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医療機関のビッグデータやAIへの関わり方へのポイント

実用段階に入りつつある医療ビッグデータやAIの利活用への準備について

2018年6月に公表された、Society5.0を掲げる未来投資戦略2018や、その戦略の一端を担う次世代医療基盤法の施行など、今年度に入って、医療におけるビッグデータやAIなどのIT利活用に関する議論・法整備が加速しています。今後不可避となってくる医療ビッグデータやAI技術に対して医療機関はどこに注目し、何に注意すべきか考えます。

はじめに

現在、AIは、1950年代の第一次ブーム・1980年代の第二次ブームに続く、第三次ブームにあると言われ、TVのCMでも良く見かけるAIスピーカーによる自動応答や自動車の自動運転技術など、生活のあらゆるところで実利用が始まっています。第一次・第二次ブームが10年前後の盛り上がりを見せたのちに冬の時代を迎えたことと比べると、第三次ブームを象徴する技術であるディープ・ラーニング技術の登場から既に10年以上が経過していることから、これまでのブームとは質が異なり一過性のもので終わらず、社会変革のベースとして定着する可能性が高いと考えられています。

AIの実用化の裏には、大きく二つの要素が挙げられます。

一つは、これまで人間の手でデータを分類・整理してコンピュータに入力していた作業をコンピュータが自動で処理(機械学習)することで、従来では処理できなかった規模の量のデータ(以下「ビッグデータ」と言います)を効率的に処理することができるようになった点です。

もう一点は、ディープ・ラーニングという技術によって、機械学習では人が与える必要のあったデータ分類のための要素自体をビッグデータを基にコンピュータが自ら発見・習得するようになったことです。

このように、AIの要素技術である、機械学習、ディープ・ラーニングとビッグデータは密接な関係にあり、両者をセットで考えることが、AIの理解には必要となります。

医療におけるビッグデータ・AIは、医療特有の「患者の生命に関わるため、最初から間違いがあってはならない」という性格から来るデータの取扱いへの慎重さや、複数の部門システムに情報が分散されている上に、紙が原本の記録も多数存在するといった、医療情報をデジタルデータとして統一的に扱うことへの制約の多さから、その他の産業界に比べると実用化の速度では一歩遅れを取っている感がありました。

しかしながら、ここに来て、医療業界が元来保持している膨大な量のデータを利活用するための仕組みが法律面・技術面の双方から急速に進み始めており、医療業界でのAI導入・活用に関する議論・研究開発・情報発信が活発になってきています。

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医療ITの世界で起こっている、ビッグデータ・AIを取り巻く環境の変化について、具体例を交えつつ法制面から確認するとともに、来るべきビッグデータ・AIの時代に医療機関がどのような準備をしていくべきか考えてみます。

 

 

未来投資戦略2018における医療機関と医療情報

医療におけるビッグデータ・AIへの対応・整備方針を考える際には、その前段として、政府から公表されている、未来投資戦略が一つの参考になります。

2018年6月15日付で官邸から公表された「未来投資戦略2018」(以下「未来投資戦略」と言います)では、「Society5.0/データ駆動型社会」を掲げ、これまでよりも鮮明にビグデータを利活用する社会の構築を打ち出しています。

未来投資戦略では、医療に限らず各産業界それぞれの未来像の記載がなされていますが、特に医療領域の記載においては2017年に公表されていた内容よりもICT/データに関する記載量が顕著に増加しており、「次世代ヘルスケア・システムの構築」として、

(1)  オンライン資格確認の仕組み

(2) 医療機関等における健康・医療情報の連携・活用

(3)  介護分野における多職種の介護情報の連携・活用

(4)  PHRの構築

(5)  ビッグデータとしての健康・医療・介護情報解析基盤の整備

が掲げられています。(「未来投資戦略2018」P.27)

