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会計制度委員会研究報告第17号「環境価値取引の会計処理に関する研究報告-気候変動の課題解決に向けた新たな取引への対応-」の概要(第2回)

月刊誌『会計情報』2024年1月号

公認会計士 豐岳 光晴

1. はじめに

日本公認会計士協会(会計制度委員会)は、2023年9月21日に、会計制度委員会研究報告第17号「環境価値取引の会計処理に関する研究報告-気候変動の課題解決に向けた新たな取引への対応-」(以下、「本研究報告」という。)を公表した。

本稿では、本研究報告の概要を2回に分けて紹介する。

第1回

  • 我が国の会計基準における排出量取引の取扱い
  • クレジットを用いた近年の環境価値取引

第2回

  • 非化石証書を用いた環境価値取引
  • 研究内容を踏まえた提言

 

本研究報告は、5つのパートから構成されている。

「Ⅰ.はじめに」では、検討の経緯として種々の環境関連取引が近年行われていることを挙げており、本研究報告の検討の対象として環境価値を直接取引対象とする環境関連取引に限定していることが記載されている。

「Ⅱ.我が国の会計基準における排出量取引の取扱い」では、排出量取引に関する会計処理の会計基準における取扱いとして実務対応報告第15号「排出量取引の会計処理に関する当面の取扱い」(以下、「実務対応報告第15号」という。)の概要を紹介したうえで、どのような取引が実務対応報告第15号の適用対象となるのかの判断ポイントについて考察が行われている。

「Ⅲ.クレジットを用いた近年の環境価値取引」では、J-クレジット制度、二国間クレジット制度、ボランタリークレジット制度の概要等が紹介されている。また、環境価値が組み込まれた財又はサービスが提供される取引の例として、カーボンニュートラルガスを取り上げ、検討が行われている。

「Ⅳ.非化石証書を用いた環境価値取引」では、非化石証書の制度の概要を紹介したうえで、非化石証書を用いた取引としてコーポレートPPA(Power Purchase Agreement(電力購入契約))に関する会計上の論点について分析が行われている。

「Ⅴ.全体のまとめ」では、これまでの検討を踏まえ、非化石証書の会計処理、バーチャルPPAの会計処理についての提言が行われている。

第1回では、上記のうち「Ⅰ.はじめに」、「Ⅱ.我が国の会計基準における排出量取引の取扱い」及び「Ⅲ.クレジットを用いた近年の環境価値取引」の内容について紹介した。

第2回の本稿では、「Ⅳ.非化石証書を用いた環境価値取引」、及び、「Ⅴ.全体のまとめ」について紹介する1

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2. 非化石証書を用いた環境価値取引

(1)非化石証書

非化石証書とは、発電時にCO2を排出しない電気が持つ「環境価値」を、電気自体の価値とは切り離して証書化したものであり、2018年5月より非化石価値取引市場において取引が開始されている。

本研究報告では、資源エネルギー庁公表の資料を参考に2023年6月現在の非化石証書の種類と取引概要を【図表1】のとおりまとめている。

【図表1】非化石証書の種類と取引概要

 

FIT2非化石証書(再エネ指定)

非FIT非化石証書(再エネ指定)

非FIT非化石証書(指定なし)

対象電源

FIT電源
(太陽光、風力、小水力、バイオマス、地熱等)

非FIT再エネ電源
(大型水力、卒FIT等)

非FIT非化石電源
(原子力等)

取引市場

再エネ価値取引市場

高度化法義務達成市場
(非FIT再エネ指定証書)

高度化法義務達成市場
(非FIT再エネ指定なし証書)

証書売手

電力広域的運営推進機関
(OCCTO)

発電事業者

発電事業者

証書買手

小売電気事業者

仲介事業者

需要家

小売電気事業者

小売電気事業者

最低価格

0.3円/kWh3

0.6円/kWh

0.6円/kWh

最高価格

4円/kWh

1.3円/kWh

1.3円/kWh

価格決定方式

マルチプライスオークション

シングルプライスオークション

シングルプライスオークション

(「非化石価値取引について―再エネ価値取引市場を中心に―」資源エネルギー庁2023年2月9日47ページ及び8ページの内容を元に作成)

