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インフォマティクス活用によるイノベーション創出の事例・ナレッジ

Materials Informatics (MI) / Process Informatics (PI) / Measurement Informatics (MEI)

1.はじめに

素材・材料業界では、R&Dにおける「インフォマティクス(情報科学)」活用が、競争力向上のために喫緊の課題である。インフォマティクス活用により、研究者の経験と勘に頼った素材・材料開発からデータを活用した研究開発に変革することが可能になる(図1)。このような変革を起こすことで、10年以上の歳月を要していた新製品設計を数カ月に短縮するポテンシャルを秘めている。

本稿では、インフォマティクスが求められるマクロ環境を整理し、素材・材料業界におけるインフォマティクス導入における重要課題を説明する。さらに、これまでの事例を基に各社が取り組むべき項目について、実施ポイントやノウハウなどを紹介する。

素材・材料開発の4つのアプローチ(左図)と新たに加わったインフォマティクス(情報科学)によるこれからの素材・材料開発のコンセプトイメージ(右図)
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図 1 素材・材料開発の4つのアプローチ(左図)と新たに加わったインフォマティクス(情報科学)によるこれからの素材・材料開発のコンセプトイメージ(右図)。

 

2.変化の激しい素材・材料業界R&Dにおけるインフォマティクスの必要性

各社がインフォマティクスを活用する理由を一言でいえば「変化の激しいマーケットで高い競争力を発揮し、サステナブルに事業を行うこと」にある。この背景にあるマクロ環境変化としては、以下の4つの主要因が挙げられる。

  1. 製品ライフサイクルの短縮

    素材・材料業界は、インダストリアルバリューチェーンの上流に位置付けられるため、下流の最終製品におけるトレンドを色濃く受ける。昨今では、技術革新スピード向上により最終製品の陳腐化が早くなり、製品ライフサイクルは短縮される傾向にある。このため素材・材料の開発においても、更なるライフサイクル短縮が強く求められている。
  2. 素材ニーズの多様化

    多様な嗜好が求められる最終製品に対応するために、素材・材料へのカスタマイズ要求も多様化している。このような背景から、素材・材料メーカーは、最終製品の動向を常に意識し、要求にあった機能性やコストの素材・材料をタイムリーに提供することが求められる。
  3. グローバル競合の台頭

    強い競争力を維持してきた国内の素材・材料業界であるが、グローバルの競争環境に晒されたことで、不確実性が高まるとともに、競争力維持が困難になってきている(図2)。近年では、新興国企業を含む多くのプレーヤーがマーケット参入し、一部で競争が激化している。一例として、図3はリチウムイオン電池の主要部材のシェア推移である。中国や韓国の新興国プレーヤーが新たに参入・成長する傾向にあり、競争が激しさを増している。
  4. 環境配慮型製品への要望

    最後に、環境・社会及びガバナンス(ESG)に関する社会課題を考慮した経営とそれに対応した製品開発が強く求められる。日本政府は温室効果ガスの実質排出量を2050年に実質ゼロにするカーボンニュートラルの実現を打ち出した。この結果、素材・材料の設計・開発において、機能性やコストのみならず、環境配慮を視野に入れた検討が必要不可欠となる。

世界の総合化学企業の売上高トップ15(2000年・2022年時点)
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図2 世界の総合化学企業の売上高トップ15(2000年・2022年時点)。近年では、従来からの欧米・日本企業に変わり、その他のアジア・中東企業が上位にランクインする傾向にある。(出所:C&EN’s Global Top 50 survey)

 

リチウムイオン電池の主要部材の国別出荷数量シェア推移
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図3 リチウムイオン電池の主要部材の国別出荷数量シェア推移。日本は第2位のシェアを維持しているものの減少傾向な一方で、中国が参入・シェア拡大、韓国は横ばいから微増推移の傾向。(出所:株式会社矢野経済研究所による調査レポートの数値からデロイトが作成)

 

