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日用品業界初、データ流通基盤の共創で拓くGXへの道
メーカー、サプライヤーの協働プロジェクトで脱炭素社会の実現へ
国内日用品業界において初の試みとなる、脱炭素化へ向けたデータ流通基盤構築の共同実証プロジェクトが、メーカー、サプライヤーなど10社を超える企業の参画によって実施された。GHG(温室効果ガス)排出量の正確な算定に必要な一次データを、共通のプラットフォーム上で流通させることを目的としたこの取り組みの先進性と社会的意義はどこにあるのか。
共同実証の発起社であるユニ・チャーム株式会社、システム提供を担ったNTTコミュニケーションズ株式会社、そして全体事務局としてプロジェクトの取りまとめ役を果たしたデロイト トーマツ コンサルティング合同会社の3社への取材から、その点を明らかにし、「共創」と「競争」による社会課題解決のあり方を探る。

右から ユニ・チャーム株式会社 上席執行役員 ESG本部長 上田 健次氏、
NTTコミュニケーションズ株式会社 執行役員
ビジネスソリューション本部 スマートワールドビジネス部長 福田 亜希子氏、
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員 伊藤 郁太
製品ごとのGHG排出量削減に欠かせない一次データを共有
今回の「一次データ流通基盤」の実証プロジェクトに共同で取り組んだのは、発起社であるユニ・チャームをはじめとした日用品メーカーやサプライヤーとなる資材メーカーなどの10社を超える企業である。システム要件やデータ流通の課題等についての実務者協議を経て、2024年10〜12月にサプライヤー一次データをプラットフォーム上で流通させる共同実証実験を行った。今後はこの共同実証実験の成果について整理した上で、サプライチェーン全体でのデータ流通基盤の社会実装に向け準備を進めていく予定だ。
本取組におけるサプライヤー一次データとは、企業が直接測定するなどして入手する、GHG一次データの中でも、資材別の排出量について各サプライヤーから提供された値を指す。
サステナビリティ関連情報の開示や脱炭素化推進のために、スコープ3(間接的に関与する排出)のGHG排出量の算定に取り組む企業は増えているが、一般的には産業平均などの二次データを排出原単位として使用することが多い。しかし、二次データでは各サプライヤーの実際の排出量を反映しないため、推計排出量しか算定できない。これは「人間の体重をトン単位で測るようなもの」で、「我々メーカーが知りたいのは、例えばAという資材をBに替えたとき、(原材料調達から使用、廃棄、リサイクルに至る)製品ライフサイクル全体で排出量がどれだけ変わるかということ。それを算定するには、サプライヤーごと、資材ごとの一次データが必要不可欠なのです」。今回の実証プロジェクトの発起社であるユニ・チャームの上席執行役員 ESG本部長、上田健次氏はそう語る。

ユニ・チャーム株式会社 上席執行役員 ESG本部長 上田 健次氏
そのためユニ・チャームでは、独自にサプライヤーと交渉し、資材別の一次データ収集に取り組んできた。相手先に出向いて一次データ収集の目的や意義などについて丁寧に説明したり、相手先社内での結論が出るまで辛抱強く待ったりといった労力をかけつつ、大半のサプライヤーから協力を得られるところまで持っていった。その結果、GHG排出のホットスポット分析が進むなど、製品ごとの排出量削減に向けたアクションを企画・実行・検証する体制が整った。
ただ、サプライヤーからしてみると資材の供給先はユニ・チャームだけではない。他の日用品メーカーから同じようにデータ提供を求められたとき、メーカーごとに異なる要件、フォーマットでデータを収集・提出していたのでは、手間暇がかかるばかりだ。製品の仕様によっては資材原料が異なる場合もあるので、原料サプライヤーからあらためてデータ提供を受けなければならない。さらに、製品の改廃サイクルが速いという日用品業界特有の事情も鑑みれば、適時・的確な一次データをサプライチェーン全体で効率よく流通させることがいかに困難か、容易に想像できる。
メーカー、サプライヤーを問わず、データを集めるだけで疲弊してしまうことが分かっているがゆえに、一次データの利活用が進んで来なかった。その大きな壁を突破する試みが、複数のメーカーとサプライヤーが参画し、共通プラットフォーム上でN対Nの一次データ流通を行う今回の実証プロジェクトなのである。
分散型「データスペース」が持つ革新性と拡張性