本研究報告で示された非化石証書と京都メカニズムにおけるクレジットの特徴を踏まえた類似性に関する検討は【図表2】のとおりである。

【図表2】京都メカニズムにおけるクレジットの特徴に照らした類似性の検討(非化石証書)

(1)京都議定書における国際的な約束を各締約国が履行するために用いられる数値であること

非化石証書は、環境価値の一種である非化石価値を証書化したものであり、電気量の単位であるキロワットアワー(kwh)単位で取引され、環境の取組に関連して定量的な数値で示されるものであると言える。

一方、カーボン・オフセット等の取組には直接活用できないという点において、NDC(国が決定する貢献、Nationally Determined Contributions)達成に活用できる制度かどうかが明らかではない。

(2)国別登録簿においてのみ存在すること

非化石証書は、日本卸電力取引所(JEPX)の口座で管理されるが、現在のところ証書の調達総量の管理用とされており、償却口座の開設については今後の検討対象となっている。

ただし、非化石証書の有効期限はおよそ1年に過ぎないことなどから、各年度の証書の調達総量に対する現在の所有者が管理できていれば十分であるとの見方もある。

(3)所有権の対象となる有体物ではなく、法定された無体財産権ではないということ

所有権の対象となる有体物ではなく、また、法律上の取扱いは明確ではないため、法定された無体財産権にも該当しないと考えられる。

(4)取得及び売却した場合には有償で取引され、財産的価値を有していること

需要家として取得した非化石証書については、自ら使用する電気と併せて環境価値を活用することは可能であるが、証書自体を他者へ売却することはできない。

一方、小売電気事業者は、再エネ電力メニューの提供により非化石証書の環境価値を需要家に引き渡すことが可能であり、仲介事業者はFIT非化石証書について小売電気事業者及び需要家に転売することが可能である。

非化石証書は、その取得者の属性(需要家、小売電気事業者、仲介事業者)及び証書の種類(FIT非化石証書又は非FIT非化石証書)によって財産的価値を有しているのかどうかの判断に差が生じる可能性があると考えられる。

 

本研究報告では、上記(1)及び(4)の検討から、非化石証書は京都メカニズムにおけるクレジットとは異なるものと考えられるとしており、現時点で非化石証書を京都メカニズムにおけるクレジットと類似しているものとして取り扱い、実務対応報告第15号の適用対象であると判断することは難しいと考えられるとされている。

しかしながら、実務対応報告第15号においては、類似性の判断基準が示されていないため、実務上、適用可否の判断についてばらつきが生じている可能性があるとの課題が示されている。

本研究報告では、非化石証書が実務対応報告第15号の適用範囲ではないと判断される場合の会計処理についても考察が行われており、その概要は【図表3】のとおりである。

なお、非化石証書については、京都メカニズムにおけるクレジットと異なり償却が口座管理されていないことから、仮に資産計上を行った場合、費用化処理の時点についての検討が必要になるとの考えが示されている。

【図表3】非化石証書の会計処理の検討

(1)非化石証書を第三者へ売却することが可能である場合

非化石証書は第三者への売却に基づく財産的価値を有していると考えられることから、取得者が営業目的を達成するために非化石証書を所有し、かつ売却する予定である場合には、棚卸資産に該当する可能性がある。

また、取得者が自社使用を見込む場合であっても、第三者への売却可能性に基づく財産的価値を有している点に着目すると、実務対応報告第15号の排出クレジットの会計処理を斟酌して「無形固定資産」又は「投資その他の資産」として資産計上を認める余地があるものと考えられる。

(2)非化石証書の環境価値を自社の財又はサービスの提供のために用いる場合

非化石証書の取得者が、非化石証書の価値を自社の財又はサービスに付加して販売することができるという観点から、非化石証書は取得時点で棚卸資産に該当する可能性があると考えられる。

