ナレッジ

企業内容開示制度の実効性確保に向けて(週刊経営財務2020年11月09日号)

第7回 総括と展望

週刊経営財務(税務研究会発行)2020年11月09日号に、現行の企業内容開示制度における課題や今後の取り組み等についての解説記事が掲載されました。

有限責任監査法人トーマツ 公認会計士 岩下万樹

本連載においては,これまで6回にわたり企業内容開示制度における課題や今後の取り組み等について解説してきたが,第7回の本稿においては,これまでの各回を振り返りつつ総括を行いたい。

なお,文中意見にわたる部分は筆者の個人的な見解であり,有限責任監査法人トーマツの公式見解でないことを予め申し上げる。

【本連載 これまでのテーマ】

第1回  基本的事項の解説
第2回  英国の開示実務との比較と日本企業に与える示唆 
第3回  有価証券報告書の開示改正を機会とした企業活動の改善 
第4回  企業価値向上を実現する役員報酬ガバナンスと開示のあり方 
第5回  法定開示書類とその他自主開示書類の関係整理について
第6回  公認会計士等の記述情報に対する保証への取組と課題 

第1回 基本的事項の解説

まず第1回では,議論の前提として会計ビッグバン以降の企業内容開示制度の変遷や近年の監査制度の変遷とそれぞれの課題に触れた。

すなわち開示制度においては,財務情報,非財務情報ともに記載内容の充実が図られているものの,多くの上場会社においては特に非財務情報について,法定開示書類(以下「有価証券報告書等」)上の記載が必要最小限にとどまっていることが挙げられる。一方監査制度においては,監査法人ガバナンス・コードの制定や監査上の主要な検討事項(以下「KAM」)の導入により監査の透明性向上に向けた取組みが進んだが,有価証券報告書等における非財務情報の開示や保証のあり方に関する監査人の関心を高めることが,非財務情報開示の実効性を高める上で不可欠である。

その上で,第2回以降に向けた導入として,財務報告サプライチェーン関係者間の建設的な対話を促進する上での基本的テーマを次のとおり解説した。

全般的事項として,ESG,SDG’sやパリ協定,TCFDといった非財務情報関連の動向に触れた。経営関連事項としては,企業価値向上を意識した経営とその説明の必要性,また経営者に企業価値向上へのインセンティブを高めるための報酬制度とその情報開示充実の動向,企業のガバナンス強化に関する課題に加え,多くの企業が任意に発行している統合報告書と法定開示書類である有価証券報告書の関係整理の必要性にも言及した。そして最後に監査関連事項として,現行の有価証券報告書等における非財務情報に関する監査人の関与状況を説明するとともに,今後ますます重要性が高まる非財務情報への保証範囲の拡大だけでなく,当該情報開示を支える企業のガバナンスの検証への監査人としての貢献の必要性を論じた。

第2回 英国の開示実務との比較と日本企業に与える示唆

第2回以降は各論の解説に移り,第2回においては,先進事例となる英国の開示実務の紹介と日本企業に与える示唆を取り上げた。

英国では,コーポレート・ガバナンスが日本との比較において長年の歴史的な運用を経たものとなっており,企業情報開示についても2013年からビジネスモデルや戦略,主要なリスク,KPIなどの開示を含む戦略報告書の作成・開示実務が行われている。また投資家と企業が連携し,レポーティングニーズに対する実務的な解決策を共に協議する場が整備される等,財務報告充実のためのインフラが整備されている。

こうした先進的な位置づけにある英国の実務から,いくつかの学ぶべき特徴を整理して解説した。その特徴は主に以下のとおりである。

① 読み手へのフォーカスと建設的な対話の促進

2015年12月にFRC(財務報告評議会)から公表された,非財務情報のレポーティングに関するガイドラインの中で,戦略報告書の導入が,企業がコンプライアンスドリブンのレポート作成アプローチから脱却し,「コミュニケーション」に一層フォーカスするきっかけとなったとされている。これは,我が国における,有価証券報告書の記述情報の充実に向けた取り組みにおいても同様で,情報利用者である読み手のニーズに焦点を当て,建設的な対話を促進する機会と捉えることが重要となる。

② 企業価値情報の一貫性を高めるリンケージ

企業情報開示のなかで,企業価値にとって重要な情報を,一貫性を持って伝えようとした場合,リンケージ(相互関連性)の考え方が重要になる。

戦略,主要なリスクといった各記載項目を単独の記載で完結させるのではなく,それぞれの記載事項を関連付けて記載することで,読者に対して一貫したストーリーが伝えられることになり,建設的な対話も促進されることになる。

③ 企業の包括的理解の土台となるビジネスモデル開示

我が国の制度開示では求められていない開示項目として,英国の戦略報告書ではビジネスモデル,すなわち自社においてどのように長期的に企業価値を創出し,維持するかの開示が要求されている。

