Posted: 17 Jan. 2024 5 min. read

スポーツとコミュニティが生み出す社会的価値

サッカークリニックの社会的インパクトを可視化する

企業や団体による事業の実施によって生まれた社会的、経済的、環境的な変化が社会に与えるインパクトを可視化する評価の手法として、費用便益分析を簡易・発展化させたSROI(Social Return on Investment, 社会的投資収益率)分析があります。企業に限らず、例えばスポーツクラブなどが行う様々な活動で生じる社会・経済・環境面のアウトカムを市場価値に当てはめて可視化できます。

スポーツビジネスの本質的な価値を数値化するSROI FC今治×デロイト トーマツの取り組み(D-nnovation)

今回はデロイト トーマツ コンサルティングのアライアンスパートナーであるBlue United Corporationがハワイで開催した子ども向けサッカー教室「Pacific Rim Cup – Keiki Soccer Clinic 2023」を対象に、SROIを用いて社会的インパクトの分析を行いました。

「Pacific Rim Cup – Keiki Soccer Clinic 2023」について

Pacific Rim Cup - Keiki Soccer Clinic 2023(Keiki Soccer Clinic)は2023年8月5日(土)、ハワイ州ホノルルのWaipio Peninsula Soccer Complexにて開催され、300人近い子どもたちが参加しました。

Keiki Soccer Clinicでは、元サッカー日本代表の山田卓也氏、橋本英郎氏、海堀あゆみ氏に加え、ハワイ出身で元プロサッカー選手のKenji Treschuk氏という世界中でプレーした経験を持つスペシャルコーチたちが参加しており、子どもたちにとってはサッカーの指導を受ける機会であると同時に、異文化に触れたり国際交流を行ったりする機会ともなっています。また、ハワイはコミュニティの関係性が強い土地でもあるため、コミュニティのつながりをより高める機会ともなっています。

このように、単なるサッカー教室を越えた価値を創出しているKeiki Soccer Clinicの生み出す社会的インパクトを可視化することが今回のSROI分析の目的です。

地域コミュニティに浸透していくPacific Rim Cupから学ぶ [Also in English]|Case Study|SPORTS BUSINESS LABORATORY (deloitte.jp)

Keiki Soccer Clinicロジックモデル一例

*青のボックスが今回の分析対象、緑のボックスが今回のプログラムを通じて最終的に実現したい目標(=最終アウトカム)

 

社会的インパクト可視化のアプローチ

SROIの分析プロセスは、プログラムの受益者や関係者等ステークホルダーを特定し、プログラムに係る事業費や人件費などのインプット、具体的な活動、これらの活動によって生じた、もしくは長期的に生じる可能性のあるアウトカムについてロジックモデルを用いて体系的に整理。可視化する評価対象を特定した上で、公開情報やアンケート、テスト等より収集したデータをもとに測定・分析を行い、インパクトの測定を行うというものです。デロイト トーマツ グループでは、これまでもスポーツビジネスや地方創生等の取り組みにおいてSROIを活用したインパクトの可視化に取り組んできました。 

今回は、Blue United Corporationとデロイト トーマツ コンサルティングの分析チームがディスカッションを行い、その結果をもとにロジックモデルを策定しました。その中からプログラムから生じる主要なアウトカムとして17の項目を評価対象とし、参加した子どもたち、保護者、コーチ、運営スタッフへのアンケート調査や定量データをもとに分析を行いました。 

Keiki Soccer Clinicから生じる主要なアウトカムとして今回の対象とした項目

Keiki Soccer Clinicだからこそ生み出されるインパクト

ロジックモデル策定のためのディスカッションを通じて、Keiki Soccer Clinicが生み出すインパクトが大きく3つに大別されることが分かりました。

1. サッカー教室だからこそ生み出されるインパクト

スポーツの楽しさの実感などは一般的なスポーツ教室の機会でも生み出されるかもしれませんが、プロ選手のプレーレベルを認知したり、海外に興味を持ったりするのは、世界的な経験を持つコーチ陣による国際的なクリニックであるからこそ生まれるインパクトであると言えます。

2. コミュニケーションを通じて生み出されるインパクト

地域、地元出身者への誇りや愛着を感じたり、地域の住民のつながりが強くなったりするのは地域コミュニティのつながりが強いハワイで行うクリニックならではのインパクトであると言えます。

