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よくわかる「IASB概念フレームワーク」シリーズ(1)第1回  概念フレームワークとは何か、概念フレームワークの目的

(月刊誌『会計情報』2018年7月号)

よくわかる「IASB概念フレームワーク」シリーズでは、概念フレームワークの内容及び今回の改訂における主要な変更点について、IASBで客員研究員として概念フレームワークプロジェクトの最終段階に実際にかかわった筆者がわかりやすく解説します。

著者: 公認会計士 藤原 由紀

はじめに

国際会計基準審議会(IASB)は、2018年3月29日に「財務報告に関する概念フレームワーク」の改訂版(以下、「財務報告に関する概念フレームワーク」を「概念フレームワーク」といい、当該改訂版を「2018年版フレームワーク」という。)を公表した。よくわかる「IASB概念フレームワーク」シリーズでは、概念フレームワークの内容及び今回の改訂における主要な変更点について、IASBで客員研究員として概念フレームワークプロジェクトの最終段階に実際にかかわった筆者がわかりやすく解説する。

概念フレームワークとは何か?

さて、シリーズ第1回目は、そもそも概念フレームワークとは何かというところから話を始めたい。読者の中には、概念フレームワークという名前は聞いたことがあっても、それがどのようなものなのかよく知らないという方もおられるのではないだろうか。実際に財務諸表を作成する際、あるいは財務諸表を監査する際などに概念フレームワークを紐解いたという方は、きわめて少ないのではないかと想像する。

概念フレームワークは、一般目的財務報告 *1の目的と、そのための概念を記述した文書である。もちろんこれだけでは漠然としすぎていて、何のことだかよくわからないと思われる方が大半だろう。もう少し具体的にいうと、概念フレームワークは、財務報告が誰のための、あるいは何のためのものなのか、その目的を達成するためにどういう情報を含んでいなければならないのかという根本的な考え方を述べたものである。その具体的な内容に立ち入る前に、ここでは概念フレームワーク自体が誰のための、あるいは何のための文書なのかという点を考えてみたい。2018年版フレームワークは、概念フレームワークの目的を次のように述べている。

  1. IASBが首尾一貫した概念に基づいたIFRS基準の開発を行うのを支援する
  2. 特定の取引または他の事象に当てはまるIFRS基準がない場合、またはIFRS基準が会計処理の選択を認めている場合に、作成者が首尾一貫した会計方針を策定するのを支援する
  3. 全ての関係者がIFRS基準を理解し解釈するのを支援する

さて、これらの目的はいったいどのようなことを述べているのであろうか。目的の1点目は、IASBがIFRS基準の開発を行うのを支援する、ということである。もし概念フレームワークが存在しなかったら、IASBの基準開発にどのような問題が生じうるであろうか。IFRS基準はIASBメンバーの審議を通じて開発されるが、その開発にはある程度の期間が必要であり、場合によっては特定の基準の開発の過程で少なからぬIASBメンバーが入れ替わってしまうことさえありうる。仮に概念フレームワークが存在しなかった場合、その時々のIASBメンバーの信念に基づいて開発された複数のIFRS基準が首尾一貫しない可能性は否定できない *2。概念フレームワークが存在することにより、このような状況が回避されると期待される。すなわち、概念フレームワークを参照してIFRS基準が開発されることにより、たとえばいずれの基準も首尾一貫した資産、負債、持分、収益、費用の定義や認識規準、測定に関するガイダンス等に基づいていることから、基準間の首尾一貫性も確保されると期待されるのである。

概念フレームワークを利用するのは、IASBのみではない。目的の2点目に述べられているように、特定の状況においては作成者も概念フレームワークを利用することとなる。ここでご注意いただきたいのは、概念フレームワークを利用する場面は個々の会計処理を行う際ではなく、会計方針の策定の場面だということである。しかも、通常作成者は概念フレームワークではなく、個々のIFRS基準に基づいて会計方針を策定しなければならない。たとえば、特定の取引等に当てはまるIFRS基準が存在しないというようなまれな場合においては、作成者はまず類似の事項や関連する事項を扱っているIFRS基準を検討し、それでもまだ十分でない場合においてのみ、概念フレームワークを参照して会計方針を策定することとなる *3

