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デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2024 #4 透明性の逆説

透明性の逆説:信頼は、透明性が少ない方が逆に高まるのか?

組織の中で透明性を高めると、信頼関係は築かれるのでしょうか、それとも侵食されるのでしょうか?透明性が助けとなり、妨げとならないように、リーダーはどのような事を心に留めておくべきでしょうか?

どのような関係においても、信頼は不可欠です。信頼は、目に見えない、言葉に尽くせない接着剤のようなもので、組織、労働者、コミュニティが繫栄するための関係性を維持する役割を担っています。労働者と組織間の信頼関係は、これまで以上に重要性を増していると言えますが、多くの組織にとって、この関係性をどのように築き、維持するかは依然として難しい問題となっています。

透明性は一般的に、信頼関係を構築する上で主要な要素のひとつであると考えられており、透明性が高ければ高いほど、信頼も増すという考え方が、真実とされてきました。グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2024の研究でも、調査したリーダーの86%が、「組織の透明性が高ければ高いほど、従業員からの信頼は得やすい」と述べています。これは完全に間違った見解ではありません。他の研究においても、ある種の透明性は、信頼の構築に貢献することを示しています。例えば、デロイトの研究では、雇用主が直接的で平易な言葉を使って従業員に重要な情報や目的、意思決定の内容を共有することは、信頼の重要な側面であることが明らかになっています。¹一般的に、組織が意思決定の内容や結果、戦略、取り組みについて労働者や顧客、投資家、その他のステークホルダーと自由に情報共有することは、良いことだと認識されています。²

しかし、それはそう単純なものではありません。信頼と透明性の関係は、はるかに複雑で微妙なものです。家具メーカーSteelcaseのCEOであるSara Armbrusterは、最近の対話で次のように私たちに語りました。「信頼は非常に重要なものです。透明性を担保することは、多くの場合において信頼の獲得に繋がります。しかし、強く透明性を推奨し、高いレベルで実装する場合、問題が発生した時に対処するためのシステム整備が必要となります。」

一部の組織は、透明性の取り扱いを誤ると、信頼を大幅に損なうことがあるという事実を発見しています。 組織の文脈で通常考えられる透明性とは、リーダーシップチームから他のメンバーへの情報公開を指します。しかし、新たなデジタル技術の進歩により、チーム内部にも透明性がもたらされ、従業員に関する情報も組織に公開され得るようになりました。今日では、テクノロジーにより、組織内のほぼ全ての人と情報が、ほとんど誰に対してでも公開され得ます。従業員がデバイスを利用する度に生成するデータは、人工知能を用いて分析され、ほとんど無償で共有されることが可能なのです。このデータには組織内で起こるほぼ全ての事象が含まれる可能性があります。例えば、以下のようなものです。

  • 労働者がPCを利用していた時間、その操作内容、および成果
  • 労働者のモチベーションの状況や感情
  • 顧客や同僚と会話する際の声のトーン
  • 工場現場における個人の動きや、やり取り
  • ドライバーが走行した距離とルート
  • 組織文化、帰属意識、インクルージョンに関連した労働者の行動
  • 現場における労働者の物理的な安全性
  • 誰が、いつ、何を、どのようなツールを用いて議論しているのかに関する情報

かつての透明性は、リーダーが組織の特定の側面に光を当てることを意味していました。しかし、今日では、それは組織の隅々までが、あらゆる視聴者に向けて照らされることを意味しています。

 

リーダーにとって、このレベルで組織の透明性が実現できることは、魅力的に映るかもしれません。確かに、組織と所属するメンバーの動きが詳細に把握できるようになるでしょう。しかし、この新たな透明性は、大きな利益をもたらす「金鉱」となり得る一方で、予期せぬ問題を引き起こす「地雷」ともなり得ます。適切に管理されれば、この透明性は人間のパフォーマンスを測定し向上させる新たな機会を生み出し、個々の労働者と組織全体の双方にとって価値をもたらすことができます。他方で、例えばプライバシーの侵害やAIによる監視、労働者の一挙手一投足のコントロール等に用いられる等、悪用の可能性も無視できません。

 

かつての透明性は、リーダーが組織の特定の側面に光を当てることを意味していました。しかし、今日では、それは組織の隅々までが、あらゆる視聴者に向けて照らされることを意味しています。

 

透明性を高める新たな技術によって、リーダーは強力なツールを手にすることができます(図2参照)。

そして、デロイトのQuantified Organizationの研究によれば、これらのツールがもたらすポジティブな可能性について、労働者と組織の考えは驚くほど一致しています。具体的には、労働者のパフォーマンスや仕事に対する満足度、労働者の安全やキャリア開発、イノベーションや組織のアジリティの向上³にデータの利活用が期待できると、両者とも同意しているのです。

