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中国医薬品業界におけるM&Aのポイント
ライフサイエンス・ヘルスケア 第6回
中国では人口の増加、高齢化の進行、生活習慣の変化に加え、政府による制度改革により医薬品市場は拡大し続け、今では米国に次ぎ日本と同程度である世界第2位の市場規模となっています。中国市場には日本の製薬企業だけではなく欧米の製薬企業も参入しており、今後の市場競争はますます激化することが予想されます。このような市場環境において、M&Aによる事業拡大は成長戦略の1つとして考えられます。そこで、今回は中国医薬品業界におけるM&Aのポイントについて解説します。
Ⅰ. はじめに
中国では、人口の増加や高齢化の進行、生活習慣の変化が進んでいることに加え、富裕層の割合も急激に増加している。また、政府による制度改革が打ち出され、医薬品の品質向上、医療水準の向上が期待されている。中国では1980年代に対外開放政策のもと外資企業の参入が進み、医薬品業界にも日本および欧米の製薬企業が相次いで参入している。中国の医薬品市場は年々拡大を続けており、2015年に日本に追いつき、米国に次ぐ世界第2位の市場規模となっている。このような環境において、市場競争はより激化することが予想され、シェア拡大、売上拡大を目的としたM&Aが成長戦略の一案として考えられる。他方、中国では精度の高い情報収集が困難であることや医療制度が十分に整備されていないこと、コンプライアンスの管理に課題があることから、提携を含めてM&Aには十分な事前準備と対策を講じる必要があると考えられる。
そこで、中国の医薬品業界において、M&Aを行う際の課題とその対策について主要なポイントを紹介する。
II.中国の医薬品業界の動向
中国の医薬品市場は2015年に900億ドルを突破し、日本を上回って米国に次ぐ世界第2位の市場規模へと成長している。今後の市場成長率はやや鈍化するものの日本と同程度の市場規模を維持し、製薬企業にとって重要な市場となっている。金額ベースでの市場規模のうち、ジェネリック医薬品が占める割合は65%程度である一方、先発薬の割合は20%程度(残りは一般用医薬品)であり、日本の製薬企業にとって、ジェネリック医薬品市場のシェア獲得、先発薬市場のシェア拡大の可能性が期待される。特に、中国政府によるジェネリック医薬品を中心とした医薬品の品質の向上、中国発の先発薬を創出するという方針は日本の製薬企業にとって追い風と言えよう。
中国の医薬品市場には、図表1のとおり1980年代から1990年代前半にかけて海外から多くの企業が参入している。公表されている事例ではすべての企業が合弁会社(JV)を設立して参入しており、中国現地企業と協業して事業展開を開始している。
III.中国におけるM&Aの動向
続いて、2000年以降の中国のヘルスケア分野1におけるM&Aの件数推移を示す。図表2のとおり、2011年をピークにM&Aの件数は減少傾向にある。
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1 ヘルスケア分野は、バイオ・医薬品製造、医療用電子機器、遺伝子検出・解析機器、医療用器具、医療業務支援、医療関連専門卸を対象とした。
M&Aの中でもIn-In案件(中国国内案件)が大半で、毎年80%以上を占めている状況であるが、中国におけるM&Aの主な目的として、研究開発の強化を掲げている欧米企業が多くなっている。主なビジネスモデルとして図表3に示すとおり(1)~(5)の方法が挙げられ、外部企業と協力する場合や自社で展開する場合が考えられる。例えば、ノバルティスは中国現地企業と共同研究を行い、最終的に技術譲渡やM&Aを行うモデルを取っており、グラクソ・スミスクラインは薬物開発から臨床応用まで自社で実施している。
また、欧米企業は中国の地方政府との関係を強化することにより売上拡大を図っている。図表4にその事例を示すが、欧米系大手製薬企業は市政府、関連地域のKOL(Key Opinion Leader)とのコネクションを強化することで他企業に対する価格競争優位性を発揮し、売上拡大につなげている。
他方、近年の中国製薬企業は資金力が豊富な企業が増えてきており、中国政府が推進するように新薬の開発、製造を行い、研究開発力が向上している企業も現れてきている。現時点では中国製薬企業が日欧米の製薬企業を買収する機運はそれほど高くないと想定されるが、今後、日欧米の有する研究開発力、製造ノウハウを獲得するためにM&Aを検討する可能性はあると考えられる。
IV.中国におけるM&Aのポイント
