Posted: 17 Jan. 2025 14 min. read

AI、量子技術等の破壊的技術がもたらす人間社会や産業構造への変化

「Ecosystems & Alliances Summit 2024」ダイジェスト vol.2

デロイト トーマツ グループがアライアンスパートナーやクライアントと共に、テクノロジーの力による革新を議論した「Ecosystems & Alliances Summit 2024」。その模様をダイジェストで紹介するシリーズ第2弾となる本稿では、台湾の初代デジタル発展相であるオードリー・タン氏の特別講演とランチセッション、デロイト トーマツが開設した日本初のCxO向けAI体験施設「AI Experience Center」、そして、「Disruptive Techセッション」の内容をリポートし、先端テクノロジーがもたらす人間社会や産業構造への変化に迫る。

AIで集合的知性を高め、「デジタルによる社会変革」を実現する

プログラミングの知識と政治的洞察力を融合させ、多様な分野でインパクトのある変革をもたらしてきたオードリー・タン氏は、「デジタルによる社会変革」をテーマに特別講演を行った。

タン氏が35歳の若さで初代のデジタル発展相に就任したのは2015年のことである。その前年、市民からの政府への信頼度は9%まで低下していたが、20年には70%へと劇的に上昇した。何がそれを可能にしたのか。

「一つには、徹底した透明性です。人々が政府を信頼していなくても、私たちは人々を信頼し、政策決定プロセスを徹底的に公開しました。もう一つは、意見が対立している人々をつなぐ“橋渡しシステム(Bridging Systems)”の構築です。私は以前から言っているのですが、ITは機械をつなぎ、デジタルは人をつなぎます」(タン氏)

台湾初代デジタル発展相のオードリー・タン氏

政策決定プロセスの透明性を高め、意見が異なる人々をつなぐために、タン氏らはオープンソースツールを活用した合意形成プラットフォームをオンライン上に構築した。それが、橋渡しシステムである。

橋渡しシステムでは、設定された議題に対して「Yes」「No」を選択し、自分の意見を投稿することができる。また、投稿された意見をAIが分析し、同じような意見を持つ人をグループ化し、その分布がマッピングされる。一人ひとりの写真やアイコンも表示されているので、それをクリックすればその人の意見を確認できる。

意見交換を重ねていくと、賛成派と反対派の共通項が見えてくる。ある段階まで進むと、ウェブ会議で互いの顔を見せながら議論し、それをライブ配信して、議事録を公開する。チャットで意見を述べることもできる。こうした一連のプロセスを経て、政府はガイドラインや法案を作成する。

橋渡しシステムは多様性を抱えた集団が、お互いのアイデアを結び付け、合意を形成するためのプラットフォームであり、「集合的な知性を高めるためにAIを活用できることを示しています」(タン氏)。

デジタル発展相を退任した後、タン氏は「Plurality(複数性、多元性)」と称した、デジタル民主主義の推進活動を続けている。そして、「橋渡しシステムは、企業が従業員や顧客とアイデアを交換したり、ローカルコミュニティで人々の関係を深めたりする上でも、うまく機能するはずです」と語った。

全てのテクノロジーは不完全だからこそ、対話が欠かせない

タン氏は1日目の特別講演に続いて、2日目のランチセッションにも登場。デロイトのGlobal Ecosystems & Alliancesのリーダーであるジェシカ・コスモスキーと共に、デロイト トーマツ グループ ボード議長、永山晴子からの質問に答えた。

「日々進歩するテクノロジーに人々はどう向き合い、それを取り入れていくべきか」という質問に対し、タン氏は「一人でやろうとしないこと。あなたが組織の幹部なら、リバースメンターと一緒に学べばいい」と答えた。リバースメンターとは、先輩や上司の助言役となる若者のことだ。タン氏も最初はリバースメンターとして政府に参加した。そして、「身に付けた知識はすぐに横展開して、共有することが大切です」とアドバイスした。

