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履いている「下駄」とそれが生み出す「構造的差別」

多くの企業で多様な人材の活躍を推進するダイバーシティ&インクルージョン (D&I) への取り組みが進められています。本稿では、企業がD&Iを推進する上で考えるべき「構造的差別」と、その解消に向けて取り組むべき変革のステップについて解説します。

D&I推進の鍵となる「下駄」への気づき

昨今、多くの企業において多様な人材の活躍を推進するダイバーシティ&インクルージョン (D&I) 活動が注目されています。

多様でインクルーシブな組織は、そうでない組織に比べて、財務目標を達成する傾向が2倍、業績を上げる可能性が3倍、イノベーティブでアジャイルである可能性が6倍、より高いビジネス成果を達成する可能性が8倍も高いことがわかっており*1、多様性の推進によるビジネス効果は明らかです。

さらにはESG投資も急拡大する中、D&Iは経営戦略の一環であり、ソーシャル・アジェンダへの貢献を担う企業の責務を踏まえると、多様な人材が活躍できる環境を推進するD&Iの取組はこれからの時代において企業が成長するための必須アジェンダと言えます。

その一方で、マイノリティ、例えば女性に焦点を当てた施策を推し進めようとすると、「今は個性の時代で性別は関係ない、女性優遇処置の方が逆差別なのではないか」という批判を社内のメンバーから受けたことがある方も少なくないのではないでしょうか。

とある大企業の役員の方はD&Iを、「女性に下駄を履かせるのではなく、男性にこれまで履いていた下駄を脱いでもらうこと」と表現しました。企業の経営層およびマジョリティが納得した上でD&Iを進めていくには、これまで見落とされがちであったマジョリティ側の人たちに自身が持つ「特権」への気づき、すなわち、 差別意識がなくとも、一部の人が履かされてきた「下駄」が原因で別のグループにとって不利な状況が自然と生まれてしまう「構造的差別」への理解を広め、マジョリティも巻き込んだ意識改革を推し進めることが必要なのではないかと考えます。
 

「特権」とは?

「特権」というと、「恵まれた人」や「社会的地位の高い人」だけが持つものと思われるかもしれませんが、実態はある属性に紐づいたグループに所属していることで、「労なくして享受することができる優位性」のことであると考えます*2。ここでポイントとなるのは「労なくして得る」、ということです。自身の努力の成果ではなく、たまたま自身と同じ属性メンバーが多数を占める組織に所属した際に、自動的に得られる恩恵のことを「特権」と呼びます。

ここで言う「属性」とは性別に限らず、人種、宗教、性的指向、学歴、社会的・経済的地位、身体的特徴、居住地域なども含まれます。加えて、特権を得られるグループとそれに所属する人々を「マジョリティ」、その他のグループと人々を「マイノリティ」と呼びます。マジョリティとマイノリティは単純な人数の差によって決まるのではなく、あくまでもそのグループに所属することで得られる特権によって決まります。
 

「特権」が構造的差別をつくる

例えば、職場で女性がこのような経験をしていると聞いたことはないでしょうか。

  • 会議にて自分以外の参加者が全員異性で肩身の狭い思いをしている
  • 上司や顧客はほぼ異性であるため、誤解を生むことを懸念してフランクなコミュニケーションは避けている
  • 同僚は上司とアフター5の交流が盛んであり、子育て中の自分はカジュアルな(けれども意外に重要な)情報交換の場に参加できない
  • 昇格決定を行うリーダー層はほぼ男性であり、彼らの上司もほぼ男性。女性がリーダーとして活躍するイメージが持てないまま昇格選考に臨んでいる
  • 小さい子どもがいるので、海外出張や転勤が伴う機会に挑戦しにくい
  • 「あのクライアントはドメスティックだから・・・」「男社会の業界だから・・・」等、顧客の属性や風土に合せて仕事の割り振りが行なわれがちであり、結果、女性社員の経験の幅が広がりにくい

一見女性が直面する女性の問題のように見えますが、視点を変えてみると、これらの経験は、男性は仕事で成果を出していれば(家庭と両立していなくても)社会的に評価されやすい、男性という属性はほぼすべての産業・職場で受け入れられる、多くのビジネスの場で男性が人数的に多数派であることが多い等、性別という属性において「男性」というグループに所属しているだけで「労なくして享受することができる優位性」、つまり男性の特権によってもたらされていることが見えてきます。