M&Aを行う場合、一般的に中長期的に主力とするビジネス、市場でのポジションの確立、新規事業への参入など目的を明確化し、その実現のための手段としてM&Aが最適か否かの検討を行うことが重要となる。中国医薬品業界におけるM&A、企業提携では、それらに加えて特有の課題が生じる場合が想定され、事前に十分な調査、対策を検討する必要がある。図表5に主な課題とその内容、対応策の例を示す。主な課題としては(1)情報の取得・信頼性、(2)価格期待ギャップ、(3)レギュレーション、(4)マネジメント・教育、(5)コンプライアンスが挙げられる。
(1)について、市場情報の取得は言語の問題や都市と地方の格差が大きいことから、対象市場、対象地域に関する情報を同じレベル(情報の粒度、公開時期など)で取得することが困難である。また、中国の製薬企業に限るものではないが、未上場企業の場合は財務情報や株主情報の取得が困難となる。これら課題への対応策の例として、限られた情報しか得られない段階では初期的なスクリーニングに留め、その後に直接企業にアプローチする、いわゆる詳細デューデリジェンスを行うことで情報の精緻化を図ることが考えられる。
(2)について、価格期待ギャップは買収企業の本来の実力と買収価格とのギャップのことである。(1)に記載のとおり、情報が少なく事業計画の精度が高くない場合、その事業計画に基づくDCF法による事業価値評価も必然的に精度が下がり、出資や買収価格の試算が困難となる。また、類似会社比較法による場合、成長市場にある中国の医薬品関連企業のEV/EBITDA倍率が高くなる傾向にある。可能な限り価格期待ギャップを小さくするために、想定されるシナジー、ディスシナジーを定量評価することや、買収金額の支払いにアーンアウトスキームや価格調整項目を入れることによるリスクの低減を図ることが考えられる。
(3)について、レギュレーションとして中国の医療制度への対応が課題となる。中国では医療制度が頻繁に改正されること、そして、中国政府としても法制度を施行し運用しながら問題点を改善させている状況があると推察される。また、中国当局の権力が大きいという点も特徴である。例えば、中国では自由薬価制度が採られているが、当局から薬価を下げるような誘導があり、入札制度では事実上の公定薬価となっていることが挙げられる。このような状況ではあるが、法制度が整備されるまで待つのではなく、法制度が改定されたときに対応できる企業を選定することが重要であり、このような観点から対象企業を検討する必要がある。
(4)のマネジメント・教育について、中国現地従業員とは文化の違いがあり、仕事の取り組みやモラルについても認識の違いが生じやすい。仕事の取り組みとしては、モチベーションに影響を与えるポイントや仕事の質、退職に対する考えの違いなどが想定される。中国における事業の成功ポイントとして、現地企業、現地従業員の活用が挙げられるが、現地従業員にマネジメントやオペレーションをすべて任せきりにすることは、文化や仕事の取り組み方の違いからリスクとなる場合がある。そこで、現地企業を活用しながらも、日本の本社や地域統括を行う拠点からガバナンスを利かせてマネジメントしていくことが重要となる。また、従業員に対して仕事への意識や取り組みについて各社の理念、方針を教育することも効果的であると考えられる。
(5)について、中国ではコンプライアンスの徹底に他国よりも留意する必要があると考えられる。近年は減少してきているものの、取引先や中国当局との贈収賄、癒着などの不正リスクが払拭しきれていないと推察されるためである。また、中国製薬企業に限ることではないが、従業員から顧客情報や技術情報が漏洩したり、不正会計がなされたりするリスクも想定される。これらのリスクを低減させるために、デューデリジェンスにおいて不正調査を実施し、PMI(Post Merger Integration)において不正防止の社内体制整備を行うこと、さらにガバナンスや教育、不正防止のためにシステムを強化することが挙げられる。
V.おわりに
冒頭でも述べたとおり、中国の医薬品市場は、社会環境、経済状況の変化により拡大し続け、世界第2位の規模にまで成長している。中国におけるシェア、売上を拡大するためにM&Aを行うことは1つの方法である。他方、中国では(1)情報の取得・信頼性、(2)価格期待ギャップ、(3)レギュレーション、(4)マネジメント・教育、(5)コンプライアンスにおいて課題があり、提携を含めM&Aには十分な事前準備と対策を講じる必要がある。
中国における事業の成功ポイントはいかに現地企業、現地従業員を活用するかであるが、中国現地企業との提携やM&A成功は想定される課題について事前に対応策を検討し、準備していくことが重要であると考えられる。
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執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ライフサイエンス・ヘルスケア担当
シニアアナリスト 浦川慶史
(2017.2.24)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。