「テクノロジーはどうしたら人を幸せにできるか」という問いには、「一方向に尖らせたり、特定の領域だけに最適化したりするのではなく、(協調によって社会的行動変容を促す)プロソーシャルな形で発展させること。そのためには、オープンイノベーションが重要」と語った。

一人ひとりの本当の幸せは、その人にしか分からない。それゆえ、「私たちは謙虚な姿勢で、常に良い方向で技術を開発し、そして良い意図で使われるように設計することを肝に銘じる必要があります」(タン氏)。

右からDeloitte Global Ecosystems & Alliances leaderのジェシカ・コスモスキー、台湾初代デジタル発展相のオードリー・タン氏、デロイト トーマツ グループ ボード議長の永山晴子

最後の質問、「未来に向かって、私たち一人ひとりができることは何か」に対してタン氏は、「全てのテクノロジーは完璧ではなく、不完全なものです」と述べた上で、「そのテクノロジーが社会の不安をかき立てることがないよう、皆さんは組織やコミュニティでの対話を欠かさないでください。あなたは、決して1人ではないことを心に留めてください」と訴えた。

これに深く同意したコスモスキーは、「どんなに素晴らしい企業でも、1社だけで社会変革を実現することは難しい。だからこそ、より多くのパートナーと一緒に変革に立ち向かう必要がありますし、そうすることでテクノロジーの不完全性を克服することができるはずです」とコメントし、ランチセッションが終了した。

インタラクティブな体験を通じて最適解を共創する「AI Experience Center」

デロイト トーマツは2025年、日本初のCxO向け共創型AI体験施設「AI Experience Center」を、東京・丸の内にグランドオープンする。この施設の特徴と、企業にもたらす価値について、デロイト トーマツ グループ Chief Growth Officerの前田善宏、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 AI Experience Center責任者の藤岡稔大が紹介した。

AI Experience Centerは、生成AIを中心にAIの最新技術をインタラクティブに体験できる施設となっており、世界トップクラスの技術を持つデロイト トーマツのアライアンスパートナーや、スタートアップ企業の先進的なソリューションを豊富に展示、そのデモを体験できる。また、業界や企業ごとの課題に即したカスタムメイドのセミナーやワークショップも開催する。

さらには、「企業ごとの課題やアイデアを持ち込んでいただき、AIソリューションを使ったPoC(概念実証)などを通じて、新しいものをつくったり、自社の強みを深掘りしたりしていくことも体験できます」と、藤岡は述べる。

ERP(統合基幹業務システム)やCRM(顧客関係管理)といったビジネスアプリケーションに加え、クラウド基盤やデータベースにもAIが組み込まれ、AIエージェントを通じてそれらを連携させる時代になってきた。

「さまざまな組み合わせによって、自社の課題への最適解を探り、変革の道筋を見出さなくてはなりません。我々のビジネスエコシステムを通じて、その最適解を探り出せる場所。それが、AI Experience Centerです」(前田)

デロイト トーマツ グループ Chief Growth Officerの前田善宏(右)とAI Experience Center責任者の藤岡稔大

同施設では、数々のユースケースも用意している。例えば、CFOであれば、生成AIを活用することで、膨大なデータ分析と戦略策定のためのインサイト抽出、計画と予測、シナリオ分析、資金管理、財務報告といったファイナンス部門の業務のあり方がどう変わるのか、あるいはwith AI時代のファイナンス人材に求められるスキルは何かといった具体的なテーマについて、ユースケースを基に議論することができる。

そうした議論の場には、デロイト トーマツのファイナンスの専門家をはじめ、大規模言語モデル開発やAI倫理、データマネジメント、テクノロジー戦略とトランスフォーメーションなど各分野のプロフェッショナルが参画し、「全方位でお客様の経営変革を実現する議論をしていきたい」と、前田は強い意欲を示す。

