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テクノロジー委員会研究文書第11号「監査におけるAIの利用に関する研究文書」の解説

月刊誌『会計情報』2025年1月号

公認会計士 松本 成司

はじめに

2024年8月13日に日本公認会計士協会は、テクノロジー委員会研究文書第11号「監査におけるAIの利用に関する研究文書」を公表した。

筆者は同委員会傘下の「未来の監査専門委員会」の専門委員として、当該研究文書の執筆に関与した。その立場から、研究文書執筆の背景、概要、今後の展望について解説する。

[PDF, 699KB] ※PDFダウンロード時には「本記事に関する留意事項」をご確認ください。

1. 研究文書執筆の背景

執筆を担当した未来の監査専門委員会は、2016年にその前身のワーキンググループが発足した。大手・準大手の監査法人を中心に監査のデジタル変革やIT監査に従事している会員が選出され、研究文書、会計監査ジャーナル、研究大会などを通じてさまざまな情報発信をしてきた。

監査業界が直面している諸課題は、従来の監査実務からの生産性向上もあれば(監査の効率化)、不正発見への社会要請や経済環境の変化に対応するためのリスク評価の高度化(監査の高度化)に該当するものもある。それらの課題や目的がある中で手段としてのAIがあり、生成AIの登場がそれに拍車をかけた。

監査の特性を踏まえて諸課題を切り分けながらAIをどのように利用していくか、業界としてどのように向き合うべきかを研究し会員に情報提供をするべき認識に至ったことが本研究文書執筆の背景である。

 

2. 研究文書の概要

以下、研究文書の構成に沿って要点の解説を行う。なお、研究文書とともに概要資料も公表されているため、そちらも併せて参照されたい。

(1)はじめに

生成AIに「AIを会計監査に用いる場合の具体例と、それによって生じる効果について説明しなさい」という指示を与えたところ、違和感のない回答が返ってくる。AIが身近に感じられる時代が訪れた。

近年、大手監査法人を中心に監査におけるAIの研究・開発が進められ、監査実務への導入が始まっている。それとともに、監査にAIを利用する際の諸課題も識別されてきている。

これら課題を解決することなくAIの利用が劇的に進むことはないが、近年の監査人に対する社会からの期待や監査人が遵守するべき要求事項の増加・高度化を考えると、AI利用を前提にしていかに監査の効率化と高度化を図っていくかが問われているといえる。

(2)AIに関する基礎知識

AIについての確立した定義はない。監査実務においては、人工知能学会の「AIマップ」における「異常検知」「数値データ分析」に関する用途が多いと考えられる。

従来の手法との違いについて一例をあげると、従来のコンピュータ監査利用技法(CAAT)が、「不正リスクの高い仕訳」を監査人が定義し抽出条件の設定を行うものであるのに対し、AIを利用した監査ツールは、学習データを基に「不正リスクの高い仕訳」をAIが定義し、結果を出力する。

(3)監査におけるAIの利用

① 監査におけるAIの利用領域

監査業務においてAIの利用がしやすい領域、AIの利用が進むと想定される領域は、AIが「できる・できない」業務と、AIが「すべき・すべきでない」業務という軸から整理できる。単純作業や補助的な役割であればAIを利用しやすい。一方で、監査上の判断を伴う領域や現状のAIでは説明が困難な領域についてはAIの利用が難しいと想定される。

監査におけるAIの利用領域が広がるほど、データサイエンティストなどの専門家の関与が多くなる。但し、AIや専門家を利用した場合であっても、監査人の責任は軽減されない。

 

② 想定されるAI監査ツール

AI監査ツールの開発及び導入が進められている領域はさまざまあるが、大きく以下のとおり分類することができる。

 

③ 生成AIの利用

生成AIの詳細説明は紙面の関係上省略するが(研究文書を参照されたい)、特徴としては、翻訳、文章の要約、質問への応答、新規文章の生成など、利用範囲が多岐にわたる点や、利用に当たってデータやプログラミングに関する知識は不要でありAIの専門家でなくとも簡単に利用することができる点が挙げられる。監査業務においては、生成AIによって文書のドラフトを作成し、その後監査人が監査調書として仕上げるといった利用が想定される。また、監査や会計に関する基準等を学習させることで、生成AIがこれらに関する質問に該当箇所を提示しながら回答するという用途も想定される。利用が容易であり用途も広い反面、AIの信頼性や情報セキュリティに関するリスクも存在する。

④ 非財務情報へのAI利用

近年、有価証券報告書やアニュアルレポートにおいて、サステナビリティ情報等の非財務情報の重要性が高まっている。非財務情報の監査・保証においても、開示内容との整合性チェックや、非財務情報を基にしたリスク評価などの用途が想定される。

⑤ 被監査会社におけるAIの利用

被監査会社においてもAIの利用が始まっている。現在利用されているもの及び今後利用が見込まれるものとして、AI-OCR及びその情報を利用した請求書等の処理プロセス、AIによる開示書類の作成、AIによる不正取引の検出、生成AIによる業務フローチャートの作成などが挙げられる。

