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医療機関における目標管理運用のポイント

医療機関

新型コロナウイルス感染症の影響により、今年度の医療機関の経営は厳しい状況のまま折り返し地点を迎えました。 多くの病院ではすでに今年度の経営計画は当初の想定から乖離が発生していると推察されます。 一方、平時とは異なる経営環境下においても、目標管理の仕組みを活用しながら経営計画の達成に向けて組織全体で取り組む病院があります。 今回はそうした病院での取組内容を踏まえ、目標管理運用上のポイントの整理を行っていきます。

新型コロナウイルスによる病院経営の影響

4月7日に緊急事態宣言が7都府県に発出され、その後、全都道府県に対象が拡大となりました。それからの約2か月間「不要不急の外出自粛の要請」とともに日本経済は大きな損失を被りました。
実際、病院経営においても、9月10日に公表されている公益社団法人全日本病院協会等が行った新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況調査をみても、医業利益は4月は対前年△13.9ポイント、5月は△17.4ポイントとなっており、2020年度の経営(3月期決算の病院)に大きな影響を与える形でのスタートとなったことは間違いありません。

緊急事態宣言が解除されて以降、徐々に患者の受診状況が回復基調にあるものの、7月後半からは第2波と考えられる感染拡大が全国的に発生しており、経営状況の悪化は猶も続いている状況にあります。

急性期の病院を中心に、多くの病院が新型コロナウイルス患者に対応するために病棟の運用変更を行い、外来では発熱患者とそれ以外の患者の動線や診療の区画を分けるといった対応をとりながら運営を行っていますが、首都圏をはじめ大都市等ではどのようにしてこれまでのような平時の病院経営に戻していくのかといった方針を定めるに至っていない状況も見受けられます。

 

目標管理の運用時に陥る課題

病院における経営戦略は、広い意味で財務目標の達成と医療品質の向上を目的に立案されます。近時では、新型コロナウイルス感染症の影響を受け、特に財務目標について見直しが迫られている状況があろうかと思われます。
しかし、財務目標の達成に向けて、管理部門・事務部門(医事課や経理課、経営企画課)だけの経営管理となっており、組織一丸となって「経営」に取り組んでいる病院はまだ少ないと感じることが多く、特に公立病院においてその傾向が顕著ではないかと思われます。

例えば、新型コロナウイルス感染症の影響からの出口戦略についてみると、多くの病院の議論の中心はどうやって外来や入院を平時のように戻していくかといった「運営」の話に尽きていることが多く、経営的な損失を最小限に抑えるための方法については議論されていないことがよく見受けられます。
今回は「なぜ組織一丸となって『経営』するに至らないのか」という課題について病院における目標管理の運用の視点から要因を考察してみようと思います。

要因(1)目標管理の運用が一部の部門のみで行われている

多くの病院で、事務部門が中心となりながらその年の収支計画を立案し、各部門の責任者(部科長や師長)にその数値について説明し、会議等で計画の進捗状況について報告するといった姿をよく拝見します。このような目標管理(又は経営管理)の運用の場合、部門の責任者は決して経理のプロではないため、財務諸表を読み解くことも難しく、自分達の仕事(医療行為)がどの程度経営数値の成果として反映されているのかを把握することが難しいとお伺いします。その結果、目標管理が管理部門のみで運用されているだけに留まっていることがよく見受けられます。
また、病院では「経営」に関する教育を医療職に十分行えていないといった話もよくお伺いしますが、このような教育不足も重なり、病院の計画目標の達成に向けて現場の各部門が考える風土が醸成されにくいということが考えられます。

一方で、現場の各部門に分かりやすく経営状況を伝えるために、収支計画を患者数・診療単価に細分化し、それぞれの目標を定めて進捗管理を行っている病院もあります。しかし、これも部門の裁量や努力ではどうしようもない数値であるため、部門が達成したい数値と意識しづらいものとなっています。

