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DXを実現する「テクノロジー」と「人」との関係性への一考察

ミラーワールド の到来に向けた社会の挑戦

デジタルだけでは、人は満足しない

「デジタルトランスフォーメーション(DX)」により、デジタルを導入することを主目的とした変革から、デジタルを道具として駆使し、ビジネス自体を根本的に変革するフェーズに移行しています。事業や取引の場所がデジタル空間へとシフトしており、さらにエコシステム内の企業間取引やマーケティング・セールス、それを支えるバックオフィスといったバリューチェーン、在庫管理から配送・販売までのサプライチェーンなどあらゆる企業活動がデジタルでつながる潮流が加速していることは企業の生存戦略や競争優位の実現を図るうえで避けては通れません。

インターネット社会の進展により、交友関係、健康状態、購買に関わる情報にとどまらず、天気や交通などの生活情報、決算情報をはじめとする企業情報など、私たちの生活のあらゆる情報が多岐にわたりデジタル空間内で捕捉されていることは周知の通りです。このように、パーソナライゼーション1などを目的に、デジタルデータは機械学習をはじめとするAI・人工知能技術により分析・予測され、その結果はリアル空間へとフィードバックされ、人の購買行動をはじめとする価値体験の変容はオンラインの中で促され利便性は益々高まっていくでしょう。一方で、“オフラインのない時代”となっていくなかで、デジタルだけでは人の ”a sense of well-being”2 が十分に満たし得ないことも同時に判明されつつあります。COVID-19の感染拡大を契機としたリモート環境で改めて認識されたのは、非言語コミュニケーションや内発的動機を生むための企業文化の重要性です。それを実現するひとつの方法として、オンライン会議でカメラをつけることが考えられます。抵抗がある方も多いと思われますが、リモートでビジネスをする上で相手の顔が見えること、人は、人と直接関わることで安心するという面があることを再確認された方も多いと思います。

”ミラーワールド”が生み出す新たな経験

DXの進行とともに絶え間ないデジタル・ディスラプション3が様々な業界で影響を及ぼす中で、GAFAやBATH4をはじめとするデジタル経済圏がさらに進化、都市全体をデジタル化させる ”ミラーワールド” の実現に向けて世界の各都市を巻き込んだ実証実験が開始されています。ミラーワールドとは、リアルワールド(現実世界)のものすべてを1対1で再現(ミラー)した仮想現実で、テクノロジーを活用したあらゆるコンテンツを実現するプラットフォームです。人の「地理空間情報」を精緻に算出し、様々な形でアナリティクスの結果を生活者に提供します。例えば、スポーツ観戦やコンサート・舞台などでは、AR/VR技術などを用いて観戦者、鑑賞者にリアルとバーチャルが融合した経験をカスタマイズして提供し、エンターテイメントの在り方を変化させています。スマートシティ構想(Society 5.0時代)の領域では、渋滞緩和を目的に道路や歩道の標識を動的に表示する他、アナリティクスによりパーソナライズされたOOH(Out Of Home)広告5も既存の枠以外に自由に展示し得るようになります。

人にとってリアルな接点は「特別」であり続ける

一方で、生まれたときからデジタルに親しんできたミレニアル世代6以降の若者は「リアル」も求める傾向があると言われています。具体的には、実店舗における体験、生活様式や食生活に渡る広義な意味でのファッションを大切にし、交友関係ではオンライン・オフラインでうまく使い分け、リアルとデジタル両方から得られる情報を取捨選択しています。ミレニアル世代が消費活動を始めた頃は、デジタル化の進行により複製可能な音楽や動画コンテンツなどに囲まれてきたため、「希少性」のあるフェスなどをはじめとするイベントへの回帰が起きています。また、商品の決定軸もヒットした製品がすぐにコピーされることから価格や機能ではなく「機能的便益を超えたブランド体験」へと変化し、店舗はそのブランドの世界観を直接五感で確かめられる場としての役割へ移り変わっています。前世代がマイホームやマイカー、洋服やアクセサリーといったファッション、ブランド品等の「モノ」に対して活発に消費が行われていたのに対して、彼らは価値観を共にする人と出会い、その輪をリアルの中で広げていくことにデジタルを利用していくと考えられます。