 

しかし、この新しいデータを効果的に活用するためには、透明性と信頼の関係に対する深い理解が必要です。この関係を理解することはますます重要になってきています。私たちの調査によると、労働者の86%とリーダーの74%が、労働者と組織との関係における信頼と透明性に注目することは、非常に重要、もしくは極めて重要であると回答しています。実際、このトレンドは、私たちの調査における7つのトレンドの中で、最も重要性が高いという結果になりました。また、今年だけでなく、今後3年間における組織の成功に最も大きな影響を与えると見られているトレンドです。

信頼と透明性への注目が、今年だけでなく、今後3年間における組織の成功に最も大きな影響を与えると見られているトレンドです。

リーダーは、労働者と協力して、どの情報を公開するべきか、なぜその情報を公開するべきか、誰の情報を公開すべきか、そしてその情報を誰にどのように公開すべきかといった重要な問いを考慮するべきです。

信頼の重要な役割

透明性と同様に、信頼も双方向⁴で捉える必要があります。つまり、労働者からリーダーへの信頼と、リーダーから労働者への信頼です。

心理学や社会学において、信頼とは、他者が自分に害を与えないという信念や、他者が有益で、誠実で、公平な行動を取ることに対する期待として定義されます。信頼の核心には、自身の弱さをさらけ出す勇気と、相互の協力と利益のために他者に依存する意志が含まれています。つまり、人々は互いの最善の利益のために行動するという信念があります。⁵しかし、互いに弱さをさらけ出すためには、一般的に共感と心理的安全性が不可欠です。信頼を促進する要素は多数ありますが、デロイトでは信頼を、能力・堅実性・人間性・透明性に裏打ちされた高い能力とポジティブな意図の結果と定義しています。⁶

信頼の4つの要素

デロイトでは、約500のブランドを通じて顧客や労働者から得た40万件以上の調査結果や、フォーカス・グループ・インタビュー、信頼を築くことに尽力するリーダーとの対話、信頼の獲得と喪失を探求するケーススタディ等に基づき、信頼を以下の4つの要素に整理しています。⁷

  • 人間性:共感と優しさを示し、全ての人を公平に扱うこと
  • 実力:質の高い体験や製品、サービスを生み出すこと
  • 堅実性:約束や品質を一貫して守ること
  • 透明性:情報や動機、行動をわかりやすく平易な言葉で公開すること

信頼は組織の成功にとって常に重要であり、年々その重要性が増しています。

  • デロイトの研究によれば、「信頼できる」とみなされる企業は、競合と比べて市場価値が最大で4倍上回る傾向があります。⁸Trust Across AmericaやInitiative on Quality Shareholdersによって信頼できると評価された企業の株式価格は、直近5年間でS&P 500を30%から50%上回っています。⁹また、高い信頼を得ている企業の労働者は、他の労働者と比べて退職する確率が50%低く、モチベーションが180%高く、責任範囲外の業務を担う確率が140%高くなるという結果が出ています。更に、生産性や仕事に対する満足度が高く、健康状態も良好であることが多いようです。¹⁰

今日の様々なトレンドによって、信頼が危険にさらされています。誤った情報が至る所に存在し、見かけや印象が事実より優先され、デジタルセキュリティとデータプライバシーのリスクがまん延しています。人々はプライベートな情報や正確性の乏しい情報が拡散されることによる被害に合う可能性に直面していて、組織への信頼を拡大することに慎重になっています。それに加えて、アウトソーシング、合併、人員削減、ビジネスモデルの変革、デジタル・トランスフォーメーション、オフィスへの復帰等の変化は、労働者の不信感の温床となり得ます。他にも、信頼に影響を与える傾向がある要素として以下のようなものがあります。

  • 組織と労働者に対する不確実性の増大:将来何が起こるか分からなければ分からないほど、人々は安全性を感じるために信頼に頼ることが増えます。
  • 従来の境界線の消失:労働と職場を定義してきた従来の境界線の多くが失われる中で、信頼が組織文化以上に組織の一体感を醸成し、人々とミッションとの繋がりを保つ手段となっています。特に、組織がジョブの定義や境界のない世界での労働力の在り方について検討する中で、信頼は意思決定の共通の基盤となることができます。
  • 生成AIやその他の自動化技術:技術によって定型業務が自動化されるにつれて、共感や好奇心のような人間らしい能力が、業界をリードする組織を他と差別化する要素になります。これらの能力を発揮するために労働者は、自分の仕事が組織によって双方にとって有益となるよう活用されることに信頼を置く必要があります。また、AI自体が信頼の不足に直面していることにも注目すべきです。デロイトの調査によると、AIツールが導入された場合、労働者は雇用者を2.3倍も共感性に乏しく、人間味のない存在として感じる傾向が示されています。¹¹

