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民間企業から国際開発・社会課題へアプローチする

Financial Advisory Topics 第31回 スリランカの社会課題解決に貢献する農作物サプライチェーンの事例より

国際開発における民間企業の関わり方の一例として、零細農家を自社のサプライチェーンに取り込み、農家の生計向上を後押ししているスリランカ大手スーパーマーケットの事例を紹介し、民間企業の持続的な社会課題とのかかわり方について考察します。

はじめに

新興国・開発途上国において民間企業は経済成長や雇用創出の原動力として大切な役割を担っており、国際開発への民間企業の関わり方を考えることは、民間企業の持つ商品やサービス、革新的なソリューションを新興国・開発途上国の持続的発展に取り込むうえで重要である。当社(デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社)は、独立行政法人国際協力機構(JICA)を含め国内外の公的機関からの受託調査を通じて、国際開発における民間企業の連携・参入に関して様々な情報の収集、分析、および提言を行ってきた。本稿では、国際開発における民間企業の関わり方の一例として、一般的には大企業の取引先とはならない零細農家を自社のサプライチェーンに取り込み、農家の生計向上を後押ししているスリランカ大手スーパーマーケットのA社およびその関連銀行であるB銀行の事例を紹介し、民間企業の持続的な社会課題とのかかわり方について考察する。

新興国・開発途上国における農作物サプライチェーンおよび農家の金融アクセス問題

新興国・開発途上国において、農業は時にその国の労働人口の過半数を占める主要な産業である一方、そうした農業従事者の生計は厳しく、貧困状態にさらされている農家も少なくない。農作物のサプライチェーンには「投入財の供給」、「生産」、「加工と保管」、「輸送と流通」、「販売」といった段階があるが、新興国・開発途上国では各段階およびそれらのつながりが十分に整備されておらず、結果として農業・食品産業全体の生産性低下につながっている。

各段階は大きく供給側と需要側に分けられる。供給側である農家は、多くが小規模農家であり、一定規模のまとまった収穫を用意することができないため良い売り先を見つけられず、収入が増えない、あるいは需要情報を把握できず価格の高い作物の生産ができないといった課題を持っている。加えて、そうした農家は収入が不安定で信用力が低く、担保も十分に用意することができないために事業資金の借り入れを行うことができず、設備投資(農業用ハウス、灌漑設備など)やランニングコストへの支出(肥料、種子、農業資材など)ができないことから、生産性を高めることができない。一方で需要側である小売店や加工業者といった買い手は、そうした農家から品質の高い商品を一定量購入することができず、市場の需要を十分に満たすことができないという課題を抱えている。

こうした課題に対し、独自のビジネスモデルを活用してアプローチしている企業がスリランカ大手スーパーマーケット事業を展開するA社およびその関連銀行であるB銀行である。

A社のサプライチェーンおよびB銀行の農家向け融資スキーム

A社は1840年代に設立され、主にスーパーマーケットチェーンと食品加工業を営む企業であり、小売業においてスリランカ最大規模の売上を誇る。スーパーマーケット、コンビニエンスストア、ハイパーマーケットのチェーンを運営するほか、様々な飲料ブランドやその他消費財の製造・販売を行う。自社製品には、肉、乳製品アイスクリーム、牛乳、ジャム、調味料、飲料などが含まれる。その他の事業として、ファストフード、レストラン、ホテル事業なども展開している。また、2010年代に銀行業務のライセンスを取得しB銀行として銀行事業も開始した。

A社は独自の農作物サプライチェーンおよび農家ネットワークを構築している。以下にその模式図を示す。

サプライチェーン

A社へ出荷できる農家に制限はなく、耕作規模や出荷量に関わらずどの農家でも出荷することができる。A社へ出荷したい農家は、持ち込む前日に事前に集荷センターへ連絡し、当日農家自身で農産物を集荷センターへ持ち込む。農家からの出荷情報は配送センターへ連携され、供給量の把握や出荷管理に利用される。集荷センターでは農作物の選定が行われ、その場で買取金額が確定する。買取金額は翌日までにB銀行の口座へ振り込まれる。

A社は契約栽培による農家の囲い込みは行わない一方、農家の登録を行っており、専用のアプリケーションを用いて農家の取引履歴や圃場(水田や畑など農作物を栽培するための場所)の情報等を記録したデータベースが作成されている。農家情報については地域の農業普及員から情報提供を受けるほか、A社のスタッフが自ら圃場へ赴き農家の状況を確認することもある。A社では登録農家へ地区ごとの農家ミーティングを実施し、栽培シーズンの初めに市場需要の情報を提供するほか、農薬・肥料の適正利用や栽培方法等の研修を行う。研修の際は農業普及員とも連携する。

