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HRBPに求められるもの~現場の戦力づくりのリード役~(後編)

“未来型”要員・人件費マネジメントのデザイン 第7回

本連載では人件費を考える上で重要な複数の観点から、どのように要員・人件費マネジメントに取り組むべきか、ストーリー形式で詳解していく。今回は、HRBP(ビジネスパートナー)機能の整備・充実化により、要員・人件費への投資要否を見定める力の向上、生産性モニタリングによる戦力化状況のチェックと対策力向上、リソースシフト(要員再配置)の実行力向上による組織全体の筋肉質化など、これらの具体策をどのように実現していくかを紹介する。

前回のあらすじ

M社人事部長の浜田は、「次期中期経営計画策定に向け、主力である2事業部の競争力を維持したまま、人的リソースを新規事業部に振り向ける具体的なプランを立て、実行してもらいたい」という社長からの指示を受ける。それまでは定例イベントをこなすばかりであった人事部門の力不足を痛感した浜田は、コンサルタントの松山の助力を受け、「人事ビジネスパートナー(HRBP)」を導入した。

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HRBPは人事の中核機能に

「採用担当は最善を尽くしていますが、これらの採用要求をすべて直ちに充足しきることは、残念ながら難しいでしょう。ついては、この中でトッププライオリティを絞ってください。絞っていただければ、そこに関しては、是が非でも結果を出すことをお約束します」

M社でHRBPを務める徳田は、機械事業部のサプライチェーン担当役員にこう迫った。徳田は、各職場の状況を役員に伝え、いくつかの質問に答えると、人材獲得で最優先すべきポジションを三つに絞ることの了解を得た。その足で、徳田は人事部の採用マネジャーのもとに直行、その三つのポジションについては、よりコストの高い手法も含めて採用を加速することを決めた。

――M社がHRBPを導入してから3年の月日が流れ、こうした風景がすっかり定着していた。当初は徳田本人でさえ懐疑的であったHRBPは、今では不可欠な存在として各部門に認識されている。初めは御用聞きしかできず、部門長たちから無理難題を突き付けられて人事部の採用マネジャーとの間で板挟みになることもしばしばであった。そうした経験を積む過程で、「現場の困りごと」と「人事ができること」をマッチングし、着実に結果を出せるような動きを生み出していくHRBPならではの活動は、今ではすっかり板についていた。

徳田は、HRBPの指南役である松山から、HRBPが実践すべき動き方には大きく三つの種類があると指南されてきた。

 

[図表]人事サービス分類ごとのHRBPの働き方の違い

 

一つめ(図中①)は、人事制度・教育研修・時間管理や安全衛生に関する相談。例えば、誰を昇格させるべきか? 研修に送り込むべきは誰か? 超過労働にどう対処すべきか?といった相談事だ。これらの事柄は、会社としての仕組みやルールがある。HRBPとしては、まずそれらの趣旨を理解しておくことが何より大事だ。また、これら仕組みやルールというものは、得てして人事からは一方通行の「発信」ばかりが先行している。ゆえに、HRBPとしては、一方的に説明するのではなく、むしろ相手の懸念や不安、問題意識に耳を傾けて、対話を通じて理解を得ていくことが、結果として問題解決の近道になる。

二つめ(図中②)が、中途採用や配置に関する相談。例えば、今すぐに何人欲しいとか、どういう能力を持った人材を回してほしい、といった相談事だ。これらの事柄は、特に今のような人手不足社会においては、部門ニーズを充足しきることはなかなか難しい。HRBPとしては、単にニーズを聞くだけではなく、そこに優先順位付けをすることが何より大事なことだ。また、中途採用や配置は、人事だけでやりきるよりも、現場社員が参画したほうが効果的なこともままある。そうした人事と現場の役割分担を決めることが、問題解決の動きを生み出すコツである。

