調査レポート

乳がん患者の困りごと調査と社会的損失に関する分析

アンケート調査に基づく社会的損失の推計

第一三共株式会社とデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社は、トータルケアエコシステム構築に向けて、企業間のデータ連携や利活用に利用するデータ基盤「トータルケアプラットフォーム」の構築に取り組んでいる。本調査は、乳がん患者にどのような困りごとがあり、それによる社会的損失がどの程度あるのかを明らかにするために実施した。特にトータルケアプラットフォームで初期的に主な対象とする乳がん患者に焦点をあて、がんのステージや治療段階別に調査を行った。

調査の背景

近年、体調不良による経済損失(プレゼンティーイズム、アブセンティーイズム)などへの注目が集まっているが、こうした損失は、特定の疾患を抱えた人々ではより高いと考えられる。

第一三共株式会社(以下、第一三共)とデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(以下、DTFA)は、2022年より、トータルケアエコシステム(以下、TCE)構築に向けて共同取り組みを行っている。 TCEは、患者や生活者一人ひとりの困りごとの解決とWell-being実現を目的として、健康・医療領域の企業・団体やデータプロバイダー・IT企業等が協働し、健康促進~予防~治療~予後ケアにわたるトータルケアを創出し、提供するエコシステムのことである。(図1参考)現在は最初のステップとして、がん患者にフォーカスし、TCE構築と新しいデジタルソリューション開発の2つの柱の普及に取り組んでいる。将来展望として、2030年には、疾患の対象領域を広げつつ、治療から未病・予防・健康促進も含めた総合的なアプローチを行うことで、社会保障費の抑制や、健康寿命延伸などの、社会課題の解決に貢献する未来像を描いている。

図1:トータルケアエコシステムの概念図

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当該枠組みの構築を通じて患者の困りごとを解決することで、本人や家族にとって、ポジティブな影響、すなわち社会的インパクトが創出されると想定される。第一三共とDTFAは、このトータルケアの創出が患者の困りごと、およびそれが生活の質(Quality of Life、以下QoL)に及ぼす社会的インパクトを見積もるため、本調査を実施した。本調査では、社会的インパクトの分析手法を応用することで患者の困りごとがQoLに及ぼす社会的損失を求めた。

乳がん患者の困りごと調査と社会的損失に関する分析 [PDF, 2.25MB]

結果概要

本調査にあたっては、日本国内の乳がん患者、および乳がんの既往を持つ患者を対象とした。乳がん患者の困りごとについては、1)身体的な困りごと、2)生活上の困りごとに分けてアンケート調査を行った。

身体的な困りごと

乳がんに罹患した際に、最も出やすい身体症状としては、乳房のしこりや分泌物、わきの下の腫れ等があるが、治療に伴う副作用等によりその他の身体的な不調が発生することも考えられる。幅広いステージの患者に身体的な困りごとの有無について質問したところ、30%を超える患者が、体のだるさや慢性的な痛みに加え、脱毛や爪の変化など、薬物療法に伴う副作用による困りごとがあると回答した。

図2:身体的な困りごとの内容(n=492、複数回答あり) 

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生活上の困りごと

次に、罹患後の生活における困りごとを質問したところ、家計への懸念が最も多く、次に交友関係、生活の楽しさ・面白さへの懸念が続いた。特に抗がん剤などの、ホルモン治療を除く薬物療法を経験した患者群は、脱毛や爪の変化等の困りごとが多いことから、交友関係への懸念を示す割合が高かった。

図3:生活上の困りごとの内容(n=377 、複数回答あり)

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生活の質への影響

上記の困りごとにより、乳がん患者の生活の質は健常者と比較して低くなっていると考えられる。そのため、生活上の困りごとを抱える患者を対象として、健康な状態での生活の質を10とした場合に、現状の生活の質がどの程度になっているかを聴取した。
結果は、「生活上の困りごとがある」と回答した患者では、95%以上が、健常な状態と比較して生活の質が下がっている(9以下である)と回答した。困りごとを抱える患者の平均的なQoLは健常時を10とした場合に対し5.4となり、健常者の約半分に減少することが分かった。特に生活上で困りごとを感じた経験について具体的に聴取したところ、「薬物療法の副作用による脱毛や爪の変色等で外出したくなくなった・仕事に行きたくなくなった」、「周囲の人が病気に気を遣うのでこれまで通りの人づきあいが難しくなった」、「味覚障害により料理ができなくなった・食べられなくなった」などの回答を得た。

図4:困りごとを抱える患者について、健常時を10と仮定した際のがん罹患中のQoLの水準(n=377) 

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社会的損失額

生活の質が低下することによる社会的損失は、乳がん患者のみに限った場合、1年で2,439億円にのぼると分析された。これは、乳がん患者1名あたり50万円程度に該当する。なお、この値はあくまでも乳がん患者本人の社会的損失額を推計したものであり、患者のまわりの家族の社会的損失額は考慮していない。そのため、周囲に波及する損失も考慮に入れた場合、社会的損失額が膨らむ可能性がある。

また、この社会的損失は、経済的に直接影響を受けるものでないが、疾患による不安等により、QoLが下がっていることからもたらされる損失の度合いである。そのため、冒頭で言及した、健常者が抱えるプレゼンティーイズム・アブセンティーイズムによる経済的損失額とは質的に異なる。したがって、乳がん患者は、体調不良による経済的損失約40万円*1に加え、QoLが低下することで、さらに大きな損失を感じている可能性があると考えられる。

図5:乳がん患者の生活の質の低下による社会的損失

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※ QoL低下幅は右式で算出:[健常者のQoL - (健常者のQoL×54%)]÷10(スケール調整のための項目)

 

生活上の困りごととQoLの関係性

患者が感じている生活上の困りごとと、QoLへの影響を分析する観点から、重回帰分析を実施した。結果として、家計や交友関係、生活の楽しさ・面白さで有意度が高く、また患者が感じる重要性およびQoLへの影響度も高い結果となった。

特に患者も重要性を認識し、かつQoLへの影響が高い3項目についてそれぞれの損失金額を分析したところ、家計では685億円、交友関係では302億円、生活の楽しさ・面白さでは257億円となり、困りごとによる損失の大半を占める結果となった。

生活上の困りごとや、生活の質への影響については、がんのステージや家族構成、年代等により異なる可能性があることから、レポート内では属性ごとの分析も実施している。詳細はレポートをダウンロードの上参照頂きたい。
 

 

*1 アブセンティーイズム約57,943円、プレゼンティーイズム約340,418円の合計

*2 国立研究開発法人国立がん研究センター 「がん統計 4.将来推計 全国がん罹患数・死亡数・有病数の将来推計データ(2015~2054年)」 https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/data/dl/index.html(参照 2024-5-28)

*3 厚生労働省「費用対効果評価における基準値の設定について」 <https:www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000211609.pdf>

 

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