上記のような環境変化の中で、インフォマティクス活用で求められるR&D変革の方向性としては3つが挙げられる。

  • 新製品開発のスピードアップ

    新製品の開発、具体的には設計・製造プロセス確立までのスピードアップが求められる。これまでは、現場研究者が経験や勘といった暗黙知を頼りに、実験や試作を繰り返し行うことで、設計・製造プロセスを確立してきた。しかしながら、この旧来アプローチを基にした改善ではスピードアップに限界があり、抜本的変革が求められる。
  • 新規ニーズに対応するためのイノベーション創発

    従来の多様化した顧客ニーズに加えて環境配慮への対応も求められる中で、既存製品だけではそれらに応えることが難しくなる可能性がある。欧米企業ではオープンイノベーションを背景とした脱自前主義が進み、自社の経営資源を得意領域に集中し、誰にも負けないコア技術を磨くことに注力している。国内企業においても、デジタルを活用した集中と選択に舵を切ることが重要になってきている。
  • 高度なデジタル人材の育成と確保

    インフォマティクス活用は素材・材料開発の現場を大きく変えるポテンシャルを持つが、それらを使いこなすのはあくまでヒトである。そのため、インフォマティクスの知識・スキルを持った人材確保が必要となる。一方で、変化の激しい業界において、イノベーション創出のためには、インフォマティクスと化学・素材・環境ビジネスの両方がわかる人材の育成が急務となっている。

 

3.競争力強化に向けて喫緊で取り組むべき内容

インフォマティクスを活用して素材イノベーションを起こすために、取り組むべき内容を4つ挙げる。

  1. インフォマティクスの民主化

    素材・材料の開発・生産に関わる全領域で、インフォマティクスの市民化が極めて重要になる。JST (Japan Science and Technology Agency)科学技術未来戦略ワークショップ報告書では、素材・材料分野におけるインフォマティクスについて、Materials Informatics (MI)、Process Informatics (PI)、Measurement Informatics (MEI)の3つの領域を整理している。MIでは、設計段階で「何を作るのか」、PIでは、製造プロセスで「どのように作るのか」、MEIでは設計・製造プロセス中で「何が出来ているのかを把握すること」へのデータ活用を目指している。これらの領域は、一般的に、R&Dの研究者、工場の生産技術者、計測機器・システム導入者がそれぞれの領域を担当し、従来、経験や勘に頼った技術検討がされてきた。今後は、それぞれの現場担当者が各日常業務の中でインフォマティクスを使いこなし、データに基づく意思決定をしていくことが競争力の維持・向上のために必要不可欠になる。
  2. 高度データサイエンス人材の育成

    第2章でも触れたようにデータサイエンスの知識・スキルだけでは、ビジネス課題解決に繋げていくことは難しく、ビジネス・デジタルの両面にケイパビリティを持つ高度な人材を獲得する必要がある。デジタル人材不足が叫ばれる昨今の状況を鑑みると、外部からの登用は困難な可能性があり、自社での育成体制を構築することに取り組むことが肝要である。これら将来のエース人材が自社のインフォマティクスを牽引する体制を作り上げることが、中長期視点での成長に向けて重要である。
  3. 外部知見の積極活用、内部・外部データの融合

    自社社内データだけでなく、外部データを活用することで、素材イノベーションを加速することができる。素材・材料分野のインフォマティクス活用で頻繁に直面する課題が、実験・製造に関するデータの少なさである。インフォマティクスは、実験・製造データから法則を見出す帰納的アプローチが核となることから、一定量以上のデータ蓄積が必要になる。しかしながら、実験や製造現場では、データ取得自体に時間やコストがかかるため、特に新しい素材・材料領域では、十分なデータが蓄積されていいない場合が多い。このように自社データだけではスモールデータとなる状況において、社外データや知見を積極的に取得・活用し、自社データと組み合わせることで独自のインフォマティクス競争優位性を創り込むことに注力する必要がある。
  4. シミュレーションの積極活用

    上述したデータ不足を補う一つの方向性としてシミュレーションは有効である。シミュレーションは、従来、素材や材料の物理・化学現象の理解とそれに基づいた論理的設計に利用されてきた。一方で、物理・化学法則から演繹的に結果を導くアプローチであり、インフォマティクスのような実験・製造データを必要としない。そのため、シミュレーション結果をそれらの代替情報として用いることで、データ取得が困難なテーマでのインフォマティクス活用を可能にする。このように、外部知見と同様に、シミュレーション活用もインフォマティクスを競争力に変えていくために取り組むべき方向性の一つと言える。

