ヘルスケア業界における新たなエコシステム構築について ~『未来投資戦略2017』、『新産業構造ビジョン』を読み解く~ ブックマークが追加されました
ナレッジ
ヘルスケア業界における新たなエコシステム構築について ~『未来投資戦略2017』、『新産業構造ビジョン』を読み解く~
ライフサイエンス・ヘルスケア 第9回
本稿では、第4次産業革命(IoT、ビッグデータ、人口知能(AI)、ロボット、シェアリングエコノミー等)のイノベーションが起こることで、ヘルスケア業界における新たなエコシステム構築について考察します。
Ⅰ.ヘルスケア業界の拡大と未来投資戦略2017のポイント
~日本国内のヘルスケア市場も拡大するが、それ以上に海外のヘルスケア市場が拡大する
2013年6月に閣議決定された『日本再興戦略』(経済産業省)には、「戦略市場創造プラン」のテーマの一つとして「国民の健康寿命の延伸」を掲げ、以降更新を重ね、2017年6月の『未来投資戦略2017-Society 5.0の実現に向けた改革-』(首相官邸)(以降『未来投資戦略2017』)へと継続している。『日本再興戦略』において「国内のヘルスケア市場は16兆円から2020年26兆円(163%)、2030年37兆円(231%)」の成長予測を記載している一方、「海外のヘルスケア市場は163兆円から2020年311兆円(191%)、2030年525兆円(322%)」と、海外の伸びが日本以上に拡大する。(図表1)
国連が2017年に発表したWorld Population Prospectsによると、世界人口約76億人から2050年までに98億人、2100年には112億人に増加すると予測している。人口が単に増えるだけでなく、中間所得者層の増加も織り込まれ、ヘルスケアへのニーズが高まることから、世界のヘルスケア市場が日本以上に拡大することは必至と考えられる。同時に、スマホや安価な健診キット、携帯型の医療機器等の最新技術が最速で生活に浸透することを加味すると、諸外国が日本を超えるスピードでヘルスケア先進国になってもおかしくはない。
他方、高齢化、人口減少のダブルパンチ状況の日本は、「健康寿命の延伸」をヘルスケア市場全体への投資機会、規模拡大の好機として捉えられるよう各種方向性を明示している。
『未来投資戦略2017』が目指している姿は「第4次産業革命(IoT、ビッグデータ、人口知能(AI)、ロボット、シェアリングエコノミー等)のイノベーションを、あらゆる産業や社会生活に取り入れることにより、さまざまな社会課題を解決する「Society 5.0」を実現することにある」との記載のとおり、世界に先駆けた取り組みを日本国内で実現することで、今後拡大する「グローバル市場におけるヘルスケア市場の更なる獲得」が現実味を帯びてくると考えられる。
Ⅱ.新産業構造ビジョンについて
~戦略分野「健康を維持する・生涯活躍する」のポイント整理
『日本再興戦略』と歩調を同じく、経済産業省は2017年5月に『新産業構造ビジョン』(IoT、ビッグデータ、人工知能(AI)、ロボットに代表される技術革新によって、あらゆる構造的課題にチャレンジし、解決していく、そしてそれを経済成長にも繋げ、一人ひとりにとって、より豊かな社会を実現することを目的に策定したもの 1を取りまとめている。
以下、ヘルスケア分野である「健康を維持する・生涯活躍する」の3構成についての要点をまとめる。
------------------
1 経済産業省HPより
(1)2030年代の目指すべき将来像
具体的な目標として①健康寿命の延伸(5歳延伸し、平均寿命と健康寿命の差を男性で現在の約9年から4年へ、女性で現在の約12年から7年へ)、②QOLを最大化にする医療(QOL測定指標を策定のうえで、各種個人の健康・医療データを経年把握、効果的に利活用できる基盤の構築と、納得した医療選択と満足度が高い医療の実現)、③生涯現役社会の実現(2035年時点での推定要介護者数816万人を半減)、の3項目を掲げている。
(2)目標逆算ロードマップ
前項目標を達成するためのロードマップとして①健康・医療・介護のリアルデータプラットフォーム(PHR: Personal Health Record)を2020年度には本格稼働させる、②人口知能(AI)を活用した診断支援システムの構築を、次期以降の診療報酬改定等での評価を目指す、③自立支援介護を後押しするインセンティブ設計(次期介護報酬改訂)、自立支援等に資する介護ロボット導入加速、ケアプランの作成を支援する人工知能(AI)の実用化、を落とし込んでいる。
(3)突破口プロジェクト
(1)(2)を実現するために幾つかのプロジェクト推進事例を記載している。それぞれの共通項は「(従来の感覚値や結果のみ、ではなく、プロセスを含めた)数値化・データ化の基盤」であることが分かる。単に「データを収集しました」ではなく、それがどのように変化変遷していくかを捉え、人工知能(AI)で分析し、さらに精度を高めるといった動きなどが海外を巻き込んで展開している。(図表2)
『未来投資戦略2017』においても、真っ先に「データ利活用基盤の構築」を挙げていることがその証左と言える。続いて「保険者や経営者によるデータを活用した個人の予防・健康づくりの強化」「自立支援・重度化防止に向けた科学的介護の実現」などを正に実現するためにも、「オールジャパンでのデータ利活用基盤」が核になろうとしている。
Ⅲ.新たなエコシステム~全産業が繋がるエコシステム
以上のような第4次産業革命の正に中核となっているのが各種ビッグデータを形作るさまざまなプレイヤーであり、図表3のような新たなエコシステムを描くことができる。
従来、例えば図表3の中心にある公的機関にあたる「行政や保険事業所」は閉鎖的世界であった。それがヘルスケアデータをやり取りするなかで、左側の介護事業者の「介護・見守り」や「自立支援に向けた科学的介護を実現する活動」データと連携することが理論的には可能になる。
健康という観点で「フィットネス」とのデータ連動や、生活習慣実態に即したリスク判定という観点で「民間保険会社」とのデータ連動、といった異業種を巻き込んでの新たなエコシステムが構築されると想定される。
本件に関して、従来のヘルスケアの範疇に当てはまらなかった業種業界が協業だけでなくライバルとして登場する可能性は大いにあると考える。つまり、このエコシステムは全ての業界を包括する基盤となるが故に、ライバルも多数出現した群雄割拠状態になると考えるのが妥当と思われる。
十数年前までオンライン書店だったAmazonがあらゆる商材を取り扱う巨大ショップになったうえに、データサーバーの最大手になるとは想像できかなったし、同様にGoogleが単なる検索サイトから、自動運転やAIといった次世代インフラに名乗りを上げる存在になるとは考えられなかった。ヘルスケア領域だけは専門分野であり、閉鎖された世界だという時代は終わりを告げ、世界レベルで拡大するヘルスケア市場での新旧競争が始まっている。それらの経過を常に俯瞰し、書き換えるためにも適時本エコシステムもアップデートしなければならない。
Ⅳ.終わりに
我が国は、国民皆保険や事業所を中心とした健康診断、介護保険制度下における介護といった切り口でさまざまなデータが(分断されるも一応)蓄積され、その規模は世界的に見ても大変稀有なものである。今後は、従来のデータおよび新たなデータを機能的有機的に統合、新たなサービスを開発発展させる『未来投資戦略2017』、『新産業構造ビジョン』に盛り込まれた各種施策が前進していくこを期待する一方、グローバルな規模で新しいエコシステム構築が進むことをしっかりと経過俯瞰することが肝要である。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ライフサイエンス・ヘルスケア担当
シニアヴァイスプレジデント 田中 克幸
(2017.11.27)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。