これらの課題に立ち向かい、労働者と組織の関係性を築く、労働者からの信頼はエンゲージメントよりも重要な要素かもしれません。多くの組織は労働者と組織との関係を測るための指標として従業員エンゲージメントを用いていますが、信頼の方がより適切な指標かもしれません。エンゲージメントは単に、労働者が組織のためにどの程度自己を投じることができるかを測るものであり、組織が自分たちの利益を支えることへの信頼度を測るものではありません。一方で、信頼は、労働者が組織との関係から必要とするものを得られているかを評価するためのより良い指標となるかもしれません。

透明性とは何を意味しているのか

透明性は現在流行しています。例えば、給与情報の開示を求める動きによって、米国の8つの州において給与レンジの透明性の担保に関する法律が制定されました。12また、米国では求人広告における給与情報の掲載が2020年以降倍増し、13世界的にも給与情報の透明性が年々向上しています。14雇用主は、これ以外にも従来開示していなかった情報を積極的に公開するようになりました。例えば、Patagoniaは消費者に対して、気候変動に対する積極的な取り組み姿勢を示すために、外部供給網に関する情報を公開しました。15また、Asanaでは労働者が組織の戦略的優先事項を理解できるように、取締役会の議事録を公開しています。16一部の組織では、財務諸表や役員会議の議事録や録音等を社内公開し、全ての社員が組織の方向性や意思決定に参加できるようにしています。

組織が透明性についてより慎重に考えるべきであることを示すサイン

  • 透明性を促進する技術を急速に採用している(例えば、センサーやデバイスの使用、労働者のメールやカレンダー、社内コラボレーションツールのデータに基づく分析、AIや機械学習の活用等)
  • 労働者が監視されていると感じて、隠れたり、見栄を張ったりする等、普段と異なる反応を示している懸念がある
  • 労働者が新たに利用可能となったデータに基づきパフォーマンスを管理されることに抵抗感を示している
  • 労働者が、データが責任ある方法で、もしくは自分たちの利益のために使用されるという確信が持てないため、データの提供を控えている
  • 情報過多によって労働者のバーンアウトや意思決定の遅れが生じている

実際、透明性を推進する理由は様々です。PatagoniaとAsanaの事例は、「積極的な透明性」の例です。つまり、リーダーや労働者が意図的に情報を共有することで、信頼や説明責任を向上させ、意思決定を改善し、組織と労働者双方にとって有益な結果をもたらすためのものです。一方、以前は厳重に保持されていた情報の開示を求める法律や規制への対応は「反応的な透明性」の例です。そして、「強制的な透明性」とは、組織としての方針や労働者・リーダーの理解や合意を得ないまま、情報を収集し分析することを言います。労働者がSNS等のチャネルを通じて組織やそのリーダーに関する情報を無断で公開することで、組織に対して透明性を強制する場合もあります。

「積極的な透明性」に向けた動きは増えてきたものの、直近の透明性に関する動きの多くは「反応的な透明性」または「強制的な透明性」が中心だったと言えるでしょう。17そして、誰が誰に情報を共有してきたか(つまり、透明性の方向性)というと、組織やリーダーから労働者への一方通行な共有が主流でした。しかし今日では、透明性は逆方向でも機能することがあります。新しい技術の登場により、労働者は自身の情報を積極的に、または強制的に共有するようになってきています。図3は、双方向の透明性の簡易的なイメージを示しています。

 

技術の進歩によってリーダーは、仕事と労働者に関する透明性を向上させることが可能となったため、多くの組織がこの透明性を活用しようと急いでいます。ある研究では、調査対象の組織がコンピュータ、スマートフォン、Webサイト、SNS等、平均で約400の媒体からデータを収集していることが明らかになりました。また、デロイトのQuantified Organizationの研究によれば、組織の大半が既に労働者のメールやカレンダーからデータを収集していて、近い将来、ウェアラブルデバイスや生体認証、位置情報等の媒体からデータを収集し始める可能性があることが明らかになっています(データの利活用方法に関する透明性の担保と労働者のプライバシーに関する潜在的な問題への配慮が前提となります)19

