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エネルギー業界の立場を踏まえたGXダッシュボードへの今後の期待

現状、排出削減が困難なエネルギー業界の特性等を踏まえたGXダッシュボードへの提言

GXダッシュボードが開設されたところではあるが、現在の技術では排出削減が困難なエネルギー業界の特性・事情等の観点を踏まえると、今後GXダッシュボードの更なる進化に向け、①業界特性への配慮をどのように担保するか、②企業成長を加味した評価をどのように配慮するか、③将来の削減可能性の評価をどのように配慮するか、④各企業の比較可能性をどのように担保するか、の4つが重要になるのではないか

気候変動に関する情報開示に向けた我が国の取組について

非財務情報開示の機運・要請の高まり

■非財務情報開示に関する主な世界動向

2017年に「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」は、TCFD提言の中で、全産業の財務情報開示において、企業が気候変動に対するリスクや機会をどのように評価し、それらに対処するための戦略を策定しているかについて開示し、投資家が企業の持続可能性に関する情報を得られるようにすることを求めた。

■世界動向を踏まえた主な国内動向

そのTCFDの要請もあり、経済産業省では、2018年8月よりグリーンファイナンスと企業の情報開示の在り方に関する「TCFD研究会」を開催し、2018年12月にその解説書として「気候関連財務情報開示に関するガイダンス(TCFDガイダンス)」が、2023年度には、金融庁から「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正がなされ、我が国においても非財務情報等の開示の促進が図られている。

また、日本のサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が、2024年3月末にサステナビリティ開示基準草案を公表し、プライム市場の上場会社に対し、有価証券報告書による開示が2027年3月期から時価総額に応じて順次求められているところである。

 

GXリーグによる気候変動対策関連情報開示の開示動向

■GXリーグの立ち上げ

2022年2月に経済産業省は、目指す世界観等について整理した「GXリーグ基本構想」を策定し、2023年度には、2050年カーボンニュートラル実現と社会変革を見据えたGXヘの挑戦に向け、持続的な成長実現を目指す企業群が共に協働する官・学の場として、GXリーグを立ち上げた。

■GXダッシュボードの位置づけ

GXリーグでは、参画企業が自主設定した排出削減目標達成に向けた排出量取引(GX-ETS)の実施が位置付けられており、GX-ETSの取組の実効性を高めるため、GXリーグ参画企業の取組状況を発信し、適切な評価を促すための情報基盤である「GXダッシュボード」を整備し、目標達成状況や取引状況等が公表されることとなっている。

■GXダッシュボードの開設

そのような位置づけがなされているGXダッシュボードが2024年1月に開設され、これまで各社でバラバラに公開されていたGXに関する企業の取組実態がとりまとめられ、投資判断や企業評価等に活用可能な情報を、一覧性・比較可能性のある形で発信する試みが始まったところである。

エネルギー業界の立場を踏まえたGXダッシュボードへの今後の期待

GXダッシュボードによる社会への影響

GXダッシュボードができたことにより、これまで各社バラバラで公開されていたGXに関する企業の取組実態がとりまとめられたため、金融機関や株主といった投資家サイドにとって、効率的にGX関連の情報収集が可能になり、GXをテーマとしたサステナブル投資の更なる拡大が期待される。

また、我が国の排出量の五割以上を占める企業がGXリーグに参画し、GXリーグのHPにあるGXダッシュボードにて、自主的な排出量削減目標を設定・公表し、市場取引を行い、排出削減にチャレンジすることで、各企業のGXに対する重要性を高め、企業による排出削減の取組を一層促進することが期待される。

加えて、GXリーグ内において、2026年度から排出量取引制度が本格稼働され、GX経済移行債の支援条件としてGXリーグへの参画等が求められうることを踏まえると、今後、GXダッシュボードでの開示の重要性は高まることが想定される。

 

GXダッシュボードに対する更なる進化に向けての期待

企業が自主的に目標を設定し、取り組み状況について第三者による評価を受けながら排出量を削減していく「プレッジ&レビュー方式」という意義のある一歩を踏み出したGXダッシュボードであるが、現在の技術で排出削減が困難なエネルギー業界の特性・事情等の観点を踏まえると、今後GXダッシュボードの更なる進化に向け、①業界特性への配慮をどのように担保するか、②企業成長を加味した評価をどのように配慮するか、③将来の削減可能性の評価をどのように配慮するか、④各企業の比較可能性をどのように担保するか、の4つが重要になるのではないかと考えられる。

