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未来を創る次世代経営人財の育成

 “落とし穴”から考察する経営人財育成の実践的アプローチ

“いま”の延長ではなく、“これから”の未来を創造する次世代経営人財をいかに発掘・選抜・育成していくのか、この命題は普遍的な経営課題である。特にVUCAな時代と言われて久しい現在において、“これから”を見据えた経営人財の育成は企業の持続的成長に必要不可欠である。本稿では、次世代経営人財の育成における“落とし穴”を考察し、実践的に経営人財を発掘・選抜・育成するアプローチについて論じていく。

【落とし穴】:なぜ次世代経営人財の育成は難しいのか?

「貴社の次世代経営人財に求める要件を3つ書き出して下さい」と問われたら、皆さんはどのような要件を書き出すだろうか。この簡単な問いの中に次世代経営人財育成の難しさが潜んでいる。


落とし穴 ①:独りよがりの基準

上記の問いを経営陣に投げかけると、往々にして違う答えが返ってくる。次世代経営人財を発掘・選抜して育成する責任を持つ経営陣の間で「どのような人財を育てたいのか」という認識が異なっていると、当然ながらその育成の効果は期待できなくなる。また、経営人財に求める要件が明確な場合でも、総花的で多くの要件を定義してしまう状況が散見される。結果として、各経営陣が各自の想いや基準にあった後継候補を発掘・選抜・育成してしまうことに繋がっている。このような状況では、優秀な人財が埋もれてしまったり、非効率な育成を行ってしまったりするリスクがとても高いと考えられる。他方で、一人のカリスマ的な経営者が独自の視点で後継候補を選び、育てていくこともある。しかし、こちらも認知バイアス(特に類似性バイアス)の存在により、その限界やリスクが指摘されている。従って、“独りよがりの落とし穴”を脱却するためには、次世代の経営人財に求める要件を言語化・共通軸化し、その軸に基づいた多面的な視点(複数の視点)で人財を発掘・選抜・育成していくことが必要不可欠である。


落とし穴 ②:未来/戦略不整合

次の落とし穴は、「言語化・共通軸化された次世代経営人財の要件は、自社の未来・戦略を反映しているものになっているか」という視点からみた不整合である。冒頭の問いで書き出した3つの人財要件の必要性を、自社の戦略から“ストーリー”として説明できるだろうか。多くの場合、他社でも通用するような要件にとどまってしまい、「なぜ自社でその要件を求めるのか」の深掘りがされていない状況が目立つ。例えば、事業ドメインを再定義して事業ポートフォリオを再構築していく企業とデファクト技術を梃に他社とエコシステムを組んで市場拡大を狙っている企業では、経営人財に求める要件は異なってくるはずである。また、分権的でアジャイルな意思決定が必要な企業と中央集権的で慎重な意思決定が必要な企業でも、そのリーダーシップの取り方は異なってくる。さらに厄介なことに、企業戦略は経営環境の変化とともに進化していくものである。企業戦略の進化に合わせて次世代リーダーの人財要件を常に整合させていくことが必要となる。従って、企業の未来/企業戦略と同期された次世代リーダーを育成するためには、企業戦略立案に責任を持つ経営陣とともに、人財要件を定義して深化させていく機能/場の設計が必要不可欠と考える。


【図1】 落とし穴と回避するためのアプローチ

 

 

 

【実践的アプローチの要諦】:いかに経営人財を発掘・選抜・育成すべきか?

では、具体的にどのように、①基準を共通言語化し、②多面的な視点で発掘・選抜・育成し、③企業戦略とともに進化させていくべきか、考察していくこととする。


アプローチ① 基準の共通言語化:どのような粒度で何を共通言語化するのか?

人財要件を共通言語化するには、はじめにどのような人財を発掘・選抜・育成するのか、“人財タイプ” (≒人財ポートフォリオ)を明確にする必要がある。例えば、同じ執行役員の中でも、管理系担当と技術・研究開発担当、各事業責任者などによってタイプは異なるはずである。また、これらのタイプの違いによって育成のアプローチも異なってくる。複数事業/機能間を異動させて”マネジメント経験“を蓄積させるアプローチとしたり、同一事業/機能内でその事業/機能専門性の深さを追求させるアプローチとしたりする場合もある。従って、まずどのような人財タイプがあり、どれを議論の対象とするか明確化させておくことで、その後の議論におけるすれ違いが防げる。