読者にとって,企業がどのように稼ぎ,長期的観点から持続的といえるのか,包括的に理解するための重要な情報となり,現状我が国の制度開示における要求事項ではないものの,自社のビジネスモデルを整理し,社内における共通の理解を醸成させておくことは,他の開示項目を検討するうえでも有用と思われる。

④ コーポレート・ガバナンスの核心となる取締役会に関する開示

コーポレート・ガバナンスに関する情報は,企業価値の評価,企業と投資家との建設的な対話を促進する観点から重要となる。コーポレート・ガバナンスのなかでも中核となる取締役会の活動状況に関して,英国で行われている充実した開示の実例を取り上げた。

上記に加え,最後に,企業情報開示全般に関する示唆として,継続的な改善の重要性を取り上げている。開示の改正を単発的な規制対応事項として捉えるのではなく,中長期的な観点から自社の企業価値向上に向けた取り組みの機会として,前向きかつ継続的に取り組むことが,結果として自社に最も有用な結果を導くものと考えると結んだ。

第3回 有価証券報告書の開示改正を機会とした企業活動の改善

第3回では,有価証券報告書の開示改正を契機とした,単に開示の改善にとどまらない企業活動そのものの改善を通じた企業価値向上に向けた取り組みについて,第2回と同様に英国の先進事例を交えながら論じた。

このうち,リスク情報開示に関しては,自社にとって重要となる固有のリスクを突き詰めて検討すること,中長期の視点から取締役会等の会議体でリスクに関する本質的な議論を深めることが,今回の開示改正を有効な機会として活用する観点から重要であることを,リスク情報項目に関する個別の検討の視点をあげながら説明した。

また,開示項目が多岐にわたる有価証券報告書に関しては,企業価値に関して重要となる情報を,一貫性をもって伝達することが重要となり,多数の関係者が関与することになる作成プロセスの工夫,取締役会等の主体的な関与などについて英国の事例を交えながら説明した。

第4回 企業価値向上を実現する役員報酬ガバナンスと開示のあり方

第4回では,企業価値向上を実現する役員報酬ガバナンスと開示のあり方に焦点を当てた。

前提として,日本企業の報酬制度およびその決定プロセスが依然として不透明であることに触れた上で,役員報酬ガバナンスに求められる次の3つの要素(役員報酬制度,報酬委員会,情報開示)とそれぞれの課題について論じた。

まず役員報酬制度については,日本企業はまだまだ固定報酬割合が高いこと,その一方で過度なリスクテイクの抑制や株主との利害関係の一致といった,役員報酬に求められるリスク管理に関する議論は,まだ殆どなされていない実態に言及した。

次に報酬委員会については,日本企業における報酬委員会設置割合の低さ,仮に設置していてもその開催頻度の低さに触れた上で,そもそも報酬委員会で議論すべき内容が十分に理解されているかに疑問を呈した。また有価証券報告書への役員報酬開示内容に関して報酬委員会が適切に関与できていない可能性にも言及した。

最後に情報開示については,昨年の内閣府令改正を契機に多くの企業で開示レベルの向上が認められるものの,改正内閣府令の検討・提言を行った金融審議会が目指す「投資家との建設的な対話に資する情報開示」の趣旨を踏まえた開示レベルに到達しているとは言えない。具体的には,多くの企業で,改正内閣府令で求められる最低限度の情報開示にとどまっており,役員報酬の決定方針や報酬の執行状況,および報酬委員会の運営状況に関する開示には改善の余地が多い点について述べた。

以上の課題を述べた上で,企業価値向上に必要な,あるべき役員報酬制度として,①役員等へのインセンティブ付けが適切に行われているか,②過度なリスクテイクや不正が生じた場合に備え,どのようなリスク管理が行われているか,③役員報酬の決定プロセスが客観性・透明性のあるものとなっているか,という3点を挙げるとともに,それぞれの点で先進的な制度設計・情報開示となる事例を紹介した。

今後,海外からの資金を呼び込むためには,少なくとも22年4月に設定予定の東証プライム市場(仮称)上場企業に対しては,グローバルスタンダードと遜色のない役員報酬開示規制の導入を期待し結びとした。

第5回 法定開示書類とその他自主開示書類の関係整理について

第5回では,現在の法定及び自主開示書類の状況及び課題整理と,今後の開示のあり方への示唆について取り上げた。

まず現状の整理として,我が国においては,法定開示書類として,金融商品取引法に基づく有価証券報告書と会社法に基づく事業報告等が存在し,両法定開示書類間の重複開示の状況が継続している。株主との建設的な対話の実効性の確保や,開示作成実務上の課題点を解決するためには,両法定開示書類の関係整理が必要であることを述べた。