(3)非化石証書を自社の「地球温暖化対策の推進に関する法律」での報告等で利用するのみである場合

非化石証書の取得者が、非化石証書を第三者へ売却することができず、また、非化石証書の環境価値を自社の財又はサービスの提供のために用いることが明確に検討されていない場合には、非化石証書が財産的価値を有していると説明することは難しいと判断される可能性がある。この判断結果によっては、非化石証書を資産計上することができないと考えられる可能性がある。

(4)その他の会計上の資産としての取扱いの可能性

①無形固定資産

非化石証書は環境価値を証書化したものであり、無形の価値を有するものと考えると、無形固定資産として会計処理することも検討対象になるとの考えが示されている。

非化石証書の取得者にとって、非化石証書は第三者への売却が可能であるものの、将来の自社使用を見込んで取得している場合には、実務対応報告第15号を斟酌して無形固定資産として会計処理することも考えられるとの考えが示されている。

②前払費用

非化石証書の価値を活用するためには電気そのものの使用が不可欠であることから、非化石証書の取得は、電気の価値の一部に対する前払いであると考えることにより、前払費用に該当するのではないかという考えが示されている。

ただし、前払費用は、「一定の契約に従い、継続して役務の提供を受ける場合、いまだ提供されていない役務に対し支払われた対価」(企業会計原則注解(注5))であるとする定義を踏まえると、前払費用として取り扱うためには、非化石証書の取得に対する支払いについて、「いまだ提供されていない役務」をどのように考えるべきかの検討がさらに必要になるとの考えが示されている。

 

(2)コーポレートPPA

需要家が発電事業者との間で再生可能エネルギー由来の電力を長期間にわたり購入する契約をコーポレートPPA(Power Purchase Agreement)という。

本研究報告では、コーポレートPPAを形態別に分けて検討を行っている。具体的には、需要家の敷地内に発電場所を設置するオンサイトPPAと、需要家が電力を利用する拠点から離れた場所に発電場所を建設するオフサイトPPAに分け、さらにオフサイトPPAについては発電事業者と需要家の間で電力の取引を伴うフィジカルPPAと電力取引を伴わないバーチャルPPAに分けている。

① オンサイトPPA

オンサイトPPAは、需要家の敷地内の遊休地や建物の屋上に再生可能エネルギー発電設備を設置し、構内ネットワークを通じて需要家に電力を供給する仕組みである。

本研究報告では、典型的な取引として需要家の敷地内の建物の屋根などに太陽光発電設備を設置するケースを前提に、オンサイトPPAにおける需要家側の会計上の論点について考察が行われている。

オンサイトPPAは需要家の敷地内に太陽光発電設備を設置するものの、設備の法的所有権を需要家が有していない点で、リースにより自家消費型太陽光発電を導入する取引と類似していると考えられ、具体的な契約条件を踏まえて、企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」(以下、「リース会計基準」という。)及び企業会計基準適用指針第16号「リース取引に関する会計基準の適用指針」(以下、「リース適用指針」という。)に照らした検討が行われている。

リース会計基準第4項では、「「リース取引」とは、特定の物件の所有者たる貸手(レッサー)が、当該物件の借手(レッシー)に対し、合意された期間(以下、「リース期間」という。)にわたりこれを使用収益する権利を与え、借手は、合意された使用料(以下、「リース料」という。)を貸手に支払う取引をいう。」とされており、本研究報告ではオンサイトPPA取引がリース取引の定義を満たすかどうかについて、【図表4】のとおり検討が行われている。

【図表4】オンサイトPPAがリースに該当するかの検討

(1)合意された期間、合意された使用料

いずれもあると考えられる。

(2)特定の物件

需要家の敷地内に設置される太陽光発電設備が契約書上で明示されているなど、要件を満たすことが多いと考えられる。

(3)借手(需要家)が使用収益する権利を有しているかどうか

実務上の判断を要すると考えられるが、現行のリース会計基準等では、どのような点に着目して使用収益する権利の有無を判断するのかは示されておらず、当該判断についてばらつきが生じる可能性もあると考えられる。

 