次に、各人財タイプにどのような“基準項目”を定義するか、が議論のポイントとなる。典型的なものとして、「a.行動特性」、「b.マインドセット」、「c.経験/専門スキル知識」 などがある。「a.行動特性」では、汎用的で再現性が高く、成果につながる行動を抽出して定義していく。可能な限りどの人財タイプでも行動特性の項目は同一とし、求める水準が異なるように設計できると、人財育成の効率性が高まる。「b.マインドセット」は、それぞれの人財タイプで共通の項目を定義しておく。これにより、選抜時にノックアウト・ファクター(不採用の決め手)として利用することができる。「c.経験/専門スキル知識」は、その人財タイプがおかれるポストで、適切な意思決定をするために必要な要素を抽出して定義していく。この際に、経験/専門スキルが細かく定義され過ぎると、視野が狭くなったり、アンコンシャス・バイアスが生まれやすくなったりするため、必要最低限な量に留めておくことも必要である。a~c(あるいはそれ以外も含めて)のそれぞれの項目を検討するにあたっては、その項目が、どの人財(若手、中堅、後継ポスト就任前等)を対象にどの目的(発掘・選抜・育成)のために活用されるのかを想定しながら進めることが望ましい。また、それぞれの項目をどのような粒度で定義するか議論していくことも必要になってくる。

 

【図2】 基準の共通言語化の流れ

 

 

 

アプローチ② 多面的視点での発掘・選抜・育成:いかに人財の可能性を発見するか?

設定した基準を活用しながら、いかに人財の可能性を最大化させる発掘・選抜・育成を行うか。この解の基本的なコンセプトは「多数の主観を束ねて客観化する」である。一人の評価は認知バイアスがある限り主観であることから逃れられない。従って、複数の主観的評価を持ち寄って議論することで、客観的な判断を行うことが求められている。具体的には、上司からの人事評価、360度評価、外部アセスメント評価などの複数の評価を活用することである。多くの場合これらは、評価軸がバラバラであったり、データが一元管理されていなかったりするため、横比較されることが少ない。あるいは、始めからその評価の信頼性を疑って比較することを行わない例も散見される。しかし主観的な評価であっても「比較」することで、次回以降の評価が改善される効果はある。見えていなかった可能性やリスクが発見されたり、少なくともどの評価の信頼性が低いのかを判別できたりするためだ。実際、複数の評価結果の議論を行う”タレント会議” (人財開発会議など呼称は様々ある)の中で、特定の評価者による人事評価の信頼性が議題になることはよくある。さらに、主観の一つとして「性格特性・動機」のアセスメントを活用する例も増えている。性格特性とは仕事における好き・嫌い(例:直感に基づく行動を好む、客観的データを分析して行動することを好む 等)といった個人の指向性である。“好きこそものの上手なれ”の観点から、その個人の活躍可能性やリスクを考察する評価として活用されている。特に、そのポテンシャルが未知の若手層で活躍可能性を発掘したり、ミドル~シニア層の配置リスクを検知したりすることに活用されている。
また、育成施策の検討に関しても複数の関係者の合意が必要である。特に成長に必要な経験を積むための“異動”に関しては、優秀な人財を囲い込みたいという思惑が働くため、全社/中期的な視点から異動を意思決定するプロセスを構築することが必要となる。このように多面的かつ全社的/中期的な視点から、人財の発掘・選抜・育成を議論する場として“タレント会議”が開催されている。タレント会議の参加者や必要データ、アジェンダは戦略的に企画・運営されないと形骸化しやすく、戦略人事/ビジネスパートナーとしての人事機能の強化が必要不可欠である。


アプローチ③ 人財発掘・選抜・育成の仕組み進化:いかに企業戦略と同期させるか?

企業/事業戦略は市場環境変化とともに常に進化している。一方で人財育成には時間を要する。従って、戦略の変化を人財発掘・選抜・育成の仕組みにいかに迅速に還元するかは、戦略実現を左右するといっても過言ではない。戦略の進化とともに人財タイプ(人財ポートフォリオ)とその要件を深化させ、後継候補の見直しや入替を検討し、育成施策を再検討(必要に応じて外部登用の検討)する。この一連の流れを戦略実現責任者とともに討議する場の設計が必要不可欠である。そして、この場となるのも“タレント会議”である。タレント会議は、外部環境や戦略変化を迅速に人財育成に反映させるため、単発的ではなく、年間(あるいは四半期ごと)を通じて定期的に実施されることが重要だ。まさに、人的資本経営で謳われている、人的な“資本”をどの人財ポートフォリオに投資して最大のリターンを得るのか、その人財ポートフォリオを戦略進化とともにいかに動的に進化させるのかを検討する“場”といえる。

【最後に】

未だ見ぬ企業の未来を創造する次世代の経営リーダーは、多くの“集合智”によって発掘・選抜・育成されることが求められる。そのためには共通言語化された評価軸とその評価や育成方法、あるいは評価軸そのものの進化を議論する“場”の設計が必要不可欠である。そしてその“場”の議論を支援/リードする役割として、人事機能の進化が問われている。経営と人事機能が一体となり、貴重な経営資源である“人的資本”を最大限活かす仕組みを構築・進化させていくことが求められている。

 

 

執筆者紹介

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ディレクター 大鶴 保

米系戦略コンサルティングファーム、米系組織人事コンサルティングファームを経て現職。経営戦略立案から経営戦略を実現する組織・人事戦略立案、組織・人材開発などに強みを持つ

※上記の役職は、執筆時点のものとなります。

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