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M&A会計 企業結合の実務 第8回

100%子会社への無対価会社分割とその子会社株式の譲渡の会計処理

企業結合の実務をQ&A形式でわかりやすく解説します。今回は、実務でたびたび問題となる無対価会社分割とその株式の譲渡の会計処理をテーマに取り上げます。

1.はじめに

Q:本日は、実務でたびたび問題となる無対価会社分割とその株式の譲渡の会計処理を取り上げたいと思います。
具体的に、以下の事例で考えてみましょう。


・P社は、×1年1月に100%子会社S社を10で設立した。

・P社は、×2年2月末にP社が有するα事業に係る資産・負債(簿価ベースの資産・負債差額500)を会社分割によりS社に移転した。P社は当該移転に伴い利益剰余金を500減少させた。

・S社は100%子会社であり、株主間で富の移転はないため、P社は当該会社分割を無対価で実施した(この結果、S社では資本金・準備金の増額はできない)。

・P社は×2年4月に、S社株式のすべてを第三者であるX社に1,000(時価)で譲渡した。
なお、本件株式譲渡は当該会社分割が成立したことを条件とする旨が契約書に記載されている。

・当該会社分割は税務上非適格組織再編に該当するが、税効果は省略する。

・P社の決算期は3月末である。

 

2. 会計基準に従った会計処理

-分離元企業では、承継会社株式を増加させることはできず、株主資本を取り崩すことになる

A(会計士):まずP社が100%子会社を設立したときは、以下の処理になりますね。
(1)S社設立の会計処理
(P社の会計処理(分離元企業・親会社))

(借)

S社株式 

10

(貸)

現金 

10

    
(S社の会計処理(分離先企業・子会社))

(借)

現金

10

(貸)

資本金

10

 

問題は、無対価でP社がα事業をS社に移転した時の会計処理です。会計基準(適用指針203-2項)に従うと、次のようになりますね。

(2)α事業のS社への移転の会計処理
(P社の会計処理(分離元企業・親会社))

(借)

利益剰余金

500

(貸)

移転諸資産

500

 

(S社の会計処理(分離先企業・子会社))

(借) 

移転諸資産

500

(貸)

利益剰余金

500

これを前提とすると、P社が実施したS社株式売却の会計処理は次のようになります。

(3)S社株式の売却の会計処理

(借)

現金

1,000

(貸)

S社株式 

子会社株式売却益

10

990

 

3. 会計上あるべき処理とは

-分離元企業では、無対価であっても既に保有している承継会社株式を増加させる

Q:確かに簿価10のS社株式を1,000でX社に売却したわけですので、利益は990になるのは分かります。しかし、なぜS社株式を1,000で売却できたのかは、その直前に移転したα事業の価値があるからですよね。それがS社株式の簿価に反映されていない(増えない)のはおかしいのではないですか。

A:私もそのように思います。本来であれば、(2)の会計処理は次のように処理すべきですね。
(P社の会計処理(分離元企業・親会社)

(借)

S社株式

500

(貸)

移転諸資産

500


(S社の会計処理(分離先企業・子会社))

(借)

移転諸資産

500

(貸)

払込資本(資本金・資本剰余金)

500


このように処理すれば、売却されたS社株式の簿価は510になりますので、売却益は490と違和感はありません。

4. 無対価会社分割の会計処理

-基準諮問会議では保留するテーマとされた

Q:なぜ無対価会社分割においてP社(分離元企業)は、(2)でS社株式の帳簿価額を増加させないのでしょうか。事業の移転先はもともと100%子会社であり、S社株式を新たに受け取らずとも、その価値が増加することは明らかなので、事務処理の簡便化も踏まえてS社に株式を発行させなかっただけですよね。

A:そうですね。この点は、会社法の制約があるようです。平成26年7月に開催された財務会計基準機構・基準諮問会議においても、完全親会社が完全子会社に無対価で事業を移転する会社分割の会計処理を企業会計基準委員会(ASBJ)で検討できないか、との要望を審議したようです。しかしながら、現行の会計処理は、吸収分割における会社法上の取り扱いと整合的に設定されているものであり、仮に当該項目を議題としてASBJで検討しても、結論を得ることは容易ではないとの等の理由から、基準諮問会議で保留するテーマとされています。