ユニ・チャームが独自に進める脱炭素化を伴走支援していたのが、デロイト トーマツ コンサルティングであったが、「サプライチェーン全体でGHG排出量を削減するためには、資材サプライヤー、その先の原料サプライヤーとの協働が欠かせず、また、一次データを集めない限り、どこをどう変えれば排出量が減るのか、具体策を立てることが難しい。さらに、大きな負担を伴わずにデータをやり取りできる仕組みがなければ、活動を継続していくことができません。これは日用品業界全体の課題であり、そうであればこそデータの有効かつ効率的な活用について企業の枠を超えて協働できることは多いはずだと考えました」と、同社執行役員 パートナーの伊藤郁太は振り返る。
そこで、ユニ・チャームが中心となって、データ流通の仕組みを共同で構築することを、主だった同業他社やサプライヤーに提案していった。ユニ・チャームとデロイト トーマツ コンサルティングが見込んだ通り、各社が同じような課題感を持っていたため、この提案に対して大枠で賛同を得ることができた。ただ、各社が懸念点として示したのが、データ流通の秘匿性や安全性をどう確保するかということだった。
例えば、一次データを公開することで自社独自の生産技術などの情報が類推されてしまう可能性があり、企業としては誰にでも一次データをオープンにするわけにはいかない。公開しても構わない相手に、必要な情報だけを安全に受け渡しできることが大前提となる。「そうした仕組みについて技術的な知見があり、かつ公正な立場で運用ができる企業はどこかとデロイト トーマツ コンサルティングさんと一緒に探しているなかで、NTTコミュニケーションズさんからいい提案をいただきました」(上田氏)。
NTTコミュニケーションズが提案したのは、「データスペース」と呼ばれる仕組みである。その概要について、同社執行役員ビジネスソリューション本部 スマートワールドビジネス部長の福田亜希子氏は、次のように説明する。

NTTコミュニケーションズ株式会社 執行役員
ビジネスソリューション本部 スマートワールドビジネス部長 福田 亜希子氏
「データスペースは、中央集権的なデータベースとは違い、プラットフォーム管理者にデータ提供する必要がありません。データ提供者と指定された開示先だけにデータが保存される“分散型”の仕組みを採用することで、高い秘匿性を確保します。またデータ提供者は誰に開示するかを選択した上で、プラットフォームを介してデータの受け渡しができます。つまり、データ所有者の主権を担保し、指定した相手にだけデータ連携できるのです。」
データを共有する企業同士は、データをつなぐ“コネクタ”を導入することで、直接データをやり取りする。データスペースはヨーロッパが先行して検討してきたもので、EU(欧州連合)域内の自動車業界において企業間データ共有を実現する枠組み「Catena-X(カテナエックス)」などで活用が進められている。
NTTコミュニケーションズは数年前から先行事例を参考に、日本におけるデータスペースの実用化に取り組んでおり、今回の実証プロジェクトでは、NTTグループの研究開発部門の技術も使いながらデータスペースを構築した。
ユニ・チャームの上田氏は、このデータスペースに大きな可能性を感じている。「環境負荷を減らし、社会の持続可能性を高めるという観点で、データ共有の取り組みは日用品業界に閉じたものではなく、食品や衣料品などにも広げていった方がいい。また、今回の実証プロジェクトはGHG排出量だけを対象にしましたが、プラスチックや水の使用量、生物多様性や人権への配慮に関するデータもサプライチェーン全体で共有できる仕組みが求められます。そういった拡張性を持つという点でも、データスペースは素晴らしい提案でした」
画期的な試みを支える地道なコンセンサスづくり
普段は競合関係にある企業同士が、業界共通の仕組みやルールをつくる場合、日本では官主導で進められるのが一般的だ。しかし、今回の実証プロジェクトは、純粋に民主導だったことが画期的と言える。
デロイト トーマツ コンサルティングの伊藤は、「一次データの収集に辛抱強く取り組み、大半のサプライヤーから協力を得た実績のあるユニ・チャームさんが呼びかけたことが、各社から賛同を得られた大きな要因だと思います」と強調する。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員 伊藤 郁太
ただ、どれだけ社会的意義の大きい取り組みだと分かっていても、仕組みを実装する上ではさまざまな課題がある。例えば、今回の実証プロジェクトで言えば、GHG排出量削減における課題感や検討の成熟度という点で、各社のばらつきが大きかった。また、ITのインフラ整備状況も各社各様だった。「財務領域だとITインフラは各社とも基本的な整備が進んでいるのですが、GHG排出量などの非財務データの領域はインフラが未整備で、表計算ソフトに手入力して、メールでやり取りする企業が多い。それは日用品業界に限らず、多くの業界に共通する実態です」(伊藤)。
このため、大枠で賛同を得られているとしても、実務面で各社の目線をどう合わせていくかが、今回の実証プロジェクトを推進する上で大きな課題だった。ユニ・チャームとデロイト トーマツ コンサルティングは、実証実験をスタートする前のコンセンサスづくりを慎重かつ丁寧に進めていった。
