情報処理能力をテストした結果、指示通りに情報処理(認知・判断)が適切にできることが検証結果から明らかになりました。

 

また、試合中の情報把握、細かい情報を処理できる能力が高く、かつ特定のタスクへ注意が向きすぎないことも傾向として見られます。情報処理能力が高く、タスクの取捨選択をできる選手が、ハイパフォーマーとしてサッカー選手として活躍ができることが見込めます。



橋本:とても興味深い結果ですね。実は私がプロになって2年目の時の話なのですが、練習中にうまくいかなかったときに、次のセッションにパフォーマンスを引きずってしまうことがありました。その時に、先輩から、1セッション終了ごとに水を飲むなどでスイッチを切り替えたほうが良いとアドバイスをもらったことがあります。注意散漫な状態のまま2回目の練習に取り組むのではなく、気持ちを切り替えることで、練習の目的を理解できもっと成長できるよ、と言われました。練習だけでなく試合にも通じるところがあり、自分がミスしてしまった後に、負のループに入ってミスを引きずってしまう選手がいる。水を飲むなどでも良いので、自分で気持ちを切り替えられるアクションを取り入れ、メンタルをフレッシュに切り替えができることは大事だと思います。

雪野:橋本さんのようにプロになってから意識して伸ばすことができていたのであれば、脳でもトレーニング次第では成長することができるという言い方ができると思います。検証時点では脳データの結果が芳しくなかったとしても、それぞれの武器が違うので自分の得意領域を理解し、成長していくことが重要ですね。過去にプロレーシングドライバーの脳データの検証も実施したのですが、世界で活躍するトップレーサーにも同じ傾向が見られました。過集中にならずにリラックスをして必要なタスクにのみフォーカスできるという能力は、競技を問わずハイパフォーマーにおける普遍的な傾向である可能性があります。

 

<年齢と脳データの関係性>

雪野:今回は年齢と脳データの関係には相関がみられませんでした。脳データは経験値とは別の脳力を示す可能性があります。フィジカルのように将来伸びる可能性が高い要素はどうしても予測の域をでませんが、とくに年齢が若い選手や高い選手について、脳のスキルを具体的に可視化できることは現場に与える影響は大きいのではないでしょうか。

小原:スカウトの目線からすると、今まで見えていなかったサッカーIQが可視化できるだけで非常に参考になります。年齢を重ねるとフィジカルではなくプレーの質が洗練されていきます。その際に見るべき指標が可視化・数値化されるということは選手評価やスカウティングに与える影響も大きいのではないでしょうか。

橋本:私はチームでコーチもしているのですが、18歳以下の選手ではフィジカルに差があることがあり、目に見える結果としてフィジカルは選手起用に与える影響が大きいと感じます。フィジカルもサッカー選手にとって重要な要素ですが、それ以外の武器は「脳力」になります。その「脳力」を可視化できることで選手も納得感を持った起用ということができるのではないでしょうか。

 

<スポーツにおける脳データの利用価値・課題>

雪野:今回の結果はサッカーIQとして競技をサッカーに絞って検証いたしました。ポテンシャルの可視化に加えて、選手の強み・弱みの把握、スカウトにおけるポテンシャルの見極め、選手のトレーニングの検討にも利用できる非常に有益な検証になったと感じています。一方で今回の検証は1人あたり1時間程度かけて測定したため、選手数が多い場合はそのデータ収集の工数が膨大になります。また、計測するための設備も必要になってくるため、チーム間で機材による格差が発生する可能性もあります。この辺りはスポーツ業界全体における課題になってくるかもしれませんね。

小原:チーム間における課題はおっしゃる通り格差を生み出す要因の一つになるかもしれません。一方で簡易テストであれば時間さえあれば一定の計測は可能であるため、まずはそこから各チームで実践することが良いのではないでしょうか。可視化するというだけでもチームにとって新しい取り組みになるので、まずは実際に触れてひとつひとつステップを踏んでくことで、大枠をつかんでいくことも十分価値があると感じます。

橋本:お金を持っているチームは設備が整っているものの、そうでないチームは別の工夫が必要です。スカウト・育成・強化においても同じです。小原さんのおっしゃったようにまずはひとつひとつ取り組むことが重要だと考えています。どんなチームでも取り組むことができるようにガイドラインを用意することが重要ではないでしょうか。サッカー業界全体で参考できる情報として、日本代表をモデルケースとして選手や自分のチームを顧みる仕組みがあると、日本のサッカー界全体のスキル面の底上げも期待できるのではないでしょうか。今回の認知テストも、欧州のプロサッカーチームでも使用されているもののようなので、日本でもまずはデータを集めていくことから実施していけると良いと思います。

 

<スポーツ×脳データ今後の展望・意気込み>

雪野:今回の結果を踏まえ、脳データはスポーツ市場で活用可能性があるのではないかと考えています。今回は複数ポジションの経験がサッカーIQに良い影響をもたらすことがわかりましたが、解釈を広げると様々な経験が脳にいい影響を与えるのではないかという仮説をたてることができます。アメリカではマルチスポーツという考え方のもと、シーズンを区切って様々なスポーツを実践することが掲げられていますが、他のスポーツでも必要な脳データをモデル化することができれば、このマルチスポーツという取り組みにおいて当人に適したスポーツが根拠をもって示すことができるようになります。どのスポーツでも重要なことはそのモデルを導き出すために、そのデータを可視化・蓄積していくことです。脳データで完結するのではなく、選手の情報をマネジメントするためのシステム作りも今後は必要になってきます。スポーツにどれだけ貢献できるのか、弊社としては脳データの分析に留まらず、選手/アスリートのデータ活用から運用まで踏み込んだ支援を継続的に実施していきたいと考えています。

橋本:脳データの認知・判断はサッカーで必ず活きてくると思いますが、他スポーツでも同様だという点は同じ意見です。認知・判断においては私自身プロフェッショナルとしてコーチングできるようになりたいと考えています。今は現場で簡易に認知・判断の数値化することができていないので、脳波を測定することで具体的なエビデンスをもって説明することができるようになると嬉しいです。脳波のデータを使って育成に活用する未来を目指したいと考えています。

小原:今回の分析結果は現状の分析としても役立つと同時に、岡田メソッドを利用して選手育成を重視しているFC今治の重要な指標になるのではないかと考えています。岡田メソッドで育った選手が、様々な場面で認知・判断が適切にできているか、岡田メソッドに脳データを絡めた分析といった要素もできると面白いのではないかと感じました。

雪野:本日はありがとうございました。今後もスポーツ×脳データの取り組みを発展させていければと思います。引き続きよろしくお願いいたします。

 

<左から竹井昭人(デロイト トーマツ コンサルティング プロジェクト最終責任者)、雪野皐月(デロイト トーマツ コンサルティング 対談者)、小原章吾氏(FC今治 対談者)、橋本英郎氏(対談者)、鶴羽愛里(デロイト トーマツ コンサルティング プロジェクトスタッフ)>

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プロフェッショナル

竹井 昭人/Akito Takei

竹井 昭人/Akito Takei

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

リテール&サービス業をはじめ、スポーツ、食品、製造、銀行など幅広い業種・業態のクライアントに対してデジタル、データ活用案件を推進。 2016年より国内外のモータースポーツに関するデータ活用コンサルティングに従事。 国内、北米のスポーツチーム・アスリートとともに現場帯同し、テクニカルパートナーとして競技支援業務を実施。 >> オンラインフォームよりお問い合わせ