5. 実務上の留意点

-親会社の事業を100%子会社に会社分割で移転する場合には、対価として子会社から株式を受領する必要がある

Q:会社法の問題もあるとのことですが、やはり会計上は気になりますね。今回のように受け取った株式を売却した場合のみならず、例えば、当該子会社から移転財産を原資(利益剰余金)に配当を受領すると、親会社の個別財務諸表上、会社分割時に利益剰余金が減少し、配当受領時に受取配当金(収益)が認識され利益剰余金が増加する、という循環が生じてしまいます。

A:はい。このような会計処理を避けるためには、100%子会社に会社分割により財産を移転させた場合には、親会社は子会社から会社分割の対価(子会社株式)を1株で良いので受け取る必要があります。なお、平成21年12月の金融商品取引法施行令改正前までは、上記のように分社型会社分割の場合であっても承継会社が株式を発行すると、原則として、承継会社は有価証券届出書の提出が義務付けられていましたが、改正後は提出義務がなくなりましたので、株式の発行コストは減少しています。

6. 会社分割と株式の処分は一体の取引として考えることはできないか

Q:とはいえ、このような取引を実行してしまった場合には、どのように対応したら良いでしょうか。

A:ここは、専門家を交えて慎重な検討が必要になると思いますが、無対価会社分割とそれにより取得した株式の売却を一体の取引として取り扱うという考えもあるかもしれません。会計基準では、「複数の取引が1つの事業分離を構成している場合には、それらを一体として取り扱う。」(事業分離等会計基準4項、企業結合会計基準5項)とされ、また、「通常、複数の取引が1事業年度内に完了する場合には、一体として取り扱うことが適当であると考えられるが、1つの事業分離又は企業結合を構成しているかどうかは状況によって異なるため、当初取引時における当事者間の意図や当該取引の目的等を勘案し、実態に応じて判断することとなる。」(事業分離等会計基準62項)とされています。

この場合、P社は×2/3期までの会計処理は同じですが、翌年度の売却仕訳は、以下のようにすることができるのかもしれません。

(P社の翌年度の株式売却仕訳)

(借)

現金

1,000

(貸)

S社株式

子会社売却金

10

990

 

子会社株式売却金

990

 

利益剰余金

990


この前提の場合、事前にP社とX社との株式譲渡契約において、当初から会社分割と株式譲渡は一体であることは明確にされており、また、α事業をX社に直接譲渡した場合やP社の連結財務諸表と個別財務諸表との整合性、さらには上記の通り、現行の会計基準に従った会計処理では適切な結果が得られないことがある旨が日本の会計基準の設定主体である財務会計基準機構/企業会計基準委員会でも取り上げられていることを踏まえれば、株式譲渡益を利益剰余金に直接振り替えるような処理も、必ずしも否定されるものではないように考えられるからです。

なお、会社法(会社計算規則)では、次のように、その他利益剰余金を直接増加させる場合の規定があります。

 第二十九条 株式会社のその他利益剰余金の額は、第四節に定めるところのほか、次の各号に掲げる場合に限り、当該各号に定める額が増加するものとする。
・・・一、二号省略・・・
三 前二号に掲げるもののほか、その他利益剰余金の額を増加すべき場合 その他利益剰余金の額を増加する額として適切な額

 

この「増加すべき場合」や「適切な額」は、会社計算規則3条に従い会計慣行を斟酌して解釈することになりますので、上記のとおり、会計基準においても一体取引として考える場合があり、この事例がそれに該当するとしたら、「増加すべき場合」に該当すると解釈できるのではないかと思います。
もちろん、このような会計処理は特別なものですから、金額的な重要性があれば、適切な注記も検討する必要があると思います。

Q:本日はありがとうございました。
 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎

(2019.5.15)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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シリーズ記事一覧

M&A会計 企業結合の実務(記事一覧)

第1回 のれんの評価と監査報告書の記載
第2回 企業結合会計基準等の公開草案の解説
第3回 逆取得となる株式交換の会計処理
第4回 持分変動と税効果会計
第5回 会計基準と会社法との関係
第6回 価格調整の会計処理
第7回 逆さ合併の処理
第8回 100%子会社への無対価会社分割とその子会社株式の譲渡の会計処理

 

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