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静脈産業と事業承継・M&A

Financial Advisory Topics 第11回

中小企業者の後継者問題は深刻な問題となっています。この現状の改善に努めない場合、中小企業者の廃業の急増により、令和7年頃までの10年間累計で約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性があります。今回は、使用済み製品を回収し、再使用、再生利用、適正処分を行う「静脈産業」の事業承継・M&Aについて解説します。

I. 日本の中小企業者の廃業増加と静脈産業

中小企業・小規模事業者(以下「中小企業者」という)は、地域の経済や雇用を担う重要な存在である。しかし、今後10年の間に、70歳(平均引退年齢)を超える中小企業者の経営者は約245万人と見込まれており、うち約半数の127万(日本企業全体の約3割)が後継者未定となることが見込まれている。この現状の改善に努めない場合、中小企業者の廃業の急増により、令和7年頃までの10年間累計で約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性がある。これに鑑み、日本政府は、令和7年までの10年程度を「事業承継の集中実施期間」とし、事業承継の支援を実施している。

日本の中小企業者の中で、今回は静脈産業の事業承継・M&Aについて注目したい。「静脈産業」とは、産業分類上定義されていないが、使用済み製品を回収し、再使用、再生利用、適正処分を行う産業のことである。経済活動を血液循環に例えて、資源を採取し、加工して製品を製造し、販売する「動脈産業」と対比される。静脈産業は主として、鉄非・鉄スクラップ等の金属くずをリサイクルする産業と燃え殻・汚泥・廃油・廃プラスチック等の産業廃棄物の処理を担う産業の2つを指すことが多い。

静脈産業のバリューチェーン
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スクラップとは、資源有効利用推進法(環境省)に基づく、建設リサイクル法・自動車リサイクル法・家電リサイクル法等により規定された、ビルの解体現場や自動車、家電等の廃材から発生する金属くずのことを指す。主に鉄を中心とする鉄スクラップ、銅、アルミを中心とした非鉄金属スクラップの2種類がある。これらの金属くずを回収した業者は、金属とそうでない物質に分ける選別工程を踏まえ、ギロチンやシュレッダーと呼ばれる大型機械を使用して金属くずの形を整えて、鉄鋼(電炉)メーカー等に販売する。

産業廃棄物とは、循環型社会形成推進基本法(環境省)に基づく、産業廃棄物の処理および清掃に関する法律(以下、産業廃棄物処理法)により、事業活動に伴って生じた燃え殻、汚泥、廃油、廃プラスチック等の20種類を指す。これら20種類を収集、運搬および処理することを反復継続して行う者のうち廃棄物処理法14条の許可を受けた者を「産業廃棄物処理業者」という。特に爆発性・毒性・感染性のあるものを特別管理産業廃棄物という。処理の方法は品目ごとに異なっており、例えば汚泥であれば脱水・乾燥・焼却のプロセス、廃プラスチックであれば、破砕・焼却のプロセスを経て処理される。

II. 循環型社会実現のための静脈産業と日本版静脈メジャーの萌芽

経済産業省「平成27年度地球温暖化問題等対策調査IoT活用による資源循環政策・関連産業の高度化・効率化基礎調査事業」によれば、消費された資源を回収し、再生・再利用することで、資源制約からデカップリングされた経済成長を実現する経済モデルをサーキュラーエコノミーと定義し、持続的な開発目標(SDGs)として、世界的に政策展開が進んでいるとのことである。循環型社会実現のためには、静脈産業の成長が必須となるが、海外(特にフランス、オーストラリア、アメリカ等)では売上高1兆円を超える「静脈メジャー」が存在するのに対して、日本の静脈産業は分散事業状態が合理化を阻んでおり、世界の中で遅れをとっている。日本では各自治体の許認可を基に地域密着で各事業者が展開しており、中小規模のオーナー系企業が各地に独立して存在し、日本全域型企業・グローバル展開を視野に入れる企業が少なかったためと考えられる。また、特にスクラップ処理業者においては、販売先である電炉メーカーがスクラップの買取価格を適時に公表しており、当該価格に売上が左右される。加えて、選別作業で発生するシュレッダーダストと呼ばれる廃プラスチック等の処理費用が圧迫して、利益確保を困難にしている。このように日本の静脈産業は、中小規模のオーナー系企業が多く、薄利な産業構造のため、他の産業に漏れなく後継者問題が存在し、廃業の多い状況にあると想定される。

循環型社会を実現するには静脈産業の成長が必須
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日本の静脈産業は更なる成長のために、集約化・高生産性化を進め、分散型事業を規模型事業に変えていく必要がある。すなわち、多品目×多地域で処理・運搬が可能なビッグプレイヤーの存在が必要不可欠である。品目×地域で拡大することで、規模が信用を生み、リサイクル手法の研究開発や海外輸出のフレート(海上運賃)削減、各品目の処理効率化、共同購買による調達効率化が進むことが期待される。このような品目×地域の拡大を早期に実現するためには、M&Aが有効な手段の一つである。成長意欲旺盛な中堅企業が後継者問題を抱えた中小規模の同業を買収したり、中堅企業同士でアライアンスを組んだりすることで品目×地域のカバーを広げる事例が増加し、業界再編が進みつつある。

カバーエリアおよび品目の例
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III. 静脈産業の事業承継・M&Aの留意点と政府の事業承継支援策

静脈産業は許認可事業であるため、M&Aがなされる場合は、買収後に新たに許認可を取得する必要のない株式譲渡のスキームを採ることが一般的である。また、M&A検討の際には、前述の通り許認可は品目×地域ごとにあることから、それぞれ処理・運搬において買手と対象会社の不足を補い合い、コストシナジーや販売シナジーが生まれるかどうかが重要である。さらには、不動産の取得・処分の点においてもM&A が解決手段の一つとなっている。大規模な設備(ギロチンやシュレッダーなど)や事業用土地建物を新規に取得するには、許認可の取得だけでなく、都市計画区分の条件充足、周辺地域の同意等が必要など、手間と時間を要する。また、既存の事業用不動産を処分する際には、過去に使用していた処理用機械が地中に埋蔵されていないか等、不動産鑑定に特別な注意を要するため、処分自体も容易ではない。そのため、投資側・処分側の諸条件が合致すればM&Aによって経営資源の引継ぎを円滑に行うことが可能である。

静脈産業のような業界再編等が進む中小企業者に対して、経済産業省中小企業庁や独立行政法人中小企業基盤整備機構では、経営資源の引継ぎが円滑に行われ、企業の新陳代謝が活発になるよう、補助金制度を設けている。令和3年度補正予算および令和4年度当初予算の事業承継・引継ぎ補助金では専門家活用・経営革新・廃業再チャレンジの3つの事業から、様々な事業承継・引継ぎの貌に合わせて補助を受けることができる。我が国の中小企業者の廃業が急増する中、技術やノウハウ、人材などの経営資源が失われることのないように、また、継続的な成長が実現できるように、このような補助金制度等も活用していくことが望ましい。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートファイナンシャルアドバイザリー
アナリスト 中田 健大郎

(2022.7.12)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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