テクノロジーとエコシステムが、革新と価値協創を具現化する ブックマークが追加されました
デロイト トーマツ グループは、先端テクノロジー企業であるアライアンスパートナーと共に、社会や企業が抱える本質的な課題を人とテクノロジーの協働の深化によってどう解決し、競争優位を獲得するかを議論する「Ecosystems & Alliances Summit 2024」を2日間にわたって開催した。数多くのセッションの中から本稿では、「テクノロジーの力で革新を実現する」を共通テーマとしたデロイト トーマツとアライアンスパートナーの特別セッション、およびパネルセッションの模様をダイジェストでお届けする。
NVIDIAは最高性能の半導体といったハードウェアだけでなく、AI開発のためのソフトウェアやプラットフォームを提供することで、AI革命をリードしてきた。そのNVIDIA CorporationのVP, Enterprise Softwareを務めるジョン・ファネリ氏と、エヌビディア合同会社 エンタープライス事業本部 事業本部長の井崎 武士氏がステージに上がり、ファシリテーターとしてデロイト トーマツ コンサルティング合同会社Chief Growth Officerの首藤佑樹が登壇した。
右からエヌビディア合同会社 エンタープライス事業本部 事業本部長の井崎武士氏、NVIDIA Corporation VP, Enterprise Softwareのジョン・ファネリ氏、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社Chief Growth Officerの首藤佑樹
NVIDIAがソフトウェア開発に大きな投資を続ける理由を尋ねた首藤に対し、ファネリ氏は3つの理由を挙げた。1つ目は、ソフトウェアがGPU(画像処理装置)を高速化し、エネルギー消費を抑えること。2つ目は、ソフトウェアツール群を充実させることで、全ての企業の生成AI導入プロセスを簡素化するため。そして、3つ目が、ソフトウェアツール群を備えたプラットフォームを開放することで、デロイト トーマツのようなテクノロジーに強いパートナー企業がその専門技術と知識を生かし、企業の変革を加速できること、である。
NVIDIAは、それぞれの企業が持つデータや業界特有のドメイン知識を用いて独自の生成AIモデルを構築するためのプラットフォーム「NVIDIA AI Enterprise」を提供している。このプラットフォームでは、生成AIの推論を効率的に展開できるマイクロサービス「NIM」も利用できる。さらに、生成AIのユースケースを展開しやすくするために、カスタマイズ可能なワークフローのカタログ「NIM Agent Blueprint」も用意した。
「これらを活用することで、企業は独自のカスタマーサービスエージェント、RAG(検索拡張生成)、創薬の仮想スクリーニングといったユースケースのための生成AIアプリを迅速に作成できます」(ファネリ氏)
こうしたプラットフォームを生かして、日本ならではの新たなユースケースや産業を、どう生み出していけばいいのか。NVIDIAのCEOであるジェンスン・フアン氏は、フィジカルAIの分野で日本は世界をリードできると指摘している。フィジカルAIとは、ロボットとAIが一体化した概念である。そこで課題になるのが、ロボットの頭脳となるAIが学習するデータの不足だ。
「まず、社内にあるデータを使えるようにきちんと構造化すること。そして、ロボットが失敗するデータ、事故を起こすデータなど物理空間で取得することが難しいデータを、仮想空間を利用して取得することが重要です」と、井崎氏は語る。
NVIDIAでは、工場や都市空間などをメタバース化し、物理的に正確なシミュレーションをリアルタイムで行うことを可能にする「Omniverse」と呼ばれるプラットフォームを提供している。
また、OmniverseでのAIモデルの学習と、エッジサーバーでの推論、ロボットに搭載したコンピュータでの実行という3つのコンピュータシステムを組み合わせた「スリーコンピューターズ」というコンセプトの下、フィジカルAIの開発・実証基盤を構築した。
日本企業のAI導入アプローチとして、両氏はこう提言する。
「ビジネスをより効率化できる分野に優先順位を付け、そこから導入してください。そうすれば、節約したコストで新しい人材やビジネスに投資できます」(ファネリ氏)