三つめ(図中③)が、タレントマネジメントやリソースマネジメントといった人事戦略に関する相談。例えば、あるポジションの後継者に質的・量的な不足感があるがどうすべきか、戦略実行に向けた要員の質的・量的充足のためのシナリオとは?――といった相談事だ。これらの事柄は、戦略的な視点からの分析が必要不可欠であり、かつ解決策は採用・配置・育成・抜擢・投資等を駆使した複合的なものとなる。したがって、HRBPとしては、現在の問題にばかり目を向けてはならない。中長期的に部門長が目指す姿を理解し、そこに向けたシナリオを立てて提言することが期待される。まずは、部門長も納得し、かつ、人事として実行可能なシナリオを描くことが先決である。

徳田としては、松山が言う三つめについてはまだまだ難しさを感じていたが、一つめや二つめに関しては、スピーディに結果を生み出すことができるという自負が芽生えていた。

 

事業構造を転換せよ

HRBPとしての動きが板についてきた、そんな矢先のことだった。徳田は人事部長の浜田に呼び出されて、こう告げられた。

「昨日、社長から『3年前の"リソースシフト"を、より抜本的にやってもらいたい』と指示を受けた。これは機械事業部の合意なくして実行は不可能だ。機械事業部のHRBPとして、徳田がリードして具体策を詰めてほしい」
「いよいよ、事業部間の壁に手を付けるのか…」 徳田は、浜田の言葉を受けて、思わず漏らした。M社の機械事業部は、国内市場の需要縮小によって衰退基調が鮮明になっていた。

一方で、部品事業部と家庭用機器事業部は成長基調を持続していた。さらに、ここ数年は採用情勢が極めて厳しくなっている。そうした情勢を踏まえ、機械事業の人材を部品事業と家庭用機器事業に振り向けていくことで要員の充足を図ることが必要となる。徳田が受けた指示は、そのシナリオを実行するための具体策の策定であった。
徳田は早速、機械事業部の適正な人員規模を見極めるべく、分析に取り掛かった。すると、次のことが分かった。

  1. 機械事業部の人的生産性、人件費効率は2013年をピークに低下に転じている
  2. 仮に機械事業部が、2013年度と同程度の1人当たり売上高を実現できれば、今よりも190人少ない人数で運営は可能になる
  3. 仮に機械事業部が、2013年度と同程度の1人当たり売上高を実現できれば、中期経営計画の最終年度(2021年度)の目標は、今よりも150人少ない人数で達成可能である
  4. 上記の分析を、1人当たり粗利益、1人当たり営業利益で同じように計算しても、今よりおおむね200人前後少ない人数が適正値、中計最終年度も160人前後少ない人数が適正値である
  5. 部品事業部の人的生産性、人件費効率は上昇を続けている
  6. 機械事業部、部品事業部ともに、時間外労働時間は過去5年間にわたりじりじりと増加している。とりわけ、両事業部ともに、過去12カ月は毎月平均30時間を超えている

部品事業部のHRBPを務める川島によると、部品事業部の中でも品質管理部と営業部は繁忙を極めており、人員増強の要望に採用が追い付かないことも相まって、機会損失を招いている状況だということも確認できた。
徳田からの照会に応えると、川島はこう言った。
「この計算結果を踏まえて、異動計画を立てていこう。部品事業部のニーズは俺のほうでまとめるから」
思わず徳田は、少し気色ばんだ。
「結論を急がないでくれ。そんなに簡単なことじゃないんだよ。これはあくまで机上の計算の話なんだ。俺が見る限り、機械事業部でも人員が余っているようにはとても思えない。現に人員増強のリクエストは絶えないし、何より増え続ける残業時間が確かな証拠なんだ」


川島の立場から見れば、人手不足にあえぐ部品事業部にとってまとまった即戦力の投入が期待できる。一方で、徳田から見れば、やらねばならないことは分かっていても、機械事業部の幹部たちの合意を取り付ける算段は見当たらない。2人の間に、気まずい沈黙が流れた。

 

働き方改革のうねりを生み出せ

翌日。この日は、月に1度のHRBPミーティングだ。3事業部と本社部門、小田原の研究所、海外事業部のHRBPの合わせて6人と、人事部長の浜田、そしてHRBPの導入当時に支援したコンサルタントの松山の計8人が集まる。それぞれのHRBPが相談事を持ち込み、互いに知恵を出し合って、何らかの解を見いだすことが唯一の約束事のミーティングである。徳田と川島は、このHRBPの場で、分析結果と昨日のやり取りを紹介した。一通り2人が説明すると、本社部門担当のHRBPである松本が口火を切った。