デロイト トーマツが磨き上げたAI体験に興味があるCxOには、ぜひ足を運んで頂きたい。

AI Experience Center(予約制)の詳細はこちら

量子コンピュータが創出する経済価値は世界で120兆円

先端テクノロジーの実用化に迫る「Disruptive Techセッション」は、それぞれ「AIエージェント」「量子技術」「サイバーセキュリティ」にフォーカスした3部構成で開催された。

「AIエージェントが企業変革を加速する」と題したパネルディスカッションでは、冒頭でデロイト トーマツ コンサルティング合同会社Chief Growth Officerの首藤佑樹が、デロイト トーマツが社内で活用しているAIエージェントのデモを披露しつつ、これからはAIネイティブで業務プロセスを設計する時代になると指摘。続いて、自社のソリューションにAIエージェントを実装しているSAP、ServiceNow、セールスフォースのキーパーソンが登壇し、AI変革の将来像について意見を交わした。このパネルディスカッションの詳細については、後日あらためてリポートする。

「量子技術のインパクトと産業創出への挑戦」をテーマとしたパネルディスカッションでは、まず、デロイト トーマツ グループ 量子技術統括の寺部雅能が、量子技術がもたらす機会とリスクについて説明した。

Googleは2019年、世界最高のスーパーコンピュータで1万年かかる計算を200秒で解き、量子コンピュータの「量子超越性」を実証したと発表、世界に衝撃を与えた。さらに23〜24年にかけては、最大の課題といわれてきた量子エラー(誤り)の訂正技術について、大手IT企業や各国の大学・研究機関などが次々と成果を発表し、量子コンピュータの早期実現へ期待が高まっている。

デロイトでは海外で約700人、国内でも50人体制で量子技術の研究や実用化に向けたユースケースの開発、エコシステム形成、産業支援に取り組んでおり、「量子技術は必ず来る未来です」と寺部は断言する。

量子コンピュータが実用化されれば、「例えば、高精度なシミュレーションに膨大な時間がかかっていた材料開発や創薬のプロセスに革命が起こる」(寺部)。その経済価値は40年頃に世界全体で最大120兆円に達するとの予測もある。

他方、テクノロジーの急速な進歩は、脅威の拡大を伴う。一例として暗号解読が挙げられる。従来のコンピュータで3京(兆の1万倍)年かかるとされた2048ビットのRSA暗号が、30年には量子技術で解読される可能性も指摘されており、「通信データを傍受して、量子コンピュータが実用化された段階で一気に解読するハーベスト攻撃などを考えれば、すぐにでも対策を検討する必要があります」(寺部)。

ここで、経済産業省イノベーション・環境局 イノベーション政策課長の武田伸二郎氏と、株式会社東芝 上席常務執行役員 最高デジタル責任者(CDO)の岡田俊輔氏がステージに上がった。

経産省は、日本にとって将来的なポテンシャルが大きいフロンティア領域の一つに量子コンピュータを位置付け、計算基盤提供と研究開発支援、人材政策を縦糸、標準戦略や知財政策、スタートアップ政策などを横糸とする総合的な政策運用を推進している。

例えば、産業技術総合研究所が設立した新拠点「量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)」は、量子とAIの融合的な研究ができる世界でも数少ない研究ハブであり、研究者や企業はAI向けのスーパーコンピュータと量子コンピュータの実機を使い、さまざまな実証ができる。「今後も追加投資を行っていく方針」(武田氏)だ。

武田氏は、「主要国が量子技術開発に巨額な投資をしており、日本としても負けられない領域です。半導体やAIといった成長産業の計算資源としても量子コンピュータは重要で、世界的に有力な量子産業エコシステムを国内に構築したい」と、政府としての本気度を示した。

右から株式会社東芝 上席常務執行役員 最高デジタル責任者(CDO)の岡田俊輔氏、経済産業省イノベーション・環境局 イノベーション政策課長の武田伸二郎氏、デロイト トーマツ グループ 量子技術統括の寺部雅能

東芝の岡田氏は、2021年に立ち上げられた一般社団法人「量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)」の実行委員長を務める。Q-STARは大手企業からスタートアップまで、量子技術の開発者とユーザーが共に産業戦略の策定やユースケース開発に取り組む団体で、会員数は100法人を超える。

