最新動向/市場予測

慢性期治療病院への変革

尽誠会野村病院の医療機能の強化と職員採用に向けた取り組み

近年、慢性期病院の経営状況は厳しさを増しています。その中で、数々の先進的な取り組みを行っている野村病院(富山県)の事例を紹介します。

令和4年度の診療報酬改定で療養病棟入院基本料は大きな影響を受けました。特に、摂食嚥下に関する体制を有しない場合、中心静脈栄養の患者が医療区分2となる改定は、未だに対応が難しい病院も多くあるのではないでしょうか。また、近年の改定では看護師の25対1の配置が廃止(経過措置)される等、医療従事者の採用も必要となっています。このような経営環境が変化する中、富山県の医療法人社団尽誠会 野村病院がどのように対応したか、野村祐介理事長にお話を伺いました。

 

1.量的充実から質的充実へ

渡辺:まずは貴グループの事業概要を教えてください。

野村祐介/医療法人社団尽誠会 理事長
野村祐介/医療法人社団尽誠会 理事長

野村氏:当グループは、200床の慢性期病院と同一施設に100床の介護医療院、二つの有料老人ホームと居宅介護支援事業所、訪問介護事業所があります。当グループは1967年に「地域医療へ貢献する」ことを理念に開院して以来、地域住民が安心して暮らし続けていただけるよう近年も介護事業も拡充しています。

渡辺:10年前に野村先生が理事長に就任されていますが、就任からこれまでどのようなことを考え、実施されてきたのでしょうか。

渡辺 典之/有限責任監査法人 パートナー
渡辺 典之/有限責任監査法人 パートナー

野村氏:「量より質」を高めていくことを主眼に経営を進めてまいりました。従前の療養病院は、在宅での生活が困難になった方々を受け入れる老人病院のような側面があり、医療の質は今ほど求められていませんでした。しかし、厚生労働省から病院の機能分化を求められたり、私自身が急性期病院で勤務していたりしたこともあり、ただ高齢者を受け入れるだけでなく、急性期や回復期から治療の襷をきちんと受け取れる病院でありたいとまず思いました。

そのためには、地域住民や医療機関から選ばれる病院であること、また医療を支えるスタッフからも選ばれる病院であることが必要です。そこで私は「地域から選ばれる病院」と「医療従事者から選ばれる病院」という二つのコンセプトに沿って老人病院から慢性期治療病院への変革をスタートしていこうと考えました。

 

2.地域から選ばれる病院へ

渡辺:「地域から選ばれる病院」になるために取り組んだ内容を具体的に教えてください。

野村氏:老人病院から慢性期治療病院へ変革するにあたって最も苦労したことは、「従前のやり方を変えようとしない風土」を変えることでした。職員の意識を変えてもらうために “今のやり方では時代の流れについていけないこと” を繰り返しお伝えしました。当時は病床機能報告制度が開始された時期で、「急性期と慢性期病床は過剰」という内容が厚生労働省から発表されたのですが、私はこれを受けて「今後、慢性期病院も患者の取り合いになることが想定されるので、急性期・回復期病院が紹介をしたいと思うようなアピールポイントを作ることが重要である」と、伝え続けました。

医療の質を向上させていくには当然職員のスキルアップが重要ですが、業務を効率化できるデバイス導入も推進してきました。

渡辺:具体的にどのようなデバイスを導入されたか教えてください。

野村氏:まずは医用テレメーターの導入です。当院には2 階と3 階にそれぞれ東西の病棟があります。東は45床、西は55床あり、病室は全室個室で余裕を持ったつくりとしているため、どうしても病棟は長くなります。医療必要度の高い患者さんが多く入院すると、モニター管理が必要な患者さんがスタッフステーションから遠い病室に入室することもあります。その場合、患者さんにつけた送信機からスタッフステーションまで、モニター情報が飛ばないといった不具合がありました。モニターの不具合を理由に入院患者さんを断ることは絶対避けなければならないと考えていましたので悩みをかかえていました。そこでアンテナ工事を施行し、医用テレメーターを導入しました。当院に既に導入されていたモニターはHR(心拍数)とPulse(脈拍数)のみが計測できるタイプで、以前の当院ではそれで十分であったと思います。しかし、医療必要度の高い患者さんが増加することを考えると、HR・Pulseに加えSpO 2(動脈血酸素飽和度)や BP(血圧)も測定できるモニターの必要性が高まります。また、医療必要度の高い患者さんが多くなると、頻繁に vital sign 測定をしなければならない患者さんが増えてきます。慢性期では、急性期と異なり限られた人員で診療しなければならないため、業務の効率化が必要になってきます。

また、とろみサーバーも導入しています。超高齢社会の昨今、摂食嚥下機能が低下している患者さんは多くいます。そのような患者さんに対し、誤嚥のリスクを軽減するためにはとろみをつけた飲料を提供する必要があります。従来は人が調理するため、人によってとろみ度合いが変わることや衛生面の懸念、業務負担がありました。このとろみ調理を自動で行うとろみサーバーを、当院では栄養部と介護医療院の 4 階東・西棟に計 3 台導入しました。このことにより従来の問題点は解決され、質の安定化及び衛生面の向上から患者サービスの質向上にもつながっています。

