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日本の大学スポーツ改革・日本版NCAA創設

大学スポーツの現状と今後

「日本再興戦略2016」にて「スポーツの成長産業化」の方針が示されるなか、スポーツ庁が中心となって「大学スポーツの振興に向けた国内体制の構築」が掲げられ、日本の大学スポーツは大きな転換期が訪れています。そこで日本の大学スポーツの現状を踏まえ、「日本版NCAA」の創設に向けた課題やそのメリット、目指す方向性について解説します。

Ⅰ .大学スポーツの転換期到来

戦前からの長い歴史を有し、独自の発展を遂げてきた日本の大学スポーツに大きな転換期が訪れています。
「日本再興戦略2016」における「官民戦略プロジェクト10」の一つに「スポーツの成長産業化」の方針が示され、スポーツ庁が中心となって各種施策が推進されていますが、その柱の一つとして「大学スポーツの振興に向けた国内体制の構築」が掲げられています。

また、2016年4月には、「大学スポーツの振興に関する検討会議」が設置され、その議論の結果が2017年3月に「最終とりまとめ~大学スポーツの価値の向上に向けて~」として公表されました。

今年度、そのとりまとめを受けて、大学におけるスポーツ・アドミニストレーターの配置などを促進するための整備費用の支援がスポーツ庁から行われるとともに、大学横断的かつ競技横断的統括組織、いわゆる「日本版NCAA」の創設に向けた「学産官連携協議会」が設置され、翌2018年度中の組織の創設を目指した具体的検討が進められています。NCAAとは、米国における大学スポーツの大学横断的かつ競技横断的統括組織である全米大学スポーツ協会(National Collegiate Athletic Association)の略称であり、文字通りその日本版を創設しようとするものです。

図表1 大学横断的かつ競技横断的統括組織(日本版NCAA)創設事業の概要
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この一連の取組みは、これまで大学名は冠しながらも「課外活動」として活動してきた大学の運動部活動に対し、今後は大学がより主体的に運動部活動に関わり、大学スポーツ推進のための学内体制整備を行うことを推奨する動きであると言えます。また、大学横断的かつ競技横断的統括組織を設けることで、大学スポーツをより活性化させていくことも大きな目的の一つとなります。

 

Ⅱ.日本の大学スポーツの現状

このように転換期を迎えている日本の大学スポーツが、現在どのような状況にあり、どのような課題を抱えているのかを見ていきたいと思います。

日本の大学スポーツは、毎年正月の風物詩となっている箱根駅伝をはじめ、六大学野球、大学ラグビー、アメリカンフットボール(甲子園ボウル)といった人気コンテンツを抱えており、プロスポーツ顔負けの観戦者、注目を集める試合も存在します。

日本の大学の運動部活動は競技ごとの学生連盟(以下、学連)などの競技団体が主体となり、各競技団体がそれぞれ独自のレギュレーションや管理体制のもと、大会やリーグ戦の運営を行い、独自の発展を遂げてきました。これまでの大学の運動部活動は、これら競技団体が担い、歴史を作ってきたと言えます。

その一方で、学生が在籍する大学側の立場で考えた場合、大学の運動部活動は、あくまでも学生を中心とする自主的・自律的な課外活動とされており、大学の関与は限定的である場合が大半となっています。運動部活動に対する大学の関与が限定的であるがゆえに、学生アスリートが学生の本分たる学業への時間を十分に割けないケースも発生しています。その他にも、知識や情報不足、ルールの不整備等に起因した事故やけがの増加、また、運動部活動が大学の管理外であるがゆえの会計制度の未整備、といった種々の問題が生じています。後述するとおり、大学スポーツは、学生や大学をはじめ各ステークホルダーに対してさまざまなメリットをもたらすものであると考えられますが、運動部活動に対する大学の関与が限定的であるがゆえに、充分にメリットを活かすことができていないのが日本の大学スポーツの現状であると考えられます。

 

Ⅲ.米国における大学横断的かつ競技横断的統括組織~NCAA

これら日本の大学スポーツを取り巻く諸問題に対して、現在、ベンチマークとされている先行事例が存在します。それが、大学スポーツの先進国である米国の大学スポーツです。

米国では、今から遡ること100年以上前の1900年代から大学横断的かつ競技横断的統括組織であるNCAA(全米大学スポーツ協会:National Collegiate Athletic Association)が創設されています。

NCAAでは、その理念として、「ACADEMICS(学業)」、「WELL-BEING(安全・健康)」、「FAIRNESS(公平性)」の3つを掲げ、その実現・維持に取り組んでおり、NCAAの加盟大学においては、その3つの理念を実現するための機関として、学内のスポーツ分野を統括するスポーツ局(Athletic Department)が置かれ、大学の主体的関与のもとで運営が行われています。