新たに実現した透明性が有益か有害かは、それがどのように利用されるかによります。監視を目的とした、罰則を伴う強制的な透明性は、信頼を損なう可能性があります。調査対象の雇用主の78%が現在、リモートツールを使って労働者を監視していると回答しています。20また、監視ソフトウェアを使用する企業では、このようなツールを使用しない企業に比べて労働者の離職率がほぼ2倍になることが研究で示されています。21

 

監視ソフトウェアを使用する企業では、このようなツールを使用しない企業に比べて労働者の離職率がほぼ2倍になることが研究で示されています。

 

一方で、透明性が有益となるよう利用されている事例も多く存在します。例えば、人材データとAIを使用して労働者の成長を支援するコーチや、ウェアラブルデバイスやスマートセンサーの使用による労働者の安全対策の追跡と改善等があります。英国の多国籍小売流通センターでは、AIを防犯カメラシステムと連携させ、安全性に問題のある事象を特定することで、導入後3カ月間で安全違反を80%削減することができました。22

透明性を担保することで自動的に信頼が生みだされるわけではないため、透明性の実現が目的化してしまわないよう、留意することも重要です。透明性の裏側にはプライバシーがあります。技術や社会の進歩、特にSNSの台頭によって、有害な情報を広く、速く、永続的に共有することが容易になりました。オープンであることにはリスクが伴うということを理解しておく必要があります。プライバシーの尊重は、時に透明性よりも信頼の確保に繋がります。そして、よりオープンに情報を開示する場合には、組織全体の安全と共通の利益に対する信頼を更に深めることが求められます。一度失われた信頼は容易には回復しないため、透明性を拡充する場合は慎重に行うことが重要です。労働者の健康状態に関するデータの共有にしても、PC利用時間の監視にしても、労働者に関する情報の透明性を高めることは、通常プライバシーを犠牲にすることを伴います。そのため、信頼を構築するどころか、侵食してしまう可能性があるのです。

透明性の担保には、他にも以下のような潜在的なデメリットがあります。

  • 仕組みの悪用:情報開示と透明性を要求された際、人間は自己保身や自分にとって有利な状況をもたらすための操作等の行動を取ることが社会学者による研究で明らかになっています。この中には、不誠実さや隠蔽、不正行為、虚勢、見せかけの生産性、粉飾、印象操作等が含まれます。例えば、生産性追跡ソフトウェアを騙すためにマウスを動かす装置を取り付けること等です。23そして、透明性を避けるための行動を取るのは、労働者だけではありません。組織も同様の行動を取ることがあります。例えば、一部の企業では、求人広告に広範な給与レンジを記載することで、給与の透明性担保に関する法令に遵守する姿勢を示そうとします。ただ、推定年収を「50,000ドル~250,000ドル」と記載することは、求職者にとってほとんど無意味な情報です。24
  • 意思決定へのネガティブな影響:意思決定プロセスに関する情報をオープンにすることで、情報過多や議論の発散、躊躇、責任の不在等、重要な情報が提供されているにも関わらず、それを効果的に使う責任が問われない状況に陥ってしまう可能性があります。このような状況下では、意思決定の遅延に加えて、意思決定の背景が十分に共有されない場合、労働者は情報を誤解する可能性もあります。25
  • 創造性の阻害:自分のアイデアや試みが公にされるかもしれないという心配に直面する際、私たちは「スポットライト効果」と呼ばれる現象を経験することがあります。つまり、リスクや実験的なアプローチを敬遠してしまうことで、イノベーションが阻害される可能性があるのです。ハーバード・ビジネス・スクールでリーダーシップと組織行動論を専門とするEthan Bernstein教授は、クリエイティブな職業に従事する人の間でこれらの影響を報告しています。Bernstein教授は、スポットライト効果に加えて、多くの労働者が組織の規範から逸脱して罰せられることを避けるため、最も創造性豊かなアイデアをリーダーからは隠す傾向があることも報告しています。26

信頼を築くために透明性を活用する方法

多くの組織は、新たな透明性の在り方や、それがプライバシーや信頼にもたらす影響について理解し始めた所です。私たちが組織と労働者の間の信頼と透明性を確保するための取り組みを実施しているかどうかを尋ねた所、回答者のわずか13%しかこの分野でリードできていると答えませんでした。また、これらの取り組みの最大の阻害要因として、企業文化や、リーダーの団結、コミットメント等の内部要因が挙げられました。