その他にもICT介護として富山県下初となる介護医療院全室へ「眠りSCAN」を導入しています。「眠り SCAN 」を導入することによりモニター画面で体動(寝返り、呼吸、心拍など)を測定することで、睡眠状態を把握できるようになったため、睡眠中は訪室せずに覚醒時だけ訪室することでゆっくりと休んでいただくことが可能となりました。

このようにさまざまなデバイスを導入しましたが、“必要なもの” を “適切に利用し続けてもらう” ことが重要だと感じています。まずは業務上で何が困っているか、どうやって改善することが出来るか、を現場から出してもらう場を業務改善委員会という形で設定しています。

上村:我々が感じる業務改善の難しいところは、業務を改善させて時間を生んだ後、より付加価値のある業務に置き換えていくかという点です。もちろん職員の労働負荷を下げることは重要ですが、一方で、機器やデバイスの投資には一定程度の費用がかかります。この投資額をペイするために何か施策や取り組みはされたのでしょうか。

上村 明廣/有限責任監査法人 ディレクター
上村 明廣/有限責任監査法人 ディレクター

野村氏:そこはおっしゃる通りで、職員には「お金は天から降ってくるものじゃない」と伝える時もあります(笑)。業務改善と同時並行だった部分もあるのですが、医療の質を向上させる取り組みも進めてまいりました。例えば、末梢挿入型中心静脈カテーテル(PICC) です。近年、中心静脈カテーテル挿入における穿刺時の致命的な合併症が大きな問題となっています。PICC は腕から挿入するカテーテルで、他の中心静脈カテーテルと比較して、比較的安全に挿入でき、挿入後感染などのリスクも少ないのが特徴です。当院では、機械的合併症ゼロを目指し穿刺用超音波を用いて PICC を挿入しています。

その他にも令和4年度の診療報酬改定から中心静脈栄養患者に対してVE(嚥下内視鏡)の施行、評価が必要になりました。準備が間に合わない病院も多くあったと思いますが、当院では令和2年度からVEの導入に向けた検討を進めておりましたので、令和4年度からVE・摂食機能療法・摂食嚥下機能回復体制加算の算定が可能となっています。令和2年度から検討をスタートしたのは、入院されている患者さんのご家族から「何か食べさせてあげられないでしょうか」というお声をいただくことが多かったからです。VEを行うことで視覚的に改善の評価を行うことが可能となり、何かを食べさせてあげられる可能性のある患者さんを見つける、または食べられない理由をご家族に視覚的にご説明できるというのは医療の質の向上には避けて通れないと考えました。約2年弱準備を進めていたところに、診療報酬もついてきたような形になりました。

このように、医療の質の向上には診療報酬制度にきちんと対応する、先回りしていくような取り組みが重要と考えています。他にも、医療安全対策加算・認知症ケア加算・総合機能評価加算等の研修を受講しなければ届出できない施設基準は多く存在します。業務改善をする⇒時間が生まれる⇒研修受講に行ってもらう⇒医療の質向上・増収に繋がる⇒さらに投資が出来る、というポジティブなサイクルが回るようになっています。

また、施設基準による単価面の増収だけでなく、医療の質が向上することで受入可能な患者(病態・疾患)が拡大することからも、稼働面も確実に増加しています。

 

3.医療従事者から選ばれる病院

上村:それでは二つ目の柱である「医療従事者から選ばれる病院」というテーマに移らせていただきます。こちらの概要について教えていただけますでしょうか。

野村氏:「医療従事者から選ばれる病院」になるためには “働きやすい病院” であることが重要だと考えていたのですが、「働きやすい職場ってどのようなものなのか」ということを事務方に質問してみましたところ、「のんびりと働けるところ」という意見や、逆に「頑張っている人が認められるような職場」等、意見が分かれました。そのため、事務方だけでなく全職員に、夜勤・モチベーション・制度・連携・接遇等の様々な項目に関するアンケート調査を行いました。全回答に目を通し、自由記述欄に記載があった要望やご意見に対して、全て文書で回答しました。対応できるものには早急に着手し、法人として対応しないものについては理由も記載しました。アンケートには、「夜勤手当を上げてほしい」「病棟ごとに仮眠室を作ってほしい」「リハマシンをスポーツジムのように開放してほしい」等の多種多様な意見が出ましたが、本当に全件の検討を行いました。手当の例を挙げると職種別の夜勤手当の相場を調査し、他院相場より低い職種を増額させるよう対応しました。非常に地道でしたが長年の積み残し課題を清算する思いで取り組んでまいりました。医療従事者が病院を選ぶ際には複数の選択肢をもっていることが一般的です。その選択肢に挙がった際に最低限恥ずかしくないレベルは担保しておく必要があると思いました。

