ナレッジ

人的資本経営時代における、あるべきデジタル人材育成とは

~DX戦略と連動した人材戦略の構築・実践による人的資本経営の解説~

人的資本経営と、デジタル変革(DX)は、いずれも企業の重要な経営課題となっている。人的資本経営時代において、DXの推進に必要なデジタル人材を企業はどのように育成していくべきか、人的資本経営アプローチのデジタル人材育成への適用という観点から考察する。

人的資本経営とDX

人的資本経営は、人材を資本としてとらえ、自社の経営戦略に連動した人材戦略(人的資本戦略)を構築・実践し、人的資本の価値を高めることにより、中長期的な企業価値を向上させ、企業のありたい姿(パーパス)の実現につなげる営みのことを指す。

人的資本経営の実践においてまずポイントとなるのは、前述の通り、「経営戦略と人材戦略の連動」である。その解像度を上げると、パーパスの実現のために経営戦略があり、経営戦略の要素として、事業戦略と並び人材戦略があるという構図であるといえる。事業戦略と人材戦略が互いに連動し、経営上の戦略として、企業の持続的な成長とそれを通じたパーパスの実現を図るというのが、人的資本経営の全体像である。

そして、事業戦略と人材戦略に並び、昨今、経営戦略の重要な要素として含まれるものの一つに、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」がある。企業がビジネス環境の激しい変化に対応して競争上の優位性を確立し、中長期に企業価値を向上させていくためには、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革することが必要となっている。

つまり、人的資本経営を実践しようとしたときに、経営戦略の重要な要素としてDXを位置付ける企業であれば、自社のDX戦略に連動した人材戦略を構築・実践していく必要があるいうことだ。では、DX戦略と連動した人材戦略の構築・実践による人的資本経営とはどのような営みであるべきか、少し具体に論じたい。

DX戦略と連動した人的資本経営のあり姿

まず始めに、企業価値向上のための人的資本戦略の組み立て方を押さえておこう。基本的な流れは、まず人的資本に関連して、自社が創出したい価値(=アウトカム)を明確化し、価値創出のために必要な人材と組織の状態(=アウトプット)をそれぞれ定義し、現状(=インプット)とのギャップを埋めるために必要な施策を検討するという流れである。それを一連の流れとして示したものが、図1であり、このフレームで企業独自の戦略を整理したものが、人的資本に着目した価値創造ストーリーと呼ばれるものである。

※クリックまたはタップして拡大表示できます

ではこれに、DX戦略との連動という要素を加えるとどのような形になるか。それを示したのが、図2である。

※クリックまたはタップして拡大表示できます

通常、アウトカムには、財務価値としての人的資本ROIや人的生産性、価値創造に影響を与えるESG格付けや、その他外部評価が含まれるが、DXに着目した場合には、それらに加えて、売上増やコスト削減などの直接的な財務価値や、価値創造に影響を与えるDX関連の案件数やDX推進指標、DX認定・DX銘柄などの外部評価を含めることが考えられる。

次に、アウトプットとして通常は、通常ドライバーとしての人材ポートフォリオ、人材フローや、イネーブラーとしての多様性やエンゲージメントなどが含まれるが、DXに着目した場合には、DX推進に必要な人材とはどのような人材かに踏み込んでDX人材の質・量を定義するポートフォリオといったドライバーや、アジャイルな働き方やアジリティの高い体制・マネジメントなどのイネーブラーも加味する必要がある。

また、前述のアウトプットと、現有人材や現在の組織・風土の状態とのギャップを埋めるための施策として、従業員のデジタルスキル強化に向けたリスキリングや、組織風土改革、ワークスタイル変革などが必要となるであろう。

このように、自社のDX戦略を人材戦略と連動させ、DXの要素を取り入れた人材戦略を策定・実践し、検証し、見直していくサイクルを回すことにより、DXを通じて実現したい姿に近づき、生み出したい価値を創出していくという一連の流れを構築する必要がある。

企業の取り組みの実態

では、前述のようにDX戦略と連動させた人的資本経営の実践ができている企業はどの程度あるだろうか。

当社が2023年5月に実施した調査において、回答企業のうち9割以上の企業が何等か、DXの取組・検討を進めており(図3)、さらに過半数の企業がデジタル人材育成に関する育成・研修施策を推進しているが、その前提となる経営ビジョン・人材ニーズの定義・定量化の実施率が低いことが明らかになった。(図4)

※クリックまたはタップして拡大表示できます

※クリックまたはタップして拡大表示できます

さらに、同じ調査のなかで、デジタル人材育成に関連する研修を展開する企業において、育成人数の目標を定めているかどうかも確認しているが、目標を定めている企業は6割程度で、目標設定せず研修を実施している企業も4割以上存在していることがわかっている。(図5)

※クリックまたはタップして拡大表示できます

これらの結果から、デジタルに関して育成・研修という人的資本への投資活動を過半数の企業が行っているものの、その投資はそもそもどのような経営ビジョンの実現に向けた投資なのか、どのようなアウトプット、アウトカムに繋げるものなのかが曖昧なまま(もしくは、曖昧ななかでもまずは「やってみよう」という姿勢で)、育成・研修施策推進している企業の姿が見えてくる。