では、組織は信頼を構築するために、どのように透明性を活用すべきでしょうか。

まず、組織は、透明性とプライバシーの問題を密接に関連付けて考えるべきです。通常、これらは分けて考えられることが多く、透明性は主にリーダーとIT系の部署が、プライバシーは法務部や人事部が管轄しているケースが多いようです。組織の文化や行動指針、意思決定プロセス等は、組織が所属する地域や業界、組織の成熟度等によって形成されるため、透明性とプライバシーのバランスを保つ上では機能横断のガバナンスの在り方がポイントです。世間一般の「ベストプラクティス」ではなく、自組織にとっての「ベストフィット」を模索することが望ましいでしょう。

次に、組織は何の情報を、何を目的として、誰に対して、どのように公開すべきかについて、労働者とリーダー双方を巻き込んで議論すべきです。グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2023の「労働者データの交渉」の章で議論されているように、27透明性について組織と労働者が共同で検討し、「強制的」ではなく「積極的」な透明性を実現することで、双方向の信頼関係を作り出し、労働者が求める透明性の在り方について理解を深める機会が得られます。

特に、労働者とリーダーは、責任ある透明性を共に実現することで、労働者と組織双方にとって利益をもたらし、期間や目的に応じたデータ収集を可能とし、誤ったデータに対して異議を唱えたり、データの使用方法について懸念を提起したりすることが可能となります。

労働者が自身のデータを開示することに個人的な利益を見出すと、それを受け入れる可能性が高まります。ガートナーの調査によると、デジタルワーカーの96%がトレーニングやキャリア開発の機会等の利益と引き換えに、より多くのデータ提供に同意する傾向があるという結果が出ています。 28同様に、デロイトのQuantified Organization調査でも、透明性向上を目的としたデータ収集への協力について選択権を与えられた労働者は、組織への信頼が高く、データ収集によるビジネスの成果改善を報告する可能性が高まり、無理のある働き方やプライバシーの懸念等のマイナスな結果を報告する可能性が低下することが示されました。29その他の研究においても、労働者に発言と選択の権利を与えることで、問題行動を起こすリスクが減少することが示されています。30例えば、とあるグローバルの医療関係企業では、労働者のコミュニケーションやコラボレーションに係るデータに基づき組織のネットワーク分析を行い、最適な機能横断チーム作りに取り組みました。この時、労働者にはデータを提供しない選択肢が与えられ、最終的なデータは労働者のプライバシー保護のために集約化・匿名化の上、活用されました。31

データを適切に取り扱い、労働者との信頼関係を築くことで透明性を実現する組織は、多くの利益が得られます。新たに公開されることになったデータを組織が責任ある方法で使用するだろうと確信できる場合、労働者が組織に対して抱く信頼度は、35%も上昇する可能性があります。しかし、調査対象の労働者のうち、37%しか「自組織がデータを責任ある方法で使用している」と確信できていないため、これらの利益を得るにはまだ長い道のりがあります。

 

調査対象の労働者のうち、37%しか「自組織がデータを責任ある方法で使用している」と確信できていないため、これらの利益を得るにはまだ長い道のりがあります。

 

組織への信頼を高め、透明性とプライバシーの適切なバランスを取るためには、以下のような問いを考慮するとよいかもしれません。各問いには、有益な透明性の例(Go)と、信頼問題を引き起こす可能性がある例(Caution)が含まれています。

公開される情報、行動は何か?

何を公開するかについて意思決定を下す際には、その情報の公開がもたらすであろう影響について考慮するとよいでしょう。例えば、組織に関する情報を公開することは利害関係者の信頼獲得につながるかもしれませんが、組織に属する個々のメンバーの感情に関する個人的な情報を共有することは、複雑な状況や意図しない結果をもたらす可能性があります。

Go:次のような情報の公開については慎重に進めてください

  • リーダーの優先検討課題や目標。例えば、フィンランドのソフトウェアコンサルタントであるReaktorでは、労働者が組織の方針やビジネスに関する意思決定についてオープンに議論できるオンラインフォーラムを提供しています。33
  • 財務情報や事業オペレーションに関するデータ
  • リーダーによる意思決定のプロセス
  • 報酬等の意思決定がどのようになされているか
  • 生成AIやその他の革新的な技術による業務の変革を踏まえた、今日もしくは将来的に必要なスキル

Caution:次のような情報の公開については注意してください

  • 役員会議等の秘匿性の高い議論の録音データ
  • クリエイティブプロセスの詳細
  • 個々の労働者の給与、健康やウェルビーイングの状態、感情に関する情報等の個人データ。例えば、賞与の決定方針が不公平だと受け取られている場合、賞与額の公開は、労働者間の不満や嫉妬を引き起こし、組織と労働者の関係が取引関係中心に捉えられてしまう可能性があります。

なぜこの情報を公開することが重要か?

