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買収候補先企業の“ブランド”を理解してビッドに勝つ

Financial Advisory Topics 第5回

昨今、M&Aのディール局面において、買収候補先企業(以下、対象会社)が有する定量化が難しい価値の要素(理念・ビジョン、企業風土・文化、ブランド・知財等)について深く理解し、自らがベストオーナーであることを示すことが、売却先として選ばれるために必要となっています。対象会社のブランド理解をしっかりとしたうえで買収後の改善施策をブランド視点から提案した事例をご紹介します。

買い手は“ベストオーナー”であることが求められる

M&Aが企業経営における典型的なツールになって久しいが、買い手・売り手の双方でいわゆる「M&A慣れ」をしてきた企業が増えてきているように感じる。「M&A慣れ」をした売り手企業に目を向けると、より高い価格で会社(事業)を売却しようとした場合、相対取引ではなくオークション形式(ビッド)を選択することが一般的であろう。加えて、2020年に経済産業省が策定した「事業再編実務指針」にて言及された「ベストオーナー」という考え方が徐々に浸透してきた影響もあり、売り手企業が売却先を選定する際に対象企業(事業)にとって「ベストオーナー」であるかをこれまで以上に強く意識されるようになってきている。

そのような背景を踏まえると、オークションに参加している買い手は定量的な価値(入札価格)の提示だけではなく、定量化が難しい価値の要素(理念・ビジョン、企業風土・文化、ブランド・知財等)についても同様に深く理解し、自らがベストオーナーであることを示すことが、売却先として選ばれるために必要となっている。

ブランド価値への深い理解が導いた落札

今回は、「ブランド」が価値の一要素となっている企業(事業)が売却対象となるケースを想定してみる。このようなケースにおいて、買い手はそのブランドの生い立ちや過去から綿々と引き継がれるブランドのDNA(ブランドDNAとは、ブランドが培ってきた志であり、提供するコアバリューといえるもの)などといった本質的な価値の源泉を読み解き、そのブランドに想い入れを持つことが、対象会社の経営陣との共感を生むことに繋がるはずである。例えば、デューデリジェンスの局面において、コンサルタントの左脳集団による分析に加えて、よりクリエイティブ目線を持った右脳集団によるブランド価値の評価とブランドへの深い理解に基づく買収後の価値向上施策を示すことが効果的であると考える。

当社が過去にオークションディールでのバイサイドをサポートした案件で、入札額が他社よりも低かったにもかかわらず、対象会社のブランド理解をしっかりとしたうえで買収後の改善施策をブランド視点から提案した結果、ビッドに勝てた事例を紹介する。

 

クリエイティブ集団によるブランド評価

買い手候補A社は、高級日用品の有名ブランドを全国で卸・小売展開するB社の買収を検討しオークションに参加していた。A社は、ビジネスデューデリジェンス(以下、ビジネスDD)に加えて、ブランドにフォーカスを当てた分析とその結果を踏まえた買収後の改善・成長施策を検討するために、当社グループのサービスであるブランド評価(ブランドDD)も実施した。ブランドDDでは、定量的に評価しづらいブランドの現在の価値や状況を可視化することができる。ブランドDNA や事業コンテンツ(商品・サービスや顧客とのタッチポイントなど)の本質的な価値を明確にすることで、定性的な観点も含めた現状分析やリスク抽出が可能となり、事業の成長余地や未来に対する可能性など、将来に向けた価値創造の施策検討が可能になる。
※ブランドDDの詳細は後述

本件では、まず対象会社がコアとしている(差別化される)ブランド価値を仮説的に想定し、理想のターゲットユーザーが求める顧客体験価値を明確にした。そのうえで、ブランディング視点からの取り組み施策を検討した。施策の検討にあたっては、以下の6つの観点から対象会社の課題を洗い出した。

  1. ブランドの方向性(ポジショニング)
  2. MD・デザインアイデンティティ
  3. 店舗アイデンティティ
  4. 店舗運営・顧客とのリアルタッチポイント施策
  5. 店舗の立地戦略
  6. デジタルタッチポイント施策

また、施策のアイデア出しだけに留まらず、買収後の施策実行を見据えたステップ、スケジュールに落とし込まれたロードマップ作りまで行った。この作業は、買い手の意向も踏まえながら当社と一緒に実施しており、買い手は買収後のイメージをより具体的なものとしていくことにも繋がった。ここまで具体的に落とし込まれた施策の提案は、ブランディングの更なるブラッシュアップを対象会社に期待させることに成功した。

 

ブランドDDがもたらした効能

ブランドDDを実施することの最大のメリットは、現在の事業価値・ブランド価値の源泉を明確にすることで、定性的な観点も含めた現状分析やリスク抽出が可能となり、また、事業の成長余地や未来に対する可能性など、将来(PMI)に向けた価値創造の施策検討が可能になることである。加えて、ブランドDDをクリエイティブワークと連動させることで、PMIにおいて施策を迅速に具現化でき、経営のPDCAサイクルを加速することで事業計画の達成の確度を高めることが可能となる。

