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働き方と“価値の出し方”を改革せよ(後編)
“未来型”要員・人件費マネジメントのデザイン 第5回
本連載では人件費を考える上で重要な複数の観点から、どのように要員・人件費マネジメントに取り組むべきか、ストーリー形式で詳解していく。今回は、働き方改革の真の目的を「付加価値を向上させるために組織力そのものを進化させること」と置き、要員・人件費マネジメントの在り方を問い直してみたい。
前回のあらすじ
働き方改革(長時間労働の是正)を実現するため、前年比成長15%の看板を下ろす決断をしたB社。しかし、働き方改革を反映した計画とは、単に売上高予算を引き下げた計画ではない。人事部長の木田は、B社のブラックボックスである「実際の時間がどのように使われているか」を可視化する決意を新たにしたのであった。
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FTEベースの1人当たり売上高
「実際の時間がどのように使われているか」を可視化する作業に着手するため、木田は部下の里井に声を掛けた。里井は木田とともに人員計画を作ってきたメンバーで、計数にも強い。今回の作業にはうってつけの存在だ。里井は木田の話を聞き終えると、「これまで可視化したことがないものなので、いろいろと前提を置きながら進める必要があるかと思います。2~3週間程度、時間をください」と言って元の業務へと戻っていった。
3週間後、木田は里井の報告を聞いていた。
「木田さん、先日指示を受けた『顧客業務全体として実際どれだけの時間を掛けているか』を計算してきました。勤怠管理システムに入力されている業務時間と業務内容を出発点として、入退室管理の記録やPCログのチェック、メンバーへのヒアリング等を加味し、実際の時間の使われ方を推計しています。結果、2017年度では452.4万時間、期中平均2805人で割ると、1人当たりでは1613時間です」
「里井くん、大変だっただろう。ありがとう。追加で申し訳ないんだが、2017年度の稼働率実績は80%だったので、所定労働時間×80%を計算して、それとの差分を出してもらえないかな」
「1日の所定労働時間7時間×営業日数240日で、年間所定労働時間は1680時間。それに、80%を掛けて1344時間ですね。1613時間との差分は269時間になります」
「269時間を1344時間で割ると20%…、稼働率として把握している業務時間数を超えて、そんなにもみんな働いているのか…。里井くん、期中平均2805人×20%は何人かな」
「561人ですね」
「561FTEも余分にかけていたのか…」
「…木田さん、すいません、FTEって何ですか?」
「ああ、Full Time Equivalentの略で、フルタイムで働いたときの工数を1として、実際に掛かった時間がその何倍かを表す単位だよ。うちでいうと、年間所定労働時間が1680時間で、通常、それが1FTEだ。ただ、今は顧客業務に限定して考えているので、さっき計算してもらったフロント1人が年間顧客業務に掛ける時間1344時間を1FTEとして考えるべきだ。FTEで見ると、仮に残業が0時間だった場合に、余分に何人必要だったかが分かる。さっきの数字でいうと、それが561FTEだ」
「そういう考え方があるんですね。そうすると、2017年度は仮に残業が0時間だった場合、期中平均2805人に加えて、さらに561人必要だったといえるわけですね」
「そのとおりだ。そんな人数を追加で採用しないといけなかったかもしれないと考えると、人事としてはぞっとするな…。あ、それはそうと、フロント1人当たり売上高をFTEベースで計算してもらえないか」
「分かりました。2017年度の売上高が500億円、期中平均が2805人なので、FTEベースではない、フロント1人当たり売上高は1783万円/人です。FTEベースにすると、分母が2805+561で3366FTE、これで500億円を割ると1485万円/FTEですね」
「…われわれが追いかけるべき数字はこれかもしれないな」
価値の出し方改革
B社はこれまで、フロント1人当たり売上高というKPIを重視して追い続けてきた。フロント1人当たり売上高は、フロント(営業・開発)一人ひとりの力量が高まり、時間当たりアウトプット品質が高まり、その価値をお客さまから認められることで高まっていく。業界でもTop Tierといわれるような企業は、1人当たり1800万円以上を実現している。
[筆者注]本文中の「1人当たり売上高」に関する数値は、本編のストーリーに合わせた仮定のものである点に留意いただきたい。
B社の2017年度の数字は1783万円、ようやくそこに手が届きそうになってきていた。
しかし、FTEベースで見ると1485万円、Top Tierの水準1800万円には程遠い。木田はこれこそが、B社が働き方改革の目標として追いかけるべき数字ではないかと考えていた。木田はそのコンセプトを忘れてしまわないようにノートの端に書き留めた[図表1]。