「AIはビジネスプロセスの効率化だけでなく、新たな価値創造にも力を発揮します。後者は前例のないチャレンジですから、厳密なROI(投資収益率)を計算する前に、まずトライしてみることが重要です」(井崎氏)
効率化と価値創造のそれぞれで、AIが最大の効力を発揮する領域を企業に寄り添いながら見つけ出し、「NVIDIAと共に日本の新しい可能性を広げていきたい」と首藤は語り、セッションを終えた。
グローバルで50年以上、日本では30年以上にわたり、ERP(統合基幹情報システム)を軸に企業・組織のビジネスプロセス遂行を支えてきたSAPは、2024年を「SAP Business AI元年」と位置づけ、SAP®ポートフォリオ全体にAIを組み込んできた。SAPジャパン株式会社常務執行役員 最高事業責任者(Chief Business Officer)の堀川嘉朗氏は、SAP Business AI戦略について語った。
「プラットフォームにもソリューションにも、実用性と信頼性が高いAIが標準的に組み込まれている。それによってお客様の全てのビジネスプロセスとデータをつなぎ、変革を実現できる環境を整える。それが私たちのSAP Business AIです」(堀川氏)
SAPジャパン株式会社常務執行役員 最高事業責任者(Chief Business Officer)の堀川嘉朗氏
ユーザーのデジタルアシスタントとして、ビジネスプロセスとデータをつなぐ支援をするのが、AIエージェント「Joule」である。Jouleは、SAP®ポートフォリオのデータを学習しており、ユーザー企業のビジネスプロセスや専門用語、業界特有のドメイン知識などを正しく理解する。
堀川氏が紹介したデモでは、稼働中の22のプロジェクトの売上げ、利益などについて報告を受けた、あるグローバル企業のマネージャーが、Jouleを呼び出して「計画と実績の乖離が大きいプロジェクトを抜き出して」と指示。Jouleは該当する3つのプロジェクトの実績数値をまとめるだけでなく、計画未達の要因についての仮説と対策を提案。さらに、ウェブミーティングアプリと連携してメンバーとの検討会議を設定するところまで、マネージャーをサポートした。
「このほか、売上予測や生産計画など、AI活用の業務シナリオを100以上、近々ご提供できる予定です」(堀川氏)
こうしたSAP Business AIをはじめとする最新機能がもたらす価値を享受するために、堀川氏は「Fit to Standard」と「クリーンコア」の重要性を訴えた。SAPのクラウドERPには支援実績に基づいた、さまざまな業界の標準的なビジネスプロセスが組み込まれている。そうした業界標準に合わせることで、アドオンの開発をなくし、ERPとそこに蓄積されたデータをクリーンな状態に保つ。AIを最大限に活用して、データから価値を生み出すには、この2つが大きなカギとなる。
「私たちはソフトウェアを提供するだけの企業ではありません。データ駆動型で進化するお客様を支え、デロイト トーマツをはじめとするパートナーと共に伴走します」。堀川氏はそう締めくくった。
ServiceNow Japan合同会社常務執行役員COO(チーフオペレーティングオフィサー)の原智宏氏は、人とAIの協働によって実現される新しい業務の姿について、具体像を示した。
従来は人が業務システムに合わせて仕事をし、システム間の連携不足を人手で補ってきたが、生成AIが人間の作業をアシストすることで、「人を中心としたDXへのシフトが進む」と、原氏は考える。そうなると、システムのあり方も見直さざるを得ない。これまでの企業システムは、業務ごと、部門ごとにつくられてきた。システムの仲立ちをして業務と業務をつなぐのは人の仕事だったが、これからはシステムが人に歩み寄る必要がある。
ServiceNowは、各種の業務アプリケーションにまたがるワークフローやデータを一元管理できる「Now Platform」によって、組織横断的なDXを支援してきた。つまり、人を中心に業務を完結できる仕組みを提供しており、「そこに組み込まれることによって、AIはよりインテリジェントな存在になります」(原氏)。
ServiceNow Japan合同会社常務執行役員COO(チーフオペレーティングオフィサー)の原智宏氏
例えば、Now Platformが提供する生成AIアプリケーション「Now Assist」は、ServiceNowが提供する生成AIアプリだけでなく、他のテクノロジー企業が開発したAIエージェントとも連携し、全体をオーケストレーションする。すなわち、複数のAIエージェントがビジネス成果を効率的に達成するためのチームを組んでワークフローを実行し、人はそれを管理・監督するという、人とAIの新たなパートナーシップが生まれる。ServiceNowはこうした次世代の仕組みを「マルチエージェントシステムとエージェントワークフロー」と呼んでおり、間もなくNow Platform上でそれが実現できるようになる予定だ。
