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Deloitte Insights
デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2023 #6 労働者の交渉力の活用
労働者の影響力の高まりを受け入れることで、組織はより価値を生み出し、労働者との関係性を強化する
労働者の交渉力は以前は脅威と見られていたかもしれないが、先進的な組織は、労働者のモチベーションと共創を活用して相互の利益を高め合う方法を模索している。
労働者は今日、いまだかつてないほどに多くの選択肢と強い影響力を持っており、組織の行動やアジェンダの形成へこの新たな影響力を行使することにますます積極的になっています。ビジネスリーダーは労働者の熱意やエネルギーを、労働者と組織だけでなく、世界全体にとっての相互利益のために活用する必要があります。
デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2021のレポートで、”ファッション感覚で選ぶ仕事”の未来について述べたように、労働者の交渉力は高まっています。1 この未来では、労働者は自分の仕事に対して、そして自分が働く組織に対して、より多くの選択肢と影響力を持つようになるでしょう。直近では、職場復帰の文脈に焦点が当てられており、労働者の交渉力が組織によって単なる職場の好みについてのものであると誤解されていたり、組織が労働者にとって「柔軟性」の意味を指示することによって力を示そうとしたりしています。2
実際のところ、労働者の交渉力には複数の次元があります。ひとつは労働者の「自己決定」であり、労働者は自身の仕事について、どのように、いつ、どこで働くのかについて、意味のある選択と影響力を求めているのです。2021年に仕事を辞めた労働者は、昇進の機会がないこと (63%) 、職場で尊重されていないと感じていること (57%) が辞めた理由だと答えました。3 もうひとつは労働者の「行動主義」であり、労働者は環境問題や社会正義から人種やジェンダーの平等に至るまで、幅広い問題にわたって組織の価値観、戦略、政策、行動を自分の個人的価値観と一致させることを望んでいます。例えば、有害な企業文化は、業界と比較して企業の離職率を予測する上で、報酬の10.4倍の影響力を持ちます。4 有害な文化に寄与する主要な要素には、多様性、公平性、インクルージョン (DEI) の促進の失敗が含まれます。その場合、労働者は尊重されていないと感じ、エシカルでない行動特性になります。5
こうした労働者の交渉力の高まりは、下記を含む複数の要因によって促進されます。
- 継続的な人材/労働力不足:今日の労働者は、より多くの仕事の選択肢を持ち、組織への依存度が低く、望むことを要求するように後押しされています。労働力供給の変動に関わらず、この交渉力と影響力は持続するでしょう。Z世代とミレニアル世代を対象とした今年の調査では、回答者の3分の1が、次の職場の候補が無い状況でも仕事を辞めると答えています。6 組織は、労働者の戦略や取り組みを形成することによって、必要とする人材にアクセスでき、より強く長期にわたる関係性を労働者と築くことができるでしょう。
- 社会意識の高まり:社会的、政治的、環境的、経済的な幅広い問題について、世の中の意識と行動が急激に高まっており、個々人の自分が信じるもののために立ち上がる権限と責任感が高まっていると感じています。Z世代とミレニアル世代の5人に2人は、社会や環境への影響、多様で包括的な文化に関する価値観と一致しないという理由で、仕事やアサインメントを拒否しています。7 対照的に、組織のパーパスにコミットしている組織では、メリットが向上しています。今年のデロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド調査では、回答者の50%が労働者の定着率とウェルビーイングが向上したと回答しています。
- 技術の進歩:デジタル技術は、特定の組織や仕事に縛られることなく、個々の労働者が価値を創造することを容易にします。また、人々がグローバル規模でリアルタイムに問題について繋がり、コミュニケーションをとることができ、組織が労働者にとって何が重要であるかについて貴重な洞察を得ることができます。例えば、ソーシャルメディアは顕微鏡とメガホンの両方の役割を果たし、組織が下した決定を知らせ、より大規模でより広く国民に向けて彼らの行動の責任を問う声を増幅させるものとなります。
- 政府の影響力の低下8:政府が労働者に対して支援を行わないとき(例えば、ジョブや賃金を保護するパブリックポリシーや制限、社会保障や福祉の拡大、教育へのより良いアクセス、リスキルへの投資など)、労働者は組織に対して提供を期待するでしょう。それを果たすことで、組織はエンゲージメントとリテンションを高めることができます。
