神薗 雅紀

パートナー
サイバーセキュリティ先端研究所 所長

地域DXから衛星開発まで、新しいビジネス領域を開拓

サイバーセキュリティ先端研究所は、研究開発力をもってサイバーセキュリティの新しい戦略的領域を切り開く専門家集団です。いわゆる研究開発部門にあたりますが、研究室にこもって論文を発表して終わり、ではありません。研究者の自由な発想や斬新なアイデアを生かして企業や社会の抱える課題に挑み、その成果をアセット化(資産化)し、社会実装するまで、フルスクラッチで取り組んでいます。

例えば、現在国が力を入れている地域DXの分野では、スマートシティ化を目指す群馬県前橋市のプロジェクトに我々が参画しています。ここでは我々の持つ技術資産をもとに、自治体や民間サービスが利用しやすい新しいデジタルIDやプラットフォームを開発しており、自治体や企業、関連団体などと連携しながら、市内の様々なスマートシティサービスに、共通で使えるような形を整備しています。この取り組みはトップランナーとして全国から注目されており、前橋方式がひとつのモデルになって、他の自治体でも使われ始めています。

ほかにも大きな取り組みとして、衛星の開発を進めています。すでに衛星データを活用したサービスは生活の中に広がっており、社会インフラとなりつつあります。宇宙産業への期待が高まる一方、人工衛星に対するサイバー攻撃への脅威も懸念され始めています。その実験としての目的も兼ねて、パートナーとなる大学や企業と協働で、自社衛星の開発ならびに打ち上げを進めているところです。すでにオペレーションセンターを開設し、2025、6年ごろの打ち上げを予定するなど、事業として形になっているといえます。

国内でも宇宙産業への新規参入が増えていますが、やはりトップランナーとなれば、いち早く情報が確保できるというアドバンテージがあります。また、自分たちの規格が国際標準となり、ビジネスにおいても優位な立場に立つことができるのです。日本の産業発展のために、非常に意義のある挑戦だと自負しています。

アセット化・社会実装までの一連のプロセスを担える
デジタルネイティブの育成が鍵に

こうした新しい領域への挑戦は、個々の研究者の関心や問題意識から始まることが少なくありません。実際に、前橋市のデジタルIDプロジェクトの発端となったのは、新卒入社した若手が書いた1本の論文でした。そこで書かれた暗号・認証技術の研究成果が、後に前橋市のプロジェクトで活用されることになったのです。こうしたボトムアップでの事業立ち上げの事例が多数存在するのも、特筆すべきポイントの一つでしょう。

研究所では、将来に向けた社会課題や、まだ顕在化していないオポチュニティを発掘して、研究テーマを採択しています。テーマごとにチームを組んで方針を立て、スケジュールを定めながら、研究開発を進めていきます。現在、主要なテーマが8つありますが、それぞれの研究段階によって、個別の基礎研究にいそしんでいるチームもあれば、プロジェクトとして事業化に取り組んでいるチームもあります。

いずれにしても、ステップを踏んで、研究成果を社会課題解決や新領域の開拓へと結びつけることを重視しています。まさに、これこそが我々の最大の強みだと言えるかもしれませんね。

海外に比べて日本の研究開発の弱みは、ソリューション化や研究開発部門と事業部門の距離だと言われています。我々は論文発表で終わらせず、サーベイの実施、アセット化、社会実装まで、フルスクラッチで研究を行います。さらにコンサルティング部隊と協業し、新たなバリューの提案も手掛けられる。彼らとタッグを組み、いち早くマーケットに展開し、その反響も次のビジネスの種として転用できるわけです。このように、我々が主体となって参画するからこそ、生きたデータを大量に収集でき、イノベーションを生み出すことができます。

近年では、これまでの知見を活かして、独自のインテリジェンス情報収取技術やウェブサイトのリスクを多角的に評価したり、SNSなどでフェイクニュースの拡散状況を検知したりできるツールを開発することにも成功しています。ニーズの高い課題に対するソリューションを単独で立ち上げ、幅広いクライアントに適用できることが、収益にもつながっています。

自らの研究で社会に新しい価値を創出できる喜び

「なぜ研究所がそこまでやるのか」といった質問をされることは多いのですが、本来、現実の課題に向き合い、社会に貢献してこその研究開発だと思います。研究者自身も、難解な課題や未知なる領域への挑戦を望んでいる人は少なくありません。それが日の目を見ずに立ち消えるのではなく、むしろビジネスの現場や社会において目に見える価値を創出していることを実感できれば、モチベーションも高まります。

新たな仲間に求めるのも、経験値ではなく社会実装を実現する達成感を得たいというマインドです。特定の専門分野の経験や資格は必須ではありません。それよりも、基礎研究アプローチのプロセスをしっかりと経験しているかどうかです。なぜなら、専門知識は入社後にインプットできます。しかしながら、課題を自ら発見し科学的根拠に基づきサーベイを行い、データを考察して論理を組み立てるプロセスは一朝一夕では体得できません。基本的な研究サイクルを回していくことこそ、社会課題を解決する最も精錬された方法だと考えます。

我々のもとには、こうした意欲を持ったメンバーが集まっています。彼らは皆、研究に取り組み論文発表を行いながら、自分の描いたイメージがビジネスとして昇華していく日を目指し切磋琢磨しているのです。社歴は関係なく、若手であっても必ず自分の気になる研究テーマを提出しますし、それを社会実装するにはどうするかをチーム全体で支援していくアグレッシブな風土も整っています。自らの研究が社会実装され世の中を変えていく体験は、今後の研究者としてのキャリアの大きな糧になると思います。

サイバーの世界はどんどん広がっています。Web3.0をはじめ様々な領域において新たな市場が生まれつつありますが、同時に新しいリスクや脅威も発生しています。さらにサイバー領域は安全保障を脅かす脅威にも対策技術や手法にもなり得ます。そして、これらの新たなリスクや脅威に対して国内外でハードローやソフトロー、国際的なレギュレーションが次々と制定されています。このような混迷な状況下において5年後、10年後を見据えてどのような価値を創出していくか、枠を定めずに何にでも挑戦できるのが、研究開発の醍醐味です。

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