「僕がやった、間接部門の人員削減の取り組みが参考になるかもしれません」
「3年前のHRBP立ち上げ当時の本社部門の状況によく似ているんです。本社部門のスリム化が前の中期経営計画に掲げられていました。ところが、いざHRBPとして各部長に話を聞いてみると、実態としては忙しくてスリム化なんてとてもできっこない、と口をそろえて言うわけです。そして、やっぱり、人員数は増えているのに、残業時間は高止まりしていたんです」

松山が言葉をつなげた。
「一方で、本社部門を預かっていた専務に聞くと、絶対にスリム化できるはずだ、ウチには無駄な仕事がたくさんある、無駄なことに膨大な時間を費やしている、と。そうでしたよね? 松本さん」
「そう、そうなんですよ。当時はHRBPになったばかりで、専務のところに一人で行くのは不安でした。だから、松山さんにも一緒に来てもらったんです。そしたら、専務の意見を一通り聞いた後、松山さんがこう言ったんです。『まずは、専務の見立てを定量的に検証しましょう。検証できたなら、次にその分析結果を各部の生産性向上目標として設定し、その達成に向けて職場ごとに改善策を積み上げていきましょう』と。それがそのまま方針となって、その後の動きにつながりました。職場単位での生産性改善に向けた取り組みが立ち上がって、業務の削減や効率化、権限移譲といった具体的な打ち手を講じて、実際に効果を確認しながら再配置を進めてきました」

徳田は、松本と松山の話を聞いて、このシナリオはいけるかもしれないと感じた。HRBPとして、生産性の低さやマネジメントの改善に関する相談は頻繁に受けていた。リソースシフトありきではなく、まずはそうした職場の悩みを解決する動きを作る。そうした悩みを解決した効果を、リソースシフトにも振り向ける。そういうシナリオを実現できれば、職場からも歓迎され、かつ、全体最適を実現できるのではないか、と。徳田は、2人の話を踏まえて次のシナリオで進めることにした。

  1. 分析結果を基に、事業部長と共に各部の生産性目標を設定する
  2. 改善した結果は、丸々工数・人員の削減だけに充てるのではなく、残業時間の削減や、再成長に向けた余力づくりにも充てる
  3. 各職場が足並みをそろえて業務改善に取り組むことで、部署横断的な改革・改善を生み出す
  4. HRBPがこの動きの事務局としてリードしていく
     

徳田が解を見いだしたことを確認した松山は、「ところで」と口を開いた。
「リソースシフトを単発の動きにしない、ということも考えるべきではないでしょうか?」
松山の質問に、川島が反応した。
「実は、僕も同じことを考えていたんです。私は、3年前に地方支店でリソースシフトに成功したとき(前編を参照)、ウチの会社では、人的リソースのメリハリある配分というものがまったく行われていないことにあらためて気付きました。というか、むしろ、はなからできないことだと思い込んでしまっている、といったほうが適切かもしれません。でも、やればできるんです」

続けて、徳田が違う切り口から意見した。
「要員計画は各部門が策定した数値を合算して多少叩いただけ。採用も配置も各部門の要求に応えているだけ。HRBPを導入してから部門との意思疎通は格段に良くなりましたが、経営の視点なんてものは相変わらず皆無です。各事業の将来性や長期的な戦略を踏まえ、人的リソースをどう増強していくのか? どこに注力していくのか? どういう人材を育てていかねばならないのか?といったことは、全社最適の視点が不可欠なはずです。単に部門の声に耳を傾けるだけでは不十分で、会社として意思決定していくべきことではないでしょうか」

