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地域別GDPナウキャスティングの可能性 ~地域経済のリアルタイムな把握に向けて~

FA Innovative Senses 第13回

近年、景気の現状を迅速に把握するための手法として、ナウキャスティングの取り組みが注目を集めています。現状では、主に国内全体のGDPに用いられることが多い本手法ですが、将来的には地域経済の現状把握への活用も期待されます。本稿では、ナウキャスティングの概要と地方振興・地域ビジネスの推進に役立つ地域別GDPへの活用法を紹介します。

景気のリアルタイムな把握の重要性

企業や政府などによる日々の意思決定と経済予測は切っても切り離せません。例えば、企業の生産量や設備投資額は、将来の需要予測に基づいて決定されます。こうした需要予測が外れれば、企業は得られるはずの売上を失ったり(機会損失の発生)、過剰在庫・過剰設備を抱えたりすることになります。また、政府の経済政策は、その効果の発現に数年単位の時間がかかることが多く、フォワードルッキング(前向きな視点)に、より確度の高いフォーキャスト(予測)を踏まえて行われることが望ましいと考えられます。こうした意思決定において重要な役割を果たす経済予測の確度を高めるためには、景気の現状を正確に把握することが必要です。

しかし、景気の現状把握といっても、一筋縄ではいきません。日本経済の現状を把握するための指標として、GDPがよく用いられています。景気の現状を把握するための指標として、他にも鉱工業生産や有効求人倍率など様々なものがありますが、経済全体の一部分を捉えるこれらの指標に比べると、GDPは、家計、企業、政府の活動を包括的に捉える唯一の指標であると言えます。ただし、このGDPは、対象期間の終了から公表まで、概ね1か月半程度かかるという難点があります。こうした大きなタイムラグある経済統計に基づく意思決定は、車のバックミラーを見ながら運転するようなものとも言われます。特に、コロナ禍のような経済の拡大縮小の動きが非常に速い局面では、1か月半後には全く景気局面が変わってしまっていることもあるため、GDPのみを用いた景気の現状把握では、意思決定が後手に回ってしまうと考えられます。

GDPナウキャスティングの登場

このような背景から、近年では、「GDPナウキャスティング」と呼ばれる取り組みが国内外で盛り上がりをみせています。これは、複数の経済指標をリアルタイムで統合することで、公的統計では直接把握できないGDPの現在の推定値を提供するものです。更新される個別の最新のデータを用いてGDPの予測を繰り返すことにより、できる限り直近の景気の現状を把握しようとする手法です。従来、こうしたナウキャスティングでは月次の公的統計のみが用いられてきましたが、最近では、クレジットカードの決済情報に基づく消費指標など、公表までのラグが小さいオルタナティブデータも幅広く利用可能になってきています。そのため、これまでに比べ、より足もとのナウキャスティングを精緻に行うことができる環境が整ってきています。

【図表1】ナウキャスティングの対象期間

 

【図表2】ナウキャスティングのイメージ図

 

地域別GDPナウキャスティングの重要性

これまでの日本におけるGDPナウキャスティングの試みは、日本全体を対象としたものが中心となっていますが、今後、地域別データの重要性が高まることが考えられます。例えば、地域別の景気動向は、必ずしも日本全体の動きとは一致せず、そのばらつきも大きいことから、地域の実情に合った政策判断やビジネスの意思決定を行うに当たっては、地域ごとの景気のリアルタイムの現状を把握するための指標がより有用となります。

【図表3:地域別の景気動向】

参考:日本銀行「地域経済報告―さくらレポート―(2024年7月)」
https://www.boj.or.jp/research/brp/rer/rer240708.htm

 

さらに、地域別のGDPは、公表までのタイムラグが全国よりも大きいという問題があり、現時点(2024年8月末時点)で、地域別GDP(県民経済計算)は、2021年度のものまでしか公表されていません。そして、その公表も年に1度のため、これらのデータを日々の意思決定に活用するのは難しいのが現状です。

こうした状況を踏まえると、地域別GDPのナウキャスティングには大きな可能性があると考えられます。一方で、実際に地域別GDPのナウキャスティングを行ううえでは、上述の制約に加えて、予測に用いる地域別の統計データの更新頻度の低さ等を考慮する必要があります。そのため、地域別GDPのナウキャスティングは、全国を対象とする場合と比べ、精緻なリアルタイム推計が非常に難しくなっています。

地域別GDPナウキャスティング開発に向けた当社の取り組み

こうした点も踏まえ、当社では、地域別GDPのナウキャスティングを行うモデルを開発しています。例えば、地域の実情に合った予測を行うため、その地域の産業構造や景気循環の特性に応じて、地域ごとに異なるデータの採用することを試みています。また、公的統計データだけでなく、例えば、POSデータ(販売時点情報管理データ)や交通量データ、電力消費量データといったリアルタイムに地域ごとの経済活動が把握できるようなオルタナティブデータを用いることで精緻化を図ろうとしています。このほか、SNSやインターネット検索データなどのテキストマイニングが可能なビッグデータを活用することで、例えば特定の地域における検索の傾向を把握でき、その地域の消費者の関心や購買意欲を迅速に把握することができるかもしれません。

【図表4:各種データを用いたナウキャスティングのイメージ】

 

また、これらのデータを用いて地域ごとのGDPをリアルタイムで把握するためのモデルについても、GDPナウキャスティングの分野で標準的に用いられているものの中から複数作成・検討しています。データを統合する際の手法と経済変数の組み合わせに関する複数のモデルのうち、過去のデータへのフィットが最も良いモデルを当該地域のモデルとすることで、より精緻な把握が可能になるものと考えられます。

おわりに

ナウキャスティングは、現在の経済状況をリアルタイムで把握するための重要な手法です。特に地域別GDPのナウキャスティングは、地域ごとの経済状況を正確に把握するための重要な手段となるでしょう。例えば、この活用により、

  • 地方自治体が各地域の経済状況をより正確に把握できるようになり、より適切な政策の企画立案や実施、そしてその評価を行うことができるようになる
  • 企業が地域ごとの経済状況を把握することで、適切なタイミングでの設備投資や借入、最適な生産・販売計画を立案することができ、また、金融機関は地域ごとの経済状況を踏まえ、適切なタイミングで投融資を行うことができる
  • 国においても、地域ごとの経済状況を迅速に把握することで、適切なタイミングで景気刺激策を実施し、地域経済の発展を後押しすることができる

といったことが想定されます。

これまでもナウキャスティングの手法は、オルタナティブデータの登場などにより発展し続けてきました。今後、さらなる研究と技術開発によりその手法がさらに進化し、地域別景気の把握がより正確かつ迅速に行えるようになることで、経済全体の安定と地域振興が促進されることが期待されます。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
エコノミクス
マネージングディレクター 増島 雄樹
シニアマネジャー 岩崎 雄斗
シニアコンサルタント 大塚 充

(2024.9.17)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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