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医療分野におけるAI活用について
医療AIに関わる各種動向ともたらす課題からAI活用の可能性を探る
ディープラーニングなどを用いたAI(人工知能:Artificial Intelligence)技術の発展と、今後の医師の働き方改革を契機とし、医療に係る様々な業務の効率化、そして医療の質の向上を図るために、医療分野におけるAIの活用が求められています。その一方で、“AI”というワードだけが先行し、実用性が不明瞭なまま、安易に期待してしまっている様子がうかがえます。これからの医療AIの普及にあたり、アプローチが必要となる政策面、技術面、人材面、倫理面から動向を踏まえつつ、医療分野でのAI活用について解説していきます。
1.はじめに ~医療分野におけるAIとは~
インターネットの普及により膨大な情報へのアクセスが容易になったことと、機械学習の1技術であるディープラーニングが台頭したことを受けて、“AI”は日進月歩で発展してきました。我々の生活を大きく変えるであろうAIは、医療分野においても徐々に導入されており、医師などの医療従事者の知的活動や知識を代替、或いは補完させることで、例えば、医療論文や研究報告からAIが疑わしい疾患を提示する、治療法を提示するなど、業務効率化を図り、その結果、医療の質の向上にも繋がると考えられています。
また、コストの観点においても、例えば、人間の健康状態をAIがモニタリングし通院を提案することで、疾患を早期に発見・治療へ繋げ、医療費抑制に寄与することが予想されます。
このように、予防、診断、治療などの多くの場面にAIを活用することにより、医療分野全体での様々な問題解決の可能性を秘めているため、医療AIの普及に向けて、厚生労働省では6つの重点領域を選定し、現在、推進しています。
以降より、政策面、技術面、人材面、倫理面における現状の取組みや課題、医療AIの活用方法について解説します。
2.医療AIに係る政策動向
まずは、政府・省庁が公表している戦略や施策、制度などから政策面の動向を整理します。
ア)厚生労働省では、2017年に公表した「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」報告書において、医療AIを導入すべき6つの重点領域として、①ゲノム医療、②画像診断支援、③診断・治療支援、④医薬品開発、⑤介護・認知症、⑥手術支援を選定しました。
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出所:厚生労働省「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会報告書概要」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000169232.pdf
その上で、これら領域における課題や施策の検討、普及に向けた議論を行う場として、「保健医療分野AI開発加速コンソーシアム」を設置し、2020年に「保健医療分野AI 開発加速コンソーシアム 議論の整理と今後の方向性(令和元年6月28 日策定)を踏まえた工程表について」を公表しました。
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出所:厚生労働省「AI活用に向けた工程表(俯瞰図に基づくAI開発促進のための工程表)」https://www.mhlw.go.jp/content/10600000/000641325.pdf
イ)政府では、AIを社会実装するための総合的な政策パッケージをAI戦略として策定しています。その上で、医療分野に関しては、令和6年度概算要求における「AI関連の主要な施策について」にて、創薬支援、ビッグデータ・プログラム医療機器の活用を中心に支援することとしています。
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出所:内閣府「AI関連の主要な施策について」https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_senryaku/5kai/shisaku.pdf
また、これらの施策を推進するにあたっては、AI活用時の留意すべき基本原則として、「人間中心のAI社会原則」を定めており、本原則を基に法整備を進めることとしています。
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出所:内閣府「人間中心の AI 社会原則」
https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/aigensoku.pdf
なお、昨今の生成AIの登場により、さらなる活用の可能性と課題が増えつつあることから、政府・関係省庁・有識者らで構成されるAI戦略会議にて、連携して迅速に課題を対応していくこととなっています。
ウ)診療報酬では、令和4年度の改定において、「画像診断管理加算3」の施設基準に人工知能技術を用いた画像診断補助ソフトウェアの管理に関する要件が加わりました。これにより、AI関連の技術を活用できる画像診断補助ソフトウェアが導入されていない施設では、常勤医師の配置人数や夜間休日の体制など、その他の要件を満たしていたとしても、「画像診断管理加算3」を算定できないこととなっています。
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出所:厚生労働省「令和4年度診療報酬改定の概要 - 画像診断管理加算3の見直し」
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001079187.pdf
3.医療AIに係る技術動向
医療分野の様々な場面で導入されているAI技術の中で、現在、基本となってきている医療AI技術を整理します。
ア)1つは、既に主流である画像や音声の認識・処理、オントロジー*で、1990年代第2次AIブームの中心となった技術です。主な活用例は以下のとおりです。
- 冠動脈の閉塞部位を識別し、さらに自動計測する
- 看護師の声を識別して、看護記録へ検温データを自動入力する
- 患者の症状を入力することで、関連する疾患を提示する
これらの技術は、一部の領域に留まらず、病理や内視鏡などの他の領域においても基本技術として利用されています。
* 情報、用語同士を上位下位の関係、全体部分の関係、原因結果の関係など、様々な意味関係で接続する概念、仕組みを言う。
イ)2つ目は、深層学習(ディープラーニング)です。医用画像処理への応用が多く、本技術の主な用途は以下のとおりです。
- ノイズ除去、セマンティックセグメンテーション
- X線画像からの骨成分除去
- X線被爆線量の低減