次に法定開示書類と自主開示書類の関係だが,我が国においては上記法定開示の他に,取引所規則に基づくコーポレート・ガバナンス報告書,統合報告書やCSR報告書のように各ガイドライン等に準拠又は利用して開示されている自主開示書類が存在している。法定開示書類は法令に定める様式や記載事項の縛りがあるが故に,企業がより具体的かつ自由度のある開示を実施することについては敬遠しがちであり,そのため,自主開示書類である統合報告書等に,より充実した情報が開示される現状が見受けられる。こうした状況は,投資家にとって必ずしも分かりやすい開示体系になっておらず,法定開示書類と自主開示書類の関係整理を実施する時期が到来していると考えられる。

次に,法定開示書類である有価証券報告書の開示を現在の開示規則に基づき,いかに改善させるかを整理するために,現在における有価証券報告書の開示と代表的な自主開示書類である統合報告書の開示状況の整理を行った。その結果として,有価証券報告書における記述情報の充実のためには,各記載項目を単発で記載するのではなく,相互関連性を意識し,経営者の視点で中長期的な観点での一つの価値創造ストーリーとしての記載が求められると結論付けた。これは第2回で既述したリンケージの考え方そのものである。

最後に,今後あるべき開示体系として,法定開示書類の重複開示,法定開示書類と自主開示書類の関係整理,それぞれについて論じた。

法定開示書類に関しては,事業報告等と有価証券報告書を一組の開示書類として一時点で開示する開示の一元化が目指すべき最終形であるものの,そこに至る現実的なステップとして,事業報告等と有価証券報告書を段階的に開示する一体的開示のあり方に触れた。すなわち事業報告等については,株主総会の議決権行使に資する情報を議案検討のための期間を十分に確保できる適切なタイミングで開示し,有価証券報告書は,投資家との中長期的な観点での建設的な対話に資する情報を提供するように有価証券報告書の開示水準を向上させ,事業報告等と情報が重複する部分については参照や開示形式・内容の共通化を図ることが望ましい。

法定開示書類と自主開示書類の関係については,各法定開示書類と自主開示書類の開示目的や開示内容を体系的に整理した上で,情報の信頼性が担保されている法定開示書類である有価証券報告書や事業報告等を基軸にして重要な記述情報を簡潔・明瞭に開示し,各自主開示書類を補足的な位置づけで開示することが望ましいと結論付けた。

第6回 公認会計士等の記述情報に対する保証への取組と課題

第6回では,個別論点の最後として,公認会計士又は監査法人(以下「公認会計士等」)の記述情報に対する保証への取組と課題について整理した。

前提として,有価証券報告書や事業報告等(以下「年次報告書」)の利用者が,企業の戦略やリスク認識といった記述情報とこれに対する過去の実績情報を結合し一体として理解することにより,将来に向けた価値の創出のストーリーを読み取り,その経済的意思決定に資するように年次報告書を利用するという思考が強まっていることから,現状は公認会計士等による保証の対象となっていない記述情報の信頼性向上に関する要請が強まっていることに触れた。

その一方で,そもそも作成主体である企業が則るべき基準が明確になっておらず,今後然るべき権威ある基準作成主体による基準設定が待たれるという制度上の課題以上に,我が国の保証業務が財務諸表に対する法定監査制度を中心に進展してきたこともあってか,公認会計士等の記述情報への関心の薄さがネックとなり得る。公認会計士等も,企業の年次報告書の利用者の情報及びその信頼性に対するニーズと公認会計士等への期待を受け止め,監査基準委員会報告書720の改訂の動向にも注意を払いながら情報の利用者の保証業務に対するニーズを満たすように図ることが望まれる。なお2021年3月期から金商法に基づく監査報告書にKAMの記載が求められるが,KAMは年次報告書の利用者が財務情報と一体として利用しようとする記述情報の信頼性を向上させる上で有益なものであり,記述情報の信頼性の向上に貢献していくという今後の取組に公認会計士等が新たに一歩踏み出す上で重要な礎石となるものと考えられる。その際,記述情報の作成・開示に対して,取締役会を頂点としたガバナンス・プロセスがどのように備わっているのかについて理解を深め,情報作成の初期段階から前広に記述情報の作成に関与できるように図ることが肝要であると考えた。

その上で,公認会計士等による記述情報に対する保証の対象範囲としては,記述情報の全体に対して保証業務を行うというよりは,当面の間,記述情報のうち,戦略やビジネスモデルに係るものも含め,定量情報を対象として保証業務を実施すること,また,定量情報のうち将来情報に係るものについては,その達成可能性を保証するものではなく,その達成に不確実性があるという業務の前提を想定利用者に対して適切に伝達した上で保証業務を実施することが考えられる。また別の観点では,記述情報の作成過程が企業全体の方向性を決定して監督する取締役会を頂点とし,マテリアリティを考慮して企業価値を左右する重要な事項が適切に開示対象として含まれるようなガバナンス・プロセスを経たものであるかどうかといった,ガバナンス・プロセスの信頼性こそが重要であり,このようなプロセスの信頼性を対象として保証業務を実施することも考えられる。