労働者の交渉力の現れ方は、法律、社会的行動、文化的規範、労働者と組織の関係などの違いにより、国や地域によって異なります。しかし、地域や地域によって差はあるものの、全体的な傾向としては、労働者はかつてないほど大きな影響力と選択権を獲得しており、企業の行動を形成して舵取りするため、あるいは単に労働者のエンゲージメントや生産性のレベルを決定するために、「静かな退職」 現象にも見られる通り、その影響力や選択権を進んで活用しようとしています。9
この世界的なトレンドは組織に対して、企業価値、戦略、ポリシー、行動を労働者個人の価値観やより大きな社会価値と整合させることに対して、大きなプレッシャーを与えています。労働者や社会ごとに異なることを期待している点を踏まえても、大変な課題ではありますが、労働者、組織、社会に対する利益はこれらの課題を上回るものになります。
トレンドに当てはまるシグナル
- 労働者の意見を聞く機会が増加しており、労働者のプログラムや方針が継続的に変更されているように感じるにも関わらず、労働者が離職している
- 組織が競合や業界のベンチマークと比較しているが、ビジネス戦略や労働力に対して最も重要な課題の解決に苦慮している
- 組織と労働者間の優先順位の不一致に関連する抗議や活動の増加により、ビジネスの成果(経済面、評判など)が低下している
レディネス・ギャップ
デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド調査では、ビジネスリーダーのうち84%が、労働者の交渉力が組織の成功のためには重要または非常に重要と答えました。しかし、課題に対応するために十分な準備はできているという回答は17%にとどまり、準備状況は全トレンドの中で二番目に低くなっています。
図1:労働者の交渉力への準備に関するレディネス・ギャップ
デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2023の調査によると、このギャップはパンデミックに起因する近年の主要な交渉力の傾向、すなわち報酬、居住地、労働時間によるところが大きく、これらがトップ3項目として表面化しています(44%)。交渉力を活用し価値を生み出すには、パーパス、労働者の声、仕事といったサーベイで最も低い3項目(16%)に焦点を当てる必要があります。
新しいあり姿とは
ターゲットの変化を受け入れる:より高い価値を生み出すために労働者の交渉力を活用するには、これが一時的な流行ではないと認識すること、すなわち組織の方に選択の余地があるものではないことに注意する必要があります。加えて、何が重要であるかは変化するため、今日労働者と設定したゴールが今後も常に新しいものであり続けるわけではありません。共創においては、どの様な質問がなされたのか共有することは、答えに辿り着くことと同程度に重要です。つまり、この関係性を共創することは組織と労働者、そしてその代表者との間での一連の取り組みの中に組み込まれる必要があるということです。デロイトのHigh-Impact Workforce Architectureリサーチでは、これを労働者の一部に「クリエイターマインドセット」を養うと表現しています。来たる変化を単に受け入れるのではなく組織の未来を形作ることに積極的な貢献をする欲求を養うということです。10 クリエイターマインドセットは労働者に利益をもたらします。創造に関わった変化に直面したときの回復力が強く、共創に伴う貢献により強い帰属意識を感じやすいのです。11 また、組織にもメリットがあり、上記Workforce Architectureの調査では、このクリエイターマインドセットを養う組織では、顧客満足度が1.8倍高く、イノベーションの発生も2.8倍高い傾向があることがわかりました。
取組と結果の共有:労働者と組織は、議論と成果を共有しながら、継続的な対話を行う必要があります。労働者の好みや意見に耳を傾けることは、この一連の取組みの前提条件となりますが、有意義で影響力のある関係を作るには十分ではありません。組織は、ビジネスの成果に影響を与える正式な意思決定の議論において、労働力の貢献を活性化する必要があります。この活性化は、組織の規模、規制、労働組合や労働者協議会の関与などによって様々な形をとります。このタイプの共有された意思決定は、労働者に権限と交渉力の両方を提供し、ビジネス上の成果を向上させます。例えば、ドイツでは、従業員が5人を超える全ての企業に対して、労働者協議会の設置が法律で義務付けられており12、これらの作業協議会は、休日や給与の支払い方法といった日常的な問題から、組織の投資、敷地の閉鎖、買収の可能性などの経済的側面にまで及ぶ権利を持っているのです。13
労働者と組織の関係構築への願望をサポートする特定の意思決定に焦点を当てる:組織がビジネスのあらゆる面に労働者の交渉力を組み込むことは現実的でも効率的でもありません。むしろ、組織は、組織の価値観や目標に沿ったタイプの労働者-組織関係の構築を支援する過程や議論に労働者を深く関与させることに焦点を当てるべきです。ある組織では、これは共通のパーパスへの結集を意味するかもしれませんし、また別の組織では、仕事の設計に集中することを意味する場合かもしれません。
