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会計制度委員会研究報告第15号「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告」の概要(第5回)
月刊誌『会計情報』2020年6月号
公認会計士 安場 達哉
1.はじめに
日本公認会計士協会(会計制度委員会)は、2019年5月27日付けで、会計制度委員会研究報告第15号「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告」(以下「本研究報告」という。)を公表した。
本連載では、本研究報告を5回に分けて概要を紹介する。本号においては、第5回としてインセンティブ報酬に関するその他の会計上の論点(各論②)について取り上げる。
第1回(2019年8月号(Vol.516)掲載) | インセンティブ報酬をめぐる最近の流れ |
インセンティブ報酬の類型と現行の会計基準で定められている事項の概要 | |
第2回(2019年10月号(Vol.518)掲載) | インセンティブ報酬に関する会計上の論点(総論) |
第3回(2019年12月号(Vol.520)掲載) | インセンティブ報酬に関する会計上の論点と会社法の関係 |
第4回(2020年4月号(Vol.524)掲載) | インセンティブ報酬に関するその他の会計上の論点(各論①) |
第5回 | インセンティブ報酬に関するその他の会計上の論点(各論②) |
本連載では、以下の略称を用いている。
ストック・オプション会計基準・・企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」
ストック・オプション適用指針・・企業会計基準適用指針第11号「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」
関連当事者会計基準・・企業会計基準第11号「関連当事者の開示に関する会計基準」
2.インセンティブ報酬に関するその他の会計上の論点般
本稿においては、会計上の論点の各論②として、親子会社間の制度の取扱い、未公開企業における取扱い、税効果会計適用上の論点、開示上の論点について解説を行う。
(1) 親子会社間の制度の取扱い
持株会社等を中心に子会社の役員等にも親会社株式によるインセンティブ報酬を付与するケースがある。このように親会社がインセンティブ報酬を子会社の役員等に付与する場合の、親会社及び子会社での会計処理については本研究報告では下記のように整理を行っている。交付の態様として、ストック・オプション適用指針第62項(1)〜(3)の分類に従い整理する。
交付の態様 | 親会社の会計処理 | 子会社の会計処理 |
---|---|---|
(1)親会社が子会社の役員等に直接交付する場合 | 子会社において、報酬として位置付けられていることを前提に、株式報酬費用等が計上される。 | 子会社において、報酬として位置付けられていることを前提に、株式報酬費用等が計上されるとともに、子会社では株式報酬費用等の負担を免れたことによる利得を株式報酬受入益等の科目で利益計上する。 |
(2)親会社が子会社を通じて子会社の役員等に交付する場合 | 同上(交付の経路が異なるのみで会計処理は(1)と同様となる) | 同上(交付の経路が異なるのみで会計処理は(1)と同様となる) |
(3)子会社が自社の役員等に報酬として交付する場合 | 親会社株式の交付が行われるものの、株式価値相当が親子会社で精算されるため、親会社では費用計上されず、負担は子会社で行われる。 | 子会社が有償で親会社株式価値相当を負担し、報酬を支払ったものとされるため、株式報酬費用等が計上される。 |
連結財務諸表においては、(1)及び(2)については、親会社と子会社の個別財務諸表の双方で株式報酬費用等が計上されているため、子会社における株式報酬受入益と相殺する。(3)の場合、損益計算書での相殺項目はないが、貸借対照表に未精算の債権債務が計上されている場合は、相殺消去される。
(2) 株式型のインセンティブ報酬における未公開企業の取扱い