前述の検討の結果、オンサイトPPAがリース取引の定義を満たさない場合には、契約内容に照らして、支払った金額を発生時に費用(電力料)として処理することが考えられるとされている。

一方、オンサイトPPAがリース取引の定義を満たした場合、リース適用指針第89項及び第90項で示された以下の点を踏まえて、リース会計基準等の定めが適用されるかどうかを検討する必要があるとされている。

  • リース適用指針では、リース会計基準でファイナンス・リース取引とされるもののうち、主たるもの(通常の保守等以外の役務提供が組み込まれていないリース取引及び不動産に係るリース取引)について詳細な会計処理を示しており、リース適用指針で詳細な会計処理を示していないファイナンス・リース取引については、実態に基づき会計処理を行うこととなる。
  • 「通常の保守等」は、自動車やコピー機などのリース取引におけるメンテナンスなどを想定している。なお、通常の保守等以外の労務等の役務提供が含まれているリース取引(例えば、システム関連業務において、システム機器のリース取引と労務等が一体化されている取引)については、リース適用指針の対象としていないが、動産等のリース取引部分と役務提供部分が契約書等で判別できるケースなど容易に分離可能な場合には、動産等のリース取引部分について、リース適用指針を適用する。
  • リース料が将来の一定の指標(売上高等)により変動するリース取引など、特殊なリース取引については、リース適用指針では取り扱っていない。

本研究報告では、オンサイトPPAがリース取引の定義を満たすと判断されるとしても、発電事業者の需要家に対する役務提供の内容次第では、当該リース取引に「通常の保守等」以外の役務提供が組み込まれていると判断される可能性もあると考えられるとしており、【図表5】の整理が示されている。

【図表5】オンサイトPPAがリースに該当する場合の会計処理

(1)設備のリース取引部分と役務提供部分が容易に分離可能な場合

当該設備のリース取引部分について、リース会計基準等の定めに従って会計処理することになる。

ただし、設備のリース料が将来の発電量又は電力使用量により変動するため、リース会計基準等では取り扱われていない将来の一定の指標によりリース料が変動するリース取引に該当するケースが多いのではないかと考えられ、実務上は、発生主義の考え方に基づいて、発生時に損益として会計処理されているのではないかと考えられる。

(2)設備のリース取引部分と役務提供部分が容易に分離可能でない場合

リース会計基準等では取扱いが示されていないため、会計処理を行うに当たって判断を要する。

例えば、設備のリース取引部分に比して役務提供部分の重要性が乏しいと考えられる場合には、全体をリース取引として会計処理することも考えられるが、この場合にも、いわゆる変動リース料の取引に該当するケースでは、実務上、発生時に損益として会計処理されているのではないかと考えられる。

 

本研究報告では、このように、オンサイトPPA がリース取引の定義を満たすと判断される場合でも、いわゆる変動リース料の取引に該当し、実態に基づく会計処理が求められることが多いのではないかと考えられるとしており、会計処理にばらつきが生じる可能性もあると考えられるとされている。

② フィジカルPPA

フィジカルPPAは、需要家の拠点から離れた場所に再生可能エネルギー発電設備を設置し、発電事業者が発電した再生可能エネルギー由来の電力を、送配電事業者の送配電ネットワーク経由で需要家に供給するものであり、電力と環境価値を一体のものとして、固定価格により需要家に販売する仕組みである。

フィジカルPPAでは、需要家が電力を利用する拠点から離れた場所に発電設備を建設する点が相違するものの、会計的には、オンサイトPPAと同様に、リース取引の定義を満たすかどうか、リース会計基準等の定めが適用されるかどうかが論点になると考えられるとされている。

一方、フィジカルPPAの場合、需要家は非FIT非化石証書を取得する点がオンサイトPPAとは異なり、需要家が小売電気事業者を通じて発電事業者に支払う対価には、非FIT非化石証書に係る対価も含まれていると考えられる。この点、非FIT非化石証書に係る部分を分離した上でリース取引の検討を行うのかどうか、また、非FIT非化石証書に係る部分を分離することが可能であるのかどうかといった点が、実務上問題になる可能性があると考えられるとされている。

