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グループウェア活用を通して病院DXを考える
グループウェアの活用により、アナログベースな情報連携や業務非効率を変えていく
2024年4月から36協定で定める医師の時間外労働に上限が設けられるなど、医療従事者の働き方改革は待ったなしであるにも関わらず、その業務負荷は相変わらず高い状況です。そんな中、業務のあり方を根本的に見直す一手として、DX(デジタル・トランスフォーメーション)に期待を寄せている方も多いと思います。今回はその具体的なソリューションとしてのグループウェア活用の可能性を通して、病院DXのあり方を考えます。
病院DX事例としてのグループウェアについて
DXの目的は、データとデジタル技術を活用して、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、課題を解決することにあります。
これを医療機関に置き換えて考えると、DXは以下4つの変革の機会になると考えます。
①業務のデジタル化(遠隔医療、AI読影など)
②顧客との関係のデジタル化(オンライン診療、服薬指導など)
③組織運営、働き方のデジタル化(テレワークの推進、RPAによる業務自動化、コミュニケーションの変革など)
④デジタル化を活用した経営モデルの変革
なお、病院におけるDX推進については、2021.11月 配信第65回号でも詳しく解説していますので、合わせてご参照ください。
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/life-sciences-and-healthcare/articles/hc/hc-byoindx.html
さて、今回は医師の時間外労働における上限規制などで急務となっている医療従事者の働き方改革に直結する③働き方のデジタル化の観点から、その課題解決に繋がりそうな事例としてグループウェアの活用について考えていきます。
具体的な活用シーンを考察していく前に、まずはグループウェアの中身について見ていきます。
主に以下のような機能を、場所にとらわれず、手軽にパソコン、タブレット、スマートフォンなど様々なデバイスで利用できるクラウド形式でサービス提供しているものを想定しています。
・メッセージ/チャット機能
・カレンダー機能(スケジュール管理)
・タスク管理機能
・ファイル共有機能
・Web会議機能
病院業務課題におけるグループウェアの具体的な活用例
電子カルテの導入が400床以上の病院で8割を超えるなど、デジタル化が進む一方で、電話や対面による口頭でのコミュニケーション、紙媒体での会議・職員スケジュールの調整など、アナログベースな情報連携やバックオフィス業務が主体となっていることが未だ多いようです。
このような非効率な情報連携や業務手法が課題となる中で、医療の高度化・複雑化に伴う業務の増大や医療人材不足から医師事務作業補助者を増員するなどタスク・シフト/シェアの推進により、これまで以上に多職種によるチーム医療の必要性が高まり、情報連携においてはその質も重要になっています。
こういった現状や医療構造の変化に伴う業務課題に対し、業務効率化のみならず、多職種による円滑で確実なコミュニケーションの促進など幅広い活用の効果が期待されるソリューションの一つがグループウェアであると考えます。
では、どういった業務課題に対して、その活用効果が期待できるのか、先に述べたグループウェア機能と合わせて具体的に見たものが(図表1)になります。
これらは院内業務中心に期待できる活用効果の一部例になりますが、特に情報連携面においては、「院内SNS」としての利用のみならず、院外の関連する医療機関や介護施設との連携にも活用でき、地域包括ケアを促進する効果も期待できます。
図表1 病院業務課題とグループウェアの活用で実現が期待される効果(例)
グループウェア活用が広がらない要因
今回前提としているグループウェアは、クラウドサービス型でデバイスフリーかつ安価での利用が可能であり、明日からでもすぐに利用開始できる性質のものです。
また、上記で見たように業務課題の解決につながる多くの効果が期待できますが、活用されている事例はまだ少数のようです。
では、なぜ活用が広がらないのか。大きく2つの要因が考えられます。
1.病院内のネットワーク環境
多くの病院で医療情報システムは閉域ネットワーク内で運用されています。(図表2)
これは医療情報システムで取り扱う診療情報が個人情報の中でも非常に機微なものであり、セキュリティ上の観点から外部への情報漏れや、外部からの不正アクセスによる侵入を防ぐといった目的で閉域環境の構成になっていることが多いようです。
外部接続が前提となるクラウドサービスと馴染まないネットワーク環境がその要因の一つと考えられます。
2.端末などデバイス類の運用形態
医療従事者の業務特質上、医師や看護師を中心に院内を移動することが前提となり、固定した席が存在しないことやコスト面、管理上の負担などから1人1台業務用端末が支給される運用になっていないことが多いようです。
日常携帯している個人デバイスからメッセージなど情報の確認・発信できることがグループウェアの機能活用の大前提であるため、こちらもその要因の一つになっていると考えれらます。
その他、長年のアナログベースな情報連携、業務手法に馴れてしまい、見直す必要性自体が希薄になっているといった文化・風土的な側面もありそうです。
図表2 医療機関で一般的なネットワーク構成(例)
グループウェア活用から病院DXのあり方を考える
このような要因の根底には、既存のシステム機能や環境、それに伴う運用ルールを前提に、その範囲内で課題解決を図っていこうとする、「ソリューションベース」の発想があると考えられます。
技術動向や、医療従事者の働き方改革など医療機関を取り巻く環境が変わる中で、今こそ「課題ベース」で根本的な課題解消を図る発想への転換が必要であり、それこそが病院DXの本質であると考えます。
また、こういった変化や、それに伴う発想転換の後押しとなるような市場動向や政府のガイドライン見直しの動きもあらわれています。
市場動向の一つとして、クラウド型電子カルテシステムの比率が増加してきている傾向が挙げられます。一部推計では、2016年度その比率が8%程であったが、2021年度には16%にせまるぐらいまで増加しているとのデータも報告されているようです。
医療情報システムの中心にある電子カルテシステムがクラウド型に置き換わることは、そのネットワーク環境も外部接続の前提へと変わることを意味します。
厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第5.2版」では、医療情報システムの外部ネットワークとの接続について、当然あるものとして、その接続を制限・制御するIDS(不正侵入検知)、IPS(不正侵入防御) の導入検討や、脆弱性をチェックするためのセキュリティ診断の定期的実施などの対策整備を進めることを求める内容に見直されています。
また、個人の所有する端末の業務利用(「BYOD」(Bring Your Own Device)について、これまでの「原則行うべきではない」との記載から、安全に管理されている環境下での適切な利用を求める表現に修正され、個人端末の業務への活用を選択肢として検討する可能性も出てきています。
クラウドサービスの発展や、高い汎用性を持つソリューションの進化、そしてその変化に伴うルールの見直しにより、グループウェア活用に向けた環境は徐々に整いつつあります。
そして、これまでの「ソリューションベース」から「課題ベース」へ発想転換を図り、グループウェア活用を通して、業務そのものや、組織、プロセス、ひいては文化・風土の変革を目指していくことは、まさに病院DX実現に向けた取組みのあり方そのものにもつながるものと考えます。
医療情報システムの更新などをきっかけに、まずはインフラ環境の整備を進めるなど、既存環境ありきで、あまり見直しをしてこなかったような部分にも目を向け、是非病院DX実現への取組みを推進いただきたいと考えます。
執筆
有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部 ヘルスケア
※上記の部署・内容は、掲載日時点のものとなります。2022/4
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