[図表1]B社が追いかけるべき働き方改革の目標
単純に"働き方改革(長時間労働の是正)"を行うと、インプット(工数)の減少に伴い、アウトプット(売上高)が減ってしまう。そうすると、フロント1人当たり売上高も減ってしまう。一方、B社が目指したいのは、インプット(工数)を減らしつつ、同時にアウトプット(売上高)を減らさない、むしろ増やすことだ。それにより、フロント1人当たり売上高は本来の意味でTop Tierの水準に近づいていく。
木田はこのコンセプトを「価値の出し方改革」と名付けることにした。同じ時間を使っても、生み出す価値の量と質を抜本的に変える、それが「価値の出し方改革」だ。それはまさに、B社がこれまでずっと取り組んできたフロント1人当たり売上高の向上に、本当の意味で取り組むことに他ならない。経営層や現場のメンバーも納得してくれるに違いない。
「同じ時間を使っても、生み出す価値の量と質を抜本的に変える」、言葉にするのは簡単だが、どうしたらそのようなことが可能なのか。木田はディスカッションに付き合ってもらうため、再び里井に声を掛けることにした。
「里井くん、掛ける時間を減らしつつ、生み出す価値の量と質を抜本的に増やすにはどうしたらいいだろうか。難しい質問だとは思っているが、少しディスカッションに付き合ってもらいたいんだ」
「本当に難しい質問ですね…。でも結局は、無駄なことをやめて、やるべきことに時間を掛けるってことじゃないですか」
「なるほどなぁ…。もう少し具体的に言うと、無駄なことって例えばどういうことだろう」
「段取りが見えていない作業が一番無駄に感じますかね。上位者の関与が少なく、メンバーに任せきりだとそういう状態が生じやすいですよね。確かに、一から十まで自分で考えることで成長スピードが速くなる気はします。自分もそうやって成長してきたからその気持ちも分かりますが、無駄が多いとも感じます。徹夜で作った資料やコードを上位者に見せたら、一瞬でひっくり返されたり…」
「確かに。"任せっきり"と"任せる"ことは違う。私も常々、"任せっきり"は単なるマネジメントの放棄だと感じている。"任せっきり"にすることで、負荷が高まり、成長スピードが速まることは確かにある。しかし、負荷がかかり過ぎてしまい、本人にも、顧客にも、会社にもプラスにならないこともある。会社組織としては、マネジメントがコントロールしようと思えばできる状態で"任せる"ことをすべきだ」
「うちではまだまだ前時代的なマネジメントが多いですよね。そういった部分を変えていく必要があるのかもしれません」
「そのとおりだね。さっき言ってくれた『無駄なことをやめて、やるべきことに時間を掛ける』の『無駄なこと』についてはそういう話だと思う。じゃあ、『やるべきこと』について、普段から『こういうことの時間を使うべき』というように感じていることはあるかな」
「…うーん、新しいサービスの開発や他のチームとのセールス連携とかですかね。うちは、一人ひとりが売上と稼働率の目標を持っているので、どうしても短期・定量的な目線になりがちですよね。でも本当は、定性的な課題や中長期的な会社の成長に資する施策にも時間を使わないといけないと思います。毎年、期初にはそういう話をしていますが、期末には立ち消えていたり、ちゃんとフォローできていないように感じます」
「耳が痛い話だけど、まさしくそのとおりだね。」
木田はノートに以下のコメントを追記した。
価値の出し方改革:掛ける時間を減らしつつ、生み出す価値の量と質を抜本的に増やす ・管理職に仕事の段取りを徹底させる |
働き方改革と価値の出し方改革を反映した予算・人員計画
木田は予算・人員計画(第2版)の作成に取り掛かった[図表2]。
フロント人員数(期末時点)は毎年10%増加、稼働率は75%に修正した。また、FTE(実工数)の行を追加し、2018~19年度は年10%、2020~21年度は年5%の削減を目標と置いた。売上高はいったん、2018年度は+5%に減速するが、2019年度以降は二ケタ成長へと舵を戻す計画だ。
[図表2]全社の予算・人員計画の第2版
ポイントはフロント1人当たり売上高で、期中平均ベースでは稼働率の引き下げに伴い、2017年度1783万円から2018年度1671万円に減少するが、FTEベースでは2017年度1485万円から2021年度1856万円へと段階的に増加させる計画とした。
[筆者注]上記計画では、2019-21年度の売上高成長率は年10%と2017年度よりも小さく、かつ、フロント1人当たり売上高(期中平均)は横ばいになっている。本来は、組織・人材の成長およびサービス品質の向上などを織り込み、売上高は2017年度並みの成長率に回帰させ、フロント1人当たり売上高(期中平均)も高まっていく計画とすべきだが、本稿では複雑になりすぎるのを避けるため、割愛している。
木田自身、一時的とはいえ、成長スピードを減速させる計画を立てることには非常に抵抗を感じていた。しかしそれは、B社が働き方改革(長時間労働の是正)に本腰を入れられずに、ここまできてしまったツケなのだろう。時間を掛けてステップバイステップで取り組む時間的余裕があれば、成長率の維持と働き方改革・価値の出し方改革は両立できたはずだ。