実現することにコミットする:本章の冒頭で説明した組織と労働者の相互利益を達成するためには、これらのアクションがリップサービスになってはいけません。労働者がコミットし、組織が労働者の視点をビジネスに有意義に統合していなければ、労働者の信頼は損なわれ、離職する可能性は高くなります。「実現する」 ことは、労働者の価値観、興味、スキルに沿った仕事の割り当て、タスク、イニシアチブと労働者をマッチングさせ、情熱を生産性に変えることのように思われるかもしれません。組織と労働者がどのような関係を築いているかによって、両者は労働者が主に仕事の外で意味や目的を見出すことを期待する可能性があります ( 「仕事は仕事」 の未来14) 。その場合、 「実現する」 ということは、目的に焦点を当てるのではなく、作業自体について作業者と共創することを意味します。
先進的企業による取り組み:
ノヴァルティスでは近年 「責任ある選択 (Choice with Responsibility) 」ポリシーを導入し、従業員が雇用されている国内でいつ、どこで、どのように働くかを選択できるようにしています。15 このポリシーは、責任を「マネージャーによる承認」から「マネージャーへの情報提供」に移行し、個人とビジネスの両方のパフォーマンスを最適化するように設計されています。
Haierは、何千もある小規模事業のひとつに従業員を参加させたり設立させたりすることで、何に取り組むかについての選択と自律を与え、そして利益を共有しています。16 基本給は控えめで、多くの場合、最低賃金を大きく超えることはありませんが、 「主要な目標」 を達成したチームは、給与を5倍から10倍にすることができます。フントラインのチームは自由にビジネスを運営できるのです。
マサチューセッツ州は、選ばれる雇用主としての地位を保ち続けながら、人材を引き付け、リテインするために職場の柔軟性を高めてきました。17 リーダーやマネージャーは、個々の従業員やチームから継続的に作業に対する好みの意見を求め、それらの好みと運用上のニーズのバランスを取るハイブリッドスケジュールを作成しています。この職場の柔軟性の向上により、従業員の定着率が向上しただけでなく、このハイブリッド環境内で始まった双方向のコミュニケーションの向上により、リーダーは、直面している問題、課題、機会について従業員から直接聞くことができるようになりました。
M&T Bankでは、40時間の有給ボランティアの時間を与え、社員の情熱に合ったあらゆる活動に費やすプログラムを作成しました。18 このプログラムにより、従業員は個人の選択、行動、価値観を組織全体のパーパスと一致させ、 「生活に変化をもたらす」 ことができるのです。
今後の展望
労働者の交渉力は、組織が行う全てのことを労働者に指示させる必要があるという意味ではなく、また、労働者が行動を起こさない視点(すなわち、影響力の小さい取締役会)を共有するための構造を作るという意味でもありません。これは双方向のコラボレーションであり、誰でも自由に参加できるものではありません。しかし、労働者の影響力や支配力への欲求を満たすために、自由参加はかならずしも必要ではありません。必要なのは、労働者に意味のある、相互に利益のある選択を与え、労働者に関わる問題に関する意思決定プロセスに参加させる、という開かれた敬意のある関係なのです。労働者は、施設や作業場所などの組織の戦略レベルの意思決定に含まれるべきであり、作業スケジュールなどの個人レベルの意思決定に含めることもありえます。
そして、これらの意思決定に関しては、リーダーが 「待つ」 という誘惑に駆られるかもしれないが、労働者の感情の変化や労働者の交渉力の高まりは、労働力の需要と供給の変化や景気低迷に関係なく、変化したり 「通常に戻ったり」することはありません。ビジネス、労働力、社会の混乱のペースに合わせて、労働者の交渉力は、これらの混乱を乗り切るために必要なアジリティのレベルを提供します。
究極的には、労働者の交渉力はそれ自体がモチベーションの強力な源となり得ます。心理学の研究によると、交渉力は意欲や行動だけでなく、身体の健康や全体のウェルビーイングとも関連しています。[*]19 重要なことは、人々に影響力と選択の自由を与えることは、実際に提供する選択と同じくらい重要であることが多いということです。
組織は、組織の将来のオーサーシップを共有したいという労働者の願望を認め、受け入れることから始め、両者のインプットに基づいてその将来を共同で創造すべきです。その結果として、組織と労働者の両方がテーブルに座り、権限と説明責任の両方を共有する関係が生まれます。パーパスや仕事自体、または相互に合意されたその他の要因に基づいて、共に課題を解決し、利益を実現するのです。
脚注