もちろん、一部先行的な企業において好事例が出てきていることも事実である。例えば、ある企業ではDX戦略を重要な経営戦略に位置づけ、自社の価値創造ストーリーのなかに、DX関連指標やDX人材の育成・確保の目標や、施策を含めながら、それら施策をいかに企業の価値向上につなげるかを描き、それを統合報告書で提示するとともに、その内容をCDOやCHROが自ら社外に対し情報発信している。

こうした対外的な情報発信のみならず、企業内部の実践においても、戦略に紐づく施策の実行と、検証、モニタリングのプロセスを一巡させ、戦略や施策の見直しに着手している企業も出現しており、そうした企業からのご相談が当社に寄せられ始めている。

リスキルに対する個人の受け止め(意向)の状況

DXの要素を含む経営戦略の推進に必要な人材を質・量ともに充足させようとすると、育成が重要であることはいうまでもない。特に、長期雇用を前提とするのであれば、DXに必要な社員のスキルセットを変えていくリスキルの充実が必須となる。

そして、社員のリスキリングを強化しようとした場合に、個人の動機付けは無視できない。企業が提供する育成プログラムや研修を社員に施したとしても、本人に変わる気がなければその効果は著しく低く、人的資本価値の最大化に寄与しないからだ。

では、こうしたデジタル文脈における企業の人的投資(=育成)に対して、個人はどのように捉えているのだろうか。

前出のデジタル人材育成実態調査2023では、企業のみではなく広く個人に対しても調査を行った。デジタル技術の発展に伴う新たな仕事・職務への移行や、今の職業で必要とされるスキルの変化に適応するために必要となるスキルを習得するという意味での「リスキリング」の意向があるか調査した結果、デジタル人材*1では7割近く(69%)がリスキリングする意向がある一方、非デジタル人材*2では32%にとどまることが分かっている。(図6)

*1 エンジニアやデザイナー、ビジネスプランナーなど、デジタルに関する14職種の経験者
*2 デジタル領域の経験を有さなない人材

※クリックまたはタップして拡大表示できます

さらに、リスキリングに関する課題について、非デジタル人材の半数近くが該当する課題が一つもないと回答するなど、現状の非デジタル人材は大半がリスキリングへの関心が低い傾向がうかがえる。(図7)

※クリックまたはタップして拡大表示できます

また、リスキリング意向者であっても、トレーニング機会や時間確保、必要なスキルや学習方法の明確化、キャリアに活かせる機会不足に関する項目が上位となっている(図8)。以上より、企業が従業員のリスキルを強化する上では学びに対する個人のレディネス(準備)や動機づけを促進する必要があると考えられる。

※クリックまたはタップして拡大表示できます

今後の方向性

CHROとCIO・CDOとの連携強化

人的資本経営をリードするCHROは、人的資本面の企業価値に関して、一貫したストーリーを社内外に語ることが求められる。そのため、自社の各事業・機能の実態を把握しておくことはとても重要になる。さらに、各事業や機能に所属する人材の価値創造を後押しするためにも、各リーダーとの対話を増やし連携を深めるべきである。

これは、DXについても例外ではない。自社の戦略としてDXを掲げるのであれば、DXによって何を実現したいのかを理解し、そのためにどのような人材が必要か、どのような組織・文化を形成すべきか、人材の育成・確保、組織・文化形成のために何に取り組むのかをCDO・CIOと連携しながら明らかにする必要がある。人や組織を専門としてきたCHROや人事責任者のなかには、デジタル・データ領域への苦手意識をもつ方もおられるかもしれないが、まずはCDO・CIOとの対話を増やし、連携を強化することから始めてはいかがか。

CDO・CIOの立場からも同様である。DX戦略の推進には、人と組織の変革がセットで必要であることは自明であるが、苦労されているCDO・CIOも少なくないであろう。ぜひとも人と組織の変革の専門家であるCHROに対し、どのようなDX戦略を描いているのか、どのような人材・組織が必要であるのかを共有いただきたい。CHROとの対話を通じて、求める人材・組織の姿の解像度を上げていくことで、必要な施策も明確化されるはずである。

また、経営層間での対話・連携が必要となるのは、DXに限った話ではないことも付け加えておきたい。GXやCXなど、事業横断で取り組むべき企業の重要戦略を推進していく場合にも各経営層間での対話・連携は必要である。
 

DX観点での価値創造ストーリーを発信し、社員を動機づける

DX推進のために、企業側が従業員のリスキリングに取り組もうとしている一方で、従業員である個人のレディネスが高まっていない状況であることは前章で述べた通りである。

ぜひとも、CHRO、CDO・CIOが対話・連携し、DX観点での価値創造ストーリーを構築いただきたい。そのストーリーを発信するとともに、ストーリーに則った一貫性ある施策を展開し、従業員を動機づけリスキルを促していくことが、確実なDX推進のために、まず企業がとるべきアクションではないだろうか。

著者:
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ディレクター 小出 翔
マネジャー  佐藤 由布子

お役に立ちましたか?