一つひとつのケースは小さいものでも、こういった特権の積み重ねが、「構造的差別」につながっていきます。
例えば、Harvard Business Reviewがあるアジアの商業銀行で行った研究によると、同性の上司の下で働く男性は女性の上司の下で働く男性社員に比べて昇格が早く、二年半後の報酬額も約13%高かったことがわかりました*3 。
この背景として、自分と似た人に好感を持ちやすいという類似性バイアスが無意識的に働いていると言われています。このような「無意識のバイアス」は、誰もが潜在的に持っている固定観念であり、自覚や自制が難しいとされています。上記の研究結果を平成27年の時点で管理職の女性割合がわずか12.5%*4だった日本企業の実態と照らし合わせると、上司という立場にあるのは圧倒的に男性が多く、それゆえ昇格、昇給においても男性が恩恵を受けやすい状態となっているといえます。一人一人に「誰かを差別しよう」という意図がなくとも、無意識のバイアスが働くことで、仕組みとして、一部の人が不利益を被ることになり、その構造の土台となっているのがマジョリティが有する「特権」なのです。

上記の例のように、マイノリティが大なり小なり、差別や偏見、不利益を受け、それらからくる息苦しさを毎日経験している一方で、マジョリティはそのような経験をしなくても済みます。それゆえ最近では、マジョリティを「気にせず済む人々」「気づかないでいられる人々」と表現することもあります*5。
「気づかないで」いられるということは、差別によって精神的にダメージを受けたり、自信を喪失したり、抗議の声を上げるといった行動にエネルギーを消耗したり、そうした行動をとったことで非難されたり、といった負のスパイラルに対処しなくても生きていける恩恵があるということです。こうした恩恵もまた、「特権」と呼ぶことができます*3。

また1人の人間の『複数の属性』が重なり合うことで独特な差別、もしくは反対に特権状態を生んでいる状態を説明したインターセクショナリティ(Intersectionality)という概念の理解も重要です*6。例えば障がいを持つ男性は、男性として特権を持っていますが、障がい者としては健常者の特権による構造的差別に直面していると考えられます。自身がマイノリティである属性に紐づく差別は日ごろ経験しているので敏感に気づけても、自身がマジョリティである属性に紐づく差別には気づかないということもよくあります。ちなみに、外国籍の女性であれば、女性としてだけでなく外国籍保持者として二重の差別構造のなかで生活していることが考えられます。
 

なぜ特権を自覚することが大切なのか

「特権とは魚にとっての水のようなもの」と言われますが、マジョリティ側にとっては「特権」はあまりにも自然なもののため、その存在が見えず、特権をたくさんもっていても、自分に特権があるとは思っておらず、こうした状況が「当たり前」「ふつう」だと感じてしまいます。 無自覚のままでは構造的差別に気づくことはできず、構造の維持・再生産をしてしまいます*5。女性などのマイノリティに対してクォーター制などの支援策が出された際の、マジョリティからの「マイノリティだけが優遇されている、逆差別ではないか」という声は、その良い一例ではないでしょうか。

 

変革へのステップ ー デロイト トーマツ コンサルティングのアプローチ

経営層とマジョリティを含む企業全体の理解の促進する上で、まずは従業員一人ひとりが「特権」の存在に気づくことが必要であると考えます。

「特権」への気づきを促すアプローチとしては、以下のようなステップが考えられます。

 

1. Awareness(気づき):変革への第一歩は、組織を動かすリーダー層が「特権」の存在を認識することから始まります 。

o 以下のような特権や関連の概念は何かを理解し、自分事化する。また、特権によって生じている差別・問題をどのように乗り越えるのかについての知識を深める

• 特権とは
• 「マイノリティ」「マジョリティ」とは
• 構造的差別とは
• Intersectionalityとは
• 無意識のバイアスとは
• Inclusive culture、Inclusive leadershipとは

o 手段として、研修はもちろんのこと、会社内の各組織の定例会やさらに細かい単位のCheck in(後述)で議題に組み込む等で、従業員が日常的に一緒に仕事をするメンバー同士で議論したり、自ら考える機会を継続的に設ける

 