提言内容①:業界特性への配慮

問題意識

■エネルギー業界におけるGHG排出削減の実態

エネルギー業界は、CO2多排出産業でありながらも、排出ゼロのための代替手段が技術的・経済的に利用可能な状態にはなく、一足飛びに脱炭素化が進められない現状にあるため、金融庁・経済産業省・環境省が策定した「トランジション・ファイナンスにかかるフォローアップガイダンス」において、排出削減困難(hard-to-abate)なセクターに電力・ガス等が位置付けられている。

このような排出削減が困難なセクターに対し、排出削減が困難ではない業界との横断的な比較を防ぎ、各業界の特性への理解を図ることが、気候変動対策関連情報開示においては重要になる。

■GXダッシュボードにおける業界特性への配慮

GXダッシュボードにおいては、最初の閲覧にあたり、排出削減が困難な産業やトランジション・ファイナンスの必要性等に関するe-learningを受講し、排出削減が困難なセクターがあることに対する理解や排出削減が困難なセクターの特性に関する事情についての説明を見ることになる。このように、現状のGXダッシュボードにおいても、各業界の特性への理解や閲覧企業を選択する際に業界毎に区分けされていることから、業界の特性を踏まえずにGHG排出量の削減等の単純な比較が行われるリスクは軽減されているところである。

しかし、全ての閲覧者が各業界の特性を踏まえ、個別の企業の実績や取組の閲覧をするかというと、必ずしもそうではなく、業界の特性を踏まえずに、各企業の実績や取組を比較し、優劣を付けるリスクを完全に払拭することは困難であるため、業界特性に応じた更なる配慮への対応が必要ではないか。

 

問題解決に寄与する参考事例

企業の気候変動対策に関して、国際的なESG評価(CDP認証・MSCI等)の認証・指標においても業界特性に配慮がなされている。

例えば、MSCIのESG評価においては、11の主要セクター(業種)に分類し、セクター毎の環境あるいは社会に対する影響を考慮し、評価項目におけるウェイトを調整の上で評価を実施している。またCDP認証でも、16の産業セクターに分類し、産業セクターの特性に応じてスコアリングの設問の調整およびウェイト設定を実施している。

上記の事例から、各企業のダッシュボードを閲覧する際にも業界特性を更に意識付けをする必要があるのではないか。

 

対応方針

GXダッシュボードにおいて、業界特性に応じた更なる配慮への対応として下記が考えられる。

GXダッシュボードにて、排出削減が困難な業界の企業を選択する場合、業界タブを選択した際に、その業界の排出削減に関する特性や削減経路等に関する説明を加えたり、各企業の「排出量目標と排出量実績の比較」のグラフにも、GXダッシュボードに参加する業界内企業の平均値を比較しやすくするように位置付けたりすることで、排出削減が困難な業界の企業への一層の配慮を行うべきである。

提言内容②:企業成長を加味した評価制度

問題意識

■エネルギー業界における消費とGHG排出量のトレンド

電力に関しては、日本の電力需要の見通しはデータセンター・半導体工場等による需要増の可能性が研究機関等によって分析されている。また、電力需要の増加により、低炭素な天然ガスへの燃料転換による新たな発電所の新増設が進むことから、LNG導入等によりエネルギー効率を高めることで、社会全体のGHG排出量を減少させても、LNG利用量の増加により、発電所を新設した事業者においては、結果としてGHG排出量の総量が増えてしまう可能性がある。

GHG排出量の削減に重きを置きすぎた場合、社会全体のGHG排出量削減に貢献する企業が、その生産活動を活発化させた場合に、社会全体のGHG排出量削減に貢献しても、自らのGHG排出量が増えるといった事象が発生するが、このような社会のGHG排出量削減に寄与することによる企業活動の成長を促す開示・評価の仕組みを構築する必要があるのではないか。

 

■GXリーグの理念を踏まえた考え方

GXリーグの目的においても「環境と経済の好循環」を掲げており、「環境」においてはGHG排出量の削減が大きく寄与するとした場合、「経済」に寄与する指標もGHG排出量の削減の双璧をなす指標として位置づけ、自らのGHG排出量削減のみではなく、社会全体のGHG排出量削減を促進する開示の在り方が望ましいのではないか。