おわりに

以上,企業情報開示の実効性確保を巡るさまざまな論点について,現状と対処すべき課題を論じてきた。それぞれの論点について,程度の差こそあれ課題を解決しつつ,全体として企業情報開示の実効性を高めることで企業とステークホルダー間の建設的対話を促進するというゴールに向け進みつつあることに疑いはない。しかしながら,この動きは諸外国でも同様であり,我が国の企業情報開示に関してグローバルでの相対的な序列を高めることが重要である。先進諸外国との比較において我が国の情報開示が劣後することが理由で,投資資金が他国企業に向かい,結果として日本企業の成長を妨げるような事態は絶対に避けなければならない。そのためには,これまで以上に,資本市場サプライチェーンを支えるステークホルダー間でゴールを共有し,そこに向けAll Japanの力を結集して進めていく必要がある。我々公認会計士業界としても,その一翼を担い日本経済発展に貢献していく所存である。

最後に,ここまで触れてこなかった内部統制報告および監査制度(以下「J-SOX」)との関係について論じ結びとしたい。

J-SOXは,財務報告に係る内部統制の有効性に対する経営者評価と,当該経営者評価の適正性に対する外部の公認会計士等による監査から構成される。ここで「財務報告」に係る内部統制と記載したとおり,現行制度で検証対象となる内部統制には,記述情報に代表される,いわゆる非財務情報に係る内部統制は含まれないことになる。しかし,ここまで繰り返し述べてきたとおり,企業情報利用者からの記述情報の信頼性確保に対するニーズが今後ますます高まることは明白であり,それに伴い,非財務情報に係る内部統制の有効性についても,何らかの形で保証対象に含めることが社会から要請されるのではないだろうか。その場合,もっとも現実的にその受け皿となり得るのがJ-SOXと考えることは極めて自然な流れであろう。

また今回の新型コロナウイルスの経験は,今後の社会に極めて広範な変化をもたらすことが予想される。企業活動においても,たとえば常態化するリモートワークの障害の一つでもあるハンコ文化の見直しとそれに伴う電子承認への移行や,その他社会全体におけるDXの進展は,明らかに内部統制プロセスの重要な変化をもたらすことから,J-SOXの制度自体の抜本的な見直しを検討する時期にあるとも言えよう。上述の非財務情報に係る内部統制の有効性に対する保証に関しても,これと併せて検討対象とすることが考えられる。

なおJ-SOXにおける全社的な内部統制は,「適正な財務報告」を目的とするものではあるが,その整備・評価のポイントは「統制環境」「リスクの評価と対応」「統制活動」「情報と伝達」「モニタリング」「ITへの対応」にあるとされている。これらのポイントは,表現の違いこそあれ,コーポレートガバナンス・コード第3章「適切な情報開示と透明性の確保」,第4章「取締役会等の責務」の考え方に通ずるところが多い。またコーポレートガバナンス・コード第3章においては,すでに有用な非財務情報の提供の必要性に言及している。

J-SOXの運用が始まった2008年当時は,我が国において未だコーポレートガバナンス・コードの制定すらなされておらず,かつコーポレートガバナンス・コードの運用開始以降,J-SOXの見直しは行われていないこともあってか,これまで両者を一体的に議論することはなかった。

今後,企業情報開示体系の整理が進むのに伴い,非財務情報に係る内部統制の有効性評価の議論もなされることになろうが,その際は是非とも,J-SOXにおける全社的内部統制とコーポレートガバナンス・コードをバラバラに議論するのではなく一体的に議論するとともに,財務情報・非財務情報を問わず真に実効性ある企業情報開示を支える内部統制のあり方の検討が進むことを期待して本稿の結びとしたい。

なお,本連載は次回(第8回)をもって最終回となる。次回は,一連のコロナ禍で再認識された諸課題を踏まえ,非財務情報充実と異なる観点から,企業内容開示制度の実効性確保に向けた課題と取組みについて,今後の制度改正も視野に入れた解説を予定している。

 

<企業内容開示制度の実効性確保に向けて 連載一覧>
第1回  基本的事項の解説
第2回  英国の開示実務との比較と日本企業に与える示唆
第3回  有価証券報告書の開示改正を機会とした企業活動の改善
第4回  企業価値向上を実現する役員報酬ガバナンスと開示のあり方
第5回  法定開示書類とその他自主開示書類の関係整理について
第6回  公認会計士等の記述情報に対する保証への取組と課題
第7回  総括と展望
第8回  コロナ禍で再認識される諸課題と今後の取組み
 

お役に立ちましたか?