③ バーチャルPPA

バーチャルPPAは、再生可能エネルギー発電設備が生み出す電力と環境価値のうち、環境価値のみを発電事業者から需要家に移転する仕組みであり、発電事業者と需要家の間で電力の取引を伴わないことから、バーチャルPPAと呼ばれている。具体的には、発電事業者は、環境価値のみを需要家に移転し、発電した電力は卸電力市場に売却する。一方、需要家は、発電事業者から環境価値を取得し、電力については通常どおりに小売電気事業者から調達する。

ここで、バーチャルPPAでは、発電事業者と需要家との間で締結したPPA契約において固定価格を設定し、PPA契約上の固定価格と卸電力市場で決定される電力価格との差額を、発電事業者と需要家との間で精算することが一般的である。

バーチャルPPAについては、取引を普及させる上で、商品先物取引法の対象とならないような環境整備を求める声が聞かれることを踏まえて、内閣府に設置された「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」において「バーチャルPPA 取引の商品先物取引法上の許可・届出対象からの除外」が提案された。当該提案に対して、経済産業省より「現行制度下で対応可能」と以下の検討結果が公表されている5

バーチャルPPA が店頭商品デリバティブ取引に該当するかの判断については、個別の契約毎にその内容を確認する必要がありますが、一般論として、差金決済について、当該契約上、少なくとも以下の項目が確認でき、全体として再エネ証書等の売買と判断することが可能であれば、商品先物取引法の適用はないと考えております。

  • 取引の対象となる環境価値が実態のあるものである(自称エコポイント等ではない)
  • 発電事業者から需要家への環境価値の権利移転が確認できる

 

ただし、会計上はデリバティブ取引に該当するかどうかは、商品先物取引法の適用とは別に判断されるものであり、会計上、バーチャルPPAがデリバティブ取引に該当するか否かという課題は、依然として残されているとされている。

本研究報告では、需要家と発電事業者側の会計処理をそれぞれ検討しており、主に以下の前提を置いたうえで検討が行われている。

(主な前提条件)

  • 発電事業者と需要家は、非FIT非化石証書の移転に際して、「発電量×(PPA契約上の固定価格-卸電力市場で決定される電力価格(=発電事業者の売電価格))」により計算される金額を精算する。
  • 太陽光発電設備の発電量は天候に左右される。PPA契約において、発電量に関する固定値(最低発電量など)の取決めはなく、上記の精算額を計算する基礎となる発電量は、当該設備の発電実績に応じて変動する。
  • 発電事業者から需要家への差金支払は行わないとする取決めは行っていない。
  • 相対取引により発電事業者から需要家に移転する非FIT非化石証書の取引価格は、PPA契約において明記されていない。
  • 需要家は、小売電気事業者との間で電力購入契約を締結する(発電事業者との間のPPA契約とは別契約)。小売電気事業者からの購入価格は、卸電力市場で決定される電力価格(=発電事業者が電力を売却する価格)に連動して変動するが、エリアプライスの影響等により、当該電力価格の変動と完全に一致するわけではない。

 

(i)需要家側の会計処理

バーチャルPPAにおける需要家は、別々の契約に基づき異なる相手先から「非FIT非化石証書」(発電事業者との契約)と「電力」(小売電気事業者との契約)を調達することとなるが、本研究報告では、契約の結合は行わず、「発電事業者と需要家との間の契約」を一つの会計単位とすることを前提として、当該契約に関する分析が行われている。

バーチャルPPAでは、需要家と発電事業者との差金決済取引の「差金」には、「非FIT非化石証書の取引対価」という要素と「電力の市場価格の変動に係る精算」という要素があると考えられ、二つの要素に応じて差金決済取引を区分するか否かが論点になると考えられるとして、両者を区分しない考え方と、区分する考え方のそれぞれに基づく会計処理の検討が行われている。

