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DXによる競争優位性のポイントを社内合意するための説明ストーリー
FA Innovative Senses 第19回
DXを進めるうえで、自社の競争優位性とそれを踏まえたDXの方向性を社内で合意形成する必要があるが、担当者によって自社の競争優位性の捉え方が異なることが多く、合意形成できないままDXプロジェクトが始まってしまうことがある。DXによる競争優位性のポイントを社内合意するための説明ストーリーを紹介する。
目次
- 2025年現在におけるDXの進捗
- DXを進めていくうえで競争優位性を特定・合意形成することは難しい
- 説明ストーリー①:自社の所属する競争環境によって競争優位性・DXの基本方針は決まる
- 説明ストーリー②:一時的な競争優位
- 終わりに
経済産業省のデジタルガバナンス・コード(2024)ではDXの目的を「競争上の優位性を確立すること」と定義している。デジタルを活用して既存業務を高度化すべし、既存業務を標準に適合すべし、というような、DXの具体的な方法論は定義されておらず、DXを推進する際には、各社が具体的な自社の競争優位性を特定し、その競争優位性の確立に向けてDXで何をやるべきかを検討し、自社の関係者間で合意形成する必要がある。自社の競争優位性の定義にあたって、教科書的には、「ミッション・ビジョン・バリューを定義し、そこから事業戦略に落として・・・」というステップを踏むが、DXプロジェクトを進める中でそこまでの検討をする余裕はないのが常である。一方で、DXを進めるうえで、自社の競争優位性とそれを踏まえたDXの方向性はプロジェクトの関係者で共通認識をもち、全員が納得感を持っている状態にする必要がある。
本稿では、上記のような状況において自社の競争優位性確立のための合理的なDXの方向性の説明の一例を紹介する。
2025年現在におけるDXの進捗
経済産業省のDXレポート(2018)では、「2025年の崖」として複雑化・ブラックボックス化したレガシーシステムを刷新しないと、現在の3倍の経済損失が2025年以降に発生すると警鐘を鳴らしていた。その警鐘にも後押しされ、2025年現在において、レガシーシステムのリプレイスが多くの企業で進んだ。(参考:「2025年の崖」から転落しなかった企業がすべきこと | DTFA Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ)
リプレイスにあたっては、パッケージシステムが実装しているベストプラクティスの標準業務に合わせて自社の業務を変えていくFit to standardというアプローチが多く採用された。Fit to standardを採用する理由は主に、①パッケージシステムをほぼそのまま使用するため、スピーディーに導入でき、コストも抑えられること、②パッケージシステムが実装しているベストプラクティスな業務に変えることで、業務やシステムの複雑化やブラックボックス化を防げること、この2点である。要するに、大多数のリプレイスでは、DXの目的である「競争上の優位性の確立」を目指してFit to standardを採用したわけではなく、2025年の崖を確実に乗り越えるために、まずはスピーディーにレガシーシステムをリプレイスでき、再び複雑化・ブラックボックス化する可能性が低いFit to standardを採用したと言える。
以上を踏まえると、2025年現在、多くの企業のDXの進捗状況は、「DXを妨げていた複雑でブラックボックス化したレガシーシステムのリプレイスが完了し、これからリプレイスしたシステムをうまく活用して競争優位性の確立に取り組んでいく段階」であると言えるだろう。
DXを進めていくうえで競争優位性を特定・合意形成することは難しい
経済産業省の「DX 推進指標」とそのガイダンス(2019)では、競争優位性につながる競争領域と、競争優位性につながらない非競争領域を特定したうえで、競争領域には資金・人材を投入していくべき、非競争領域はFit to standardで業務を見直すことで IT システムの 機能圧縮(無駄な作り込みはしない)を実現すべきと述べている。「競争領域と非競争領域の定義・特定」という概念は非常に理解しやすいが、具体的に何を自社の競争優位性と特定し、その実現に向けてDXで何をやるべきかを検討・自社の関係者間で合意形成することは簡単ではない。
DXでどのような競争優位性を確立するかに対する見解は担当者によって異なることが多い。経営層・経営企画の視点ではDXによって経営資源のモニタリングが容易になり、経営資源の再配分を機動的に行える状態にすることを競争優位性と捉え、事業・グローバル横断で経営資源を可視化するために業務・システムを共通化・標準化することがDXの方向性となるとことが多い。事業部や本社部門(IT部門除く)の視点ではDXによって現行業務が高度化・効率化され、顧客への高付加価値商品・サービスを提供できたり、コストを削減することができたりすることを競争優位性と捉え、現行業務をベースにデータ・デジタルを活用することがDXの方向性となることが多い。IT部門の視点ではDXによって複雑なシステムからの脱却・システム開発・保守運用の効率化とコスト削減を他社に先駆けて実現することを競争優位性と捉え、現行業務をパッケージシステムが実装している標準業務にあわせていき、独自の業務・システムを可能な限り削減することをDXの方向性と認識することが多い。
以上の通り、担当者によって競争優位の捉え方・DXの方向性の想定は異なることが多く、その状態でDXを進めてしまうと中途半端な変革になり、投資金額の割に効果が少ない取り組みとなってしまうリスクがある。「現行業務ベースの検討は禁止」「致命的なイシューがない限りはFit to standardにする」というトップダウンでの意思決定を行うことである程度リスクを回避することはできるが、DXプロジェクト内に方針への反対派がいる状態でDXを進めていくこともリスクであるため、DXで確立する自社の競争優位性について社内での合意形成を目指すべきである。本稿では、経営学における競争優位性の理論を活用し、自社の競争優位性の特定に関する説明ストーリーを紹介する。DX推進における社内説明の一助になれば幸いである。
説明ストーリー①:自社の所属する競争環境によって競争優位性・DXの基本方針は決まる
【理論】