岡田氏は、「何らかのアプリケーションを使うと、その裏側で量子コンピュータが情報処理を行うといった形で、30年までには国内で1000万人が量子技術を使うようになるでしょう」と予測。「新産業として大きく育てるには、国際的なエコシステムが必要。Q-STARとしてもソフトウェアの標準化を含めて、世界に向け積極的に提言しています」と語った。

今後の量子技術実用化へ向けて、武田氏は「企業関係者に会うと、想像以上に量子技術の活用を真剣に考え、何ができるかを探索しています。試行錯誤の中からいろいろなユースケースが立ち上がることを期待していますし、政府としても支援していきたい」と述べた。

一方、岡田氏は「実用化フェーズの技術を先行的に利用し、本格的な量子コンピュータ活用につなげることが重要。企業が抱えている課題をQ-STARに提供してもらい、みんなで解決に取り組みたい」と、抱負を語った。

技術革新が速いからこそ、中長期的な戦略が成否を左右する。「誰もが量子コンピュータを使える時代が来たときに、最も早く果実を得るのは、一歩でも早くユースケース創出に取り掛かった企業」(寺部)であることは、間違いないだろう。

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AIでレベルアップするサイバー攻撃は、AIで防御する

Disruptive Techセッションの最後には、デロイト トーマツ サイバー合同会社 マネージングディレクターの大場敏行が登壇し、「エマージングテクノロジー×サイバー」と題して、AIがサイバーセキュリティに与える影響と新たな対策のあり方についてプレゼンテーションを行った。

大場は、「生成AIの登場によって、AIは企業にとってだけでなく、攻撃者にとっても身近な存在となりました。企業は新たなリスクに備え、次の一手を検討する必要があります」と切り出した。

AIがサイバーセキュリティにもたらす影響として、大きく「AIを悪用した攻撃」「AIを利用した防御」「AI自体を対象にした攻撃」の3つを挙げた上で、大場はそれぞれについて詳しく説明した。

AIは攻撃者のスキルを拡張し、より高度な攻撃や、スキルを持たない者による攻撃を増やす可能性がある。「AIを悪用した攻撃」としては、新たな攻撃手法の開発、偽画像・偽音声による「なりすまし」(本人認証のすり抜け)の高度化、巧妙なフィッシングメールやフェイクニュースの作成、24時間365日の攻撃自動化などが考えられる。ダークウェブには、ChatGPTのような対話形式のサイバー犯罪支援ツール「WormGPT」なども登場しており、「さまざまなサイバー攻撃への悪用が懸念されます」と、大場は警鐘を鳴らす。

デロイト トーマツ サイバー合同会社 マネージングディレクターの大場敏行

逆に攻撃を防御する側も、AIを活用できる。例えば、マルウェアの検知やログの解析、非構造化データから個人情報や機密情報を識別・保護する「データの分類と監視」、プログラミングコードの中の脆弱性を見つけ出して修正する「セキュアコードの生成」、セキュリティインシデントの発生原因や被害状況に応じて対応方針を立てるといった「インシデント対応への活用」などが考えられる。

AI自体を対象とした攻撃手法もすでに出現している。AIモデルを窃取する「モデル抽出攻撃」、学習データとして悪意ある情報をインプットする「ポイズニング攻撃」などは、実際にインシデントとして発生しており、「特に注意を要します」(大場)。

AIは日々進歩しているだけに、今後どういう脅威が出てくるか正確には予測できない。攻撃側がAIを使ってレベルアップを図るなら、防御側もAIで迎え撃つ検討が必要だ。

大場は、「AIに関わるサイバーリスクをモニタリングし、どういう脅威が発生し得るかを検討して、それに基づいた対策を講じることが重要です」とアドバイスした。

Ecosystems & Alliances Summit 2024開催レポート

Ecosystems and Alliances/デロイト トーマツのアライアンス