米国では、大学横断的かつ競技横断的統括組織であるNCAAの機能・役割と、各大学が学内にスポーツ局を設置し、大学スポーツを管理下において運営するという大学側の取組みとが両輪となることで、大学スポーツ全体の発展を支えてきたと考えられます。
 

図表2  NCAAの3つの理念
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またNCAAは、競技力、哲学などの違いから3つのディビジョンに分かれており、各ディビジョンの下にそれぞれ20 程度のカンファレンスが存在し、各カンファレンスの下にそれぞれ10~20 程度の大学が所属し、競技が行われています。このカンファレンスは、日本の大学スポーツでいうリーグに相当するものとなりますが、日本のリーグとは異なり、NCAAやカンファレンスは大学単位での集合体であり、競技単位ではない点に特徴があります。

図表3 NCAAの構造
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あくまでも大学主体で組織の運営が行われていますが、驚くことにその運営規模は、NCAAだけで年間約1,000億円の収入、大学スポーツ全体も含めると約1兆円規模と、米国の4大プロリーグにも引けを取らない市場規模となっています。日本のJリーグ全体の売上規模が約1,000億円という数字と比べても、その存在の大きさが実感できるかと思います。

そんな華々しい数字に目を奪われがちなNCAAですが、その起源を辿ると、元々は学生アスリートの安全確保の要請から創設されたことが注目すべきポイントとなります。NCAA創設前の1900年前後においては、大学スポーツ、特にアメリカンフットボールにおいて死亡事故が多発したことが深刻な問題となり、そのことをきっかけとして、学生の安全確保に真剣に取り組んでいこうという意思を持った大学が集まり、賛同大学の主導によりNCAAが創設されたという経緯があります。

そのため現在においても、NCAAでは、学生の安全確保に対して熱心な取組みが行われています。NCAAにおいては、スポーツ科学研究所という機関が置かれ、当該機関が中心となって安全安心にかかる研究や対策を検討しています。また、当該機関の取り決めが遵守されているかについてNCAAの諮問委員会が監視する構造にもなっています。現在、NCAAでは安全安心確保のためのガバナンス体制を整備するとともに、学生アスリートの安全、進化、健康のために活動し、アスリートが肉体的にも精神的にも成長するためのさまざまな施策が講じられており、脳震盪、過度の傷害、薬物検査、精神衛生、性的暴行などに関する研究と訓練を通じて健康と安全を促進する活動を行っています。

また、米国のNCAAにおいては、学生の本分である学業優先のための仕組みづくりも推進しています。例えば、NCAAが定める成績評価値(GPA)が基準の成績より下回ると、練習・試合などの運動部の活動に参加できない、各運動部の全体練習の時間制限などのルールが設けられています。また、ルール違反があった場合における罰則も設けられています。

 

図表4  NCAAが実施する支援内容(概要)
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一方で、直近のNCAAは経営面での課題も抱えています。前述のとおり、米国の大学スポーツはプロスポーツに引けを取らない大きな収益を生み出していますが、いわゆる「アマチュアリズム」を根拠として、学生アスリートに対する報酬の支払いは制限されてきました。この報酬の支払いの制限等を定めたアマチュア規定が、学生アスリートからの労働力の搾取だとして違法とされる判決が2014年8月に下されています。これにより、学生アスリートに対する人件費が突如発生することとなり、大学スポーツ全体の財政を圧迫する事態に陥っています。また、この他、勝利至上主義に偏る結果としての監督やコーチの報酬の増大傾向や、スカラシップ(奨学金)の拡充が学生アスリートの競技漬けに繋がる懸念など、いくつかの課題も指摘されています。このような課題については、日本版NCAAの設立に際しては十分に考慮すべきであると考えます。

 

Ⅳ.大学スポーツが持つ価値・大学スポーツの活性化によるメリット

では、大学スポーツの活性化を通じて得られるメリットにはどのようなものがあるでしょうか。大学スポーツが持つ価値や大学スポーツの活性化によってもたらされるメリットについて考えてみたいと思います。

まず、スポーツそのものの価値として、身体を使うことによる健康増進、頭を使うことによる人格形成やリーダーシップの修得などが挙げられるかと思います。このような健全な身心の育成は、教育機関たる大学のスポーツにおいても果たす役割は当然大きく、大学スポーツの活性化を通じて、多くの関係者にもさまざまなメリットを提供するものであると考えられます。

ここでは、大学スポーツの主なステークホルダーとして「大学」、「学生(運動部活動)」、「競技団体(学連・NF[国内競技連盟]など)」、「地域・産業界」の4つに分けて考えてみます。
 