一方、AIが適切な判断を下すには、データの正確性や豊富さが重要になる。そこで同社は、Now Platform上のあらゆるデータだけでなく、外部のプラットフォームやデータレイクなどに蓄積されているデータに人やAIエージェントがアクセスできる「Workflow Data Fabric」というソリューションをリリースした。
加えて、人がどういった環境で誰と協働し、どんなアプリを使い、どのような業務を進めているのかといったユーザーに関する情報を一元的に把握し、ユーザー中心のデータ構造を表現するグラフデータベース「Knowledge Graph」を追加リリースする計画だ。「AIがライブデータとしてKnowledge Graphを活用することで、より自律的な、そして、よりパーソナライズされたアシスタントとして機能するようになります」と、原氏は力強く語った。
デロイトでEcosystems & Alliancesのグローバルリーダーを務めるジェシカ・コスモスキーは、日本オラクル株式会社の取締役で、オラクル・コーポレーションのJapan & Asia Pacific担当エグゼクティブ・バイスプレジデント兼ゼネラル・マネージャであるギャレット・イルグ氏との対話から、テクノロジーの力で企業が革新を実現するための、貴重な示唆を導き出していった。
コスモスキーはまず、AIが企業戦略にどのような変化をもたらすかを尋ねた。
企業はこれまで、業務システムをさまざまにカスタマイズしてきた。それは自社のビジネスの特徴や独自の業務プロセスをシステムに反映するためだ。そうしたシステムは、開発コストが膨らみ、保守が難しく、アップデートに時間がかかる。
だが、AIがその状況を一変させるとイルグ氏は予測する。システムはより標準化される一方、企業のビジネス要件や業務プロセスの独自性にはAIが対処するようになる。
「これは企業システムをカスタマイズするための、より高速で、優れた、安価な方法です。企業は市場の変化に俊敏に対応できるようになり、そして最も重要なのは、顧客により多くの価値を提供できるようになることです」(イルグ氏)
日本オラクル株式会社取締役、オラクル・コーポレーションのJapan & Asia Pacific担当エグゼクティブ・バイスプレジデント兼ゼネラル・マネージャのギャレット・イルグ氏(右)とDeloitte Global Ecosystems & Alliances leaderのジェシカ・コスモスキー
オラクルは、インフラからプラットフォーム、SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)まで「Oracle Cloud」の全てのレイヤー、そしてデータベースにもビジネス用途に適したAIを順次、組み入れている。これによって、「AIを駆動させるガソリンであるデータをより安全に、効率的に活用できるようになり、企業が革新を実現するためのコストが下がります」(イルグ氏)。
AIによって、企業がより大きな価値を創造していくために取り組むべきことは何か。この問いに対して、イルグ氏はエコシステムとコミュニティをつくることだと答えた。
1社で創造できる価値には限界がある。「データ、アプリケーション、ワークフロー、知識などをパートナーと共有することで、より大きな価値創出につながります」(イルグ氏)
そのためにオラクルは、AWS(Amazon Web Services)、Microsoft Azure、Google Cloudというハイパースケーラーと戦略的パートナーシップを結ぶなど、マルチクラウド戦略を推進している。
そしてオラクルは、AIエクセレンスやITシステム・エクセレンスなど過去20年間の自社の戦略と学習内容について詳しく記載した「Oracle Playbook」を公開している。「私たちはパートナーやお客様と情報を共有し、コミュニティを通じて学び続けたいと思っています」。それが革新を実現する原動力になると、同社は確信している。
事例を通じて、デジタル技術を活用した社会課題の解決について考えるセッションでは、ユニ・チャーム株式会社を発起社とする産業間サプライチェーン一次データ流通実証に焦点を当てた。