これら用途へ深層学習を応用することで、従来は不可能であった病変の検出が可能となってきています。また、大量の症例を準備せずに少ない症例を学習させて、高速、かつ安定して処理できる学習モデルも開発されており、高性能なGPUを必要とせずに処理が可能な状況となってきています。
ウ)3つ目は、自然言語処理です。これまでは医用画像に対してAI技術を活用することが主でしたが、診療録などの医療情報システムに内在するテキストデータを解析することで、業務効率化に資すると考えられています。
- 診断支援:診療録などの文章から留意が必要な箇所を抽出する
- 入力支援:診療録などの文章を自動作成する
- 匿名化支援:診療録などに記載された個人情報を抽出し、匿名化する
また、CTやX線などのモダリティ装置は2次元画像を扱うため、これまでは自然言語処理と分けて考えられてきましたが、昨今は深層学習を応用している医用画像処理と自然言語処理を融合する研究が行われており、例えば以下のようなことが期待されています。
- 病状の進行を予測し、治療方針を提案する
- 顕微鏡画像と報告書を同時に解析し、病理診断の精度を向上させる
- 画像から治療効果を評価し、医療従事者へ結果をフィードバックする
4.医療AIに係る人材育成動向
医療分野へのAI活用がさらに進むにつれて、AIを使いこなす医療従事者や医療に関する知見・知識を持ったAI開発に従事する人材のニーズが今後高まることが予想されます。
ア)文部科学省の「保健医療分野におけるAI研究開発加速に向けた人材養成産学協働プロジェクト」において、東北大学と名古屋大学が選定されています。本プロジェクトでは様々な大学、企業と連携でき、開発したAI技術を課題解決へ応用することを学ぶなど医療分野へのAI実装に向けた教育拠点を構築しています。
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出所:文部科学省「保健医療分野におけるAI研究開発加速に向けた人材養成産学協働プロジェクト」
https://www.mext.go.jp/content/20200623-mxt_igaku-000008029_1.pdf
イ)専門学校においても、医療AI人材向けの教育カリキュラムを設けている学科が増えつつあります。例えば、診断で用いる医用画像はAIを通して出力されるケースが増えていることから、診療放射線技師を目指す学生は、AIの原理を学び、知識を習得するほか、企業が開発したAI技術やプログラミングも学べることが可能になってきています。
5.医療AIに係る倫理動向
最後に医療AIにおける課題と倫理原則に対する取組みを整理します。
ア)医療AIがもたらす課題
ディープラーニングを含む機械学習では、蓄積された過去データを基に統計処理を行っていることから、“データ”の質と量によっては精度が低くなります。また、“データ”の質と量を見直しても、データのどの特徴を変数として扱っているのかを特定することは困難であり、また繰り返される分析・処理の過程でより複雑となるため、AIが出力した結果に関する判断基準はブラックボックスとなっています。
例えば、医療AIを利用した結果、誤診が起こったが、その原因を医師は分からなかったとします。
この場合、医療AIの開発者であっても、確実に原因を特定することは難しく、“推測”して、再度学習を行うこととなります。その後、検証も行い、特に問題が無ければ、「医療AIを修正できた」として、世の中へリリースされますが、原因を特定し対処しているわけではないため、別の不具合を誘発する可能性があります。
この“ブラックボックス問題”を解決するために、「ナレッジグラフ」が着目されています。ナレッジグラフとは、様々な知識・情報を収集し、関連するもの同士を紐付けて構造化したデータベースです。
データベースを充実させていくことで、データの入力から出力までにどのような経緯を辿ったのかを追うことができ、ゲノム医療においては、医療論文や研究報告などからナレッジグラフを構成している事例があります。今後の診断の場においては、AIが出力した疾患に関する根拠資料を医師がピックアップして確認でき、さらに患者への説明にも用いることが予想されます。
また、日本医師会が2020年に公表した第Ⅹ次学術推進会議報告書「AIの進展による医療の変化と実臨床における諸課題」においても、ブラックボックス問題に触れており、医学的な知識・経験、患者と相談しながら適切な診断を下すことのできる能力とAIを組み合わせることが、今後の医療専門家に求められてくると考えます。
イ)医療AIにおける倫理原則
AIの活用にあたっては、前述した「人間中心のAI社会原則」などのAI開発・活用に関する原則作りや議論が各国で進められています。また、世界保健機関(WHO)では、2021年に「健康におけるAIの倫理とガバナンス」に関するガイダンスを公表し、6つの原則を公表しています。
- 人間の自律性を保護する
- 人間の幸福と安全、公共の利益を促進する
- 透明性と説明可能性、わかりやすさを確保する
- 実行、運用の責任と結果に対する説明責任を考慮する
- 包括性と公平性を確保する
- 応答性が高く、持続可能なAIを促進する
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出所:世界保健機関「健康におけるAIの倫理とガバナンスに関するニュースリリース」
https://www.who.int/news/item/28-06-2021-who-issues-first-global-report-on-ai-in-health-and-six-guiding-principles-for-its-design-and-use
本ガイダンスと他のAI倫理原則に共通していると思われるのは、AIを活用しつつも、人間の幸福、公共利益、持続可能性を確保する考え方です。今後は各国政府や国際機関、AI開発企業だけではなく、医療機関や教育機関、関係する団体などの関係者がAI倫理原則を理解する、或いは議論する場面が増えてくると予想されます。
6.おわりに ~医療分野へAIを活用していくには~
医療AIの普及に向けた政策面、技術面、人材面、倫理面から現状の取組みを解説しましたが、今後は更に促進され、実用化が進んでいくことが想定されます。
既に医師不足が顕在化している地域や医師の働き方改革への対応など、今後は医療現場における生産性の向上がより求められることが予想されます。そのため、医療情報システムを更新するタイミングなどにおいて、医療現場の生産性向上や医療従事者の業務を代替・補完する1つの解決策として医療AIの導入の検討を開始する段階にあると考えます。
執筆
有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部 ヘルスケア
※上記の部署・内容は、掲載日時点のものとなります。2023/10
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