本研究報告で示された差金決済取引の区分要否に係るそれぞれの考え方の論拠は【図表6】のとおりである。

【図表6】差金決済取引の区分要否に係る考え方

(1)差金決済取引を二つの要素に区分しない考え方

発電事業者から需要家に移転する非FIT非化石証書の取引価格がPPA契約において明記されていない点に鑑みると、契約に基づいて発電事業者と需要家との間に生じる権利義務関係は、これら二つの要素に分かれて生じるものではないと考えられる。

(2)差金決済取引を二つの要素に区分する考え方

「非FIT非化石証書の取引対価」はマイナスになることはないが、「電力の市場価格の変動に係る精算」はマイナスになることもあり得るという違いがあると考えられる。

PPA契約において非FIT非化石証書の取引価格は明記されていないものの、これら二つの要素を区分しない場合には、発電事業者から需要家へ非FIT非化石証書を移転するというバーチャルPPAの経済実態を適切に表すことができない可能性があると考えられる。

 

また、本研究報告ではバーチャルPPAの差金決済取引がデリバティブに該当するか否かの検討が行われている。当該検討にあたり、バーチャルPPAにおける差金決済取引では、発電事業者が発電した電力について、PPA契約上の固定価格と電力の市場価格との差額を精算する点において、いわゆる電力先物取引に類似する性質を有していると考えられ、差金決済取引に含まれる「電力の市場価格の変動に係る精算」という要素が、会計上、デリバティブ取引に該当するかどうかを検討する必要があるとされている。

会計上のデリバティブに該当するかどうかの検討にあたっては、当該差金決済取引について「非FIT非化石証書の取引対価」という要素と「電力の市場価格の変動に係る精算」という要素を区分しない場合と区分する場合のいずれの場合においても、会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」(以下、「金融商品実務指針」という。)第6項(1)の以下の特徴のうち、「②想定元本か固定若しくは決定可能な決済金額のいずれか又は想定元本と決済金額の両方を有する」と言えるかどうかが論点になるとされている。

その権利義務の価値が、特定の金利、有価証券価格、現物商品価格、外国為替相場、各種の価格・率の指数、信用格付・信用指数、又は類似する変数(これらは基礎数値と呼ばれる。)の変化に反応して変化する①基礎数値を有し、かつ、②想定元本か固定若しくは決定可能な決済金額のいずれか又は想定元本と決済金額の両方を有する契約である。

 

この点について、本研究報告で示された、差金決済取引がデリバティブに該当するかどうかの検討は【図表7】のとおりである。 

【図表7】差金決済取引がデリバティブに該当するかどうかの検討

(1)デリバティブに該当しないとする考え方

  • 「デリバティブ取引は、取引により生じる正味の債権又は債務の時価の変動により保有者が利益を得又は損失を被るもの」(企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」(以下、「金融商品会計基準」という。)第88項)とされているが、時価の変動要因に関して、金融商品実務指針第218項では「基礎数値の変化」のみが挙げられており、「想定元本等の変化」は挙げられていない。
  • 日本基準上、想定元本等が変動することにより、契約期間中の想定元本等の量が定まらないようなデリバティブは想定されておらず、金融商品実務指針第6項(1)②の特徴を有しているとはいえないとも考えられる。

(2)デリバティブに該当するとする考え方

  • 金融商品実務指針の定めに鑑みれば、想定元本等が変動することにより、契約期間中の想定元本等の量が定まらないようなデリバティブは想定されていないとも考えられるが、我が国の会計基準上、そのように明記されてはいない。
  • 想定元本等に変動要素があるとしても、一定の見積りに基づいて、デリバティブ取引により生じる正味の債権又は債務の時価を算定することは可能である。
  • 変動要素を含むとしても想定元本等自体は存在しており、金融商品実務指針第6項(1)②の特徴を有していると判断されるのであれば、バーチャルPPAの差金決済取引はデリバティブに該当するものとして取り扱うことが考えられる。

 

本研究報告では、これまでの検討を踏まえ、差金決済取引を二つの要素に区分するかどうかと、デリバティブに該当するかどうかの組み合わせにより、四つのパターンの会計処理が示されている。本研究報告で示された会計処理の考え方の概要は【図表8】のとおりである。