各プロジェクトは医療としての括りではどれも重要な位置づけですが、特に今回取り上げている「ビッグデータ・AI」というキーワードで医療機関に直接的に影響してくる可能性のある分野として、「ビッグデータとしての健康・医療・介護情報解析基盤の整備」と記載されている点が注目されます。

一括りにビッグデータやAIという表現を使っていますが、実のところ、医療の世界では統一的なデータ基盤がこれまで存在していませんでした。これまでもレセプトデータデータベース(NDB)や外科系臨床データベース(NCD)といった、目的毎のデータベースは存在していましたが、個人が生まれてから死ぬまでの健康・医療に関するデータを一気通貫かつ、大規模に収集する方法や管理する場所(データベース)が存在してこなかった背景には、医療に関する情報は患者個人から病院が預かっているもの、という認識があり、病院外での共有が進んでこなかったことに加え、同一の個人であっても医療機関ごとに異なる患者番号で管理されているため、患者の診療情報について医療機関を横断して集める手段が無かったことなどがあります。

旧厚生省の通達により、カルテの電子保存が認められた1999年以降、大学病院等が中心となって多数の研究・実証実験が繰り返され、地域で患者情報を共有する医療連携システムなどの構築もなされてきましたが、2003年には個人情報保護法が成立し、2015年には改正個人情報保護法も施行されたことなどから、多くの医療機関において患者の個人情報は非常に慎重に扱われてきているのが現状です。

未来投資戦略では、これらの課題を解消しつつ、全国的な保健医療情報ネットワーク(「未来投資戦略2018」P.28)において患者情報を適正に収集・集約し、国民の健康増進につなげること(1次利用)を目指しつつ、「ビッグデータとしての健康・医療・介護情報解析基盤の整備」による日本の得意分野であるICT等の先端技術産業の創造・普及の礎とすること(2次利用)も目標に掲げています。

 

 

次世代医療基盤法

「ビッグデータとしての健康・医療・介護情報解析基盤の構築」の項には、「次世代医療基盤法」(正式名:医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律)に基づくことが記載されています。(「未来投資戦略2018」P.29)

次世代医療基盤法には、近い将来、多くの医療機関・医療従事者が直接・間接的に関係することになると予想される法律です。

改正個人情報保護法において、患者の診療情報は特定個人情報として、非常に厳格な取扱いが要求され、診療・治療の目的以外の利用では、患者個々人からの同意取得が必要(「オプト・イン」と言います)とされました(注)。大量の診療情報の集合体である医療ビッグデータを前提にしたAIなどの開発を考えると、このオプト・インという方法は非常に効率が悪く現実的ではないため、官邸主導の健康・医療戦略推進本部等で、医療従事者のみならず、研究機関やシステムベンダーを巻き込んでの議論が行われてきました。

結論として、次世代医療基盤法によって、ビッグデータのための診療情報の収集には、医療機関としての意思表示・説明が丁寧に行われていることを前提に、オプト・インではなく、診療・治療目的以外には使ってほしくない人だけが意思表示する(「オプト・アウト」と言います)方法が認められることになりました。

この結果、医療機関が保持する大量のデータは、オプト・アウトした人以外の全てのデータを診療用途以外の研究等でも利用可能になるのですが、オプト・アウトしなかったからといって、個人情報の無制限な利用や適切な保護責任が無くなってしまうと、情報を提供する患者は不安を抱えることになりますし、そもそも、医療機関ごとに異なる患者番号、微妙に異なる保存形式の医療データを横断的に使えるようにするためには、誰かが複数医療機関のデータを患者ごとに繋ぎ合わせることも必要になります。これらの作業を行うのが、同法で規定された「認定匿名加⼯医療情報作成事業者」と呼ばれる組織です。2018年6月の次世代医療基盤法の施行を受けて、これまでの医療情報ビッグデータの収集・利活用を研究してきた研究機関を中心に、既に複数の研究機関が認定取得に動いています。