図表5 大学スポーツ活性化によるメリット
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1.大学

まず大学にとっては、大学スポーツの活性化を通じて社会から評価されるような優秀な人材が多く輩出されるようになれば、それが就職活動の実績に繋がり、ひいては大学のブランド価値そのものを向上させていくことができるようになる、というメリットがあります。さらに、その積み重ねが優秀な学生の確保に繋がることで、更なる大学スポーツの活性化を生み出すという好循環をもたらすきっかけにもなるかと思われます。

2.学生(運動部活動)

学生(運動部活動)にとっては、大学スポーツの活性化を通じて健全な身心の鍛錬が可能になることで、これからの社会で求められることになるであろう「自ら考え、動ける人材」の基礎を修得できるようになる、というメリットがあります。加えて、運動部活動に所属していない一般学生にとっても、母校の運動部活動との接点が増えることにより、母校への誇りや愛着、学生間、学生とOB間、地域の一体感を醸成することができるようになり、大学生活だけでなく、卒業後も大学との絆といった財産を得られるきっかけになるものと思われます。

3.競技団体(学連・NF[国内競技連盟]等)

各競技の大会等を主催する競技団体(学連・NF等)にとっても、大学スポーツの活性化を通じて、主催する大会等の活性化や魅力向上、競技力の向上が期待できるようになる、というメリットがあります。その結果、例えば興行的な収入が見込めるようになれば大会の更なる価値向上への投資も可能となるものと思われます。

4.地域・産業界

最後に、地域や産業界にとっては、大学スポーツの活性化を通じて、大学が持つ豊富なスポーツ資源(学生アスリート、研究者、指導者等の人材や施設等)を利用できるようになる、というメリットがあります。大学が地域コミュニティの形成の核となり、地域・社会活動を活性化するきっかけとなるものと思われます。
 

大学はさまざまな社会的課題を解決する存在であることが求められていますが、上記のように、大学スポーツは、学生の人格形成や地域コミュニティ形成などに寄与することが期待できるだけでなく、大学ブランドの向上など、大学自体を含む多くの関係者に対して、さまざまな恩恵をもたらすものであると考えられます。
 

Ⅴ.日本版NCAA創設後の日本の大学スポーツの目指す方向性

日本における日本版NCAAの創設および運用に当たっては、前述のとおり、100年以上前に創設され、既に多くの取組みを行ってきた米国NCAAを大いに参考にすべきと考えられますが、良い点、悪い点をしっかり理解し、日本の大学スポーツの置かれている実情にフィットする施策を十分に吟味して推進していくことが必要です。特に安全安心と学業充実に関する取り組みに関しては学ぶべき点が非常に多いと言えるでしょう。米国NCAAも前述のとおり、いくつかの課題も指摘されています。後発の日本としては、こういった課題を反面教師にしつつ、良い点はしっかりと取り入れて、課題は事前に対策を講じるなど、後発者のメリットを存分に生かすべきであると考えられます。

冒頭で触れたとおり、今年度、大学スポーツ全体を統括しその発展を戦略的に推進する大学横断的かつ競技横断的統括組織(日本版NCAA)の創設を目指し、当該組織の具体的な制度設計を検討するため、「学産官連携協議会」が設置されました。本協議会の下には、日本版NCAAが取り組むべき個別分野として、「学業充実ワーキンググループ」「安全安心ワーキンググループ」「マネジメントワーキンググループ」の3つワーキンググループを設置し、日本版NCAAが備えるべき機能の重要度や緊急度、実現性等について検討が進められています。
 

図表6 各ワーキンググループ(WG)における主な検討テーマ
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昨年実施された日本版NCAAに関する検討タスクフォースの報告書では、日本の大学スポーツの長い歴史や既存の組織の活動を尊重し、実行可能な分野・規模から徐々に活動を進めて行く方針が示されています。「学産官連携協議会」は、その基本方針を具体的に検討する会議体として位置付けられており、日本の各大学や各競技団体において、個別に進められている先進事例などの好事例も積極的に取り入れながら、新しい大学スポーツの形を作り上げていくべきであると考えられます。

日本版NCAAの機能としては、最初の段階として、まずは学生アスリートの安全性の確保、学業の充実という優先度の高い課題からスタートし、そのうえで人気上昇や魅力アップ、スタジアム・アリーナ整備、ホーム&アウェイ方式の採用といった、観戦や応援機会の増加といった「観る」スポーツの観点も含めた、大学スポーツの活性化に資する諸施策を実行していくことが期待されています。

検討すべき課題は山積みです。しかし、今こそが学生アスリートの輝く未来の実現のための大きな転換期であると言えるでしょう。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
スポーツビジネスグループ
シニアアナリスト 小谷 哲也

(2017.12.20)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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