【図表8】

 

二つの要素を区分しない

二つの要素を区分する

デリバティブに該当しない

  • 差金決済取引がデリバティブに該当しないことから時価評価は行わない。
  • 発電事業者への精算額(PPA契約上の固定価格と電力の市場価格との差分)をもって、「非FIT非化石証書の取得」又は「電力料の調整」として会計処理することが考えられる。
  • 差金決済取引がデリバティブに該当しないことから時価評価は行わない。
  • 発電事業者への精算額を二つの要素に分解し、「非FIT非化石証書の取引対価」は「非FIT非化石証書の取得」として、「電力の市場価格の変動に係る精算」は、例えば、「電力料の調整」として会計処理することが考えられる。

デリバティブに該当する

  • 現行の日本基準上、非金融商品に組み込まれているデリバティブについて区分処理を要求する定めはないため、非FIT非化石証書の購入取引に組み込まれたデリバティブを区分処理すべきか否かについて、実務上の判断を要すると考えられる。
  • 区分処理しないとすれば、デリバティブが組み込まれた主契約が非金融商品であることに鑑みて時価評価は行わず、区分処理するとすれば、区分されたデリバティブは時価評価することが考えられる。
  • 発電事業者への精算額を「非FIT非化石証書の取引対価」と「電力の市場価格の変動に係る精算」の二つに要素に分解した上で、前者の部分は「非FIT非化石証書の取得」として会計処理し、後者の部分をデリバティブとして時価評価することになると考えられる。

 

なお、本研究報告では差金決済取引の内の「電力の市場価格の変動に係る精算」に係る部分をデリバティブとして会計処理する場合、当該デリバティブをヘッジ手段とし、「需要家が小売電気事業者から購入する電力に係る予定取引」をヘッジ対象として、ヘッジ会計を適用することが認められるか否かが論点になると考えられるとして検討が行われている。しかしながら、以下の理由によりヘッジ会計を適用することは難しいと考えられるとの検討が示されている。

  • バーチャルPPA は、一般的に契約期間が長期間にわたることから、将来の電力購入量が合理的に予測可能であり、かつ、それが実行される可能性が極めて高いと判断される状況は限定的であると考えられる。
  • ヘッジ手段である差金決済取引に係るデリバティブの想定元本等(=発電量)は、太陽光発電設備の発電実績に応じて変動してしまうため、ヘッジ対象の取引予定量との関係で、そもそもどのようにしてヘッジ指定を行うのかという問題がある。なお、ヘッジ対象の部分指定については金融商品実務指針第150項等において取扱いが定められているが、ヘッジ手段の部分指定に関する定めは設けられていないため、差金決済取引に係るデリバティブの想定元本等(=発電量)の一部分を切り出してヘッジ指定を行うことは認められないと考えられる。
  • ヘッジ対象の価格指標(小売電気事業者からの購入価格)とヘッジ手段の価格指標(卸電力市場で決定される電力価格)の間に一定の連動性はあるものの、エリアプライスの影響等により、両者が完全に連動して変動するわけではなければ、将来の長期間にわたって、両者がどの程度連動して変動するのかを踏まえて、ヘッジの有効性を事前に予測することが求められると考えられるが、そのような予測は必ずしも容易ではないと考えられる。
(ii)発電事業者側の会計処理

需要家側の会計処理で検討が行われた「差金決済取引を二つの要素に区分するか否か」及び「差金決済取引がデリバティブに該当するかどうか」という点は、発電事業者側においても論点になり、会計処理については需要家側と同様に四つのパターンに分けられると考えられるとの考えが示されている。また、ヘッジ会計についても、需要家側と同様に、ヘッジ会計を適用することは難しいとの考えが示されている。