それでは、IASBメンバーではない読者の大半にとって、概念フレームワークを学ぶ意味はないのだろうか。答えは否である。目的の3点目に述べられているとおり、概念フレームワークは全ての関係者がIFRS基準を理解し解釈するのを支援することが期待されている。すなわち、IFRS基準設定の背後にある根本的な概念を理解することで、IFRS基準自体の理解を深め、適切な解釈が可能となると期待されるのである。また、今回の改訂の内容を知ることで、今後どのような方向性のIFRS基準が開発されるのかという視点をえることも可能であろう。本シリーズが少しでもそのお役に立てれば幸いである。

概念フレームワークはIFRS基準か?

それではここで問題である。概念フレームワークそれ自体はIFRS基準だろうか?ここまで読んでこられた読者はすでにお察しのことかと思うが、答えは否である。概念フレームワークとIFRS基準の最大の違いは、そのステータスにある。IFRSを適用している企業にとって、各IFRS基準は強制適用文書であるが、概念フレームワークはそうではない。これはいったい何を意味するのであろうか。

概念フレームワークと各IFRS基準の間に、文言の不整合が見られる場合がある。これは2018年版フレームワークにおいても、改訂前の概念フレームワーク(1989年版フレームワーク、2010年版フレームワーク) *4においても同様である。たとえばIAS第38号「無形資産」における資産の定義は、2018年版フレームワークにおける資産の定義とは異なっている。ある企業がIAS第38号の範囲に該当する取引に関する会計方針を策定し、それに基づいて会計処理を行おうとしたとき、この不整合にどのように対処すればよいのだろうか?このような場合、優先するのは常に(強制適用文書である)IFRS基準、すなわちこの場合IAS第38号である。したがって、当該企業は2018年版フレームワークの資産の定義について気を煩わせる必要はなく、IAS第38号の要求事項にしたがって会計方針を策定し、会計処理を行えばよい。概念フレームワークは決して既存のIFRS基準を自動的に上書き変更することはない *5。既存のIFRS基準の改訂が必要かどうかは、概念フレームワークとの不整合の有無にかかわらず、IASBのデュー・プロセスにしたがってその必要性が十分に吟味される。その結果改訂が必要と判断された場合には、通常のIFRS基準の改訂と同様の審議手続きを経ることとなる。
また、概念フレームワークは、IASBが概念フレームワークの記述の一部から逸脱したIFRS基準を開発しうることを明示的に認めている。これは財務報告の目的(後述)に合致する場合にのみ許されることであり、この場合IASBはIFRS基準の結論の根拠でその逸脱の理由を説明することが必要である。

財務報告は何のためにあるのか?

ここからは2018年版フレームワークの第1章「一般目的財務報告の目的」の内容に基づいて、財務報告は何のためにあるのかについて解説する。この点を理解しておくことは、シリーズ第2回以降で見ていく概念フレームワークの具体的な内容を理解するためにも重要である。

本題に入る前に、背景の整理をしておきたい。「一般目的財務報告の目的」の章は、もともと2010年の概念フレームワーク改訂で公表されたものであり、当初IASBは今回の改訂でこの章を改訂することを予定していなかった。しかしながら、プロジェクトの過程で寄せられたコメントを考慮し、最終的に第1章においてスチュワードシップ *6に関する明確化を図ることとしたものである。

それでは本題に入ろう。1つ目の疑問は、「財務報告は誰のためのものか」というものである。概念フレームワークでは、財務報告はその「主要な利用者」のためのものであるとしている。ここで財務報告の主要な利用者とは、必要とする大半の情報の入手を財務報告に頼る必要がある人々、すなわち、企業の現在の/潜在的な投資者、融資者及び他の債権者のことである。もちろんその他の人々、たとえば規制当局や経営者も財務報告を利用することはあるであろう。しかしながら、これらの人々は概念フレームワークにおける主要な利用者には含まれていない。以下、本シリーズを通じて主要な利用者のことを単に「利用者」というが、これは企業の現在の/潜在的な投資者、融資者及び他の債権者を指していることを頭の片隅に入れておいていただけると幸いである。