■GXダッシュボードにおける削減貢献量の位置づけに対する問題

現状のGXダッシュボードにおいては、企業ページ冒頭にGHG排出量の目標・実績のわかりやすいグラフがあり、そこに目が行く構図になっていることと、削減貢献量も項目としてはあるものの、他の多くの項目の一つに埋もれており、ページ下部に位置するために閲覧者によっては読み飛ばしてしまうような構成になっているため、削減貢献量といった社会全体のGHG排出量削減を示す重要な指標は、閲覧する際に目に止まるよう工夫が必要ではないか。

GHG排出量のみが重視される環境では、企業は自社のGHG排出量の削減を優先せざるをえず、脱炭素社会に向けたビジネス機会を逸失しかねないとともに、GX製品の普及・拡大が抑制され、社会的にも脱炭素の進展が遅滞してしまうリスクがある。

 

問題解決に寄与する参考事例

某生命保険会社では、運用資産に対して、企業価値評価におけるESG要素を考慮する際に、企業のESGによる成長機会およびリスクを同等に扱う評価モデルを採用している。

また、企業の非財務情報の開示においては、某製品メーカーが、温室効果ガスの排出量と併記して、社会への削減貢献量を示しており、ESGによる成長機会およびリスクを同等に扱おうとしていると推察する。

 

対応方針

GXダッシュボードの開示項目として企業成長にも焦点を当てるため、現状開示項目の一部である「削減貢献量」を、GHG排出量と同等の重要な指標として位置づけ直すべきではないか。

提言内容③:将来の削減可能性

問題意識

■エネルギー業界における将来のGHG排出削減に向けた計画の動向

現状における排出量の削減が困難なエネルギー業界においては、GHG排出量の大幅な削減に革新的な技術の確立を待って脱炭素化を図る必要があるため、技術確立に向けた投資に多大なる資金を投じ、将来のGHG排出削減に向けた投資を進めている。例えば、某エネルギー会社の成長戦略において、約10年後までに数兆円をLNG・再生可能エネルギー・水素アンモニアに投資する計画を掲げており、トランジション戦略を中長期的なタイムラインに沿って実行する計画がある。

■NDC実現に向け、GXリーグが目指す方向性

我が国は、2050年のカーボンニュートラル・2030年の温室効果ガス46%削減(2013年度比)を目指しており、GXリーグにおいてもこの目標に貢献する役割を負っていることから、GXリーグが掲げる「環境と経済の好循環の確立」の実現を図るとともに、2050年のカーボンニュートラルを見据え、将来のGHG排出量削減に寄与する革新的な技術等への投資を促すことが重要である。

■GXダッシュボードにおける現状

現在のGXダッシュボードにおいては、「脱炭素技術の開発のための投資」が開示項目として存在するものの、他の多くの項目の一つに埋もれており、ページ下部に位置するために閲覧者によっては読み飛ばしてしまうような構成になっているため、閲覧する際に目に止まるよう工夫が必要ではないか。

 

問題解決に寄与する参考事例

CDP認証においては、スコアリングの設問の1つとして、「低炭素製品またはサービスの研究開発(R&D)への投資」の有無が評価されている。

また、気候変動対策に向けた将来的な取組に向け、企業が将来に対するグリーンイノベーション投資額等を開示している。例えば、某セメント会社では、将来の排出量削減に向けた設備への投資を明示するとともに、それに伴う将来のCO2削減効果まで算定している。

 

対応方針

将来のGHG排出量削減に大きく寄与する革新的な技術等への投資額についても、現在のGHG排出量削減や削減貢献量と同様に、重要な指標として位置づけ、特に、GHG排出量の削減が困難な業界における将来のイノベーション投資の促進を図る開示の在り方が望ましいのではないか。

提言内容④: 比較可能性の担保

問題意識

各社が個別に公開している気候変動関連の取組・実績を、投資判断や企業評価などに活用しやすいように一元的に集約して開示しているGXダッシュボードの取組は大変有意義であるものの、現状、開示項目を羅列するに留まっており、各指標に対する重み付けや配点、スコア化がなされていないことから、比較しやすいGHG排出量削減の指標での優劣への傾倒が危惧される。

また、開示項目の羅列に留まっていては、業界内の企業間であっても気候変動対策の取組・実績の優劣を見極めることが困難なため、投資判断や企業評価を行う際にあたっての実効性の担保において課題があるのではないか。

 

問題解決に寄与する参考事例

企業等の環境への取組を評価するCDP認証においては、多様な指標をスコア化して、D-~Aの8段階で総合評価の格付けを行うことで比較可能性を高めている。またMSCIのESGスコア評価においても、業種ごとに選定されるリスクとそれに対する取り組みの観点で採点し、加重平均を基に最終的にスコア化し、CCC~AAAの7段階で総合評価の格付けを行うことで比較可能性を高めている。