(4)監査におけるAIの利用に伴う課題

① 開発に関する課題

AIの開発には高品質な学習データが必要であるところ、データ提供に関する被監査会社の協力が不可欠という前提や、被監査会社ごとのデータ形式の違いから生じるデータの前処理の課題、過去の不正データに関してはそもそも入手可能なデータが少ないという限界などがある。また、対象とする監査手続の標準化も必要である。標準化が不十分な状況でAI監査ツールを導入すると、監査手続の漏れが生じる可能性がある。

② 利用・導入時の課題

AI監査ツールは局面を問わず無批判で利用できるわけではない。利用にあたっては、目的適合性(要求事項への適合性含む)、ロジックの信頼性(ブラックボックスなものは監査における説明可能性)、入力データの信頼性、結果の信頼性(生成AIで言えばハルシネーションの有無)の確認が求められる。AIを正しく使うための人材教育や監査法人としても品質管理の仕組みも必要となる。

③ 情報セキュリティに関するリスク

被監査会社から受領したデータの適切な管理は言うまでもないが、AIの利用により扱うデータが増えることや、生成AIに追加学習をさせる場合の学習データの管理など、AIの利用を想定したセキュリティリスクの識別とその対応策が必要である。

(5)今後の会計士に求められる役割と期待

① AIによる代替困難な領域

AIの判断過程を監査人が理解できないものや、コミュニケーション能力といった代替困難な領域は引き続き存在する。また、AIに代替させようとしている業務を正確に定義できているかについても留意が必要である(例えば、証憑突合を「取引先、日付、金額が帳簿と証憑で一致していることを確認する作業」と定義する場合には、AIに代替させることは可能であろうが、その他の複合的な要因まで考慮した手続を「証憑突合」であると定義する場合には、その全てをAIが代替することは容易ではないかもしれない)。

② AIに関連する保証

近年のAIの機能や性能の向上及び社会実装の拡大に伴い、AIによる社会的なリスクも拡大している。公認会計士・監査法人は、AIに関連する保証業務等に対して独立性・専門性などの点から貢献できると考えられる。

③ 未来の会計士像

AIの導入により会計士が不要になることはないが、AIを利用した監査を実践するにあたり、会計士に必要なスキルは変化する。これまで記載してきたものを含め、前提・インプット・プロセス・アウトプットの観点で整理したものが以下である。

そもそも会計士が担うべき役割は社会のニーズと共に変化していくと考えられる。例えば、昨今、サステナビリティ情報等の非財務情報が重要性を増してきたように、経済社会における価値観の多様化により新たな物差しとなる情報への信頼性付与のニーズが高まることが想定される。この点、前述のスキルを身に着けた会計士が「情報の信頼性を保証するプロフェッショナル」として、AIを活用しながら幅広く企業の経済活動に関する情報に信頼を与える存在となることが考えられる。

 

3. 今後の展望

研究文書の内容を参照しながら、筆者の切り口で今後の展望を解説する。

(1)監査とAIの相性

研究文書をあらためて読み返してみると、執筆した各委員から言葉は違えど監査業務の特徴が随所で表現されている。財務諸表が「事実と慣習と判断の総合的産物」であることに絡め、かつAIとの相性を意識して監査の特徴を書き出したものが以下である。

  • 被監査会社のリスク評価を行うにあたり、着眼点や評価の拠り所が固定化されているわけではない(ビジネス、組織構造、システム構造、内部統制、グループ構造、などが1社1社異なる中では、指針や例示を示すことしかできない)
  • 毎年揺れ動くビジネスを捉える必要があり、同じ被監査会社であっても年度によって重点領域は異なる
  • 経営方針や経営者の意思を踏まえた会計上の見積りや開示が必要である
  • 対象とする情報はデータになっていないものも含まれる
  • 被監査会社によって、データ種別・データ形式はまちまちである
  • プリンシパルベースの監査基準で、その会社・その年度における最適な判断をする

これらから読み取れることは、監査業務は「インプットもアウトプットも事前に定まっていないこと」、「経営者の意思といった目に見えないものや、データになっていない情報も対象にしていること」、また監査基準は「あらゆる業種を対象にしておりプリンシパルベースにならざるを得ないこと」などである。これら前提に基づき、職業的専門家である公認会計士がその状況において最適な判断を行う。ケースバイケースを前提にして有資格者によるプロフェッショナルジャッジメントに委ねられていることは医師や弁護士と同じである。なお、目の前の顧客だけでなく顔の見えない投資家全般のことを考えないといけない点で、監査は考慮するべき要素がより多い。

このような、いわば「AIとの相性の悪さ」がありつつも、監査が職人技の集合体の時代から脱却し、業務の効率性を高め、人間の限界を補い、かつプロフェッショナルの力を高めるための好機としてAI利用を捉えるべきである。