株式型のインセンティブ報酬を発行する場合、報酬額は株価×株数で算定される。発行会社が未公開企業の場合、参照する株価をどのように算定するかが論点となる。この点、ストック・オプション会計基準においては、未公開企業のオプション価値の算定については自社の株価情報の収集ができず、特に株価変動性について信頼性を持った見積りが困難であると考えられ、「単位当たり本源的価値」での算定が認められている。(ストック・オプション会計基準第13項)
「単位当たり本源的価値」とは、ストック・オプションの原資産である自社の株式評価額と行使価格の差額である。自社の株式の評価額の算定については、ストック・オプション会計基準では特に言及されておらず、DCF法などの一般的な株価評価手法により算定されていると考えられる。未公開企業においても株価については同様に一般的な株価評価方法としてDCF法などの手法により算定することが考えられる。
(3) 税効果会計適用上の論点
会計上の費用は対象勤務期間にわたって計上される一方で、損金算入時期が対象勤務期間の終了時期になるようなインセンティブ報酬は、費用計上時期と損金算入時期が相違するため、税効果会計の検討が必要になる。また、インセンティブ報酬に特有の論点として、会計上の費用計上に用いる株式評価額と損金算入に用いる株式評価額が異なるケースがあり、具体的な税効果会計の適用方法が論点となる。
この点、本研究報告においては、税効果会計の適用対象としない考え方、税効果会計の適用対象とする考え方の2つが示されているが、本稿においては後者の考え方を紹介する。
前提条件
- 対象勤務期間はX1年〜X3年の3年間である。
- 付与時の株価は300であり、これを3年間で費用計上する
- X3年度終了時の損金算入時点の株価は200であり、税務上の損金算入額は200となる。
- 税率は30%とする。
X1年度 | X2年度 | X3年度 | |
---|---|---|---|
会計上の費用計上額 | 100 | 100 | 100 |
税務上の損金算入額 | 200 | ||
期末時点の株価 | 300 | 250 | 200 |
繰延税金資産計上額 (パターン1) |
30 (=100×30%) |
60 (=200×30%) |
90 (=300×30%) |
繰延税金資産計上額 (パターン2) |
30 (=100×30%×300/300) |
50 (=200×30%×250/300) |
60 (=300×30%×200/300) |
【パターン1】費用計上時の株価相当を将来減算一時差異として取り扱う考え方
上記の設例のケースであれば、会計上の費用計上額である300を将来減算一時差異として取り扱う。
【パターン2】費用計上額と期末株価相当額を比較して、いずれか小さい額が将来の課税所得を減少させる最善の見積りと考え、将来減算一時差異として取り扱う考え方
上記の設例のケースであれば、当初は会計上の費用計上額を将来減算一時差異として取り扱うが、期末時点で株価が下落している場合は株価の下落分については、評価性引当額として繰延税金資産の計上対象から除外することになる。
(4)開示上の論点
① 1株当たり利益への影響
インセンティブ報酬においてはパフォーマンス・シェアなど事後的に株式を発行するケースにおいて、潜在株式として潜在株式調整後1株当たり純利益の算定において考慮すべきかどうかが論点となる。
潜在株式とはその保有者が普通株式を取得することができる権利若しくは普通株式への転換請求権又はこれらに準じる権利が付された証券又は契約をいい、例えばワラントや転換証券が含まれる(企業会計基準第2号 「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第9項)と定義されている。パフォーマンス・シェアは将来において株式を受け取る可能性はあるものの、普通株式を取得することができる権利といえるかどうかについては判断を要することになると思われる。
また、潜在株式に該当しない場合でも、条件付発行可能普通株式に該当するか検討をする必要がある。条件付発行可能普通株式とは特定の条件(ただし、単に時間の経過により条件が達成される場合を除く。)を満たした場合に普通株式を発行することとなる証券又は契約をいう(企業会計基準適用指針第4号 「1株当たり当期純利益に関する会計基準の適用指針」第4項)と定義されている。
なお、潜在株式や条件付発行可能普通株式に該当しない場合でも、投資家に対する情報提供の観点から、潜在株式調整後1株当たり純利益に準じた開示を追加情報として行うことが考えられる。