その後、月次で特に看護師・介護士の入職に関する数字を追うようにしました。当院を知ったきっかけや応募方法・応募から面接に繋がった件数・内定から採用に繋がった件数・退職の人数などをモニタリングしています。毎月見ていると、「人材紹介からの採用がメインで直接応募はごくわずかなこと」「全体の応募者数が少ないこと」が課題であるように感じました。直接応募を増やすためにはウェブサイトの改修や職員の紹介制度(リファーラル採用)を設けました。また、介護職員採用プロジェクトを立ち上げ、学校から直接介護職員を採用できるように実習施設化に向けて取り組んでいます。

その他にも、SDGsの取り組みの推進(富山SDGs宣言)や健康企業宣言も行っており、働きやすく・社会貢献に積極的に努めていることをアナウンスできるように取り組んでいます。その結果、看護師の採用は計画以上に進んでいます。

渡辺:看護師の取り合いになっている状況でこの結果は驚きです。人材採用について今後はどのようにお考えでしょうか。

野村氏:このように様々な取り組みをスピーディに行っていくにあたって「医療従事者だけでなく、事務方からも選ばれる必要がある」と強く感じるようになりました。そこで、本年から経営企画室を本格的に立ち上げ、そこに民間企業で活躍していた桑原を経営企画室長として迎えました。

渡辺:民間でのご経験をもとに経営的な視点でどのような点に違いや課題を感じられましたでしょうか。

桑原 直樹/医療法人社団尽誠会 野村病院 経営企画室長
桑原 直樹/医療法人社団尽誠会 野村病院 経営企画室長

桑原氏:理事長からは、現場とバックのバランスを見ながら、積極的に提案や分析をするように指示されています。持続的に成長していくためには、過度にカスタマイズされたルールは属人化されブラックボックスになります。そうならないように、これまでの異業界での経験を活かし、広い視野で経営企画業務を進めて欲しいという主旨です。事務面においては、役割と責任を明示し業務を振り分けることで、本業への専念を目的とした業務効率化につなげられることがあるという印象は持ちましたが、先ずは業務全般を把握しなければ、どこを平準化できるか見当もつきません。「インパクト」の大きい業務は何かを見極める必要がある、それが入ってまず感じたことです。

医療従事者と事務方は密接に関わります。入職した時、休む時、給料を払う時、診療報酬を請求する時等、医療従事者が気持ちよく勤務するためには事務方が有機的に動ける仕組みを作っておくことが必要だと思っています。

効率化の第一歩として、情報共有の優先度が高いと判断しました。一定以上のスタッフに、あるクラウドサービスのアカウントを付与し、スケジュールをクラウド上のカレンダーで伝達、資料もクラウド上のアプリケーションで共有することにしました。従前は、会議参加者の一人ひとりに電話をかけてスケジュール調整をしたり、手書きの資料を渡されて、それを事務方が手入力をしたりというアナログな運用でしたが、少しずつ変化が起きています。

今後は就業規則や各種規程テンプレート等は共有ドライブ上に格納して職員がアクセス出来るようにすること、各種ルールを院内wikiのような形で掲示していくことを目指しています。事務方には毎日多くの問い合わせがあります。その内容は、物の手配から就業規則に至るまで様々です。前述のルール化により、出来そうで出来ていなかった情報共有という業務効率化をスタートさせたいと思っています。医療分野については理事長が中心ですが、その他の部分もまだまだ効率化の余地は残っているので、より高い付加価値を生み出していくというポジティブなスパイラルをさらに回していけるように進めていきたいと考えています。

渡辺:最後にこの取り組みを行ってきた中で感じられたことや今後の方針等があれば、教えてください。

野村氏:前述したアンケートに対して回答していく中で、私自身の作りたい法人像が明確化されていきました。確かに「みんなを平等にのんびりと働いてもらうこと」を是とする法人もあるかもしれませんが、当院では「頑張っている人を認め、報いていく」ことを軸に働きやすい病院を作っていきたいと改めて実感しました。

ポジティブなスパイラルという表現がありましたが、全ての取り組みはそこに帰結すると思います。我々が良質な医療を提供し続けることが、新しい病院理念にもある「富山県内の患者・利用者、医療従事者から信頼され、選ばれる慢性期病院になる」ことに繋がると信じています。

 

<インタビュワーの紹介>

   


渡辺 典之/有限責任監査法人トーマツ/パートナー 公認会計士

医療・介護事業者に対する、経営戦略・事業計画の策定・実行、組織再編・改革、M&Aアドバイザリー、マネジメント変革等のコンサルティング業務に従事している。自治体病院経営評価委員、病院経営に関する講演等の実績多数。

 


上村 明廣/有限責任監査法人トーマツ/ディレクター/(公社)日本医業経営コンサルタント協会 認定登録医業経営コンサルタント

医療・介護事業者に対するコンサルティング業務に従事。経営戦略の立案から事業計画の策定、現場を巻きこんだ経営改善策の実行支援業務に多数関与している。

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は、掲載日時点のものとなります。2023/1

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