ユニ・チャームからは上席執行役員ESG本部長の上田健次氏が、データ流通基盤を構築・運用するNTTコミュニケーションズ株式会社からは執行役員ビジネスソリューション本部スマートワールドビジネス部長の福田亜希子氏が登壇。そして、実証プロジェクトの全体事務局であるデロイト トーマツからは長川知太郎(デロイト トーマツ グループ コンサルテイティブ ビジネスリーダー)と伊藤郁太(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員 パートナー)が参加した。
まずはデロイト トーマツの伊藤が、一次データ流通実証の概要を説明した。スコープ3(間接的に関与する排出)のGHG排出量を算定する場合、一般的に産業平均などの二次データを排出原単位として使用することが多いが、これはあくまで推計排出量であるため、例えば製品ごとの排出量削減を企画・実行・検証するには、実データである一次データの収集がカギになる。
そこで、ユニ・チャーム、花王、ライオンなどのほか、資材メーカーを含む11社共同で、国内日用品業界で初となる一次データ流通基盤の実証プロジェクトがスタートした。本プロジェクトでは、サプライチェーン連携による一次データ収集の効率化やデータ秘匿性の確保などについて検証した。
右からNTTコミュニケーションズ株式会社執行役員ビジネスソリューション本部スマートワールドビジネス部長の福田亜希子氏、ユニ・チャーム株式会社上席執行役員ESG本部長の上田健次氏、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社執行役員 パートナーの伊藤郁太、デロイト トーマツ グループ コンサルテイティブ ビジネスリーダーの長川知太郎
プロジェクトを立ち上げた経緯について、ユニ・チャームの上田氏は次のように語る。
「いわゆる係数等の解像度が粗いデータでは変革のヒントを得ることは難しいので、当社は独自にサプライヤーに交渉し資材別の一次データを収集しました。一定程度の労力は要しましたが、GHG排出のホットスポット分析が進むなどSBT(科学的根拠に基づく目標)達成への道筋も見えてきました。このような経験もあり、しっかり脱炭素を進めるには、一次データのやり取りは効率化を進め、これを分析・改善する方向へ進める方が良いと思い、日用品業界の同業他社に参画を呼び掛けた次第です」
これについて長川は、「まさに(売り手よし、買い手よし、世間よしの)三方よしを地でいくものだ」とコメントした上で、NTTコミュニケーションズの福田氏に、データ流通基盤構築のポイントを尋ねた。
「簡単に接続できて、『データ主権』という、データが提供者に残る民主的な仕組みがいいと考えました。そのため、中央集権的なデータベースではなく、分散型のデータスペースを採用しました。データ提供者側が個別に対応しなくても、受信者は必要な情報を受け取ることができ、また、データは提供者と指定された開示先にのみ保存されます」(福田氏)
プロジェクトに参加したメーカー各社は、アジアをはじめとする海外でも事業展開しており、この一次データ流通基盤は将来的に海外とつながることを目指している。そのためには、「データ標準化などのルール形成も日本がリードしていく必要があるだろう」と福田氏は述べた。
一方、上田氏は「今回はあくまでもファーストステップ。社会実装に向けては、食品や衣料品を含めて1社でも多くのプレーヤーに参加してもらいたい。GHG排出量だけでなく、廃プラスチック、生物多様性や人権への影響に関するデータも同じ基盤上で流通できるようできれば、なおいい」と、意気込みを語った。
地球規模での温暖化防止とCO2排出の削減に向けては消費者にも行動変革が求められ、消費者に身近な存在である日用品業界に課せられた使命は大きい。環境対策への認識や進度の違いという困難を乗り越え、プロジェクト参加企業は社会にとって意義のある取り組みを目指している。
最後に長川は、「Together makes progress」という本イベントのメッセージに触れた上で、「日頃はライバル関係にあるプレーヤー同士が協働することでテクノロジーの持つ力が解放され、新たな共創と健全な競争環境が生み出されて、それによって今まで解決できなかった社会課題を解決できる。このデータ流通基盤プロジェクトは、そんな期待を抱かせる事例であり、ぜひより多くの企業に参加していただきたい」と述べ、セッションの幕を閉じた。
Ecosystems & Alliances Summit 2024開催レポート