 

4.インフォマティクス導入による効果

社内でのインフォマティクス活用を強化することによりビジネス効果としては、以下の3つが期待できる。

  • 素材・材料開発リードタイムの短縮

    MI・PI適用で、R&Dのみならず開製販でのデータ活用が促進され、新素材・材料提供のリードタイムが短縮できる。過去のR&Dでの活用事例では、従来のおよそ5倍以上の研究開発スピードの向上が達成できた。また、現場研究者の知見が深まることにより設計目標を早期に達成でき、製造部門への引継ぎに成功した事例などがある。さらに、先進的な欧州企業では、MIツールを顧客に公開することで、顧客ニーズに対しての対応力の強化なども期待できる。
  • 新たな気付きによる研究開発の方向発見

    熟練した研究者でも想定し得ない実験・製造結果をMI・PIが探索・提示する可能性がある。これにより研究開発の新たな方向性や新素材開発に向けたヒントや知見を得ることが出来る。このような知見の蓄積により、将来的な他社差異化に結び付けることができる。過去のMI事例では、これまでに想定しなかった配合条件で目標機能に対応する物性値を得ることに成功した例が多数存在する。
  • 形式知を活用した研究開発能力の向上

    従来は散在していた実験・製造データをデータベースへ蓄積・共有化し、紹介したインフォマティクスを活用することで、研究者の知見やノウハウを形式知として共有・連携が容易になる。これにより研究開発能力の継承が進み、更なる競争力創出が可能となる。過去事例としては、実験初心者でも入社5年程度の研究者と同等の働きが可能になった例などがある。

 

5.まとめ

素材・材料領域におけるインフォマティクス(情報科学)アプローチはこれまでの研究者の経験や勘に頼った素材・材料開発の現場を大きく変えるポテンシャルを持っている。変化の激しい化学・素材マーケットで競争力のあるポジションを確保し、サステナブルに事業を行うためには、従来のR&D機能からの高速化やイノベーション促進が、今後より一層求められている。そのために各社が喫緊で取り組むべき内容としては、素材・材料開発のインフォマティクスに代表されるMaterials Informatics (MI)及びProcess Informatics (PI)の民主化により、素材ソリューションを提供できるデータ人材を育成することが重要である。それらに対し、Deloitte Analyticsでは、業界業務プロセスに対する深い知見や調査・分析能力、インフォマティクスをはじめとしたIT知識・スキルを携えたプロフェッショナルが総合的にサービスを提供することで、それらの課題解決に取り組む。その結果もたらされる効果として、リードタイム短縮や研究者の新たな気付き、知見・ノウハウの形式知化を達成することで企業の競争力向上に繋げていくことができる。

デロイトアナリティクスでは、事業戦略立案および新規事業の立ち上げ検討に際して、人工知能技術をはじめアナリティクスの活用のためのアドバイザリーを提供しております。また、Emerging Tech に代表されるような先端的技術研究開発を通し、企業様において新たなビジネス領域を獲得、高付加価値なサービスを提供しつつ、それらを拡大するためのアナリティクス組織立ち上げに際する助言、データサイエンティスト人材育成サービスの提供をおこなっております。

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執筆者プロフィール

多知 裕平(タチ ユウヘイ) 
有限責任監査法人トーマツ デロイトアナリティクス

国内外の大学院および研究所にて材料・生化学領域の計算科学的研究に従事。デロイトアナリティクスでは、化学・製薬メーカーを主軸としたアナリティクス関連のアドバイザリー業務に従事。博士(理学)。

西岡 到(ニシオカ イタル)
有限責任監査法人トーマツ デロイトアナリティクス

IT企業の中央研究所で機械学習研究リーダーを経て現職。製造業や公共インフラ向けにSCM(サプライチェーン・マネジメント)、マーケティング、R&D機能など複数領域でデータ活用・システム自動化事業の経験を持つ。

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