人とAIとの協調のあり方を再考する時代に来ています

テクノロジーの進歩や市場の変化に依拠することなく社会的課題・文化的背景を理解し、新しいテクノロジーを創造的に適用することは、AIにはできない、人ならではのことです。人が持つ想像力、共感、好奇心、創造性、社会的な倫理感などを含めた “リベラルアーツ” を用いて、時には新たなプロダクトやサービスに対する社会の受容に伴う批判的な思考を受け入れながら、AIと協調する文化を育てることが大切であることが再認識されつつあります。前述の通り、DXが進行する中でも、リアルな接点は人にとって「特別」であり続けることには変わりません。それは人が宇宙に存在する一切の森羅万象を五感で感じ、家族を基本とした人と人との関わり合いや帰属している社会の中で自己実現を図ることで、日々の満足感や充足感、他人に対する信頼感や安心感を得るからです。とは言え、AIドリブンによるタスクの自動化や高度化、業務プロセスそのものの変革により、現在のタスクが陳腐化して時代遅れになることで置き変わることは避けて通れません。一方でテクノロジーの進歩や市場の変化に依ることなく社会的課題・文化的背景を深く理解し、新しいテクノロジーを創造的に適用することは人にしか出来ないことです。例えば、AIのひとつである自然言語処理の技術的進歩は目覚ましく、人間同様に文章から自然言語の構造を学び、文書から感情を読み取る必要があるような作業にも対応できる様になってきました。例えば、イーロン・マスク氏やMicrosoft社等が出資している非営利団体の人工知能を研究所「OpenAI」が2020年6月に公開された言語モデルGPT-37は、その性能から「ビットコイン以来の破壊的な可能性を秘めている」と話題になっています。しかし、今後も人間の感性や心に対応したテクノロジーの飛躍的な発展が進行すると考えられますが、GPT-37は生成する文章の論理的な整合性や、現実世界に関する知識体系(常識)を備えておりません。このように、まだAI・人工知能は人の「心」に重きを置くことは難しくとも、AI・人工知能がリアルな接点を大切にすることで、人に選択肢を与え、充足感を最大化させることができると筆者は信じています。

1:個々人の興味・関心・行動に合わせてサービスを最適化する概念またはその手法

2:従来の身心「健康」の枠を広げ、自分の置かれている状況に社会的な面も含め充足感を持って日々生活を送れる状態。

3:新しいデジタル・テクノロジーやビジネスモデルによって、既存製品・サービスのValue Proposition(バリュープロポジション)が変化する現象

4:アメリカのグーグル(G)、アマゾン(A)、フェイスブック(F)、アップル(A)という4大IT関連企業はそれぞれの頭文字を取ってGAFAと呼ぶことがある。一方、中国の百度(B)、アリババ(A)、テンセント(T)の3社の呼称であるBATに、ファーウェイのHを付け加え、私はこれら4社をBATHと名付けている。

5:家庭以外の場所で接触する広告メディアの総称。屋外広告、建設中のビルの仮囲い、大型ビジョンをはじめとするデジタルサイネージ、アドトラック(宣伝カー、ラッピングカー)、街頭イベントやそこで配布されるサンプリング、電車の中吊り広告や駅構内などの交通広告などが該当。

6:一般的に1981年から1996年の間に生まれ、2000年以降に成人を迎えた世代のことをいい、インターネットが当たり前のように存在する「デジタルネイティブ」な世代。

7:GPT-3は、「Generative Pretrained Transformer」の頭文字を取ったもので、その第3バージョンにあたり、1750億個の巨大なパラメータを使用した「言語モデル」。「言語モデル」とは入力されたテキストを元にその続きを予測するモデルで、TwitterやFacebookなどのSNSへの投稿するための短い文章のみならず、詩や小説、ニュース記事やプログラムのコード、ギターのタブ譜などを再現することができる。しかし、GPTは意味を理解せず、喜びや怒りなどの感情や、常識も備えていない。また、アルゴリズムの開発に置いてデータセットに含まれる偏見や差別は未だ大きな問題のままである。

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