例えば、「実務者によるカジュアルなミーティングの場を設け、各社の率直な意見に耳を傾けながら、合意形成を図りました」(伊藤)。プロジェクト参加メンバーが一同に会するミーティングのほかに、個別に悩みを聞いたり、意見交換したりといったことも繰り返しながら、地道なコンセンサスづくりに取り組んだ。
また、実際にデータスペースを使った一次データ流通に取り掛かってからは、利用説明に関するフォローも欠かせなかった。「私たちは普段、IT部門の方々と仕事をする機会が多いのですが、業務としてデータスペースを介してデータをやり取りするのは、ITが専門ではない調達や営業、総務といったエンドユーザーの方々です。マニュアル一つを取っても、IT部門向けとエンドユーザー向けではつくり方のポイントが全く違いますから、デロイト トーマツ コンサルティングさんと協力しながら丹念なサポートを心がけました」と、NTTコミュニケーションズの福田氏は述べる。
ユーザー企業とIT企業の間に立って、業務改革やIT導入のプロジェクトを円滑に進め、成果を最大化するのは、デロイト トーマツ コンサルティングのコアコンピタンスの一つだ。「今回の実証プロジェクトでも、参加企業とNTTコミュニケーションズさんの間の齟齬ができる限り起きないよう、触媒としての役割を強く意識しながら活動しました」(伊藤)。
上田氏は、今回のプロジェクトの座組みを次のように表現する。
「我々エンドユーザー企業にとって、デロイト トーマツ コンサルティングさんはホームドクター。我々がやりたいこと、やらなければならないことを、どうすれば実現できるのか。我々の状態を診断しながら、治療方針・計画を一緒に考えてくれる。一方、方針や計画が決まったら、最新の知識と技術で、最適な治療を行ってくれる専門医が、NTTコミュニケーションズさん。今回は、この座組みがうまく機能しました」
ファーストペンギンとして示した共創の道筋
今回の実証プロジェクトは、サプライチェーンにおけるデータ連携の効率化とデータ秘匿性の確保を二つの柱としており、その2点については効果と実用性を検証できた。企業間共創によるサプライチェーン全体のGHG削減という大きなゴールへ向け、着実な一歩を踏み出したと言えるだろう。

「実務者レベルでは侃々諤々の議論がありましたが、本音で意見を出し合える土壌ができたのは非常に良かった。また、データスペースという仕組みを使うことで何ができるかが分かり、大きなゴールへの道のりが見えてきた意義も大きいと思います」(上田氏)
ただ、GHG削減への投資が、すぐに明確な財務インパクトを創出するわけではないのも現実だ。多くの企業はそのジレンマに苦しんでいる。
「今回のプロジェクトに参加し、『一次データ流通基盤の構築だけでも、これほど大変なのか』と感じた企業も多いと思います。しかし、(GHG排出量)ネットゼロまでの道のりはまだまだ遠い。だからこそ、本質的な削減活動に今から手を付けないと到底間に合いません。実証プロジェクトであらためてそれを実感できたことは、大きな意義がありました」(伊藤)
一次データ流通基盤の社会実装という次のステップへ向けた課題も、実証プロジェクトによって明らかになってきた。
「テクノロジーとして優れているだけでは、社会課題解決にはつながらないことが(実証プロジェクトを通じて)すごく分かりました。エンドユーザーが何に悩み、どこでつまずいているのか。そういった実務レベルでのリアルな問題を、私たちテクノロジー企業側が高い解像度で理解して、オペレーションの民主化を実現していくことが大事です。社会課題解決に向けて、私たちがやるべきことがまだまだあると痛感しています」(福田氏)
「今回の実証プロジェクトは、有志企業が自発的に参加するものでしたが、一次データ流通基盤の社会実装を進める上では、手続き面での参加のハードルを下げたり、参加者の意見を継続的に反映したり、あるいはデータ流通基盤の利用メリットを分かりやすく説明できたりする必要があります。今後は、企業コンソーシアムを形成するなど、データ流通基盤の民主化を担保する組織的な枠組みを検討することも重要です」(上田氏)
ファーストペンギンとしてデータスペースを活用した一次データ流通にチャレンジしたことで、「共創」によって業界全体の課題を解決する道筋が見えてきた。
「思い切って一歩を踏み出すことで、道が開けることを今回の実証プロジェクトは示しています。これは日用品以外の業界にも示唆とヒントを与えるのではないかと感じています。また、共創による社会課題の解決に取り組みたいと考えている企業は多いはずです。我々はそうした企業とともに、共創の場を創ることを通じて、よりよい社会に向けた手助けを推進できればと考えています」(伊藤)
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