② ストック・オプションに関する注記
ストック・オプションを導入している企業は、ストック・オプション会計基準第16項や「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」第8条の14などの規定に基づき、財務諸表への影響額やストック・オプションの内容・規模・変動状況、公正な評価単価の見積方法など、ストック・オプションに関する一定の事項を注記する必要がある。
これらについては、ストック・オプション会計基準の適用対象になるものに対して要求されている開示事項であるが、注記の趣旨からは、ストック・オプション以外の自社株型インセンティブ報酬を導入している企業においても、追加情報として記載することも考えられる。
③ 関連当事者との取引に関する注記
財務諸表作成会社の役員は関連当事者に該当(関連当事者会計基準第5項)するため、会社と役員との取引は関連当事者との取引として開示対象になるかを検討する必要がある。この点、役員に対する報酬、賞与及び退職慰労金の支払いは開示対象外と定められている(関連当事者会計基準第9項(2)) *1が、資本取引については、開示対象の取引に含めることとされている。(関連当事者会計基準第28項)
ストック・オプションに関する役員との取引のうち、費用処理につながる新株予約権の付与は役員に対する報酬として開示対象外取引となるものの、権利行使に伴う株式の発行については、開示の基準を満たす場合は資本取引として開示対象となると考えられる。ストック・オプション以外のインセンティブ報酬についても、この考え方などを参考に関連当事者との取引として開示すべきものがないかどうか、検討することが必要である。
④ 重要な後発事象に関する注記
役員向けインセンティブ報酬の導入は、通常定時株主総会の決議によって意思決定されることが考えられるため、定時株主総会以後が監査報告書日となる場合は、後発事象としての開示の要否及び開示内容を検討する必要があると考えられる。
⑤ 有価証券報告書のコーポレート・ガバナンスの状況の開示
上場企業の有価証券報告書の「第一部【企業情報】」「第4【提出会社の状況】」「4【コーポレート・ガバナンスの状況等】」「(4)【役員の報酬等】」では提出会社の役員の報酬等の額又はその算定方法の決定に関する方針を定めている場合に、当該方針の内容及び決定方法を記載することとされている。また、提出会社の役員の報酬等に業績連動報酬が含まれる場合において、業績連動報酬と業績連動以外の報酬等の支給割合の決定に関する方針を定めているときは、当該方針の内容を記載すること、加えて、当該業績連動報酬に係る指標、当該指標を選択した理由及び当該業績連動報酬の額の決定方法を記載することとされている。
さらに役員区分ごとに報酬等の総額、報酬等の種類別(例えば、固定報酬、業績連動報酬及び役員退職慰労金等の区分)の総額及び対象となる役員の員数の記載をする必要がある。(「企業内容等の開示に関する内閣府令」第三号様式(記載上の注意(38)及び第二号様式(記載上の注意(57))
⑥ 会社法事業報告における役員報酬の開示
公開会社の事業報告においては、下記の区分に応じて役員報酬の開示が必要となる。(会社法施行規則第121条第4号)
区分 | 開示事項 |
---|---|
会社役員の全部につき取締役、会計参与、監査役又は執行役ごとの報酬等の総額を掲げることとする場合 | 取締役、会計参与、監査役又は執行役ごとの報酬等の総額及び員数 |
会社役員の全部につき当該会社役員ごとの報酬等の額を掲げることとする場合 | 当該会社役員ごとの報酬等の額 |
会社役員の一部につき当該会社役員ごとの報酬等の額を掲げることとする場合 | 当該会社役員ごとの報酬等の額並びにその他の会社役員についての取締役、会計参与、監査役又は執行役ごとの報酬等の総額及び員数 |
以上
*1 役員報酬の開示については現行の「企業内容等の開示に関する内閣府令」では、非財務情報であるコーポレート・ガバナンスに関する情報の中で役員報酬の内容の開示を規定しており、我が国や米国での役員報酬に関する現行の開示方法を考慮して関連当事者会計基準では開示対象外としている。(関連当事者会計基準第33項)
本記事に関する留意事項
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