労働者が組織を信頼して自身のデータを提供するためには、データ収集の背景や目的を理解し、何らかの見返りが得られるようにすることが必要です。これを私たちは、「give to get(得るために与える)」と呼んでいます。罰則やコンプライアンス遵守のためではなく、パフォーマンスの向上を目的として透明性を推し進める方が、信頼の構築につながるでしょう。

Go:次のような目的で情報を公開する場合は慎重に進めてください

  • 労働者にとってより良い結果を生み出すため:例えば、工場においてAIによるビデオ分析を実施し、人間工学や安全の観点から労働者に利益をもたらす場合。34
  • リーダーにESG指標の責任を持たせるため:例えば、DEIやウェルビーイングに関する指標を公開する場合
  • ビジネス目標と労働者の行動を一致させることで、労働者がより良い意思決定を下せるよう支援する
  • リーダーと、彼らが推進するビジョンや戦略に対する信頼と自信を高めるため

Caution:次のような目的で情報を公開する場合は注意してください

  • 意思決定に多くの人々を巻き込むため:明確な期待、基準、意思決定者が決まっていない限り、意思決定に多くの人の参画を促すと情報過多や説明責任の低下、意思決定の遅延を引き起こす可能性があります。35
  • パフォーマンス管理のため:例えば、個人の評価結果の公開や、個人に紐づくデータに基づく評価の決定(位置情報データに基づく出社率を根拠に報酬や昇格を決定する等)をすることは混乱を招く可能性が高いです。
  • 労働者の監視や罰則のため:MetlifeではむしろAIを用いてコールセンターの従業員をコーチングしています。その目的は罰則を与えるためではなく、従業員が学習し、スキルを向上させることを支援するためです。36

誰が情報を提供し、誰がその情報を受け取るのか?

情報の透明性を誰が管理するかを決定する際は、その透明性の範囲を考慮する必要があります。つまり、情報が内部に共有されるのか外部に共有されるのか、当事者のみに共有されるのか、あるいはそのマネージャーやチーム、または組織のリーダーにまで共有されるのか等です。労働者に自分の情報の提供可否について権限を与えることで、透明性を担保しながらも信頼関係を築くことができます。また、誰が情報にアクセスできるかについての判断は、情報の受け手が労働者の声をよく聞き、得た情報を基に行動を起こす能力があるか(例えば、労働者から集約されたフィードバックに基づき方針の調整をする等)に基づいて決められるべきです。

Go:次のような場合には、慎重に情報の公開を進めてください

  • 労働者本人への情報開示:このような情報の提供は、自動分析と呼ばれ、貴重な学習ツールとして活用できる場合があります。例えば、一部の組織においては、AIツールを使用して顧客とのミーティングでの労働者の会話や感情のトーンの分析を行い、その情報を用いて労働者がより効果的に業務に取り組むことができるようにしています。
  • 労働者が所属するチーム内のオペレーションやプロセスに関する情報等を、スクラムチームや日次の定例ミーティング等で開示すること
  • 労働者の成長や定着を促すコーチに労働者の情報やデータを提供すること:例えば、AIツールを用いて営業担当者のビデオを分析し、感情やセールスポイントの網羅性、性格についての個別コーチングを行うことができます。また、そのビデオをマネージャーに提供することで、営業担当者へのコーチングやメンタリングを個別にカスタマイズすることができます。37また、マネージャーに対して労働者の休暇取得状況や、週末勤務状況を公開することで、部下のウェルビーイングに対するコーチングをサポートすることも可能です。

Caution:次のような場合には、情報の公開に注意してください

  • 個人に関するデータは、集約化や匿名化されていない限り、労働者自身やそのチーム外には提供しないでください。例えば、組織内コミュニケーションの透明性を目的としたオープンなプラットフォームでのやり取りが要求された場合、労働者は監視や圧迫をされているような感覚に陥る可能性があります。

情報はどのように開示すべきか?