農家は出荷の際の農作物選定方法の指導も受け、出荷する際には農家自身で農作物の選定を行う。集荷センターで買い取られるのは基本的にはファーストグレードのもののみであり、買取価格は市場価格よりも高額になるように設定されている。

農家が設備投資や運転資金の融資を希望する場合、データベースに登録されているこれまでの取引履歴などから集荷センターのスタッフが融資可能と判断すると、集荷センターからB銀行へ農家の推薦が行われ、これまでの取引履歴などを含む農家の情報が連携される。推薦された農家は、複数人で連帯保証を組むことにより、無担保で融資を受けることができる。

A社モデルの特徴

上述したA社のサプライチェーンには、以下のような特徴がある。

① 誰でも集荷センターに出荷できる

A社と農家の関係は契約栽培ではなく、出荷する農家へ制限を設けていない。一般的な契約農家となる場合、一定の出荷量の確保や品質の観点から比較的大規模な農家しか契約できないことが多く、小規模農家にとっては優良な市場へのアクセスにおいて大きなハードルとなる。一方A社では最小1kgから出荷が可能で、小規模農家も排除されない仕組みとなっている。また、契約農家の場合はほかへの販売が制限されるケースが多いが、A社の仕組みでは売り先選択が制限されないというのも農家にとって大きなメリットである。

② 他市場よりも高値の買取り

A社では高品質の農作物のみ買取りを行っており、その価格は一般の卸売市場よりも高値である。一般の卸売市場では、重量ベースでの買取金額となり、品質の良し悪しは買取金額に考慮されない場合が多い。そのためA社で高品質のものを高価格で買い取りすることにより、農家にとっては収益向上につながるほか、農家が品質を意識した生産を行うインセンティブ向上にもつながる。A社ではGAP(Good Agricultural Practices:農業生産工程管理)の認証を受けている農家からの買取金額も通常より30%高値に設定しており、農家の品質向上に向けた活動を後押しする仕組みとなっている。

③ 自社システムによる農家データベースと担保の要らない融資

A社では出荷農家の登録を行っており、過去の取引履歴や農家、圃場の情報をデータベースで管理している。これによりA社は優良な農家を把握し効率的な供給管理ができることに加え、農家はそれらデータを利用した融資サービスを受けることができる。小規模農家は収入が不安定であり信用力が低いうえ、担保を用意できず通常の融資を受けることが難しい場合が多い。しかし本スキームでは過去の取引履歴などが農家の信用力を示すデータとなり、また複数人で連帯保証グループを作ることで担保の要らない融資が可能となっている。

このように、A社のサプライチェーンにはこれまで農家の経営で課題となっていた小規模栽培による限られた市場アクセス、付加価値向上へのモチベーションの不足、金融アクセスを補う仕組みが複数備わっており、A社の企業としてのメリットだけでなく、それを利用する農家にも利益が還元されるシステムが構築されている。

まとめと今後の展望

本稿では、民間企業から社会課題へアプローチし、解決に貢献している事例として、スリランカの大手スーパーA社の事例を紹介した。近年、新興国・開発途上国の社会課題解決に対する民間企業の役割は重要性を増している。社会課題に対するアプローチを一次的なものに終わらせず、持続可能な形で進めていくうえでは、企業、顧客・消費者、社会のどれかが負担を被る形ではなく、民間企業が自身の経営活動を進める中でお互いに利益を享受できる三方(売り手、買い手、および世間)よしの仕組みづくりが大切である。また、A社の事例で特徴的なポイントとして、これまで市場に取り込むことの難しかった層である小規模農家も取り込んだアプローチが行われているという点がある。ともすれば除外されてしまうような層であっても、仕組みを工夫することにより企業活動に取り込むことができるということの良い事例であり、こうしたA社の事例は今後の社会課題解決における民間企業のかかわり方に関し有効なモデルケースになると考える。

持続可能な開発目標(SDGs)達成において、民間企業は重要なパートナーと認識されており、その国際開発における役割は年々増している。途上国の社会課題も含め、世界の様々な課題解決に関心のある民間企業のニーズをくみ取り、民間企業がポテンシャルを最大限発揮できる仕組みを官民で連携して構築していくことが重要である。

 

(なお、本文中の意見や見解に関わる部分は筆者の私見であり、筆者の属する組織の見解ではないことを、予めお断りいたします。)

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
インフラ・公共セクターアドバイザリー
アナリスト 中村 彩乃

 

(2024.4.3)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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