- Erica Volini, The worker-employer relationship disrupted: If we’re not a family, what are we?, Deloitte Insights, July 21, 2021.
- Hugh Son, “Goldman Sachs CEO David Solomon says in-person attendance tops 50% after return-to-office push,” CNBC, May 2, 2022; Matthew Stern, “Apple can’t turn back from flexible work-from-home options,” Forbes, August 30, 2022.
- Kim Parker and Juliana Menasce Horowitz, “Majority of workers who quit a job in 2021 cite low pay, no opportunities for advancement, feeling disrespected,” Pew Research Center, March 9, 2022.
- Donald Sull, Charles Sull, and Ben Zweig, “Toxic culture is driving the great resignation,” MIT Sloan Management Review, January 11, 2022.
- Ibid.
- Deloitte, Striving for balance, advocating for change: The Deloitte Global 2022 Gen Z and Millennial Survey, 2022.
- Ibid.
- Volini, The worker-employer relationship disrupted: If we’re not a family, what are we?
- Jim Harter, “Is quiet quitting real?,” Gallup, September 6, 2022.
- David Mallon et al., Seven top findings on moving from talent management to workforce architecture, Deloitte, September 2020.
- Erica Volini et al., 2020 Global Human Capital Trends—The social enterprise at work: Paradox as a path forward, 2020.
- Marie Laure Troadec, “German Works Council — An essential guide for employers,” Horizons, December 6, 2022.
- Ibid.
- Volini, The worker-employer relationship disrupted: If we’re not a family, what are we?
- Novartis, “Choice with responsibility: Reimagining how we work,” July 29, 2020.
- Steve Denning, “Can firms succeed without managers? The case of Haier,” Forbes, January 30, 2022.
- Based on work done by Deloitte with this organization.
- Interview with authors.
- A Bandura, “Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change,” Psychological Review 84, no. 2(1977): pp. 191–215; Gregory C. Smith, “The effects of interpersonal and personal agency on perceived control and psychological well-being in adulthood,” The Gerontologist 40, no. 4(2000): pp. 458–68; James W. Moore, “What is the sense of agency and why does it matter?,” Front Psychol (2016).
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