建築物の環境性能を総合的に評価するCASBEE・LEET等をみても、環境負荷等を個別に採点し、最終的に総合評価の格付けを行っている。

 

対応方針

このプラットフォームにおいて、投資判断や企業評価の実効性を高めるため、CDP認証やMSCIのように、業界特性を踏まえ、各指標に対する重み付けや配点を行い、最終的に各企業の取組・実績をスコア化する評価制度が必要ではないか。

その際は、①の業界の特性を踏まえた配慮に取り組むべきで、総合判定結果を行う際も「電力業界 A+」といったようにどの業界かを明記し、業界横断での比較がなされないよう配慮する必要がある。

 

最後に(GXダッシュボードの更なる進化がもたらす好影響について)

4つの観点を踏まえたGXダッシュボードの進化の方向性について

①排出削減が困難な業界の特性を踏まえること、GHG排出量削減に並ぶ重要な指標として、②削減貢献量や③将来のGHG排出量削減に寄与するイノベーション投資額を位置付けること、④企業のGHG排出削減の取組・実績の比較可能性を高めた際のGXダッシュボードのイメージは、上記の図2で示した通りである。

現状に留まらず、上記のような4つの観点を踏まえた進化を成すことで、業界特性を踏まえ、気候変動×企業成長を両立し、将来のGHG排出量の削減の促進が図られる適正な開示・評価制度に近づき、GXリーグが目指す「環境と経済の好循環」の実現に寄与するとともに、GXダッシュボードが投資判断や企業評価の実効性を高めるプラットフォームになるのではないか。

 

公平性を踏まえないGHG排出量削減を過度に重視する社会への懸念

全ての企業に公平で平等な開示・評価制度を構築することは非常に困難で、一つの指標の重要性を高めると、その影響により不公平を被る企業が発生する恐れがある。また、GHG排出量削減を過度に重視する社会においては、社会のGHG排出量削減に貢献する企業の成長を阻害し、中長期的なGHG排出量削減に悪影響が発生する恐れがあるとともに、国外への産業拠点の移転による産業空洞化の懸念を有する。

我が国においては、エネルギー企業等やプロダクト/サービスを供給するメーカーがGHG排出量削減に向けた取組みを強く推進しているものの、カーボンニュートラルなエネルギー電源の確保、国内の系統制約等といった課題があり、課題解決に向けた対策には時間とコストを要することから、一朝一夕にはいかないため、自らのGHG排出量の削減のみならず、社会全体のGHG排出量への削減や将来のイノベーション投資を促進する仕組みが重要になるのではないか。

仮に、過度なGHG排出量削減による産業空洞化が進み、雇用が減少し、失業者が増加した際は、国内において過度なGHG排出量削減への偏重に対する批判が起こり、GHG排出量削減の取組が大きく後退する可能性もあるのではないか。

 

環境と経済の好循環がなされたカーボンニュートラル社会の実現に向けて

そのような未来にしないためにも、公平で平等な開示・評価制度の構築に向け、改善を図り、改善により発生した業界・企業からの不満に真摯に向き合い、更なる改善を重ねることが重要で、そのためには、業界団体・企業が主体的に、適切な開示・評価制度の在り方を考え、政府に提言することが必要ではないか。

今回の提言内容が、業界団体・企業が、適切な開示・評価制度の在り方を考える際の検討の参考になれば幸いで、多くの企業が適切な開示・評価制度の構築に向き合い、取り組むことで、適切な制度に近づき、産業空洞化の問題が発生せず、環境と経済の好循環が実現し、2050年のカーボンニュートラル・脱炭素社会の実現がなされることを期待したい。

執筆者

中村 剛彰/Takeaki Nakamura
デロイト トーマツ コンサルティング シニアマネジャー

某県庁にてベンチャーファンドの企画等を担当した他、中央省庁(出向)にて、規制緩和を推進する国家戦略特区を担当し、現職。
現業では、民間企業に対する政策・ルール形成関連の検討やIoT等を活用した新たなビジネスモデル検討支援等に従事。

寺田 魁/Kai Terada
デロイト トーマツ コンサルティング シニアコンサルタント

新卒で入社。現在まで、民間企業に対する政策・ルール形成関連の検討や新たなビジネスモデル/事業構想の検討支援等に従事。

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