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人的資本経営におけるメンバーシップ型・ジョブ型の有効性

人的資本経営下の人材戦略に基づくメンバーシップ型とジョブ型の使い分けに関する考察

人的資本経営の推進のために各企業はその人材マネジメントのあり方をどう考えると良いのだろうか。本稿では「人材版伊藤レポート」(経済産業省 令和2年9月)が示した人材戦略における「3つの視点・5つの共通要素」に沿って、典型的な論点となり得る「メンバーシップ型かジョブ型か」について、それらの違いや使い分けのあり方を考察する。

人的資本経営が問う人材マネジメントのあり方 ~人的資本経営推進のためのメンバーシップ型とジョブ型の使い分け

令和2年9月に経済産業省より公表された『持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート ~』 (以下、「人材版伊藤レポート」)が「人的資本」の視点の重要性、およびこれに立脚する「人材戦略」のあり方を提言し、その後、人的資本経営については、非財務情報の可視化・開示を通じ資本市場の力学を活かして向上させていこうという動きが本格化してきている。


令和4年には『人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート2.0~』 も公表され、人材版伊藤レポートの提言を具体化するための各種取組みやポイント・留意点等が示され、各企業はこれらも参考にしながら、自社の経営戦略に連動した人材戦略を構築・実践し、資本市場への開示・対話を通じ、人的資本経営の品質を高めていくことが求められている。


では、人的資本経営が求める人材戦略の実現を支える「人材マネジメント」のあり方(典型的には、いわゆる「メンバーシップ型」や「ジョブ型」等)については、各企業はどのように考えると良いのだろうか。人材版伊藤レポートでは、「ジョブ型」の方向性や移行期としてのその部分適用を一例として言及しているが、本稿ではより踏み込んで、人材版伊藤レポートが示す人材戦略における「3つの視点・5つの共通要素」に沿って、これらが導く人材マネジメントの方向性を考察したい。(なお、これはメンバーシップ型かジョブ型か、という二元論では決してない話ではあるが、本稿では分かり易さの観点から、双方の切り口での比較を軸とした考察を試みる。)

 


「視点1:経営戦略と人材戦略の連動」

人材版伊藤レポートが示した人材戦略のあり方の基本となっているのが、この「経営戦略との連動」である。「経営戦略」には、パーパスや企業理念に立脚する根源的な要素と、変化する事業環境を捉える動的な要素の両側面が含まれると考えられるが、企業・個人を取り巻く環境の変化スピードが増す中で、特には後者、すなわち事業環境変化に応じた経営戦略の変化に、いかに人材戦略を同期・連動させるか、がポイントとなってくると考えられる。
この視点では、人員構成が固定的になりやすいメンバーシップ型に比べ、その時必要なジョブに内外の人材を充てる、というジョブ型の方が、人材の質・量を経営戦略に合わせて動的に連動させやすい考え方であると言えよう。とは言え、足元では国内労働市場の流動化が必ずしも全面的には進んでいない中で、外部からの人材確保が十分機能するとは言いにくい面もある。求められる人材の質・量の変化の激しさや、事業領域・専門性における人材市場の流動具合によって、ジョブ型としての利の大小が変わってくると考えられる。また、メンバーシップ型であっても、十分な人員規模や社内でのリスキル・再配置の機能が備われば、戦略に合わせた可変性を一定程度持ち得るとも考えられる。

 


「視点2:As is‐To beギャップの定量把握」

この視点は、人材戦略上の重要な人材アジェンダについてKPIの設定・PDCAによってその実現を確実に図ること、および定量指標をもってステークホルダーとより有効な対話を進めることがポイントとされていると考えられる。この点については、人材マネジメントのあり方そのものというより、その運用・実践のあり方を問うものと捉えられよう。



「視点3:企業文化への定着」

この視点は、人材戦略の実行において、目指す人材像・組織像をきちんと見据え、それが企業文化としてしっかり根付いていくことを意識的に図っていく必要がある、との主旨と考えられよう。この点では、人員構成が長期に固定しやすいメンバーシップ型の方が、人員の入れ替えが生じやすいジョブ型よりも、相対的には組織としての価値観、組織文化の定着が進みやすい可能性はある。ただしこれはジョブ型が不利というよりは、明示的・継続的な文化定着活動がより積極的に求められる、といった捉え方の方が適切であろう。一方で、いわゆる“年功序列”の打破など、これまでの企業文化の大きな変革を企図する場合は、その変革フェーズにおいては、メンバー構成の固定性が強いメンバーシップ型の方が、やや難易度が高い(人員構成の変化を通じた組織規範の変容が進みにくい)という面もあると考えられる。



「共通要素1:動的な人材ポートフォリオ」

この要素については、前述の「視点1:経営戦略と人材戦略の連動」における本稿記載内容と実質同義と捉えて良いだろう。(再掲は省略)

 


「共通要素2:知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」


人材版伊藤レポートでは、非連続なイノベーションの重要性、そのためには多様な個の掛け合わせ、すなわち(属性のダイバーシティにとどまらず)経験や感性、価値観、専門性といった、知と経験のダイバーシティが必要、と指摘している。特に感性や価値観という面では、メンバーの固定性が強いメンバーシップ型よりも、外部人材市場からの人材確保が動きやすいジョブ型の方が、相対的には“育ちの違う”様々な人々が入り交ざる組織になりやすいという構造的な違いはあろう。