しかし、B社にはその余裕がない。働き方改革(長時間労働の是正)は、世間的な潮流、人材の確保の面から見ても、最優先で解決しなければならない課題だ。また、人件費がコストの大半を占めるというソフトフェア開発会社に固有の事情もある。人件費以外の要素で調整する余地もほとんどないのだ。
価値の出し方改革は"組織力そのものを進化させる力"を向上させる
出来上がった予算・人員計画(第2版)を手に、木田は早速社長に報告することにした。
「木田くん、予算・人員計画の見直し、ご苦労だったね。この方向で行こう。一時的とはいえ、成長スピードを減速させるのは、私としても大きな決断だが、そうせざるを得ない理由は木田くんが説明してくれたとおりだ。もう一点、加えるとすると、経営としての本気を見せることかな。今回の働き方改革・価値の出し方改革はマネジメント改革だ。先日も話したように、『当社の急成長を牽引し、長時間労働が染みついた、社歴の長い、主として管理職以上の社員』から変わる必要がある。そのメッセージを明確に打ち出したい」
「もう一点コメントをしておくと、『価値の出し方改革』という視点は非常によい。単なる長時間労働の是正だと、働く時間が短くなることで組織力が低下してしまう。それは、アウトプット自体が減少することで、アウトプットを生み出すときに経験できる『思考の広さ・深さ、視座の高さ』に触れる機会が減ってしまうためだ。価値の出し方改革では、より少ない時間で今までと同じか、それ以上のアウトプットを生み出すことを目指す。それは、単に今までよりも高い密度で仕事をするだけでなく、今の仕事のやり方に常に疑問を持ち、壊し、再構築することを求める。陳腐化の速度が増し、ディスラプター※の脅威に常に立ち向かわねばならないわれわれにとって、この『組織力そのものを進化させる力』を獲得することは、成長するためにではなく、生き残るために不可欠だ」
※ディスラプター(Disruptor):既存の市場原理を"破壊し得る"最新のテクノロジー等を活用したビジネスモデルを武器に新規参入してくる企業を指す
予算・人員計画はまだ方向性が定まっただけだ。この方向で各部門に修正を依頼し、働き方改革・価値の出し方改革をどのように進めていくかを具体化していかねばならない。社長がおっしゃっていた「マネジメント改革」のメッセージをどのように打ち出すかも考える必要がある。
社長からのねぎらいに一息つきつつ、すぐに次の仕事へと取り掛かる木田であった。
本稿(第4・5回)のまとめ
働き方改革はともすると、単なる時間削減になってしまいがちだ。将来にわたって本質的に強い組織を作るためには、木田が気づいたように「価値の出し方」も同時に変える必要がある。そしてそれを、PDCAを回しつつ実践していくためには、KPIを定めてモニタリングする必要がある。B社ではそれを「FTEベースのフロント1人当たり売上高」と定めた。それにより、現状と改革後の姿について社内で共通認識を持ち、ベクトルを合わせて進んでいくことができる。
なお、実際には、FTEベースのフロント1人当たり売上高をモニタリングするだけでなく、同時に、残業時間が減ってきているかもモニタリングする必要がある。FTEベースのフロント1人当たり売上高を向上させた上で、かつ、長時間労働をさせる、という選択肢がないわけではなく、その可能性を排除する必要があるためだ。
また、木田が一時的にとはいえ成長スピードを減速する計画を立て、社長が承認したことに異論がある方もいるかもしれない。筆者もすべての会社で必ずしもそれが必要だとは思わない。今回はあくまでも、過去、働き方改革に本腰を入れてこなかった経緯と、ソフトフェア開発という人件費がコストの大半を占めるビジネス構造、改革に時間を掛けられない外部環境等を総合的に勘案し、そのような判断に至った一例として読んでもらえればと思う。
同様に、「採用を減らす」という決断も必ずしも正しいとは限らない。育成負荷の低減が働き方改革(長時間労働の是正)という目的達成に不可欠であることを確認し、さらに、採用を減らすことが未来への投資を減らすことと同義であることを厳に認識した上で、判断すべきだ。本稿では、複雑さを避けるため、その決断に至った分析・葛藤等は割愛させていただいたが、ご了承いただきたい。
最後に、社長が言ったように、働き方改革・価値の出し方改革はマネジメント改革だ。上位階層から変わる覚悟を示し、実践する背中を見せなければ会社は変わらない。上記のポイントを踏まえ、皆さんの会社での働き方改革・価値の出し方改革に役立てていただければ幸いだ。
著者:高山 俊
(デロイト トーマツ コンサルティング マネジャー)
※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。
※本コラムは、労務行政研究所の許諾を得て、労政時報 jin-jour(ジンジュール)の記事(2018年7月27日掲載)を転載したものです。
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