また、デューデリジェンスのチームにクリエイティブな専門家がいたことで、ディール中、対象会社のマネジメントとディスカッションをする際に、クリエイティブのフィルターを通した会話が可能となり、こちらのブランドへの深い理解を示すことにも繋がった点は、予想外の効果であったと感じている。

 

対象会社オーナーの心を動かす

結果、対象会社のオーナーは、A社の最終意向表明を受けて、A社であれば出資後も事業(ブランド)を大切に育ててくれると確信し、売却先をA社に決めた。実は入札価格は他の買い手候補よりも低かったようだが、ブランドDDでの施策提案がオーナーの意思決定を後押しすることになった。

今回ビジネスDDに加えてブランドDDも実施したことに対して、買い手のFAからはこれまでのディールとは違うユニークな提案を売り手側にできたとのお言葉を頂いた。後日談として、対象会社のオーナーは「A社が当社のブランドへの想いを奥深く理解してくれ、課題と改善策も明確にしてもらえた。A社が当社のことを真剣に検討してくれていることが伝わった。ブランドDDではそれができる」と語ってくれた。

 

ブランドDDはビジネスDDと組み合わせるべき

当社はこれまで数多くのディールを支援させて頂いてきたが、経済合理性だけでは勝てないケースもあることに改めて驚かされた。創業者自らが生み出し、大切に育ててきた我が子といっても過言でない“ブランド”への深い理解、共感をしてくれる相手を売却先に選ぶことがある意味で当然であることに気付かされた案件である。

対象会社から“ベストオーナー”として選ばれるためにも、通常のビジネスだけに留めず、今回DDのようにブランディング視点からの施策提案をすることが効果的であることをお伝えしたい。

デロイト トーマツグループでは、財務、ビジネス等の各種デューデリジェンスに加えて、今回ご紹介したブランドDDも含めてトータルでサポートが可能であることを述べて結びとさせていただく。

 

※ブランドDDの紹介

ブランドDDとは?

  • ブランドDDでは定量的に評価しづらいブランドの現在の価値や状況を可視化することができる
  • ブランドDDにより、ブランドDNA や事業コンテンツの本質的な価値を明確にすることで、定性的な観点も含めた現状分析やリスク抽出が可能となり、事業の成長余地や未来に対する可能性など、将来に向けた価値創造の施策検討が可能となる

※クリックまたはタップして拡大表示できます

どの様な項目を診断するのか?

  • ブランドDDではコーポレートブランド(ブランドDNA、コーポレートコミュニケーション等)とビジネスコンテンツ(プロダクト、サービス、空間、デジタル、顧客体験等)の2つのカテゴリーで構成されている

誰が診断するのか?

  • 評価実施は、専門家による診断に加え、必要に応じて、ステークホルダーによるインナー評価やユーザー評価による多面的な評価を実施可能である

どの様なアウトプットか?

  • 評価項目を細分化し、独自のメソッドにて定量的に評価実施した結果は、項目別にスコア化されるほかに課題と想定される項目に対する定性分析や強化施策のコメントが表記され、今後の施策検討が可能となる
  • 必要に応じて、競合となる企業やベンチマークブランドに関する調査比較もレーダーチャートなどで同時に提供され差別化戦略に向けた強化すべきポイントがより明確になる

どの様な時に診断が必要か?

  • 自社のブランディングを強化したい時:
    新事業計画策定、PMI、事業継承、IPO などの事業転換において、企業の存在意義や存在価値、ブランド価値を可視化し、成長を妨げている課題を抽出することで、新たな事業成長に向けた施策検討を実施し、価値創造の実現が可能となる
  • M&A 案件において対象会社(事業)のブランド評価をしたい時:
    対象会社もしくは対象事業をブランドの観点にて現状分析し、さらに、成長余地や未来に対する可能性などの将来的な価値創出の施策検討が可能となる
  • コーポレートアイデンティティの見直しを考えている時:
    ブランドとしてどのような姿を目指し、どのように評価されているのかを見える化し、Corporate IdentityやVisual Identityの見直しの方向性を定めることが可能となる
  • 定期的にブランドをチェックしたい時:
    継続的なブランドチェックにより、ブランディング施策の効果測定やブランド毀損のリスク発見が可能となる

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス
シニアヴァイスプレジデント 渡辺 敬次
ヴァイスプレジデント 木下 喬任

コーポレートデベロップメント
ヴァイスプレジデント 長谷川 知栄

 

監修

株式会社シー・アイ・エー(CIA Inc.)
代表取締役社長 江島 成佳

 

(2021.12.24)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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