究極のマシンを操る思考をデータ化

~最前線での挑戦

世界最速のモータースポーツ、インディ500を制したドライバーは何を考えてレースを戦っているのか。最前線で戦うドライバー佐藤琢磨選手をサポートし、その究極の戦いの中から見えるデータを未来へ託す。

PROFESSIONAL

  • 竹井 昭人 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 プロジェクトマネージャー
  • 雪野 皐月 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 データサイエンティスト

要約

  • デロイト トーマツは世界最高峰のインディカーシリーズで戦う佐藤琢磨選手をサポート、常時3名のスタッフが現地でレースデータ解析を行なっている
  • モータースポーツではあらゆる条件、事象がデータ化され、レースへのパフォーマンスに反映されている。デロイト トーマツはそれをレース毎にチームと連携してデータの蓄積を図る
  • 佐藤琢磨選手のレース中の思考や脳の使い方にもヒントがあると考え、脳解析により大変興味深いデータが得られた
  • 佐藤琢磨選手とインディカーのレースで得られた多くのデータは、後進のドライバーの育成やモビリティの未来に反映される

竹井昭人(以下、竹井):モータースポーツの世界三大レースと言われているF1モナコGP、フランスのルマン24時間耐久レース、そしてアメリカのインディポリス500マイルレース。その中でもインディ500はレース当日30万人もの大観衆を集めるビッグレースです。

我々デロイト トーマツ コンサルティング合同会社(以下、デロイト トーマツ)は、そのインディ500に今年14度目の出場となる佐藤琢磨選手を、2022年からテクニカルパートナーとしてサポートして来ました。
琢磨選手は2017年、そして2020年と2度インディ500で優勝し、アジア人ドライバーとして初めての栄誉に輝いています。インディ500で2勝以上挙げたレーシングドライバーは世界で20人しかおらず、琢磨選手のインディ500での勝負強さは特に評価されています。そんなトップアスリートである琢磨選手と北米のレースに同行し、現場で活用可能なデジタルアセットの開発と運用をしています。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 プロジェクトマネージャー / 竹井 昭人
当プロジェクト発起人、2022年からデロイト トーマツ グループに参画。全レースに帯同して現場支援を続ける。また国内外のモータースポーツにも注目しデータソリューションの活用を図る。

佐藤琢磨(以下、琢磨):数あるモータースポーツイベントの中でもインディ500の勝利はまた格別です。インディカーのシリーズはロードコース、ストリート(市街地)、オーバル(楕円)の3種類のコースがありますが、2023年はインディ500の3勝目を目指しつつ、他にもテキサス、アイオワ、ゲートウエイの4戦5レースに出場してオーバル(楕円)コースのレースを戦いました。2023年5月のインディ500からは白と黒と緑を基調としたデロイトカラーのマシンでレースを戦わせていただきました。

レーシングドライバー / 佐藤 琢磨
2002年から世界最高峰のF1に挑戦し日本人最高位タイの3位入賞(2004年USA)。2010年から北米インンディカーシリーズに挑戦し、2017年/2020年にインディ500で優勝。インディ500で2勝以上挙げたレーシングドライバーはアジア人初。

雪野皐月(以下、雪野):琢磨選手の出場するレースには我々デロイト トーマツから常時3名が日本からアメリカに渡ってサポートしています。現地ではレースウイークにスピードウエイに入り、特定のコーナーにカメラを設置して、常時ライブで録画しながらデータを収録。後にダウンロードされたデータは、琢磨選手と所属のチップ・ガナッシのチームエンジニアと共有しています。今年のインディ500でも、プラクティス初日からターン4を見下ろせるグランドスタンドにカメラを設置し走行時間のすべての画像を収録しながら、レース間の限られた時間内で、次のレースに向けた分析とフィードバックを行っています。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 データサイエンティスト / 雪野 皐月(写真左)
インディカーレースの現場でデータを収集し解析、分析を担当。佐藤琢磨選手とチームのパフォーマンス向上をサポートしている。

竹井:そこでは琢磨選手が出場するレースデータ、車両・エンジンデータ、ドライバーのフィジカルデータに係る各種走行データについてデジタルテクノロジーを活用して統合的に分析し、マシンセッティング、マシン開発などの競技力向上を目的としたテクニカルサポートを提供しています。

琢磨:デロイト トーマツとは、テクニカルスポンサーシップを締結していますが、これらの取り組みは、いわゆる単なるスポンサーシップという形だけではなく、勝つための確率をより高めるためのもの。実際にチームの一員としてレース現場にも来ていただいて、デロイト トーマツが独自に開発している分析プラットフォームを駆使しながら共に現場で戦っています。