要因(2)病院と個人の目標を繋ぐ「組織の目標」が欠けている

近年、目標管理を導入している病院も多くなっています。目標管理を導入している病院の多くは、その運用において病院の経営戦略や経営目標を個人の業績目標に落とし込み、人事考課と連動させた運用を行っています。
目標の中では、医療職としての専門スキルや業務改善についての目標設定がなされていますが、組織としての目標(特に財務目標の達成に向けた部門の目標)が設定されていない場合、人材育成としての機能しか発揮できず、病院の経営目標達成の重要なピースであるという視点を合わせ持った運用が難しくなります。

 

目標管理を成功に導くポイント

組織が一丸となって経営に取り組むためには、取組の核となる目標管理の運用方法が重要になってくるわけですが、その運用方法のポイントを以下で整理していきたいと思います。
そこで、「部門」単位で目標管理を実践し、新型コロナウイルス禍においても目標管理を活用しながら経営課題への対策を着実に実行しているA病院の事例をもとに、成功のポイントをまとめていこうと思います。

 

以前のA病院では院長と一部の副院長のみに月次実績(財務諸表・業績評価指標)が事務部門から報告されており、部門単位での目標管理・経営管理(実績管理)は行われていませんでした。

その背景には経営数値に関して医師に共有すると、医師のモチベーションが下がるということでした。

しかし、A病院を取り巻く経営環境は年々厳しさを増してきたことに加え、建物や医療機器等への設備投資により、赤字体質からの脱却は困難を極める状態となっていました。

病院では、事務部門が中心となりながら、支出抑制に向けた対策を講じる等も行っていましたが、経営目標達成のためには収益確保の取組を同時で進めなければならないということで、部門別の目標管理をスタートすることとなりました。

この病院での目標管理の運用の流れを見ると、先ほど申し上げた『経営』を組織一丸となって行えるような仕組みが各所に仕組まれていることが分かります。

 

ポイント1:目標管理の運用に経営層(院長・副院長・事務部長)の関与がある

目標管理を行う上で最も重要なポイントが経営層がこの取組にコミットしているかどうかにあります。経営層がコミットすることで、目標管理の取組みを病院として取り組んでいると職員に周知することが可能となりますし、職員の参画意識も高くなると考えられます。また、取組で診療科(医師)に課題・問題があった場合、経営層が中心となって対策を進めることも可能となります。

ポイント2:目標設定の摺合せが組織的に行われている

目標設定に経営層や経営企画が関与しないために、経営戦略や経営目標とベクトルが一致していないケースをよく見ますが、A病院では目標設定の段階で事務部門が中心となりながら、各部門と目標の摺合せを行っています。その結果、病院としての経営戦略や収支計画とベクトルがずれてしまうことを防ぐことができています。

ポイント3:経営会議の事前に課題を経営層と共有している

目標管理を月次で運用していく上でこの取組は最も重要なポイントとなっていると考えられます。経営会議がただの実績共有の場とならないように、経営層と課題を事前に確認し会議の場で指示を出せるように工夫されています。その結果、目標管理を活用しながら部門を「経営」に巻き込むことに成功しています。

コロナ禍での目標管理の取組み

A病院においても、2020年度に入り新型コロナウイルス感染症の影響により、外来・入院ともに患者数は激減しました。
1病棟を完全に管理区域化とし、新型コロナウイルス陽性患者、疑い患者の受入れを行ったことにより約40床の病床のほとんどが空床となる事態が継続して発生していました。
一方、A病院では目標管理を導入して約1年が経過しており、組織的に『経営』課題に取り組む土壌が徐々に育成され始めた時期にもなっていました。

本年度、A病院では、1日の入院患者数等を目標管理として設定し収支計画の達成を目指していましたが、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、経営層は即座に当面の方針変更に踏み切るという決断をされました。
A病院では、4月から6月の入院患者数の大幅な減少を踏まえ、一般病棟入院基本料の届出の変更、外来患者数減少を踏まえた外来診療内容の充実、在宅復帰予定の入院患者に対するリハビリ指導の充実といった取組みで新型コロナウイルス感染症による経営への影響を抑え、平時の診療体制へ復帰するという取組みを進めることとなりました。
このように、目標管理を活用し、経営への参画意識を醸成することで、新型コロナウイルス感染症のような緊急事態においても病院が一丸となって経営に取り組むことができる強い組織をつくりあげていくことが可能となります。

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2020/10

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