世界標準の経営理論(入山章栄、ダイヤモンド社、2019)では、どのような競争環境に事業が属しているかによって、競争との整合性が高い戦略(競争優位性を確立する方法)が異なることが示されており、3つの競争環境が紹介されている。
IO型の競争環境は、大規模投資や特許・許認可等の参入障壁が高いことが競争優位性の確立につながる競争環境であるため、現行業務の効率化や競合他社との協調的競争関係の構築などによって、新規参入者・代替品の参入を防ぐことが重要となる。
チェンバレン型の競争環境は、商品やサービスが他社と差別化されており、顧客ロイヤリティが競合他社より高いことが競争優位性の確立につながる環境であるため、顧客ロイヤリティの向上につなげるための現在の業務・サービスの改善やデジタルを活用した新たな商品やサービスの提供が重要となる。
シュンペーター型の競争環境は、素早く市場ニーズにあわせて商品・サービスを提供できることが競争優位性の確立につながる環境であるため、柔軟かつ素早く業務・システムを変更できる「変わり身の早さ」の実現が重要となる。
【説明ストーリー】
(1)IO型・チェンバレン型の競争環境に属している事業は現行業務の高度化を目指すべき(例外あり)
既に高い参入障壁や模倣コストが高い経営資源を保持しており、それにより持続的な競争優位性が担保できている状態であるため、参入障壁の高さ及び他社との差別化につながっている現行業務をデジタルでさらに高度化することを目指すべきである。現行業務をパッケージシステムが想定している標準的な業務にBPRしてしまうと競争優位性がなくなってしまう可能性がある。
(2)IO型・チェンバレン型の競争環境に属している事業でも協調的競争関係の構築によって参入障壁及び他社との差別化を目指す場合はFit to standardを採用すべき((2)の例外)
IO型・チェンバレン型の競争環境に属している事業であっても、協調的競争関係の構築によって参入障壁を高くする及び他社との差別化を狙う戦略を選択する場合においては、最小限の対応で競合他社と業務・システム統合できるよう、Fit to standardでDXを進めていくことが結果的に競争優位性の確立につながる。
(3)シュンペーター型の競争環境に属している事業はFit to standardを採用すべき
シュンペーター型の競争環境にいる事業・会社は変わり身が早いことが競争優位性になるため、各事業の業務・システムを可能な限り標準化し、ビジネスモデルや組織の見直しに伴う業務・システムの変更・改修が最小限になるような状態を目指すべきである。競合他社との協調により競争優位性を確保する選択肢もあるため、パッケージシステムが想定している標準的な業務に自社の業務をあわせるFit to standardというアプローチでDXを進めていき、他社とのバリューチェーンの統合も最小限の対応で出来るようにすることが好ましい。
説明ストーリー②:一時的な競争優位
【理論】
もう一つの経営学の理論として、一時的な競争優位について説明する。この理論では、不確実性の高い競争環境において、企業の戦略的行動は容易に模倣・打破されてしまうため、競争優位性を維持できる期間は極めて短く、企業は1つの優位性の確立だけに立ち止まらずに、次々に新しい競争優位性を獲得しながら、同時に競合が保持する優位性を侵食し続ける行動が必要と主張している。
【説明ストーリー】
(1)本社部門のDXはFit to standardを採用すべき
一時的な競争優位の波にうまく乗り続けるためには、経営層や本社部門による事業ポートフォリオの適切な評価と機動的な組み換えが重要であり、企業が保持する事業がM&A等で大きく変化しても、既存の業務・システムの中にすぐ組み込める状態が好ましい。よって、本社部門のDXはFit to standardを採用し、現行業務をグローバルで標準とされているパッケージシステムの業務にあわせていくことで、競争優位性の確立につながると考える。
終わりに
Fit to standardのアプローチを採用することは、多くの企業で使用されているパッケージシステムの標準機能に基づいたビジネスプロセスを採用することを意味するが、あらゆる業務を標準化することが競争優位性の確立に直接つながるかどうかには疑問が残る。また、標準化が企業の現場力の高さを失わせ、他社との差別化の要因となっている部分にネガティブな影響を与えるリスクもある。ただ、そのリスクに真正面から向き合い、自社の競争優位性を合理的に説明・関係者間で納得したうえでDXを進めることができれば、DXの成功確率は高くなるだろう。
本稿では説明ストーリーのほんの一部分しかご紹介できていないが、DX推進における社内説明の一助になれば幸いである。
参考
- 経済産業省、2024、『デジタルガバナンス・コード3.0~DX経営による企業価値向上に向けて~』(dgc3.0.pdf)
- 経済産業省、2018、『DXレポート』(20180907_03.pdf)
- 経済産業省・IPA、2019、『DX 推進指標」とそのガイダンス』(https://www.ipa.go.jp/digital/dx-suishin/ug65p90000001j8i-att/dx-suishin-guidance.pdf)
- 経済産業省 グローバル競争力強化に向けたCX研究会、2024、『グローバル競争時代に求められるコーポレート・トランスフォーメーション』、グローバル競争力強化に向けたCX研究会 報告書(20240603_1.pdf)
- 入山 章栄、2019、『世界標準の経営理論』、ダイヤモンド社(https://www.diamond.co.jp/book/9784478109571.html)
- デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社、2025、『「2025年の崖」から転落しなかった企業がすべきこと』、DTFA Institute(https://faportal.deloitte.jp/institute/report/articles/001203.html)
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執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
Digital
大植 拓郎
(2025.3.12)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。