労働者が、自分たちに関するデータは公正に分析・利用されると確信できるようなガイドラインの作成が重要です。例えば、透明性の担保に係る施策を一時的なものとし、データの利用期間を限定することで、労働者が自分たちの情報が将来どのように利用されるかについて不安を感じずに済むよう、データ取得やその同意管理について先進的な手法を取り入れることが求められます。

Go:次のような透明性に関する計画は、慎重に進めてください

  • 情報がどのように開示され、利用されるのか明確に説明されている
  • 任意参加型であり、労働者からデータ利用に関する許可を得ている
  • 情報がどのように分析・利用されるかについて、公正なガイドラインが設けられている
  • データ利用が一時的であり、データの保管期間も限定されている
  • 労働者のデータに基づいたパフォーマンス、採用、評価等の意思決定がどのように行われるかが労働者に対して明確に説明されている。また、これらの決定にあたってAIが活用される場合には、労働者が自分たちのデータに基づきどのように提案が導かれるのかを理解していることが重要です。

Caution:次のような計画の実行には注意してください

  • 情報がどのように開示され、分析され、利用されるのかが曖昧である。とあるニュース組織が、オフィススペースやエネルギーコスト削減のために労働者の机に体温検出装置を設置した所、その意図が労働者に伝わっていなかったため、それが監視目的の器具と誤解され、マネージャーに苦情が寄せられ、他メディアに誤った認識のままリークをされるという事態が発生しました。38
  • 特定の個人を識別するために使用される可能性がある。個々のデータは匿名化され、集約されるべきです。
  • 文脈なしに実施され、データが孤立して解釈されたり誤解されたりする可能性がある。
  • リーダーがデータに基づき行動を起こす意図がない。労働者は、自分たちのデータが組織と労働者双方にとって利益をもたらす意図で収集されることを求めています。

信頼と透明性に関する対話

組織と労働者の信頼関係を築くためには、双方が互いの最善の利益を追求していると信じられるよう、持続的な対話が必要です。この対話の中では、組織と労働者が実践する透明性の内容や、その目的、誰が情報を提供し誰がそれを受け取るのか、そしてその情報がどのように提供・分析・使用されるのか、に焦点が当てられるべきです。

規制は組織を導く上で重要ですが、通常、技術革新のスピードに対して遅れがちであり、常に更新されています。そのため、組織は自分たちの透明性の在り方について、責任に関する方針を自ら設けるべきです。

組織は、社会や技術の進化を通して生まれる新たな可能性や課題を受けて、信頼と透明性に関する対話の場を継続的に設定する必要があることを理解しなければなりません。既に先進的なセンシングやトラッキングの技術によって、行動をリアルタイムで可視化することは可能であり、その洞察の深さと広がりは今後増すばかりです。

ほとんどSF小説の世界のように聞こえるかもしれませんが、技術が人間の脳内の考えを解釈し伝えられるようになる未来が、想定以上に早く到来するかもしれません。39このような進歩に対して、組織と労働者はどのように協力して向き合っていくでしょうか?これらの技術は、組織の在り方や労働者との関係に対して大きな倫理的な影響を及ぼし、労働者の信頼獲得を更に困難にすると予想されます。今適切な問いを投げかけることで、組織は透明性に関する方針を設計し、労働者の信頼を得て、全ての関係者にとってよりよい未来を構築することができるでしょう。

調査方法

デロイトのグローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2024は、世界95カ国の様々な業種・業界における14,000人のビジネス・人事リーダーを対象に実施されました。基礎データを形成する広範囲な調査に加えて、今年は労働者とリーダーそれぞれに特化した調査の視点を反映し、リーダーの認識と労働者の現実とのギャップを明らかにすることを目指しました。リーダー向けの調査は、最新の組織・人事課題に関するリーダーの考え方を理解するため、Oxford Economicsと共同で、世界中の経営者と役員1,000人を対象に実施されました。更に、これらの調査データは、複数の先進的な組織のリーダーとのインタビューによって補足されています。これらの洞察により、本レポートのトレンドが形作られました。

Endnotes

1 Ashley Reichheld and Amelia Dunlop, “How to build a high-trust workplace,” MIT Sloan Management Review, January 24, 2023.

2 Deloitte’s TrustID research and data platform, 2023; Slack, “Trust, tools and teamwork: what workers want,” October 3, 2018.

3 Deloitte, “The time for the quantified organization is now,” accessed December 19, 2023

4 Deloitte defines organizational trust as a bilateral relationship between businesses and their customers, workforce, partners, and governments; Deloitte Insights, 2020 Global Marketing Trends, collection, accessed December 19, 2023; Roy J. Lewicki, Daniel J. McAllister, and Robert J. Bies, “Trust and distrust: New relationships and realities,” The Academy of Management Review 23, no. 3 (1998): pp. 438–458.

5 Roger C. Mayer, James H. Davis, and F. David Schoorman, “An integrative model of organizational trust,” The Academy of Management Review 20, no. 3 (1995): pp. 709–734; Julian B. Rotter, “A new scale for the measurement of interpersonal trust,” Journal of Personality 35, no. 4 (1967): pp. 651–665; Lewicki, McAllister, and Bies, “Trust and distrust: New relationships and realities,” pp. 438–458; Oliver Schilke, Martin Reimann, and Karen
S. Cook, “Trust in social relations,” Annual Review of Sociology 47, no. 1 (2021): pp. 239–259.