実は、レースのテクニカルサポートにとどまらず、脳研究といった取り組みも行っていて、そこで得られるデータも、現場で得られるデータとともに重要視しています。

ドライバーのマシン操作とマシン荷重/挙動を可視化、チーム内データを比較

雪野:とくにレース現場では、運転行動(認知・判断・操作)のうち、操作系の分析に関してはチームのエンジニアさんたちもいろいろやられていますが、その前の段階でドライバー、例えば琢磨選手が運転中にどういった情報をどのように認知し、判断しているのかを解明すべく脳研究活動を琢磨さんと共同で行っています。

琢磨:脳研究への取り組みは画期的でしたね。

竹井:はい。もともとこの研究を開始した経緯からお話をすると、とある先行研究で世界的なサッカー選手にボールを投げた時と、一般的な選手に投げた時を比較したものでは、脳の動きや伝え方が全然違うという結果があったんです。そうであれば、超一流ドライバーである琢磨選手と僕でも全然違うはずだと(笑)。そこで、MRIとfMRIを使い、琢磨選手の脳を計測させてもらいました。

雪野:MRIでは脳体積解析を行い、脳のどの領域が大きいか小さいかを見ています。fMRIは脳の機能活動がどの部位で起きたかを見るものですが、何かタスクを与えて血が巡るとき、神経細胞の興奮に伴う脳血流量の変化をとらえることができます。こういった脳計測を行うことで分かったのは、琢磨選手は抑制能力が極めて優れているということでした。分かりやすく言うと、その時必要なタスクに対して必要な脳だけを集中して使っているんです。

琢磨:自分自身で何か明確に意識していることはないですが、必要のない領域を使わず、その分余ったエネルギーを必要な部分に集中させるってことですよね… 確かに集中しているときは話しかけられても聞こえていないことはよくあります(笑)。

竹井:そうですね。必要のない領域をシャットダウンできる能力が超人的です。私みたいな一般ドライバーと比較するとその差は歴然で、私は使わなくても良い脳も多く使ってしまっています。

すこし話が変わってしまうのですが、実は認知症患者の方は、何かタスクを行うときに使わなくてもいい部分の脳を多く使っている方が多いんです。なので研究が進んでいき、琢磨選手のような脳に近づけるための何らかのメソッドやトレーニング方法が確立できれば、認知症の改善や交通安全といった文脈にも貢献できるのではないかと思っています。会社としても営利目的や研究目的だけでなく、社会貢献ができるのではないかという思いで琢磨選手にご協力いただいています。

琢磨:他の文脈では育成といった点でも、この脳研究の活用を行っていて、HRS(ホンダ・レーシングスクール・鈴鹿)の生徒10名のデータもとりましたよね。

データだけでなく実際にHRS生徒の走行を観察し、データとの関連を確認

雪野:はい。HRSの生徒さんたちと、同世代の100名以上の一般の方との脳データを比較すると、特に視角領域で大きな違いがありました。HRSの生徒さんたちは、視覚のなかでも空間認知や運動視、空間ナビといった細かい領域で特殊性があることが分かりました。脳の抑制力という部分でも、琢磨選手と同じような傾向が見られているので、育成のなかでこのようなメソッドを活用していけることが確認できたのは大きな成果です。

(左)若手レーサーと同世代による脳の比較結果
(右)脳計測結果のレポート例

琢磨:現場で各選手の走行の特徴などを見て感じるものと、このようにちゃんと脳データの裏付けができているのがすごい。脳研究によっていろいろなことが科学的に証明されれば、将来的にスクールでもトレーニングの仕方や、メニューを作る上で役に立つかもしれません。デロイト トーマツさんには、HRSのほうでタレントマネジメントシステムの導入もサポートしてもらっていますが、そこでの更なる連携により日本のモータースポーツのレベルが更に向上していく未来に期待しています。

竹井:一過性のものではなく、経年で10年、20年とデータを蓄積していくことが非常に大事だと思います。あのときこうだった生徒さんは10年後にこうなったとか、この時期にはこれだけ伸びたけれど、この時期には伸びなくなったなど、経年のデータから得られる情報は非常に貴重です。スポーツの現場で、このように脳データを蓄積できている事例は国内ではほぼないので、競技力向上だけでなく社会貢献への活用といった点でも、モータースポーツの側から発信していきたいですね。

雪野:こういったデジタルや脳研究活動のノウハウを活かしてデロイト トーマツではビジネスの現場にも実際落とし込んでいる事例があるので、これはまた別の機会にお話しさせていただきたいと思います。

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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