そのためのキーワードが、「AIリテラシーの向上・監査人の説明能力」、「経営者との対話力・経営に資する監査」と考える。

(2)AIリテラシーの向上・監査人の説明能力

監査が、前述したような要素が複雑に絡み合った産物であること、及び人々がAIに対して持つイメージから、AI利用は「目的と手段が渾然一体として語られがち」である。先に述べたような前提を考えれば、AIは無批判で使えるものではなく、常に事前の目的適合性の検証、事後の結果の検証、監査人による説明可能性の担保などが求められる。これらに共通するのは「AIについてのリテラシー」である。AI利用を劇的に高めるのは、差配する監査人のAI利用の企画力を含めたAIリテラシーの向上に他ならない。AIに何ができるかの理解、監査業務を単純、定型、判断、などの観点での区別、必要なデータの入手・選別、AIに何をどこまでやらせるべきかの判断、結果を鵜呑みにせず足りないものは補う、そのようなAIリテラシーがAI利用の結果を左右する。例えば、生成AI一つとっても、「プロンプトの書き方(指示の出し方)」、「出力結果をチェックする力」、「必要なものを取捨選択しかつ足りないものを補う力」などが必要とされる。

翻って、この手の話は「ツールが目的も授けてくれる」と誤解されがちである。そうではなく、まずは監査人によって特定された目的や課題があり、その解決の一手段としてAIがある。そのような正しい理解に基づくAI利用の企画力こそが監査人による説明能力につながる。AI利用が進むにつれて、「ロジックがわかるもの、手で再現できるもの」から、「ロジックがブラックボックスなものをどのように合理的に説明するか」の時代に移っていく。説明する側も説明される側もこの前提の変化に対応する必要がある。データサイエンティストの起用も一般的になってくる。業務の効率性を高め、人間の限界を補い、かつプロフェッショナルの力を高めるためにもAIや専門家業務の利用が必要であるが、それらを利用することの便益も責任も監査人が負う。監査人の責任は軽減されない。

(3)経営者との対話力・経営に資する監査

監査の結論到達には被監査会社の協力が不可欠であり、監査計画から意見形成に至るまで、被監査会社とのコミュニケーションの充実度が監査品質を決める重要要素であることは昔も今も変わらない。高品質な監査を実践し、かつ監査を企業価値向上に資する有用なものに高めていくためには、経営者の立場を理解し経営者の言葉でリスク情報を伝える能力が欠かせない。

企業が向き合うリスクや課題は多様化かつ複雑化している。このような経営環境下において、企業が事業の選択と集中を行いながら持続的に成長し企業価値を高めていくためには、「経営課題の早期識別と対処」、「不正を防止・発見するガバナンス」、「これらを支える経営基盤・DX」を備えた経営の舵取りが不可欠である。被監査会社の経営課題と監査リスクは表裏一体であり、AIやデータ分析を用いた解像度の高いリスク評価を通じて、被監査会社の経営課題を早期に識別し、リスクに関する率直な対話や提言を行うことこそ、「経営に資する監査」につながる。

相手がどのような前提知識・ニーズを持っているかを把握し、いつ何をどのように伝えるべきかといった相手と向き合ったコミュニケーション力は、AIが一定の回答を導き出す時代においてますます重要になる。常に一から十の説明が必要なわけではない。相手・局面に応じてコミュニケーションの内容やゴールを決めた上で、相手の反応を見ながら軌道修正を図り、結果として「相手に伝わる説明をし、必要なフィードバックを受け、相手の課題解決につなげてもらう」という双方向のコミュニケーションの重要性を、AIの台頭を機に再認識する必要がある。

(4)まとめ

「事実と慣習と判断の総合的産物」である財務諸表を対象にし、インプットもアウトプットも揺れ動く監査業務ではあるが、だからと言って職人技の集合体を続けてよい時代ではない。業務の効率性を高め、人間の限界を補い、かつプロフェッショナルの力を高めるために、個々の監査人がAIリテラシーを向上させることでAI利用の説明能力を身につける。かつ、経営者との対話力を磨きながら、AIにより早期発見されたリスク情報を被監査会社に還元することで経営に資する監査を実践していく。監査の生産性向上を図りながら、高まる監査人への社会要請や監査上の要求事項に応えていく。いわば、「監査人の出発点を上げながら到達点を上げる」、そのための好機としてAI利用を捉えるべきと考える。

 

おわりに

被監査会社におかれては、このような監査の方向性をご理解いただきながら、引き続き監査へのご協力を賜りたい。

また、企業の会計領域におけるAI活用の観点でも本質は同じと考えられ、本記事が少しでも参考になれば幸いである。

以上

 

出典

テクノロジー委員会研究文書第11号「監査におけるAIの利用に関する研究文書」

(参考)テクノロジー委員会研究文書第11号「監査におけるAIの利用に関する研究文書」の概要

会計・監査ジャーナル 2024年6月号

Audit Analytics|Audit Innovation|デロイト トーマツ グループ|Deloitte

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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