6 Ashley Reichheld and Amelia Dunlop, The Four Factors of Trust, How organizations can earn lifelong loyalty (John Wiley & Sons, 2022).

7 Deloitte’s TrustID research and data platform, 2023.

8 Ibid.

9 Barbara Kimmel, “Trustworthy companies offer superior investment returns with less risk,” Medium, July 22, 2022; Lawrence A. Cunningham, Initiative on quality shareholders highlights, Economics and Finance Occasional Paper Series (2020)—George Washington University, October 29, 2020; Lawrence A. Cunningham, “Opinion: Why high-quality, trustworthy companies have beaten the S&P 500 by 30%–50%,” MarketWatch, July 3, 2021.

10 Deloitte’s TrustID research and platform, 2023.

11 Ibid.

12 Becca Damante, Lauren Hoffman, and Rose Khattar, “Quick facts about state salary range transparency laws,” Center for American Progress, March 9, 2023.

13 Cory Stahle, “Pay transparency in job postings has more than doubled since 2020,” Indeed Hiring Lab, March 14,
2023.

14 Indeed, “Pay transparency: The 2023 Indeed discussion guide,” accessed December 19, 2023.

15 David Linich, The path to supply chain transparency, Deloitte Insights, July 19, 2014.

16 Allie Joel, “5 years in a row: Asana named a Fortune Best Place to Work,” Asana Blog, August 9, 2021.

17 Deloitte analysis, 2023.

18 Matillion and IDG Survey: Data Growth is Real, and 3 Other Key Findings,” Matillion, January 26, 2022.

19 Deloitte, “The time for the quantified organization is now.”

20 Mark Banfield, “78% of employers are using remote work tools to spy on you. here’s a more effective (and ethical) approach to tracking employee productivity,” Entrepreneur, December 23, 2022.

21 Matthew Finnegan, “Rise in employee monitoring prompts calls for new rules to protect workers,” Computerworld, November 30, 2021.

22 Charlotte Healy and Charles Russell Speechlys, “UK: AI’s impact on workplace safety,” SHRM, June 2, 2023.

23 Ethan S. Bernstein, The Transparency Paradox: A role for privacy in organizational learning and operational control, Harvard Business School, June 2012.

24 Rosemary Scott, “Pay Transparency Backlash: The harm of reluctant compliance,” BioSpace, February 27, 2023.

25 Deloitte Insights2Action, “Decision intelligence: The time is now,” accessed December 19, 2023.

26 Ethan S. Bernstein, “Why we hide some of our best work,” Harvard Business Review, September 24, 2023.

27 Steve Hatfield, Tara Mahoutchian, Nate Paynter, Nic Scoble-Williams, David Mallon, Martin Kamen, John Forsythe, Lauren Kirby, Michael Griffiths, and Kraig Eaton, Negotiating worker data, Deloitte Insights, January 9, 2023.

28 Gartner, “Gartner survey reveals 47% of digital workers struggle to find the information needed to effectively perform their jobs,” press release, May 10, 2023.

29 Deloitte, Unlocking the potential of the Quantified Organization, accessed December 19, 2023.

30 Chase Thiel, Julena M. Bonner, John Bush, David Welsh, and Niharika Garud, “Monitoring employees makes the more likely to break rules,” Harvard Business Review, June 27, 2022.

31 David Green, “The role of network analytics (ONA) in ensuring team collaboration and well-being” myHRfuture, April 27, 2020.

32 Deloitte, Unlocking the potential of the Quantified Organization.

33 Kate Morgan, “How much 'radical transparency' in a workplace is too much?,” BBC, November 17, 2021.

34 John Sprovieri, “Video analytics help auto parts assembler improve cycle time,” Assembly Magazine, December 18, 2022.

35 Deloitte Insights2Action, “Decision intelligence.”

36 Alejandro de la Garza, “This AI software is ‘coaching’ customer service workers. Soon it could be bossing you around, too,” Time Magazine, July 8, 2019.

37 Business Insider, “Brainshark’s new AI-powered engine elevates sales coaching and readiness,” press release,June 5, 2018.

38 Ben Quinn and Jasper Jackson, “Daily Telegraph to withdraw devices monitoring time at desk after criticism,”Guardian, January 11, 2016.

39 Nita A. Farahany, The Battle for Your Brain: Defending the Right to Think Freely in the Age of Neurotechnology(St. Martin’s Press, 2023).

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