2. Understanding(理解):「特権」の存在によって、組織においてどのような「解くべき課題」が生じているかを明らかにしていくことが第二ステップです。ここでは、デロイト トーマツ コンサルティングが持つ課題抽出のためのツールをご紹介します。


o 各種分析ツールを用いて、課題を見える化する

• 「D&I Index」:
組織のD&Iの実態を、「戦略」「リーダーコミュニケーション」「従業員から見たD&I」「推進体制」「効果測定」の5つの観点から多面的に評価します

• 「女性活躍推進度クイック診断」:
特に女性社員活躍について、現状の推進度合いとその要因を定量的に捉えます

 

3. Commitment(参加):差別を生み出している構造を解消するために、社員の行動を促す仕掛けをつくります。仕掛けは課題に応じて様々ですが、ここではデロイト トーマツ コンサルティングが実際に行った例をご紹介します。

o 実際の「動き」をつくる制度改革・施策導入を行う

• 全職位・階層に向けたInclusion研修の実施:
Inclusiveとはどのような状態か、それを創りだすだめには何が必要かについて学ぶ場を持ち、企業におけるD&Iの重要性を伝えると同時に、従業員に基礎知識をつけてもらうことができます。D&I Indexで「リーダーコミュニケーション」「従業員から見たD&I」の評価が低かった場合に有効です。

• D&Iチャンピオンの設定:
各職場にD&I推進者(チャンピオン)を置くことにより、従業員の実感も伴わせながら効果的に施策を進める体制を構築することができます。特に、D&I Indexで「推進体制」の評価が低かった場合に有効です。

• 女性社員へのキャリアサポーター制度:
管理職メンバーが担う「サポーター」が、非管理職層の女性職員のキャリア、働き方等に関する相談・質問を受け、サポートを提供します。

• Check in:
上司・部下間での短サイクル・高頻度でのコミュニケーションの場をCheck inと呼んでいます。女性活躍推進度クイック診断で管理職一歩手前でのドロップアウト率が高いことが分かった場合等、対象社員およびその上司がCheck inを実践することで、対象社員の効果的な能力開発およびキャリアサポートを実現し、組織としての女性活躍推進を戦略的に加速させることが期待できます。
 

世間でのD&Iの取り組みが「逆差別」と非難される背景には、多くの企業において、ステップ 1のAwareness、ステップ 2のUnderstandingが十分でないまま、Commitment(制度策定とそこへの参加促進)を行おうとしている背景があるのではないでしょうか。デロイト トーマツ コンサルティングでは、前段である気づきと理解こそが何よりも重要であり、まずはその段階を丁寧に繰り返すことこそが後のCommitmentへの何よりの布石となると考えています。

経営幹部やマジョリティからの納得を得て、組織一丸となって多様性の推進を目指したい企業の皆様、ぜひ変革のサポートをさせていただける日を楽しみにしています。

 

参考
1: 「The diversity and inclusion revolution: Eight powerful truths」
https://www2.deloitte.com/us/en/insights/deloitte-review/issue-22/diversity-and-inclusion-at-work-eight-powerful-truths.html

2: ダイアン・J・グッドマン(著)出口真紀子(監訳)田辺希久子(訳) 「真のダイバーシティをめざして-特権に無自覚なマジョリティのための社会的公正教育」

3: 「上司との雑談や「たばこ休憩」が男性の昇進を早めている」
https://www.dhbr.net/articles/-/6554?page=2

4: 男女共同参画白書 平成28年版https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h28/zentai/html/honpen/b1_s02_02.html#:~:text=%E7%AE%A1%E7%90%86%E7%9A%84%E8%81%B7%E6%A5%AD%E5%BE%93%E4%BA%8B%E8%80%85,%EF%BC%8D2%EF%BC%8D13%E5%9B%B3%EF%BC%89%E3%80%82

5: 「あなたは「自分は森さんじゃない」と言えますか? マジョリティの“特権”とは何なのか」
https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/denial-racism

6: 国際人権ひろば No.137(2018年01月発行号)「Intersectionality(交差性)の概念をひもとく」
https://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/section4/2018/01/intersectionality.html
 

執筆者紹介

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
マネジャー 大熊 朋子

シニアコンサルタント 戸前 順子

コンサルタント  中山 桃子

※所属・役職は執筆時点の情報です。
 

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