さて2つ目の疑問は、「財務報告は何のためのものか」というものである。概念フレームワークに述べられている財務報告の目的は、利用者が企業への資源の提供に関する意思決定を行う際に有用な財務情報を提供することである。日本語で読むとさらりと通り過ぎてしまうかもしれないが、この「有用な(useful)」という語は概念フレームワークを通じて非常に重要な概念であり、最も重要であるといっても過言ではない。端的にいうと、財務報告の目的は有用な情報を提供することであり、有用でない情報は提供しなくてよい(むしろ提供しないほうがよい)ということになる。

どのような情報が有用なのかの説明はシリーズ第2回に譲るとして、ここでは利用者の意思決定についてもう少し詳しく見てみよう。利用者の資源の提供に関する意思決定には、以下のような意思決定が含まれる。なお以下の意思決定のうち3点目に関しては、今回の改訂でスチュワードシップに関する明確化として追加された記述である。

  1.  企業の株式や社債等を買う、売る、または保有し続けるという意思決定
  2.  企業に貸付等を行う、または貸付金等を回収するという意思決定
  3.  経営者の行動に対して影響を与える権利(たとえば株主総会における投票権)を行使するという意思決定

さて、このような意思決定を行うために、利用者はどのようなことを評価するであろうか。概念フレームワークは、利用者は以下の2点について評価を行うとしている。なおこのうち2点目に関しては、今回の改訂でスチュワードシップに関する明確化として追加された記述である。

  1. 将来の企業に対する正味キャッシュ・インフローの見通し
  2. 企業の経済的資源についての経営者のスチュワードシップ

これら2点の評価を行うため、利用者は以下の情報を必要とする。上記の評価項目と以下の情報は1対1対応ではなく、上記の双方の評価を行うため、以下の双方の情報が必要であるという点に留意されたい。

  1. 企業の経済的資源、企業に対する請求権及びこれらの変動に関する情報
  2. 経営者が、企業の経済的資源を使用する責任を、いかに効果的かつ効率的に果たしたかに関する情報

したがって、これらが財務報告の中で提供されるべき情報ということになる。

おわりに

シリーズ第1回目となる今回は、概念フレームワークの目的、ステータス及び財務報告の目的について解説した。これらを理解することは、シリーズ第2回以降で見ていく概念フレームワークの具体的な内容を理解していく上でも重要なポイントとなる。第2回となる次回は、有用な財務情報の質的特性及び報告企業について解説する予定である。

以 上

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*1 概念フレームワークは一般目的以外の財務報告について触れていないため、以下単に「財務報告」という

*2 実際、その他包括利益の使用の可否、及びリサイクリングの要否について、IFRS基準間の首尾一貫性がないとの指摘がなされてきたことはIASBも認識しており、これが2018年版フレームワークにその他包括利益についての記述を含める大きな要因となった。この点についての詳細はシリーズ後半で改めて述べることとしたい。

*3 この優先順位はIAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」に定められている。

*4  IFRSにおける最初の概念フレームワークは、1989年にIASBの前身である国際会計基準委員会が公表した「財務諸表の作成及び表示に関するフレームワーク」であり、以下これを「1989年版フレームワーク」という。IASBは2010年に1989年版フレームワークの一部を改訂し、「財務報告に関する概念フレームワーク」を公表した。以下これを「2010年版フレームワーク」という。

*5 ただし、IASBは、2018年版フレームワークの公表と同時に、既存のIFRS基準に含まれる1989年版フレームワーク(あるいは2010年版フレームワーク)への参照記述の一部を置き換えるため、「IFRS基準における概念フレームワークへの参照の修正」という強制適用文書を別途公表しており、当該文書の発効日は2020年1月1日である。当該文書による作成者への重要な影響はないと考えられている。なお2018年版フレームワークは強制適用文書ではないため発効日はないが、IASB及びIFRS解釈指針委員会は、その公表日より2018年版フレームワークを使用してIFRS基準の開発及び解釈を行っている。

*6 スチュワードシップという用語については、各国言語への翻訳の困難性も認識されている。日本語では「受託責任」という訳があてられることもあるが、本シリーズではスチュワードシップという語をそのまま用いている。
 

 

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