3. クリニックの運営を通じて生み出されるインパクト

スポーツイベントの作法を知ったり、スポーツイベントに必要な環境を知ったりという大規模なクリニックだからこそ生み出されるインパクトであると言えます。

SROIは1.36倍に

1.36倍の社会的インパクト

Keiki Soccer Clinicに参加した子どもたちとその保護者、コーチ、運営スタッフへのアンケート調査や定量データをもとにKeiki Soccer Clinicが生み出している社会的インパクトを分析しました。その結果、今回の可視化の対象とした項目において、投下している資源に対して約1.36倍のインパクトが創出されていることが分かりました。

18のアウトカムの中で特に大きなインパクトを創出していたのが「プロ選手のプレーレベルの認知」「指導者が自身の指導方法に取り入れる」「外国人指導者により海外に興味を持つ」「親子間のコミュニケーション量・頻度の増加」の4つの項目です。

「プロ選手のプレーレベルの認知」が大きなインパクトを創出していたのは、ハワイにプロスポーツチームがないため、Keiki Soccer Clinicがプロスポーツやプロスポーツ選手に触れるという他の体験では代替することができない機会であることが理由であると言えます。

「指導者が自身の指導方法に取り入れる」が大きなインパクトを創出していたのは、Keiki Soccer Clinicが世界的なコーチが揃うめったにない機会だからと言えます。世界的なコーチが個人でサッカー教室などを行う機会はままありますが、国をまたいで複数のコーチが一緒にサッカー教室を行うということは珍しく、こちらも他に代替できる機会があまりないことが理由であると言えます。

「外国人指導者により海外に興味を持つ」が大きなインパクトを創出していたのも、Keiki Soccer Clinicが世界的なコーチが揃うめったにない機会だからと言えます。子どもたちがスポーツを楽しむ機会は様々ありますが、外国から来たコーチと触れ合う機会はめったにありません。こちらもまた、他に代替できる機会があまりないためインパクトが大きくなったと言えます。

最後に「親子間のコミュニケーション量・頻度の増加」が大きなインパクトを創出していたのは、日常的に親子でコミュニケーションをとる機会があることを鑑みると少し意外な結果のようにも見えます。しかし、アンケート結果を見てみると反事実の値が他の項目と比較して低くなっており、Keiki Soccer Clinicが非日常の特別な体験であったため、普段とは異なる親子間のコミュニケーションが促進されたのではないかと推測されます。

また、上記4つと比較すると相対的は小さいですが、Keiki Soccer Clinicの実施を通じて「地域、地元出身者への誇りや愛着を感じる」ことや「地域の住民のつながりが強くなる」というインパクトも創出されていました。元々コミュニティの関係性が強いハワイという地域において、地域出身のコーチによる指導を受けることができたり、地域の人同士の交流を持つことができたりと、コミュニティ内のステークホルダー同士で繋がることができる機会となったことがインパクトの創出につながったと言えます。

今後の展望

今回はKeiki Soccer Clinic の当日に参加した子どもたちや保護者、コーチや運営スタッフをステークホルダーとして18のアウトカム項目について分析しましたが、その項目のほとんどが短期アウトカムの項目でした。今回の分析でもSROIの数値が1.36となり、投下資源以上の社会的インパクトを生むことが示されましたが、今後もクリニックを継続して実施していくことで継続して参加する子どもたちや過去の参加者などのステークホルダーにより中期アウトカムや長期アウトカムが達成されていくと考えられます。つまり回を重ねるごとにステークホルダーも増え、生まれる社会的インパクトも大きくなっていくと考えられます。

また、Keiki Soccer Clinicは環太平洋におけるサッカーの国際大会であるPacific Rim Cup(PRC)の一環として実施されており、PRCではハワイでのサッカーの国際大会やサッカークリニックを含めたより幅広い活動や交流が行われていました。コロナ禍ではKeiki Soccer Clinicのみの実施となっていましたが、コロナ禍の収束化によりPRCが再開する予定となっており、PRCが実施されることで大きな社会的インパクトを創出することとなるでしょう。

<執筆者紹介>

氏家 翔太/ Shota Ujiie

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
Sports Business Group / Education Business Group スペシャリストリード

外国語教育関連企業CEO、Jリーグクラブ執行役員を経て現職。子どもたちへの社会的価値還元にフォーカスした企業経営や、サッカークラブにとどまらないパートナーアクティベーションの在り方を確立した経験を活かし、スペシャリストとしてスポーツおよび教育の分野における社会的価値創出のモデルづくりに注力している。
 

今井 由貴子/ Yukiko Imai

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
Sports Business Group マネジャー 

国内大手通信会社にてCX(Customer Experience)の新規事業立上げを経て現職。主に自治体・民間企業・スポーツにおける顧客体験価値向上にフォーカスしたコンサルティング経験を有する。現在はスポーツビジネスグループにてスポーツ市場の新たな価値創造に従事。