一方で、発電事業者固有の論点として、以下の点が挙げられている。

  • 差金決済取引がデリバティブに該当すると考える場合、発電事業者が現物の電力を卸電力市場に売却することを踏まえて、現物商品に係るデリバティブ取引のうち一定のものについて金融商品会計基準の対象外とする金融商品実務指針第20項ただし書きの定めにより、デリバティブの時価評価を行わないことが認められるか否かが論点になり得ると考えられる。
  • 非FIT非化石証書を購入する側の需要家と異なり、非FIT非化石証書を売り渡す側の発電事業者においては、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下、「収益認識会計基準」という。)の適用が論点になり得ると考えられる。このため、具体的な会計処理の検討に際して、以下の点を明らかにする必要があると考えられる。
    • 需要家に非FIT非化石証書を相対で売り渡す取引に収益認識会計基準が適用されるか否か
    • 収益認識会計基準が適用される場合、発電事業者の履行義務の内容、履行義務に対応する取引価格、履行義務の充足時点

 

3. 全体のまとめ

(1)本研究報告で示された提言

① 非化石証書の会計処理

本研究報告では、非化石証書の会計処理について提言が行われており、具体的な内容は次の通りである。

  • 実務対応報告第15号においては、京都メカニズムにおけるクレジットとの類似性の有無に関する詳細な判断基準が示されていないため、その判断に実務上ばらつきが生じる可能性がある。したがって、非化石証書が実務対応報告第15号の適用対象か否かについて明確にすることが望ましいと考えられる。
  • 非化石証書はクレジットと異なる特徴を有するため、当該特徴の相違点に起因する会計上の論点に関する考え方を示すことが望ましいと考えられる。例えば、第三者に転売できない非化石証書を、取得時に資産計上可能となる状況を整理することで、各企業間でより整合的な会計上の取扱いが採用されることが期待される。
  • 現行制度下での非化石証書の環境価値には一定の有効期限が設定されている点、非化石証書の償却が口座管理されていない点といったクレジットとの相違があることから、非化石証書が資産計上される場合の資産科目及び費用処理の時点に関する明確化も必要と考えられる。
② バーチャルPPAの会計処理

本研究報告では、バーチャルPPAの会計処理について提言が行われており、具体的な内容は次の通りである。

  • 金融商品実務指針に示されるデリバティブの特徴に該当するか否かの判断に関しては、実務上ばらつきが生じる可能性があり、その判断の相違による会計上の影響には一定の重要性が見込まれる。バーチャルPPAに基づく差金決済がデリバティブ取引に該当するか否かに関する実務上の取扱いを明示することにより、企業間の財務情報に係る比較可能性を担保することが望ましいと考えられる。

(2)今後に向けて

実務対応報告第15号は、京都議定書で定められた京都メカニズムにおけるクレジットに関連する会計処理について、当面必要と考えられる実務上の取扱いを明らかにするために当初2004年に公表されたものの、前提条件に変更が生じた場合には実務対応報告第15号の内容を再検討する場合があり得ることが明示されている。

本研究報告では環境価値取引が多様化し複雑化する近年の状況、また、「排出量取引制度」が2023年度より試行的に開始され、2026年度以降本格稼働が見込まれる状況が見られるなか、これらの状況変化が実務対応報告第15号を再検討すべき状況に該当するか否かについて検討することが望ましいとの考えが示されている。

以上

 

1 本研究報告は2023年6月に公表された公開草案に寄せられたコメントを踏まえて公表されたものであるが、内容面について大幅な見直しは行われていない。本稿については2023年10月号掲載の公開草案の解説記事から若干の変更を行っており、主な変更点について下線を付している。

2 Feed-in Tariffの略で、「固定価格買取制度」を指す。太陽光発電のような再生可能エネルギーで発電した電気を国が決めた価格で買い取ることを電力会社に義務付けた制度である。

3 なお、2023年度の第1回オークション(8月実施)より、FIT非化石証書の最低価格が0.3円から0.4円に変更されている。

4 https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/01_ANRE_230209_RE-Users.pdf

5 経済産業省「バーチャル PPA の差金決済等に係る商品先物取引法上の考え方の公表について」
https://www.meti.go.jp/policy/commerce/b00/vppa.html

本記事に関する留意事項

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