認定匿名加⼯医療情報作成事業者は1事業者に限られていないので、今年度末には複数の事業者が認定を受け、実際に事業を始めるものと見られており、2019年から日本でもビッグデータの収集・利活用が本格化する見通しとなっていますので、今後、認定匿名加⼯医療情報作成事業者から各医療機関に対しての情報提供協力の依頼も増えていくものと考えられます。

 

注:「 医療機関内部における症例研究」「外部(学会、専門誌等)への症例報告」「他の医療機関等との連携」「医療保険事務」「専門医の取得のための症例登録」での利用については、「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス(平成29年4月個人情報保護委員会・厚生労働省)」が適用されるため対象外。

 

 

医療機関はビッグデータやAIとどう付き合っていくべきか

 政府の工程表では、2020年の診療報酬改定も明示した時間軸上で、AI技術の評価を検討することが明記されています。(保健医療分野におけるAI活用推進懇談会 (参考)「AIの活用に向けた工程表」p.4)

 

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すでに放射線画像診断や病理検査画像診断などでは、特定の条件下において専門医の診断結果を上回る診断精度を出すなど、実用段階に近づきつつある医療分野のAI技術ですが、他にも問診情報から病名や適切な治療薬などを提案するシステムなど、様々な形でのAI製品が市場に出現し始めており、AIが医療従事者の臨床・研究の様々な業務を実際にサポートする時代がすぐ近くにまで来ていると言えるでしょう。

一方、認定匿名加⼯医療情報作成事業者への診療情報提供については、情報提供医療機関に対する直接的な金銭メリットは提供されませんが、事業者が適切に管理する外部クラウドシステムにデータを提供することで、例えば災害等で医療機関内のデータへアクセスできなくなっても、クラウド上のデータを参照することで診療継続に役立てるサービスや、患者、近隣の協力医療機関への情報提供サービス、DPC情報などと紐づけての匿名加工済みデータでのベンチマーク、経営支援サービスなどの魅力的なサービスが出てくる可能性が考えられます。

医療機関関係者の中には、ITの進展に伴う制度変更という意味では、放射線検査画像のフィルム管理が放射線画像管理システム(PACS)に置き換わる際の診療報酬制度の変遷などを思い起こされる方もいるかもしれません。医療機関におけるビッグデータ・AIというキーワードは、未来投資戦略・次世代医療基盤法と密接に関係しているため、医療機関へのAIの導入・利活用と、次世代医療基盤法を背景にした認定匿名加⼯医療情報作成事業者への診療情報提供については、次回以降の診療報酬改定のタイミングでの対応検討も必要になる可能性がありますので、医療機関として注視しておく必要がありそうです。

なお、将来の話にはなりますが、仮に診療報酬点数が付いたとしても、たちまち飛びつくのではなく、システム導入に係る直接的な費用・患者への啓蒙といった見えないコスト・外部へのデータ提供に関するセキュリティ対策・医療従事者にとってのメリット・デメリット等、各医療機関の組織背景・経営状況・システム構成等に応じたトータルでの状況判断を行わなければいけない点には留意していただき、必要に応じて、外部の有識者に相談をされることも検討してみてください。

 

おわりに

一部の先進的な病院に限らず、多くの医療機関がビッグデータ・AIと当たり前のように向き合う時代がすぐそこまで来ていることは間違いありません。

次世代医療基盤法が施行され、認定匿名加⼯医療情報作成事業者の実際の運用も目前に迫ってきていますが、医療機関における最大のIT投資である、電子カルテ・オーダリングシステムの導入・更新といったイベントが5~7年周期と比較的長めであることを考えると、未来投資戦略を読み、次世代医療基盤法が目指す着地点を理解し、自院にとって何が必要で何が不要かを整理したうえで中長期的なIT戦略に組み入れることは、厳しさを増す病院経営にとっても必要なことですので、まだまだ先のことと考えず、今から情報収集や対策を検討されることをお勧めします。

 

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