浜田は、2人の意見を聞き終えると、こう続けた。
「前回の中期経営計画は、機械事業部だけが売上・利益ともに計画を下回った。今年度にスタートした新中計でも、1年目の半期を終えた段階で機械事業部は保守的な計画値さえ下回りそうな情勢だ。そんなことは、私も含めて、ここにいるだれもが知っていたことだ。にもかかわらず、そこまで追い込まれてようやく社長から検討の指示が下りてきた。そういう指示が下りてきてようやく、こうして検討し始めている。そうやって後手に回っていることは、素直に反省しなければならない」

そして、こう続けた。
「私は、いまのHRBPをより一層充実させたいと思っている。だが、そのためには人事の戦略機能が強くならなければダメだ。これらは車の両輪。会社全体の視点と事業部の視点の双方から将来を構想すれば、そこにはおのずと葛藤が生まれる。葛藤を克服する策こそが、われわれの取るべき道になる」

 

人事部門の進化

2018年4月。徳田は人事戦略担当のシニアマネジャーになっていた。機械事業部のHRBPには、若手のマネジャーが新たに加わったが、現在推進している「事業部 働き方改革」に一定の区切りがつく2019年春までは徳田も兼務することになっている。徳田は言う。

「働き方改革の手応え? 正直なところ、まだ何とも言えません。しかし、地道な改善策は着々と進んでいます。承認プロセスや帳票の一本化、そういった細かいものまで含めると、施策は1000を超えます。それらがすべて実行された場合の生産性改善効果は12%に上ると見積もっています。ひとまず今年春の定期異動で、機械事業部は20人純減となり、他の事業部へのリソースシフトを実現しました。目標から見ればわずかですが、それでも小さな成功を生み出せたことに安堵(あんど)しています。機械事業部の人たちに効果を実感してもらえるか否かは、これからの1年間が正念場です。松山さんからは、『とても地道な施策ばかりだから、効果をしっかり把握して、部門内に発信していかないと、機運を持続できませんよ』と、会うたびにクギを刺されています」

「現場からの反発? それはもちろんありましたよ。なので、初めから単なる人減らしではなく、人材育成、人材活用の動きであることを人事部の約束としてお伝えしてきました。また、一方通行の説明ではなく、対話を通じてご理解いただくように努めてきました。今では、趣旨をしっかりと理解していただいていると思います。事実、人選についても機械事業部の意向を汲んで調整したのですが、他の事業部に移った人の大部分が若手や中堅の有望株でしたから」

「私の異動に関しては想定外でした。しばらくHRBPに専念するつもりでしたからね。まさか、人事部として約束してきたことを自ら実行する立場になるとは思ってもみませんでした。人事戦略マネジャーのミッションですか? 職務定義では、『リソースプランニングとタレントマネジメントに関する企画と運営』ということになっています。とはいえ、今のところは部下が1人きりの小さな所帯ですから、まずは焦点を絞って動けと浜田部長から言われています。当社にとっていま最も重要な課題は、当社がある程度のシェアを持っているタイ、マレーシア、インドネシアでしっかり収益が上がる状態に持っていくことです。私としては、ここに焦点を当てることにしています」

「今の進捗ですか? まだ始まったばかりですから、何もありませんよ。ただ、その戦略を策定している経営企画部や海外事業部の方とは何度か会って、これから何をやろうとしているのかはある程度把握しました。彼らが策定している工程表に、それを実行する人的リソースをあてがうことと、重点課題の一つとして、現地幹部人事へのテコ入れを盛り込むことが初仕事になりそうです」

「HRBPは今年から兼務になってしまいましたが、やりきったとは思っていないので、将来また挑戦したいです。HRBPは、人事に対する広く深い知見と問題解決能力を兼ね備え、ビジネスリーダーのニーズに対して、常に具体的な結果を生み出していかねばならないという意味で、とても鍛えられますし、やりがいのある仕事です。こんな得難い経験を独り占めするわけにもいかないので、再度挑戦する日がいつになるのかは分かりませんがね」

 

著者:国井 浩士(デロイト トーマツ コンサルティング  シニアマネジャー)
   寺内 健雄(デロイト トーマツ コンサルティング  シニアコンサルタント)

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。
※本コラムは、労務行政研究所の許諾を得て、労政時報 jin-jour(ジンジュール)の記事(2018年8月21日掲載)を転載したものです。

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