一方で、「ジョブ型」だから知・経験からのイノベーションが自然と進む、というわけでは当然ない。むしろ本件の要諦は、メンバーシップ型・ジョブ型に関わらず、違う個が集まる組織で、それらが持つ知・経験の交錯をいかに誘発・創発し、既存の社内感覚や考え方に収まらないことを歓迎し、時にコンフリクトをも意図的に表出させながら、新たな価値を生んでいく、そういった組織マネジメントの力量をいかに養っていくか、が問われているのではないかと、考えられる。



「共通要素3:リスキル・学び直し」

リスキル・学び直しは、事業戦略や将来のビジネスからのバックキャストによる人材・専門性ポートフォリオの明確化と、これを推進するためのリスキリングのプロセスの効果性がポイントになると考えられる。その意味では、メンバーシップ型/ジョブ型問わず、という側面が強い論点だと思われるが、社内異動が想定されているメンバーシップ型では、人員配置の変更がしやすいという面はあろう。逆にジョブ型では異なる領域への異動をそれほど想定していないので、処遇面などでイレギュラーな対応をしなくてはいけない可能性もある。他方、個人単位でのリスキル・学び直しが必要という点で、会社主導だけではなく、個々人側としてもリスキルに自律的に本気で取り組むことが望ましい。この観点からは、メンバーシップ型で指摘されるような会社依存的な関係やマインドセットは、支障の一つになる可能性もある。

 


「共通要素4:従業員エンゲージメント」

人材・組織が能力・スキルを最大限発揮するためには、従業員一人ひとりがやりがいや働きがいを感じ、主体的に業務に取り組むことができる環境を創りあげることが必要ということが、この要素の主旨である。企業理念やパーパス、経営戦略やビジネスモデル等を従業員と対話・共有・共感し、従業員エンゲージメントを高めていくことは、メンバーシップ型・ジョブ型問わず重要な取り組みであり、大きくどちらが有利不利、という論点ではないだろう。ただし、メンバーシップ型では画一的なキャリアパスや就業観を中心に組まれてきた面もあるため、個の価値観が多様化する中、柔軟・多様なキャリアイメージや雇用・就業形態への変化をより強く意識していく必要はあると考えられる。


 

「共通要素5:時間や場所にとらわれない働き方」

人材版伊藤レポートでは特に、新型コロナウィルス感染症への対応、事業継続やレジリエンスの観点を強調しながら、この要素の重要性を示している。一方このような文脈に留まらずより広範な意味でも、多様な個を、時間や場所にとらわれずうまく活用し、組織としてアウトプットに繋げていくことが求められる事業環境になってきていることは、論を待たないであろう。このためには、個々の仕事・責任の明確化は必須であり、ジョブ型の考え方のほうがより親和性はあると言えるだろう。実際はメンバーシップ型でもジョブ型でも役割分担を組織内で決めて成り立つものではあるが、相対的に言えば、メンバーシップ型は個々の責任範囲について曖昧な状態でゆるやかに受容してしまいやすい面もあるので、特にこの弊害に留意する必要があるだろう。

 

 

まとめ:人的資本経営の推進のための、メンバーシップ型・ジョブ型の使い分け

ここまで、人材版伊藤レポートが示した、人材戦略の「3つの視点」と「5つの共通要素」から、人材マネジメントのあり方を考察してきた。これらを簡略的に一覧化すると、以下のような整理になるであろう。

 

本稿冒頭でも言及したとおり、人材マネジメントのあり方は「メンバーシップ型かジョブ型か」、という二元論では決してないが、上表のとおり、人材戦略のあり方やそこで重視するポイントによって、どちらの基調がより親和性が高いか、といった特徴はあると考えられる。

例えば、上図視点1のとおり、自社の業種や事業戦略から、市場流動性の高い職種や人材を相当程度多く要するのであれば(:典型的にはIT・ハイテク産業などが想起される)、その観点ではジョブ型ベースの方が利があるであろうし、逆にそこまで市場流動的でない職種が事業構成上の大勢であれば、メンバーシップ型ベースの中で、ある程度の人員規模を生かしつつ社内人材ポートフォリオの柔軟さを高めることで経営戦略との同期性を高めるという方向性もあり得るだろう。より定性的な論点としても、例えば企業文化そのものを今大きく変革したい、といった向きが強いのであれば、従来のメンバーシップ型からジョブ型に大きく振って内外人材を組織で混流させる方が良い可能性があるし(視点3)、今後のリスキルの要諦を何より社員の自律性・内発性に置くのであれば、ジョブ型ベースの人材マネジメントの方が整合的な可能性がある。

以上、本稿では、人的資本経営において改めて重視される「人材戦略」、その人材戦略を実現するための人材マネジメントのあり方について考察を試みた。単に「メンバーシップ型か、ジョブ型か」という型式の議論ではなく、自社の人材戦略のあり方、そこで何をより重視するか、それによって、メンバーシップ型の方が機能するか、ジョブ型の方が利があるか、あるいはどちらをベースにハイブリッドなものにするか、といった議論・判断が行われるべきであると考える。

執筆者

田村 征継(たむら まさつぐ)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー

 

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